映画を語る

shindo16.bokuto1.JPG

新藤兼人は荷風が好きらしく、「断腸亭日乗を読む」という本も出している。その断腸亭日常をベースにした映画も作っている。1992年の作品「濹東綺譚」がそれだ。この映画は、「断腸亭日乗」をもとに、荷風の半生を描きながら、その中に「濹東綺譚」の内容を挿話風に挟むという趣向になっており、あたかも荷風が「濹東綺譚」の世界を実際に生きたというふうに仕上げてある。

shindo15.sakuratai1.JPG

新藤兼人の1988年の映画「さくら隊散る」は、演劇人の広島での被爆をテーマにしたものだ。被爆した人々の悲惨な死を描いている。新藤は、「原爆の子」を作って、広島原爆の非人間性を訴えたものだが、そこでは被曝による悲惨な死を直接描いたわけではなかった。この映画では、被爆した人々が、苦しみながら死んでいく過程を、至近距離から描いた。

shindo14.hokusai4.JPG

新藤兼人の1981年の映画「北斎漫画」は、葛飾北斎の生涯を描いたものだ。画家としての北斎の全盛期よりは、駆け出しの時代と最晩年期に焦点を当てている。この頃の浮世絵師は、春画で稼いでいたようで、北斎も例外ではない。その春画をこの映画は漫画と言いたいようだが、北斎自身が出版した「北斎漫画」では、春画はほとんど見られない。その春画のうちでも最も有名なのが、女が巨大な蛸と戯れている図柄だが、その図柄のモデルになった女を、まだ若々しい樋口可南子が演じている。一方北斎は緒形拳が、北斎の娘お栄を田中裕子が演じている。その田中裕子演じるお栄は、夏の厚さに裸で寝ているが、その姿が小娘のように見える。田中裕子はこの時もう二十六歳になっていたはずだ。

shindo13.kousatu1.JPG

新藤兼人の1979年の映画「絞殺」は、その前々年に実際に起きた事件に触発されたものである。その事件とは、高校生が父親に絞殺されるというものだったが、その高校生が進学校として有名な開成高校の生徒だったことで、世間の注目を浴びた。高校生が父親に絞殺されたのは、愛していた同級生の女子が、義理の父親からたびたび強姦されたあげく自殺したことにショックをうけて、世の中の大人たちを強く憎み、その憎しみが両親に対する八つ当たりとなって、家庭内暴力を振るうことになったことで、その暴力に耐えられなくなった父親が、息子が寝ているところを、締め殺してしまったのである。

shindo12.kanawa3.JPG

新藤兼人の1972年の映画「鉄輪」は、古能の傑作「鉄輪」を映画化したものである。それも単にストーリーを横引きしてというようなものではなく、原作の能の雰囲気が充分に堪能できるように工夫されている。能の仕舞に合わせて謡曲の一節が披露される一方で、音羽信子演じる昔の女が出て来て、能と全く同じ所作をする。と思うと、音羽と相棒の観世栄夫が現代の夫婦となって出て来て、鉄輪の嫉妬譚を現代に蘇らせるというわけで、かなり凝った作り方をしている。ただしあくまでも原作の能「鉄輪」の面白さに乗っかっている作品なので、能に興味のない人には退屈かもしれない。

shindo11.kuro3.JPG

新藤兼人の1968年の映画「藪の中の黒猫」は、怪談仕立ての作品である。新藤のオリジナル脚本によることから、新藤には怪談趣味があったものと思われる。「鬼婆」などは、怪談とは言えないかもしれないが、般若面が顔にこびりついて離れないというような発想は、怪談に通じるものだろう。怪談であるから、ややこしい理屈はいらない。ただ怪しい雰囲気を楽しめればよい。そんなわけで、肩の凝らない、純粋に娯楽に徹した映画である。

iran12.per2.JPG

2009年のイラン映画「ペルシャ猫を誰も知らない」は、現代のイラン社会に生きる若者たちをテーマにしている。この映画を見ると、イラン社会というのは非常に抑圧的な社会で、若者たちは、自分の好きなこともできない、ということが伝わって来る。それでもそこをなんとかして、自分のしたいことをしようともがく若者たちを、この映画は描いているのである。題名に含まれているペルシャ猫とは、現代のイランに生きる若者たちのことを言い、その若者たちの苦悩を世界の人たちに理解してほしいという意味が、この題名には込められているのだと思う。

