日本文化考

観音様への信仰は、地蔵信仰と並んで日本の庶民にもっとも馴染の深いものだ。その観音様について説いたお経が、法華経の「観世音菩薩普門品」第二十五である。このお経は、単に「観音経」とも呼ばれ、独立した経典としても、よく読まれて来た。今日でも、各宗派にわたって読まれている。

薬王菩薩の前身たる一切衆生喜見菩薩は、現一切色身三昧という霊力を得ることができた。現一切色身三昧とは、相手に応じて姿を現し、相手に相応しい教えを与える霊力のことである。法華経の核心的な思想に方便というものがあるが、現一切色身三昧はその方便の具体的な現れであると言ってよい。「妙音菩薩品」第二十四は、現一切色身三昧の体現者としての妙音菩薩の業績について説く。同じような業績をあげた菩薩として、観音菩薩がある。妙音菩薩は三十四身に現じて衆生を救うのに対して観音菩薩は三十三身に現じて衆生を救う。また、妙音菩薩が東方浄土に住むのに対して、観音菩薩は西方浄土に住むとされる。この二人の菩薩は対照的なものとして捉えられているのである。

法華経の教えを説いた本体部分は「嘱累品」第二十二で完結し、「薬王菩薩本事品」第二十三以後は、法華経の教えを実践した具体例が説かれる。これらを読むことによって、教えを頭で理解するだけでなく、体で受け止めるように意図されているわけだ。信者はこれらの具体例に、自分自身の宗教的実践の手本を見るのである。

「嘱累品」第二十二は、法華経本体の最後の部分である。これを以て法華経の教えとその功徳の説明が完了する。「薬王菩薩本事品」第二十三以後は、法華経の教えを実践した人(菩薩)の業績が具体的に説かれる。その部分は、法華経本体が成立した以降、順次付け加えられていったものと考えられる。

「如来神力品」第二十一は、如来の神力すなわち仏の超能力を説く。その目的は、法華経を受持し広める菩薩たちに超能力を示すことによって、かれらを激励することにある。その上で、法華経の功徳について改めて説き、仏の滅後に衆生を教化するよう励ますのである。

「分別功徳品」以下で、仏の教えである法華経を受持し、それを他人に広めることで、どんな功徳が得られるのかについて説かれた後で、実際にそれを実践して、功徳を得た人の話が説かれるのが「常不軽菩薩品」第二十である。いわば理論編に対する実践編といったところだ。

「法師功徳品」第十九は、「随喜功徳品」第十八に続いて、仏の滅後に仏の教えたる法華経を受持することの具体的な功徳について説く。このお経では、法華経を受持しその教えを他人に説く者を法師と呼んでいる。かならずしも脱俗した僧のみならず、法華経を教え広める人はすべて法師と呼ばれている。その法師が、法華経を教え広めることで得られる具体的な功徳を説いているのである。

「分別功徳品」第十七と「随喜功徳品」第十八とは、総論と各論の関係にあるといえる。「分別功徳品」は、法華経が仏の教えを記したものであることを前提にして、仏の滅後に法華経を受持することによる功徳を総論的に説いたのであるが、それを踏まえてこの「随喜功徳品」は、その功徳を具体的に説いたものである。題名から推察される通り、ここで説かれる功徳は、末後の五品のうちの初随喜である。

法華経の伝統的な解説では、「分別功徳品」第十七から流通分が始まるとする。流通分とは、原理論を踏まえた実践論というべきもので、正しい信仰を持てばどのような功徳があるか、また、正しい信仰を得るにはどのような実践をなすべきかを説いたものである。

「如来寿量品」第十六は、「従地湧出品」第十五の続きである。「従地湧出品」では、釈迦仏はわずか八十年の間生きただけなのに、無数の菩薩を教化したのはどういうわけか、弥勒菩薩が釈迦仏に問うた。無数の菩薩を教化するには無量の時間を要する。だが釈迦仏が生きて存在したのは八十年間であり、さとりを開いて以降は四十年あまりである。その短い時間に無量の菩薩を教化することができるとは、とても考えられない。弥勒菩薩のこういう疑問に、釈迦仏が答えた内容を記すのが、「如来寿量品」である。

天台智顗は、法華経二八章を二分し、前半を迹門、後半を本門とし、それぞれをさらに序分、正宗分、流通分に細分して、全体を二経六段で構成されているとした。前半は「序品」から「安楽行品」まで、後半は「従地湧出品」から「普賢菩薩勧発品」までである。「従地湧出品」第十五は、本門全十四章の序文としての位置づけである。

