2014年3月アーカイブ

仕事に出かける画家:ゴッホの自画像

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ゴッホは1888年2月に南仏のアルルに移った。このアルルの灼熱の太陽がゴッホに強烈な作用を及ぼし、一連の燃え輝くような絵を描かせたことについては、説明の必要もないだろう。その燃え輝くような色彩感覚は自画像にも当然現れている。

北朝鮮の男はみな金正恩カットにせよ

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北朝鮮の独裁者金正恩といえば、大胆に刈り上げた独特のヘアスタイルがトレードマークになっているが、北朝鮮ではこのヘアスタイル(金正恩カット)を、北朝鮮人の男すべてが採用するように強制し始めた、という噂が流れている。噂の出所は、韓国の英字紙 Korea Times だ。

山折哲雄氏はユニークな日本文化研究者であり、筆者も愛読者の一人であるが、時折、首をかしげたくなるような言説に出会ってびっくりすることもある。最近も、慶応の前塾長安西祐一郎氏と交わした対談(東洋経済オンライン上に掲載)を読んで、そこでの氏の言説にやはり首をかしげてしまった。

「悲劇の誕生」は、ニーチェの著作の中では別格扱いされることが多い。処女作だということを別にしても、扱っているテーマがギリシャ悲劇を軸にした芸術論であり、またヴァーグナーとショーペンハウアーの影響が顕著である。この著作自体がヴァーグナーに捧げられている。しかし、枝葉の部分をカッコに入れ、全体の樹幹にあたるところをよくよく見ると、ここでニーチェの論じているテーマが、その後のニーチェの思想の大枠を先取りしたような形になっていることが見えてくる。そうした意味でこの著作は、ニーチェが初めて自己の思想の輪郭を提起したものだと言えるように思う。つまりニーチェにとっての文字通りの処女作、生涯をかけて追及することになるテーマを始めて提起した著作、そういえるのではないか。

西大寺四天王像踏鬼

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(西大寺四天王像踏鬼、左増長天、右多聞天)

西大寺は、奈良時代後半に、称徳天皇が父の聖武天皇の東大寺に対抗して建てたもので、その造営のため特別に造西大寺司が設けられた。しかし聖武天皇の時代に比べて国家財政が不如意になっており、東大寺ほど豪華なものはできなかった。しかも、度重なる火災によって建物が焼失し、現存する伽藍はすべて江戸時代以降の再建である。

長恨歌(一):白楽天を読む

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元和元(806)年、白楽天は元稹とともに制科に合格し、盩厔県の尉となった。盩厔県は長安の西方に位置し、かつて玄宗が安禄山を逃れて走る途中、愛する楊貴妃が殺された馬嵬が領内にあった。そんなところから白楽天は、楊貴妃の運命に関心を持ったのだと思われる。長恨歌はそんな関心から生まれた作品なのである。

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「イーゼルの前に立つ自画像(Self-Portrait in Front of the Easel)」と題したこの絵は、パリ時代の最後の自画像とされている。ゴッホがパリにいたのは、1886年3月から1888年2月までのわずか2年足らずの期間だが、その間にゴッホは28点の自画像を描いた。そのなかでもこの自画像はもっとも完成度の高いものと言える。これまでの作品が、多分に実験的な意図から、あるいは自分自身のために描いているのに対して、この作品は、構図と言い、色遣いと言い、明らかに観客の目を意識した作品である。

モンキー星雲 NGC2174

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写真はモンキー星雲の映像。ハッブル宇宙望遠鏡打上げ24周年を記念して、NASAが公開したものだ。雲の形がモンキーに似ていることからこう名付けられたということだ。

日本の安倍首相と韓国の朴大統領が、アメリカのオバマ大統領の仲裁で顔をあわせた。日韓関係は、日本のみならず東アジアの政治地図にとっても重大な意義を持っている。それなのに両国の指導者は互いにいがみ合い、顔をあわせることすらしてこなかった。今回ようやく顔合わせにまで至ったのも、当事者同士の合意によるというより、第三者たるアメリカの大統領の仲裁によるものだ。果してその場は、両首脳の折角の顔合わせの場というのに、和やかな雰囲気には程遠く、ギクシャクした雰囲気が漂ったと伝えられている。

