映画を語る

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「ベン・ハー(Ben Hur)」は、映画作りの名手ウィリアム・ワイラーの最高傑作と言ってよい。3時間40分という異例な長さにかかわらず、見ているものを飽きさせない。エンターテイメントとしてそつがないためだ。とにかく人をして夢中にさせる映画である。

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1958年のアメリカ映画「大いなる西部(The Big Country)」は、1940年の作品「西部の男」と並んでウィリアム・ワイラーの西部劇の傑作である。「西部の男」では、ゲーリー・クーパー演じる流れ者が、地元の悪徳農園主と対決するところを描いていたが、この映画の中でワイラーは、グレゴリー・ペック演じる流れ者が、対立する牧場主たちの間に入って、奮闘するところを描いている。同じく流れ者が、地元の有力者と対立するところを描いているわけだが、こちらは流れ者が対立の直接の当事者となることなく、第三者に止まるところに趣向がある。

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ウィリアム・ワイラーの1955年の作品「必死の逃亡者(The Desperate Hours)」は、サスペンスタッチの映画である。三人の脱獄囚が四人家族の平和な家に押し入り、彼らを人質にとって逃走を図ろうとするところを描く。人質と言っても、警察を挑発するわけではない。家族の長である父親に向かって、妻子の安全と引き換えに言うことを聞かせようと言うのである。それは脱獄囚のボスが愛人から逃走資金を受け取るまでの間、無事家の中に匿えという条件を言う。妻子を人質にして自分の要求をのませようというわけである。

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ウィリアム・ワイラーは、1942年にある種の戦意高揚映画である「ミニヴァー夫人」を作ったが、戦後いち早く作った「我らの生涯の最良の年(The Best Years of Our Lives)」では、戦争が市民生活に及ぼした深刻な影響について反省している。アメリカ映画が戦争の意味を振り下げた作品を作るのは非常に珍しいことだ。ワイラーは、ユダヤ人であり、アメリカ人としての意識よりもコスモポリタンとしての意識が強く、そうした立場から戦争に向き合ったのだと思う。

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ウィリアム・ワイラーの1942年の映画「ミニヴァー夫人」は、第二次大戦中に作られた数多くの戦意高揚映画の中の傑作と言うべき作品である。戦意高揚映画には一定のパターンがあって、残虐な敵から国土の安全と国民の命を守る自衛のための戦いだというメッセージを盛り込むのが常だが、ワイラーのこの作品は、そうした単純な戦意高揚を目的とはしておらず、もっと高い倫理的な視点から戦争の正当性を訴えたものだ。

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ウィリアム・ワイラーの1940年の映画「月光の女(The Letter)」は、一種のサスペンス・ドラマである。原作はイギリスの小説家サマーセット・モームの短編小説。それに一部脚色して映画化した。イギリスの小説が原作だから、映画でもイギリス人が出てくることになっている。そのイギリス人たちはかつての植民地であるマレーシアに住んでいることになっており、そこを舞台にして事件が展開する。

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ベティ・デーヴィスは、ハリウッドが生んだ最も偉大な女優の一人である。どこが偉大かというと、この女優はアメリカ男の願望を体現しているからである。芯が強く、たやすく男の言いなりになったりはしないが、いざ男に惚れると、その男のために徹底的に尽くす。惚れられた男にとっては、こんなに信頼できるパートナーはいない。そういう女こそ、開拓時代の厳しいアメリカでの生活に、もっともふさわしい伴侶なのだ。その素晴らしい伴侶を、ベティ・デーヴィスほど強く感じさせる女優はいないのである。それ故彼女は、ハリウッドの生んだ最も偉大な女優と言うに値するわけである。

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スタンリー・キューブリックはスピルバーグと並んでSF映画の草分けと言われ、スピルバーグとは親しく付き合っていた。そのスピルバーグが宇宙人との平和な共存をテーマにしたどちらかと言うとソフトな映画を作ったのに対して、キューブリックはハードな暴力を好んで描いた。1971年の作品「時計じかけのオレンジ」はキューブリックの暴力映画の代表というべきもので、少年の暴力とそれを巧みにコントロールしようとする権力の野望を描いている。

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1979年のアメリカ映画「エイリアン(Alien)」は、SFホラー映画の古典的作品だ。太陽系以外の惑星で遭遇した生物体が人間の宇宙船に乗りこんで、船員たちを次々と襲撃して殺すというもので、不気味な生物に襲われる人間の恐怖を描いている。この生物が人間とは全く異なった形状・性質を持っているというのがミソだ。太陽系以外の生物で人間と対抗できるようなものは、人間に似たいわゆる異星人あるいは宇宙人として表象されるのがそれまでの常道だったが、この映画の中の異星生物は、卵生で恐竜のような形状をしているにかかわらず、人間を恐怖支配するほどの知性を持っているとされている。人間が恐竜に狩りされるといったイメージを喚起するわけで、そこが見ているものになんともいえない恐怖心をもたらすのである。