iran11.hafez1_edited-1.jpg

ハーフェズとは、イランでコーランを暗唱できるものに授けられる尊称ということらしい。アボルファズル:ジャリリの2007年の映画「ハーフェズ ペルシャの詩」は、そのハーフェズをモチーフにした作品だ。前作「ダンス・オブ・ダスト」ほどではないが、言葉を最小限に抑えているので、筋の展開を追うのに苦労するところがあるが、一人のハーフェズの青年の試練を描いたものだということは伝わって来る。

iran10.dance3.JPG

アボルファズル・ジャリリの1992年の映画「ダンス・オブ・ダスト」は、イランの民衆の過酷な生活ぶりを描いたものである。その過酷な生活は、小さな子どもたちも巻き込み、子どもたちはろくな教育も受けられぬまま、親たちと一緒につらい労働に従事する。イランには、こんな過酷な現実があるのかと、思い知らされる作品である。そのような描き方が、イランの政治を批判していると受け取られたらしく、この作品は上映禁止となったそうだ。上映が許されたのは、1998年のこと。

iran09.willow1.JPG

2001年のイラン映画「柳と風」は、少年同士の友情と少年のあふれるような使命感を描いたものだ。そう言うと、アッバス・キアロスタミの名作「友だちのうちはどこ」が想起されるが、それもそのはず、この映画を監督したのは当時かけだしのモハマド・アリ・タレビだったが、脚本を書いたのはキアロスタミだ。こういうタイプの映画が繰り返し作られるのは、イラン人の嗜好を反映しているのか。

iran08.taxi1.JPG

ジャファル・パナヒの2015年の映画「人生タクシー」は、アメリカン・ニューシネマの傑作「タクシー・ドライバー」のイラン版といってよいような作品だ。タクシー・ドライバーの目を通して、その国の同時代のさまざまな側面が浮かび上がって来るということになっている。おのずから批判的な傾向を帯びがちだが、この作品の場合も、それとは明確に意図しないままに、反体制的な内容になっている。パナヒはその反体制ぶりで、なんども権力の弾圧を受けて来たが、そうした弾圧をものともしないというメッセージが、この映画からも伝わって来る。

iran07.off1.JPG

ジャファル・パナヒの2006年の映画「オフサイド・ガールズ」は、イランの熱狂的なサッカー少女たちを描いたものだ。イラン人のサッカー好きは有名で、少年たちは街頭でサッカーを楽しむのが生き甲斐だ。そんな少年を、アッバス・キアロスタミが「トラベラー」という映画の中で描き、イラン人がいかに少年時代からサッカーに熱中しているか、世界中にメッセージを送った。その熱中ぶりは、日本の野球少年に勝るとも劣らないようだ。

iran06.chad1.JPG

ジャファル・パナヒによる2000年のイラン映画「チャドルと生きる」は、現代イラン社会における、女性たちの境遇を描いたものだ。この映画を見せられると、現代の地球の一角に、女性がかくまでひどい抑圧を受けている社会が厳然としてあることに驚かされる。女性への抑圧ということでは、タリバーンとかISとかが思い浮かぶが、これは一応大国と言えるイランでのこと。イランはイスラームの社会ということだが、イスラームというのはどこでも女性に抑圧的なのかと、思わされてしまう。イスラーム映画でも、アッバス・キアロスタミの映画は、女性への抑圧はほとんど感じさせなかったので、どちらがほんとうのイランの姿なのか、考えさせられてしまうところだ。

iran05.passe2.JPG

アスガル・ファルハディは離婚のモチーフが好きと見えて、「別離」に続く作品「ある過去の行方」でも離婚を描いている。こちらは、イラン人の夫とフランス人の妻との離婚がテーマだ。この夫婦は、互いにエゴイストが結びついたらしく、自分たちの離婚によって周囲の人間が傷ついていることを意に介しない。その周囲の人間の中には、自分にとってかけがいない人も含まれるのだが、それらの人への人間的な配慮は、この元夫婦、とくに元妻には全く感じられない。「別離」で出て来た夫婦も、自分のことしか頭にないエゴイストの男女だったが、この映画の中の元夫婦は、それ以上にエゴイストである。そのエゴイストのうち、イラン人の男よりフランス人の女のほうがひどいエゴイストであることに、監督であるアスガル・ファルハディの意趣を読み取ることができよう。

