映画を語る

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イエジー・カヴァレロヴィチの1959年の映画「夜行列車」は、かれにとっての出世作であるとともに、アンジェイ・ワイダに続いて、ポーランド映画を世界に注目させた作品。ワイダの映画がいづれも高度な政治的メッセージを感じさせるのに対して、カヴァレロヴィチの映画にはそうした政治性はない。この映画「夜行列車」も、おそらくワルシャワから出発して北部の海岸へと向かう夜行列車に乗り合わせた人々の人間模様を描いている。乗客の一人が、自分はブッヘンヴァルトに四年入っていたと言うところが、唯一政治的なメッセージである。

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ロマン・ポランスキーの1966年の映画「袋小路」は、イギリスに招かれて作った作品である。「水の中のナイフ」同様、閉じられた空間における人間の愛憎模様をテーマにしている。ポランスキーが閉鎖的な空間にこだわるのは、若い頃にゲットーに閉鎖された体験がトラウマになっているためかもしれない。

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ロマン・ポランスキーの1962年の映画「水の中のナイフ」は、かれの監督デビュー作である。ポーランド国内ではまったく話題にならなかったが、ハリウッドでは絶賛された。この頃のポーランドは、まだ西側世界とは隔絶しており、アンジェイ・ワイダを除いては、ポーランド映画はほとんど知られていなかった。そこへハリウッド的な雰囲気を感じさせる映画が東側のポーランドから出てきたのが新鮮に映ったのだろう。また、ロマンスキーがゲットーの生き残りだったということも、ユダヤ人が支配しているハリウッドに親近感を持たせたのだと思う。

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2017年のハンガリー映画「心と体と」は、屠場を舞台にした男女の恋愛映画である。屠場を舞台にしていることから、家畜の屠殺シーンが出てくるし、また血まみれの画面も出てくるので、気の弱い人は見ないほうがよい。小生もあまり得意ではないのだが、なんとか見続けることができた。それにつけても、死に臨んだ牛の諦観した表情が印象的だ。小生はかつて、東品川にある屠場に行ったことがあるが、そこには毎朝牛たちがトラックに乗せられて集まってくる。その牛たちは一様に諦観したような表情を呈していて、自分を待っている運命を達観しているように見えた。そんなことを思いだしながら、この映画を見た次第だ。

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ルイス・ブニュエルの1962年の映画「皆殺しの天使(El ángel exterminador)」は、ブニュエル得意の不条理劇映画。長らくメキシコを本拠にリアリスティックな映画を作っていたブニュエルが、スペインに戻って作った作品だ。「アンダルシアの犬」や「黄金時代ん」など初期のシュル・レアルな作風とは趣を異にし、晩年フランスで手掛けた一連の不条理映画につながるものがある。ブニュエルにとって、重要な転機を画す作品といえよう。

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ルイス・ブニュエルの1959年の映画「ナサリン(Nazarin)」は、ブニュエルが大戦後メキシコで作った一連の低予算映画の一つで、「忘れられた人々」と並んで、メキシコ時代の傑作とされる作品である。放浪のカトリック神父と、かれの周りに引き付けられる様々な人物を描きながら、メキシコ人独自の世界観を表現した。

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ルイス・ブニュエルの1930年の映画「黄金時代(Age d'or)」は、「アンダルシアの犬」に続き、サルバドール・ダリの協力を得て作った作品。「アンダルシア」ほどではないが、前衛的な雰囲気の強い作品である。その内容があまりにも人を馬鹿にしていたので、怒った右翼がスクリーンに爆弾を投げつけたといういきさつがある。そのため長い間上映を控えた。被害者である映画のほうが、加害者の怒りを憚ったということだ。日本でも同じような出来事があった。雑誌に掲載された小説が気に入らないといって、右翼に攻撃された出版者が、被害者にかかわらず加害者の右翼にあやまったのだ。世に「中央公論」事件と呼ばれるものだ。

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成瀬巳喜男最晩年1966年の映画「ひき逃げ」は、小さな息子をひき逃げで殺された女が、殺した相手に復讐するという内容の作品。その相手は浮気をしている中年女で、男を乗せて車を運転している最中に小さな子どもをひいてしまう。男と一緒にいるところを家族に知られたくなかったので、女はそのまま逃走した。挙句は、亭主に相談して、自分の罪を事件とは全く関係のないお抱え運転手になすりつける。そんな女に対して母親が、復讐を目的にさまざまな行動をとるといった内容だ。

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成瀬巳喜男の1960年の映画「秋立ちぬ」は、成瀬にはめずらしく子どもを描いた作品である。それも小さな子どもたちの幼い恋を描く。幼い二人が、互いに相手だけが心の支えであるのに、思い寄らず引きはなされてしまう。そのあたりは「禁じられた遊び」の小さな二人を想起させるが、この映画のなかの小さな二人は、「禁じられた遊び」をする二人ほどドラマチックには描かれていないし、また、相手の姿を求めて叫んだりもしない。だが、その二人が受けた心の傷は、海よりも深いと思わせるところがある。

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成瀬巳喜男の1960年の映画「娘・妻・母」は、中流家庭の家族関係を描いた作品。成瀬といえば、貧困に喘ぎながら生きる女たちを描くといった印象がつよく、事実中流家庭を描いた作品は少ないのであるが、この作品は、ある時期の日本の典型的な中流家庭を描いている。いまでは核家族化が進むところまで進んで、大家族はあまりみかけなくなってしまったが、この映画が作られた1960年ごろは、まだ多世帯型で成員の多い家族が普通に見れらた。この映画の中の家族は、老母を頂点にして、長男とその妻子、出戻りの長女、二女とその夫、次男とその妻、および三女である。そのうち、長男夫婦が母親と同居し、出戻りの長女が居候をしているという設定になっている。