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アメリカ映画「2001年年宇宙の旅(A Space Odyssey)」は、宇宙を舞台にしたSF映画の古典である。未だに人気があるというから映画としては非常に長い生命を保っていることになる。人類の夢を物語っているからだろう。

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「テルマエ・ロマエ」は、人気漫画を映画化した作品で、いかにも漫画天国といわれる日本らしい作品だ。ローマ時代の公衆浴場設計家であるルシウスが現代日本との間を往復して、日本の温泉のアイデアをローマに適用して人気を博したあげく、皇帝ハドリアヌスから高い評価を受けるというような、荒唐無稽ではあるが、面白いアイデアを描いたものだ。

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大林宣彦の2014年の映画「この空の花 長岡花火物語」は、副題にもあるとおり、長岡名物の花火を中心にして、それに第二次大戦末期の米軍による長岡大空襲とか、さらにその前に長岡が体験した戊辰戦争とかを絡めて、戦争の意味を考えさせるとともに、2011年の3・11についても言及している。随分雑多な要素を盛り込んだわけだが、大林本人としては、地震のような天災がある意味避けがたいのに対して、戦争は人災であって、人間の知恵で避けられるということを訴えたかったようである。

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降旗康男の2004年の映画「赤い月」は、作詞家中西礼の同名の自伝的回想記を映画化したものである。筆者は原作を読んでいないので比較は出来ないが、映画を見る限り、中西の家族の満州での生活と、敗戦後における引き上げをテーマにしている。この手の話題はとかく引き上げの苦労話に収斂し、エモーショナルなものになりがちなのだが、この映画を見る限りは、社会的な視点を強く感じさせ、日本側の加害責任とか権力の無責任ぶりが取り上げられている。

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緋牡丹博徒シリーズは、1960年代末から70年代初頭にかけて計八作が作られ、いずれも大ヒットした。東映やくざシリーズのなかでも異色のシリーズだ。映画の中のやくざといえばマッチョでセンチな男たちが義理と人情のはざまで悩みながら、悪を亡ぼし正義を実現するというのがパターンだが、緋牡丹博徒シリーズは女だてらにクールなやくざが、悪党どもを次々と退治するというもので、その聊か倒錯した振舞い方が全国の観客を魅了した。

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1960年公開の映画「不知火検校」は、勝新太郎主演の時代劇やくざ映画である。座頭をテーマにしていることで「座頭市物語」シリーズを思わせるが、直接の関係はない。しかし勝による座頭のイメージが強烈で、かつ似たところもあることから、座頭市物語のさきがけのように受け取られている。筆者自身長い間この映画を座頭市シリーズの一つ、それも嚆矢をなすものと勘違いしていたほどである。

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座頭市物語シリーズは俳優勝新太郎の当たり役として大人気を博し、26本も作られた。寅さんシリーズをのぞけばもっとも多い。どの回も盲目の検校姿のやくざ座頭市が気ままな旅の途中土地のやくざのもとにわらじを脱いだことがきっかけで、やくざ同士の抗争に巻き込まれるところを描いている。座頭市は目こそ見えないものの、人の動きを掌にあるようにつかみ、当たるところ敵なしの強さを発揮する。その姿がかっこいいというので日本中の拍手喝さいを浴びたものだ。

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降籏康男の1989年の映画「あ・うん」は、向田邦子脚本の人気テレビドラマを映画化したものだが、一見して締まりのない作品である。これは原作がそうなのか、あるいは降籏の演出に理由があるのか、原作を見ていない小生にははっきりしかねる。ただこの映画の役を演じさせられた高倉健にとっては、イメージをこわされかねない危険がある。

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降籏康男の1983年の映画「居酒屋兆治」は、高倉健の魅力を最大限に見せるよう作られた作品だ。時代遅れの居酒屋を舞台に、そこに集まってくるさまざまな人間たちがそれぞれ自分の人生の影を引きずりながら互いに支えあって生きているといった、或る種のヒューマンドラマを集約したような映画だ。同じような映画としては黒澤の「どん底」や「ドデスカデン」があるが、黒澤の作品がやや時代がかっているのに対して、降籏のこの作品はどこにでもあるような居酒屋と、どこにでもいるような人間が出てくる分、観客に親しみやすさを感じさせる。

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降籏康男は高倉健と組んで多くの東映やくざ映画を作ったが、1978年に東映を退社してフリーになってから、やくざ映画以外の作品に意欲を持った。高倉もやくざ映画で埋もれることに俳優としての限界を感じていたので、そうした降籏に共感して、彼の映画に引き続き出続けた。1981年の作品「駅 STATION」は、彼らの最初の本格的なドラマ映画である。

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木下恵介の1961年の作品「永遠の人」は、実に暗い印象の映画である。テーマは戦前の日本の農村における身分差別だ。この身分差別のおかげで、許婚がいながら地主の倅から強姦された女が、泣き寝入りして、その嫁となったものの、この男を生涯憎み続ける一方、かつての許婚を思い続けるといったストーリーだ。いまではこんなストーリーはあり得ない話だが、戦前の日本では珍しいことではなかった。そういう思いを込めた映画だ。

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