豊穣たる熟女の皆さんと紅葉を求めて鎌倉を散策した。北鎌倉駅で降りて、鎌倉市街に向かう街道沿いに、円覚寺、東慶寺、浄智寺、建長寺、鶴岡八幡宮と巡り歩き、午後は江ノ電に乗って長谷までいき、長谷寺の観音様と高徳院の大仏様にお参りしようという計画だった。夕方東京へ戻ってからは、新橋の高架下で一杯やろう、とも申しあわせていた。
2012年11月アーカイブ
能「雷電」は菅原道真の怨霊をテーマにした能である。藤原時平らの陰謀によって失脚し、大宰府に流された道真が、死後怨霊となって都にあらわれ、時平らを呪い殺したり、自然災害をもたらして人々を恐れさせる。それは道真に不実の罪を着せたことへの報復だと考えた朝廷は、道真に天神の称号を贈り、厚く遇することで、怨霊の怒りを鎮めた。こうした道真にまつわる伝説を作品化したものが「雷電」である。
写真は、道路のど真ん中に立っている家。普通の感覚では理解しがたい光景だが、道路建設の現場ではよく見られるものだ。道路整備当局による立ち退き要求に不満をもった住民が、最後まで抵抗した挙句に残る光景だ。かつての日本各地の道路建設現場でもよく見られたものだが、それらはやがて可及的速やかに撤去されたものだった。というのも、住民の抵抗には自ずから限界がある。そこへもって来て、道路当局は一部の住民の不合理な反対行動によって、公共の利益が損なわれると、声高に主張することができる。そこまでいけば、住民のささやかな抵抗など、屁の重みさえもたない。
クリストフォロスとは、ギリシャ語で「キリストを担う者」という意味である。そんなことから、聖クリストフォロスの像には、このように、キリストを背負ったイメージが結びついた。実際のクリストフォロスは3世紀頃の人であり、キリストの同時代人ではなかった。
ちびっこ王子は、ある高い山に登ってみた。王子が今まで見たことのある山といえば、三つの火山だけだったけれど、みんな王子の膝くらいの高さしかなかった。休火山なんかは、腰かけがわりにしてたもんね。
イギリス映画協会は、世界の映画史上最高の傑作を10年ごとに選んで発表している。これまでは、オースン・ウェルズが1941年に作った映画「市民ケーン(Citizen Kane)」が、数十年間にわたって、映画史上最高の傑作だとされてきた。ところが、今年異変が起きた。アルフレッド・ヒッチコックが1958年に作った恐怖映画「めまい(Vertigo)」が、「市民ケーン」を押しのけて、堂々一位になったというのだ。
ガザを舞台にして戦闘を続けていたイスラエルとハマスとが、停戦で合意した。一時はイスラエルによる大規模な地上戦まで予想され、1400人の死者を出した2008年の武力衝突以来の惨劇が憂慮されたが、とりあえず最悪の事態は避けられることになったわけだ。しかし、油断はできない。イスラエルとハマスとの対立構造は、基本的に解消されたわけではないし、また、今回の停戦にむけた合意のプロセスにも、不安定さを感じさせる要因があるからだ。
地球で発生する地震のうち、考えられる限り最大規模の地震はマグニチュード10前後、こんな想定結果を東北大学の松澤暢教授が発表した。これまで確認されている最大の地震は、1960年におきたチリ沖地震のM9.5だったというが、それをはるかに上回る。昨年の東日本大地震はM9.0だったが、それと比較して32倍の規模になるという。気が遠くなるような数字だ。
バプテスマのヨハネはキリストの前駆者ともよばれ、キリスト教の聖人たちの中でも特別の尊崇を受けている。その生涯は波乱に富み、最後にはサロメの願いにもとづいて、ヘロデ王に首を切られたのだった。オスカー・ワイルドはその物語を「サロメ」のなかで、迫真の力を込めて描き上げた。
イスラエルによるガザへの攻撃が激しいものになっている。攻撃の対象は軍事施設からハマスの関連施設へ、そして武器の貯蔵施設へと拡大している。そうした攻撃によってガザ地区の一般市民も巻き添えを食い、これまで(11月18日)に50人ほどのパレスチナ人が死亡した。
ちびっこ王子が、砂漠を歩いているうちに出会ったのは、一輪の花だけだった。花びらが三つあるだけの、どうってことない花だった。
「こんにちは」 と王子は言った。