火の説教5:T.S.エリオット「荒地」

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T.S.エリオットの詩「荒地」から「火の説教」5(壺齋散人訳)

  川がオイルとタールの
  汗をかく
  艀は潮に乗って
  ただよう
  赤い帆を
  いっぱいに広げて
  はためきながら 川下に向かう
  艀は漂う 丸太を
  洗いながら
  グリニッジのほうへと下っていく
  アイル・オヴ・ドッグスを通り過ぎて 
     ウェアララ レイア
     ワララ レアララ

台湾の議会占拠騒ぎ

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台湾では、3月18日から学生たちによる議会(立法院)の占拠騒動が続いており、24日には議会のみならず政府(行政院)まで占拠し、治安部隊が出動する騒ぎにまで発展したという。台湾のような、いわば安定した民主主義国家で、なぜこんな騒ぎが起きているのか。

椿三十郎:黒沢明の世界

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「椿三十郎」は「用心棒」の続編のような体裁をとっている。「用心棒」で桑畑三十郎と名乗っていた放浪の素浪人が、ここでは椿三郎と名乗って、荒唐無稽な大活躍をするというものである。暴力の描き方では「用心棒」よりおとなしいように感じられるが、三十郎が数十秒の間に30人もの侍を叩き切ったり、最後の決闘のシーンで切られた男の心臓から大量の血しぶきが迸ったりするところなど、見せ場にはこと欠かない。

年金が二度目に消える時

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先日、公的年金資金が株式投資に運用されようとする動きについて、このブログでも紹介したところだが、その動きがどうも本格化しそうだ。安倍首相の強い意向を受けて、公的年金の管理者である年金積立金管理運用独立行政法人とその上級官庁である厚生労働者とが、公的年金を株式市場で運用する姿勢を強めているというのだ。

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(聖林寺十一面観音像、木芯乾漆造、像高209.0cm)

奈良県桜井市の南方、多武峰街道に面した聖林寺の十一面観音像は、天平時代後期の仏像を代表する逸品という評価が高い。この像はもともと大神神社の神宮寺たる大御輪寺の本尊であったものを、明治時代初期の廃仏毀釈運動の折に、聖林寺に移されたものである。

日本がアメリカに核物質を引き渡すワケ

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朝日の今日(三月二四日)の朝刊一面に、「核物質 米に引き渡しへ~テロ対策に協力」という記事をみてびっくりした。まず、どういう意味かわからなかったからだ。第一テロ対策に協力とはどういう意味だ。三面の解説記事を読むと、アメリカは核物質についての日本のテロ対策が不十分だとの危機感を抱き、日本に対して、核兵器への流用可能な核物質の管理について万全の措置を求めているが、その一環として、東海村で保有している核物質を、アメリカ側に引き渡すよう要求し、それに対して日本側が応じたというふうに書いてある。

自画像:ゴッホの自画像15

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三点の「麦わら帽をかぶった自画像」に続いて描かれたこの自画像は、暗い背景から顔の輪郭が浮かび上がるように工夫されている。しかしレンブラントのいくつかの自画像のように、背景を真っ暗に塗ることはせずに、曖昧なアクセントを加えることで、ソフトな印象をもたらそうと努めている。

ハイデガーのブラック・ノート

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ハイデガーの手記のうち、1931年から41年にいたる10年間分が、ドイツで公刊されつつあるそうだ。これらは、黒表紙のノートブックに記されていることから、ブラック・ノートと呼ばれているそうだが、ブラックなのは体裁だけではない、内容もまたブラックだ、と断定するものが多いという。というのも、この期間のハイデガーは、ナチスの党員として、ドイツのナショナリズムを称揚する一方、師匠であるフッサール(ユダヤ人)に対して不当な態度をとるなど、反ユダヤ的な言動をしていたことが知られているが、そうした言動がこの手記からも裏付けられるというのである。

ニーチェをどう読むか

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ニーチェの読者がまず最初に感じるのは、その逆説的なものの言い方をどう受け取ったらよいかというとまどいだろう。ニーチェは善いとか悪いとか、美しいとか醜いとかいった言葉を通常の意味で使った上で、自分は「悪い」とか「醜い」もののほうを評価するというような言い方をする。そこで読者はそれを一種の逆説だろうと推測したくなるのだが、これは逆説などではない、とニーチェは言う。つまり彼は本気でそう思っていると言うのだ。