iran04.beach1.JPG

2009年のイラン映画「彼女が消えた浜辺」は、アスガル・ファルハディの出世作となったもので、イラン人の生き方とか考え方を、広く世界に認識させる効果があったといわれる。その効果とは、イラン人は一般に想像されているような宗教的で敬虔な人々であって、またその分因習にとらわれているといったそれまでの見方が訂正されて、かなり世俗的であり、かつ自分本位でドライな人間関係を取り結んでいるという発見だったように思える。実際この映画の中に出て来る人々は、前作の「別離」に出て来る夫婦に負けず利己的で、また宗教意識をほとんど感じさせないのだ。「別離」でもそうだったが、この映画の中の女性たちは、スカーフこそ被ってはいるが、顔や肌を見せることを躊躇しないし、また男同様ドライブを楽しんでいる。そういう光景を見ると、今でも女性のドライブが制約されているサウディ・アラビアなどとは、かなり違うという印象を受ける。

iran03.beturi2.JPG

アスガル・ファルハーディーによる2011年のイラン映画「別離」は、イラン人の日常を信仰にからめながら描いたものだ。信仰とはほとんど無縁な小生のような日本人にとって、実にショッキングな内容のものであった。この映画を見ると、イラン人というのは、生活のあらゆる部面で信仰に向き合っており、その信仰は貧しい庶民の間でより強固であって、それが故に、金や知識のある連中よりも不利な境遇に置かれていると伝わって来る。不利どころか、場合によっては、徹底的なダメージを蒙るのであるが、そのダメージをイランの貧しい人びとは、神の試練として受け止めて、なんら悔いることがないようなのである。

iran02.dict1.JPG

モフセン・マフバルバフの2014年の映画「独裁者とその孫」は、ある独裁者の没落をテーマにしたものだ。この映画の中の独裁者が、具体的に誰かモデルがいるのか、それとも架空のモデルなのか、気になるところだ。というのも、イランの歴史には独裁者が君臨したことがあるからだが、この映画の中の独裁者は、イランの歴史上の独裁者とストレートには結びつかない。映画自体も、これは知られざる国での出来事だと断っている。

iran01.kandahar2.JPG

モフセン・マフバルバフは、アッバス・キアロスタミと並んで、イラン映画を代表する監督である。キアロスタミは、イラン革命以前から活動していた巨匠だが、マフバルバフは、革命後に登場し、現代イラン映画をけん引する存在となっている。キアロスタミが、ゆったりとして拡散的な傾向が強いのに対して、マフバルバフは、畳みかけるような躍動感ある映画作りが特徴である。

angelo11.kouno3.JPG

テオ・アンゲロプロスの1991年の映画「こうのとり、たちずさんで」は、国境がテーマである。国境というものを、日本人はあまり自覚することがないが、陸地で接しあっているヨーロッパの国々では、日常的に意識される。とりわけ、なにかのことで戦争とか動乱が起ると、難民が発生したりして、国境管理の問題が表面化し、一気に人々の意識に上る。この映画はそうした国境にかんする意識をテーマにしたものだ。時あたかもユーゴズラビアが解体し、民族紛争が激化するきざしを見せていた頃だ。ギリシャにもそうした動きが波及して、難民問題などを通じて、国境の問題がクローズアップされたということだろう。

gohatto1.JPG

大島渚の1999年の映画「御法度」は、大島にとっての最後の作品だが、この中で大島は、新選組における男色を描いた。大島には男色趣味はなかったと思うが、その大島がなぜ男色をテーマに選んだのか、よくわからないところがある。根っからの男色者でない大島が男色を描くと、たとえばデレク・ジャーマンのような男色者の男色表現とはかなり違って、いささか差別的に見える。この映画の中で、男色行為はいかがわしい行為だという偏見に彩られているし、したがって男色者も変態者と見られている。じっさい、この映画のなかの男色者たちは、風紀を乱す不心得者として、粛清されてしまうのである。

Previous 2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12



最近のコメント

アーカイブ