「安楽行品」第十四は、直前の「勧持品」とは一体の関係にある。「勧持品」では、授記された弟子たちが、菩薩として生きる決意を語るのであるが、「安楽行品」は釈迦仏が、菩薩としてのあり方を説諭するのである。どちらも、菩薩がもっとも依拠すべきは法華経だと説いている。「勧持品」は、菩薩の立場から法華経への忠誠を誓い、「安楽行品」は、釈迦仏の立場から法華経への勧めのようなものが説かれる。

「勧持品」第十三は、もともと「見宝塔品」第十一の直後に置かれていたものである。「見宝塔品」は、すべての仏の教えが法華経に集約されていることを教え、釈迦仏の滅後においても法華経を受持することの大切さを強調しながらも、それがいかに大きな困難をともなうかを力説していた。そうした困難を跳ね返しながら、法華経の教えを広め、衆生をさとりに導くのが菩薩の役割であると説かれる。

「提婆達多品」第十二は、法華経が全二十七章として成立した後、かなりな年を経て追加されたものである。法華経本体の成立は二世紀の頃、提婆達多品が追加されたのは天台智顗の頃だと思われるから、四百年ほどの時間差がある。そのため、この章を法華経本体に含めるべきではないという意見もあり、また偽経ではないかとの疑問も出た。確かに、そんな疑問を抱かせるようなところがある。お経の様式が法華経本体のそれとは違っているし、盛られている内容もユニークなものだ。

「見宝塔品」第十一は、「法師品」第十に引き続き、法華経の功徳を説く。法華経は、釈迦仏の教えを説いたものであり、これを読めば釈迦仏自身から教えを受けたと同じ功徳があるとされる。だが、その釈迦仏の教えは、たんに釈迦仏その人の教えたるにとどまらない。というのも、仏は釈迦仏に先立つ永遠の昔から無数に存在し、それらの仏はみな同じ教えを説いていたからだ。つまり法華経とは、すべての仏の教えに共通する教えなのだ。そのことを強調するために、「見宝塔品」は、過去仏としての多宝如来を登場させるとともに、同時代のさまざまな仏国土を主宰する無数の仏を登場させて、釈迦仏を含むすべての仏が、同じ教え、すなわち法華経を説くさまを語るのである。

法華経を構成する各章を、内容的・成立年代的に分類すると三つの部分からなると先述した。最も古層に属するものは「方便品」第二から「授学無学人記品」第九までの八章で、これは仏弟子たちの成仏を約束する授記を中心にしていた。どんな人も成仏するための資格をもち、それは人間に生まれながらに備わっている仏性の賜物だというのが、これらの諸章を貫く根本思想だった。

「授学無学人記品」は「学無学人授記品」とも標記できる。「五百人弟子授記品」の「五百人弟子」のところに「学無学人」を入れた形である。意味は「学無学人」への授記ということ。「学無学人」とは学人と無学人を意味する。学人はこれから学ばなければならない人、無学人はもはや学ぶべきものがない人をいう。この章は、そうした人々二千人への授記について語られる。舎利弗への授記に始まった一連の授記が、これで一応の締めくくりを迎えるわけである。なお、この後に、「提婆達多品」で提婆達多へ、「勧持品」で喬答弥と耶輸陀羅への授記が行われて、法華経における授記はすべて終了する。

釈迦仏は、舎利弗以下の高弟に授記したばかりか、大勢の比丘たちにも授記する。その数千二百人という。「五百弟子授記品」第八は、その様子を伝えたものである。釈迦仏はまず富楼那に授記し、ついで憍陳如以下五百人の比丘たちに授記し、さらにこれらの五百人を含んだ千二百人の比丘たちすべてに授記すると宣言する。題名を「五百弟子授記品」としたのは、釈迦仏とかれらとの譬喩をまじえたやりとりがこの章のハイライトとなるからである。その譬喩とは、「衣裏の宝珠」のたとえと呼ばれる。

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(狂言末広がり)

今年のNHK新春能楽の番組は、観世流の脇能「老松」の舞囃子と大蔵流狂言「末広がり」だ。NHKは近年能楽の放送をさぼるようになっていたが、ついに正月番組にまで手を付けて、能の番組を舞囃子で代用した。我々能楽ファンとしては、如何にも手を抜かれて残念な思いだ。

「化城喩品」第七は、「五百弟子授記品」へのつなぎの役を果たす章である。釈迦仏は、五人の高弟に授記した後、大勢の人々を次々と授記していく。授記とは、成仏を約束することだが、人はなぜ成仏できるようになるのか、その因縁を語るのがこの「化城喩品」なのである。つまりこの「化城喩品」は、仏になるための条件と、実際に仏に成った人たちの行いについて語るのである。例によって譬喩を通じて語られる。「化城宝処の譬え」である。

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