プーチンの地政学的決断

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今回のプーチンによるクリミア半島併合は、欧米諸国には国際法への深刻な挑戦として映った。欧米の主要諸国では、プーチンの内政面における抑圧的な態度を批判してソチ・オリンピックをサボタージュした経緯があるが、今回はサボタージュくらいで済ますわけにはいかないだろう。なにしろ、世界の秩序を定めている国際法を踏みにじったわけだ。しかも、他国を侵略するという最悪の方法によってである。

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(唐招提寺金堂千手観音立像、木芯乾漆、像高535.8cm)

唐招提寺金堂に安置されている一群の仏像のなかでも、ひときわ迫力を感じさせるのがこの千手観音立像である。なにしろ像高535.8cmの巨体である。しかも、堂々たる体躯からは千本の腕が生えて、様々な方向へと伸び広がっている。その中心となる両手は胸の前で会わされ、顔の表情には独特の威厳を湛えている。その威厳が、見る人々を圧倒する。

贈元稹(白居易 唐詩)

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白楽天は32歳の時に試判抜萃科の試験に合格するが、その時一緒に受験したものに元稹があった。白楽天が進士合格のエリートだったのに対して、元稹は明経科の出身であったが、努力をおこたらず準備したおかげで、難しく困難な試判抜萃科に合格した。その時の成績は、白楽天が主席、元稹は第五席であった。

ウクライナに核が残っていたら?

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今回のプーチンによるクリミア併合の動きを、ウクライナも欧米も有効に阻止することが出来なかった。そこで、プーチンの力ずくの政策の前に、国際法は無力だった、という議論も巻き起こっている。というのも、ウクライナは過去に、保有していた大量の核兵器を放棄する見返りとして、将来にわたる国家の安全の保障を、英米及びロシアの指導者から保障されていたにかかわらず、こんな事態に立ち至ってしまった。ウクライナの安全を守るのが国際法の役割に関わらず、それが守られなかったのは、ロシアは無論、英米にも責任がある、というわけである。

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「麦わら帽をかぶった自画像」という題を冠した作品のうち三作目となるこの絵は、前の二作とはまた趣を異にしている。というより、完成度が高いと言える。ゴッホ独特のあの筆のタッチが、この絵の中ではより自在に施されており、色彩の配置も調和の深さを感じさせる。その分、絵の印象は落ち着いたものになっている。

公的年金資金で株式投資することの是非

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先般、年金積立金管理運用独立行政法人が年金資金の一部を株式などへの投資に回す意向だと伝えられた。筆者などはそれを聞いてまず、大丈夫かいな、という印象を持った次第だったが、それは、日本の役人たちが、投資などという高度に知性的なゲームに馴れていないだろうと心配したからだ。

火の説教4:T.S.エリオット「荒地」

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T.S.エリオットの詩「荒地」から、「火の説教」4(壺齋散人訳)

  「音楽が水の流れに乗って俺の傍らを過ぎていく」
  ストランド通りを進み クィーン・ヴィクトリア通りを行くと
  そこはシティだ そこで俺は時折
  ロアー・テムズ通りのパブの傍らに立って
  マンドリンの楽しげな調べを聞いたり
  食器の音や人間のしゃべる声を聞くのだが
  それは猟師たちがたむろするパブの中から聞えて来るんだ
  またそこではマグナス・マーター寺院の壁の
  白や金色のイオニア風の柱が得も言われぬ荘厳さに輝いているんだ

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英誌 Economist の最近号が、クローニー・キャピタリズム(Crony Capitalism)なるものについて、興味深い検討を加えている。Our crony-capitalism index Planet Plutocrat Economist

用心棒:黒沢明の世界

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黒沢明には暴力礼賛的な傾向があるが、「用心棒」はそうした傾向がもっとも露骨に現れた作品である。しかもただの暴力礼賛ではない、暴力は暴力でも人間的でかつ正しい暴力でなければならない。正しい暴力と言うのが形容矛盾に聞こえるのであれば、うっとりするような力と言い換えてもよい。「用心棒」は、スーパーヒーローによるうっとりするような力の発現を、それこそうっとりするような仕方で描いた作品だといえる。

