映画を語る

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フランク・キャプラはウィリアム・ワイラーと並んで初期のハリウッド映画を代表する監督だ。1934年の作品「或る夜の出来事(It Happened One Night)」は、そのキャプラがはじめてアカデミー賞をとったもので、彼の代表作の一つである。いわゆるロードムービーの古典的傑作と言われている。ロードムービーというのは、一定の目的を持って或る場所をめざす人物が、その旅の途中で経験する様々な出来事を描くというものだが、この映画はそれに男女の恋愛をコメディタッチで絡ませ、楽しい雰囲気のものになっている。

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藤田敏八は神代辰巳とならぶロマンポルノの旗手として、1970年代に活躍した。ポルノだけではなく、一般の映画でも佳作を作ったことは、神代と同じだ。藤田の場合には、山口百恵などを起用したいわゆるアイドル映画を作った。

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「恋人たちは濡れた」というタイトルからは、男女が性交のエクスタシーの中で濡れに濡れそぼつというイメージが思い浮かんでくるが、このタイトルにはそれ以外のメッセージも込められているようだ。この映画に出て来るカップルは、最後には嫉妬した第三の男によって襲撃され、海に向かって自転車で疾走した挙句に、水につかってしまうのだが、その水に濡れる不幸な恋人たちというようなイメージも含んでいるのである。

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日活は1970年代から80年代にかけて、ロマンポルノと称される一連のポルノ映画を制作した。ポルノとはいえ、今日のアダルト映画とは異なり、芸術性を感じさせる作品もあった。神代辰美は日活ポルノを代表する監督である。その神代が作った作品で、しかも日活ポルノの代表作といわれるのが「四畳半襖の裏張りしのび肌」である。題名からして荷風散人の手慰み「四畳半襖の下張り」を思い出させ、実際筆者などはてっきりその映画化だと思い込んで見た次第だったが、内容は荷風散人の「四畳半」とは全く無関係だった。

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吉田喜重の1970年公開の映画「エロス+虐殺」は、一応成人映画ということになっているが、今日の眼から見れば実に穏やかなものだ。性的な描写がないわけではないが、女の裸を中年親爺がなめ回す程度のことで、セックスの現場をなまなましく映し出しているわけでもなく、今日的な意味でのポルノ映画とはほど遠い。にもかかわらず「エロス+虐殺」などと大袈裟な題名を付けたのはどういうわけか。「虐殺」ということについても、おぞましい虐殺シーンがあるわけでもない。主人公等の殺された後の死体が海岸の砂浜に転がっているところを映している程度だ。

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1966年公開の映画「胎児が密猟する時」は、前年の「壁の中の秘事」と並ぶ若松孝二のピンク映画の傑作である。テーマはサディズムだ。サド趣味の男が少し頭の足りない女をマンションの一室に連れ込み、そこで二人きりになったのをいいことに、女に対して暴虐の限りを尽くし、サド趣味を満足させるというものだ。その淫乱で残忍なところは、同じ趣味を持つ人々にとどまらず、多くの人々を魅惑する。

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日本でポルノ映画という言葉が使われるのは1970年代以降のことで、それ以前には成人映画とかピンク映画とか言われていた。その時代の性道徳はいまよりずっと偽善的なものだったので、性描写も慎ましいものだった。だからポルノを期待して見ると、がっかりさせられるものが多い。その中で若松孝二が1965年に作った「壁の中の秘事」は、ピンク映画の傑作と称すべき作品だ。決して猥褻ではない。若松自身がこれをピンク映画と考えていたかは疑問で、性描写を伴う芸術作品くらいに考えていたフシがある。この映画はベルリン映画祭にも出品されているのである。

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「鞍馬天狗」シリーズは、アラカンこと嵐寛寿郎の当たり役で、サイレント時代の1928年から三十年にわたり四十もの作品に出ている。戦中から戦後にかけての一時期には作られていないが、昭和26年に時代劇が解禁されるやいち早く復活、当時人気者だった美空ひばりを杉作役にして、三作が作られた。「鞍馬天狗 角兵衛獅子」はその第一作である。

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1950年の映画「東京キッド」は。喜劇映画の名人斎藤虎次郎が美空ひばりを主演にして作ったもの。当時ひばりは13歳だった。まだ女らしさは強まっておらず、あいかわらず中性的な魅力を振りまいている。実際この映画の中でひばりは、男の子に化けたり、女の子に戻ったりを繰り返している。