「こんにちは」 と花は言った。
「人間はどこにいるの?」 と王子は丁寧に尋ねた。
中国共産党の大会が閉幕し、次の10年の国家運営を担う新しいメンバーが確定した。この10年ぶりの権力移行は、いまや世界第二の経済大国になった中国の今後の動向を占うものとして、当然ながら、世界中の注目を集めた。筆者も注目していた一人だが、この超大国の権力移行が、相変わらず闇の中で行われた、その奇怪さに改めて感じ入ったところだ。
オバマが有権者の支持においてはきわどいリードしか得られぬまま勝利できたことについて、さまざまな分析がなされている。そんな分析の中で目を引くのは、オバマの勝利は有権者の積極的な支持に支えられたものではなく、ロムニー側、つまり共和党による失策に利されたのだとする「敵失論」である。
10月14日の国会の党首討論で、野田総理大臣が自民党の安倍総裁に向かって啖呵を切り、特例公債法案と衆議院の定数改正について一定の協力をすると約束すれば、16日にも解散すると明言した。このことを巡って様々な反響が伝えられている中で、英誌エコノミストはこれを"カミカゼ解散"と名付けて、そのむちゃくちゃぶりをあてこすっているが、いったい誰にとっての神風なのかは明らかにしていない。このいかにも日本的なやり方が、イギリス人の目には"カミカゼ"のように映っただけなのかもしれない。筆者などは、"行き詰まり解散"あるいは"行き倒れ解散"とでもいいたいところだ。
聖ヒエロニムスを描いたもうひとつの作品「祈りを捧げる聖ヒエロニムス」においても、ボスはこの聖人を廃墟の中に位置させている。聖ヒエロニムスは自伝の中で、荒野での修行の苦しさを語っていたが、それをボスは廃墟と言う形で再構成したのだろう。
12月中に予定されていた野田首相のロシア訪問が延期されることとなった。ロシア側からの要求によるもので、表向きはプーチンの健康状態の都合ということになっているが、実際には、政権運営を巡って野田内閣の迷走が続き、直近の解散も視野に入ってきたことを踏まえ、ロシア側が様子見に入ったのだろうと推測されている。立場がふらついている人間を相手にはできないと考えるのは、ある意味当然のことだ。
長距離レースを思わせるような長い選挙運動が終わり、米大統領にオバマが再選された。大統領を直接選ぶ選挙人の数では大きな差がついたが、有権者の投票はオバマの50パーセントに対してロムニーの48パーセントと、きわどい差であった。このことは、オバマが厳しい状況に見舞われていたことを物語っている。その厳しさを乗り越えて薄氷の勝利をつかんだわけだ。
中国は死刑大国として知られる。最近のワシントンポストの記事によれば、2011年の死刑執行件数は4000件、二位のイランが360件、5位のアメリカが43件だったから、ダントツの数字だ。それでも、2007年の執行件数8000件に比べれば、ここ数年の間に半減させてきた傾向が読み取れる。
もうすぐ選出される中国の新しい指導者たちにとって、当面の課題の中でもっとも大きなものは、腐敗の根絶だろう。なにしろ、役人による賄賂や職権乱用などの腐敗は、今や一般国民にとっても指弾の的になりつつあり、これを解決できないでは、新指導部の権威が保てないのは明らかだと思われる。
聖ヒエロニムスを描いたこの絵は、「三隠者のトリプティクス」の中央部分である。左翼には聖アントニウスが女の誘惑と戦う姿が、右翼には聖エギディウスが祈りを捧げる姿が描かれ、この中央部分では、異教の寺院の廃墟で、キリストの十字架像を見つめる聖ヒエロニムスが描かれている。
七番目の星が、地球だったんだ。
ロシアには改革への必要性は乏しい。政治的にも社会的にも経済的にも、ロシアは安定と秩序を保っている。これ以上何を改革するというのか。
チベット人の焼身自殺が増加し始めたのは2011年の3月以降のことだが、それ以来これまでに60人以上が焼身自殺をしたという。先週(10月20日から25日まで)には、甘粛省の甘南県にあるチベットの聖地などで、一週間で7人もの人々が自分の体を火で包み、そのうち6人が死亡したということだ。
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