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成瀬巳喜男の1958年の映画「杏っ子」は、室生犀星の同名の小説を映画化したものだ。この小説は犀星の自伝というべきものであるが、そのうち後半部における作家(犀星)と娘とのかかわりの部分を取り出して描いている。娘は疎開先で知り合った男と結婚し、その男の家庭内暴力に苦しんで離婚する結末になっている。それを成瀬は、離婚に至らない手前で終わらせ、この夫婦がその後どうなるかについては、明示的なメッセージを発していない。

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成瀬巳喜男の1957年の映画「あらくれ」は、徳田秋声の同名の小説を映画化したもの。この小説は日本の自然主義文学の最高傑作というべき作品だ。秋声は日本の女たちの生き様を描くことにこだわった。その生きざまは、男社会に足蹴にされながらも、それに屈従するのではなく、自分の考えを率直に主張し、要するに自分に忠実に生きるというものである。秋声は、日本の近代化にともなって男尊女卑の傾向が強まる中で、必死に自己を主張する女たちに暖かい視線を注いだ作家だ。その秋声の描いた女たちのなかでも、「あれくれ」のお島はもっとも輝いている。成瀬の他の映画に出てくる女たちとはだいぶ違っている。

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成瀬巳喜男の1954年の映画「晩菊」は、「山の音」と「浮雲」の間に挟まれた作品であり、「浮雲」以後に全開するいわゆる成瀬らしさが、フルスケールで見られる傑作である。成瀬らしさとは、要するに女の立場に寄り添って、女の目線から世界を見るような描き方のことをいう。この「晩菊」に出てくる女たちも、成瀬の他の映画の女たち同様けなげにしかも自分に忠実に生きている。そんな彼女たちに完全に寄り添う形で、彼女たちのけなげな生き様を修飾なしに淡々と描く。そこには中途半端な抒情性などはない。あるのは女たちの生き方の率直さである。その率直さが、多くの日本人の共感を呼ぶばかりか、欧米人にまで共感されるというのはどういうわけか。とにかく、この映画は、理屈なしに人を共感せしむるのである。

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成瀬巳喜男は家族を描くのが好きなようで、1939年には家族が力を合わせて生きるさまを描いた「はたらく一家」を作っており、戦後にはタネ違いの子供たちからなる母子世帯を情緒豊かに描いた「稲妻」を作った。そのほかにも何らかのかたちで日本の家族のあり方に目を注いでいる。1952年につくった「おかあさん」は、「稲妻」の直前の作であり、この時期の成瀬が家族に深い関心を寄せていたことが推察される。

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アジア太平洋戦争の末期から戦後しばらくの間、成瀬はスランプ状態に陥った。このころは溝口健二も軽いスランプに陥ったのだが、成瀬のスランプは溝口よりずっと深刻だった。戦争末期には成瀬得意の女物は女々しいとして抑圧されたし、戦後は価値観の混乱もあって、成瀬のような古風の人間には、自分を立て直すのに時間がかかったのだろう。そんな成瀬にとって、1951年に作った「銀座化粧」は、映画人として立ち直り、その後の飛躍にとっての足がかりとなるものだった。普通の見方では、成瀬の戦後の本格的な再スタートは「めし」だとされるが、それより半年ばかり早く作ったこの「銀座化粧」を戦後の再スタートを記念する作品というべきだと思う。

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溝口健二の1954年の映画「噂の女」は、京都の女郎屋の人間模様を描いた作品。女郎屋の女主人とその娘との関係を軸にして、その親子と男女関係にある男とか女郎屋の芸妓とかがからんで、さまざまな人間模様が展開されるというふうになっている。見どころは、若い燕に夢中になった女郎屋の女主人(田中絹代)が、その燕を娘(久我美子)に奪われそうになって逆上するところ。田中が燕に小言をいうと、いいじゃありませんかと言い返され、暖簾に腕押しのくやしさを感じる一方、娘のほうは自分と母親を両天秤にかけている燕に愛想をつかす。この燕には親子丼を好む傾向があるようなのだが、そう簡単に食われてなるものか、と娘は思うのである。

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アンジェイ・ワイダの1977年の映画「大理石の男」は、1950年代の社会主義建設期におけるポーランド社会を批判的に描いた作品。この時代は、ポーランドにとって輝かしい時代であってよかったはずなのだが、なぜかタブーに近い扱いを受けているようだ。そのタブーを犯したのがけしからぬということか、この映画は上映禁止処分を受けたという。その禁止をかいくぐって、1978年のカンヌ映画祭で特別上演され、高く評価されたといういきさつがある。

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アンジェイ・ワイダの1958年の映画「灰とダイアモンド」は、「世代」、「地下水道」とともに、「抵抗三部作」と言われている。抵抗といっても、それぞれによって意味合いが異なる。「世代」はナチスの占領に対するパルチザンのレジスタンスを描き、「地下水道」はいわゆるワルシャワ蜂起をテーマにしていた。それに対して「灰とダイアモンド」は、ナチスドイツの降伏にともなって生じたポーランド内部の政治的な対立を描いている。ロンドン亡命政府とパルチザンを母体とした革命勢力の対立である。この対立について、ワイダはどちらかというと亡命政府側に立っているように見える。にもかかわらずこの映画は、時の政権の検閲をパスして、ポーランド国内での上映を許可された。

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1954年のポーランド映画「世代」は、アンジェイ・ワイダの監督としてのデビュー作。第二次大戦中ナチスの占領下におかれたワルシャワで、レジスタンス運動に身をささげる若者たちを描いている。対ナチス・レジスタンスを中心にしたポーランド現代史は、以後「地下水道」、「灰とダイアモンド」でも取り上げられ、この三作を「抵抗三部作」と称している。

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