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美空ひばりといえば、昭和の歌姫と呼ばれ、日本人にこよなく愛された。とりわけ小生の母親の世代には圧倒的な人気があった。小生の母親(昭和四年生まれ)もひばりの大ファンで、どんな用事があってもひばりの歌声に耳を傾けることを優先したものだった。外出先でも、ラヂオでひばりの歌が流される番組を必ずチェックしていて、その時間が近づくと、息子である小生に向かって言ったものだ。さあ、ひばりちゃんの歌が始まるから帰らなくちゃね。

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「オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)」は、1980年代から90年代にかけてロンドンやニューヨークの舞台でロングランになったほか、何度も映画化された。内容は怪物が美女に思い焦がれるといったもので、いわば「美女と野獣」のバリエーションといってもよい。欧米ではこの手の話が非常に受けるらしく、ほかにも様々なバリエーションがある。あの「キング・コング」なども野獣が美女に惚れるという点では、同じような趣向といってよいだろう。

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「スター誕生(A Star Is Born)」は、落ち目のスターと新しくスターになっていく男女の恋をテーマにしたものだ。これはハリウッド好みのテーマらしく、同じ原作で三度も映画化されている。そのほか、先年オスカーを受賞したフランス映画「アーチスト」も同じようなテーマだった。ハリウッドがいかに気に入っているかわかろうというものだ。

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「ドン・キホーテ」は世界文学史に屹立する偉大な小説にして、また奇想天外人をして抱腹せしめる衝撃であふれている。小説がこのように型破りであるばかりか、その作者ミゲル・デ・セルバンテスも古今東西人類が排出したなかでも最も型破りな男であった。したがって、小説そのものにせよ、その作者のセルバンテスにせよ、人間の想像力を刺激してやまない。ミュージカルの題材としてももってこいである。

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1971年のアメリカのミュージカル映画「屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」は、日本でも大ヒットしたほか、もとになった舞台劇のほうも、何度も俳優を代えながらロングランとなった。ミュージカルとして日本人のハートを長く捉え続けたわけは、家族愛を中心としたセンチメンタルな情感を醸し出していることにあるのだろう。

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1972年のアメリカ製ミュージカル映画「キャバレー(Cabaret)」は、キャバレーの歌姫をテーマにしている点で、1930年のドイツのミュージカル映画「嘆きの天使」とよく似ている。ワイマール時代のベルリンが舞台となっていること、歌姫の自由奔放な生き方が描かれていることなどが共通点だ。しかし違いもある。「嘆きの天使」では表面化していなかったナチスの台頭が、この映画では大きな影を落としていることだ。

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1965年のミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック(Sound of Music)」は、アメリカン・ミュージカルの金字塔的な作品だ。理屈なしに楽しめる。何度見ても飽きないのは、気に入った歌を何度聞いてもあきないのと同じだ。この映画の中で歌われている歌(「ドレミの歌」とか「マイ・フェイヴァリット・シングズ」とか「エーデル・ヴァイス」など)は、おそらく永遠にわたって歌い継がれるだろう。

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1964年のアメリカ映画「メリー・ポピンズ(Mary Poppins)」は、ディズニーが子ども向けに作ったファンタジー・ミュージカルである。子どもは無論大人も十分に楽しめる。質の高い作品だ。理屈なしに楽しめる。

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1964年のミュージカル映画「マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)」は、日本では「ウェストサイド・ストーリー」と並んで最も成功したミュージカル作品である。というのもこの映画には、オードリー・ヘプバーンが主演していたからだ。日本人は「ローマの休日」以来この女性にすっかりいかれてしまって、男は無論、女たちにも愛されていた。男は彼女を理想の伴侶として愛し、女は彼女を自分の理想の姿として手本にしたのだった。

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1961年のミュージカル映画「ウェスト・サイド物語(West Side Story)は、アメリカはもとより世界中でヒットしたが、日本でも外国映画としては空前の大ヒットとなった。筆者も子どもながら興奮したことを覚えている。どういうわけか主演のリチャード・ベイマーよりも脇役のジョージ・チャキリスの方が人気をはくし、彼が来日した時には大フィーバーとなったものだ。

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ユル・ブリンナーとデボラ・カーが共演した1956年のミュージカル映画「王様と私(The King and I)」は、シャムの王様とイギリス人女性との奇妙な友情を、ハリウッドの視点から描いたものだ。ハリウッドの視点からシャムの王室を描くわけだから、どんな描き方になるか、知れたものである。実際この映画は、東洋人に対するハリウッド、つまり西洋人の陳腐なステロタイプを代表しているような作品だ。それはステロタイプというのを通り越して、偏見といってもよい。しかしその偏見にあまり悪意を感じさせないのは、作者があまりにも無知だからだろう。

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