仰げば尊し

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今日(3月18日)、木下恵介監督の名作といわれる映画「二十四の瞳」をDVDで見ていたら、「仰げば尊し」のメロディが何度も流れていた。時あたかも卒業式のシーズンで、日本中の学校でいまだこの曲が歌われていると聞き、この歌の息の長さを感じた。かくいう筆者も、小学校、中学校、高校と、卒業式を迎えるたびにこの歌を歌ってきた。それゆえ、これを聞くと身に染みて懐かしい感じをさせられる。最近は歌詞が古風だとか、内容が封建的だとかいって、敬遠する学校もあるようだが、根強く支持されていることの背景には、日本人の歴史の厚みのようなものを、この歌が感じさせるからだろう。

プーチンのロシアに及び腰な欧米

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クリミア併合に向けたプーチンの動きに対して、EUとオバマのアメリカが強力な対抗措置をちらつかせて牽制してきたが、その対抗措置というのが、じつに中途半端なものだというので、一騒ぎ持ち上がることを期待していた連中をがっかりさせている。というのも、オバマやEUが持ち出したのは、けち臭い経済制裁措置で、プーチンにとっては大したダメージにもならないからだ。プーチンのロシアが本気で恐れていたのは、軍事的な対抗措置であり、もしそうなった場合に、ロシアに勝目があるかどうか自信がなかったはずだ。プーチンの側近が最近、ロシアにはアメリカを死の灰の山にする能力があるといって恐喝していたのも、自信がないことの裏返しだったのだと思われる。

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(唐招提寺金堂盧舎那仏像、脱活乾漆造、像高303.0cm)

唐招提寺金堂盧舎那仏像は天平時代後期を代表する仏像といえる。全体に写実的であり、肉付きのよい体躯とふくよかな顔つきに天平時代前期の特徴を引きずっているとともに、体躯には横への広がりが強調され、全体的に沈んだような重さを感じさせるところが、天平の盛期を過ぎ平安時代初期につながる作風を感じさせる。

ロシアへの帰属の是非を問うクリミアの住民投票が行われ、ロシアへの帰属が圧倒的に支持された事態を受けて、プーチンのクリミア併合の野心も、いよいよクライマックスを迎えた。いまのところ、欧米によるリアクションが軍事的な衝突に発展する見込みは薄いので、プーチンのロシアは、これを既成事実として、クリミア併合に向かって着実に進むだろうと見られる。

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これも前作同様黄色い麦わら帽子をかぶった自画像だが、洋服はブルーで、背景もグレーを基調としているところが異なる。ゴッホの自画像の中では、もっとも有名となった一枚である。

安倍政権が、所得税の納税額に上限を設けることを検討しているそうだ。現行の税制では、所得税は一定の金額を超えると最高税率の40パーセントを課税され、その金額に上限はない。それを、2億円を上限として、それ以上の所得税は課税しないというものだ。これが実現されると、(ごく単純化していうと)5億円以上の所得がある金持ちたちは、2億円以上税金を取られることがなくなるわけで、かれらにとっては最高のプレゼントになるはずだ。

キルケゴールとドイツ・ロマン主義

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キルケゴールの学位請求論文は「イロニーの概念」をテーマにしたものだった。この概念は究極的にはソクラテスに淵源するものであるが、キルケゴールの生きた時代に一定の影響力を振るっていたドイツ・ロマン主義が、自分たちの方法として採用していたものである。このことから、キルケゴールはドイツ・ロマン主義に関心を抱き、それから一定の影響をうけたと考えられる。

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(東大寺誕生釈迦仏、銅造、像高47.0cm)

毎年4月8日は釈迦の誕生を祝う灌仏会という儀式が催される。その儀式に本尊として用いられるのが誕生釈迦物である。生まれたばかりの釈迦の姿をかたどっているこの像は、仏伝に従って、生まれたばかりの釈迦が「天上天下唯我独尊」と言ったという姿を現している。

常樂里閑居:白楽天を読む

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白楽天は23歳の時に父を失って、苦学しながら科挙に備えたが、29歳で進士に及第、ついで32歳の時に試判抜萃科に合格した。しかして秘書省の校書郎を授けられて官僚生活を開始し、長安の常樂里に寓居を構えた。この詩は、その寓居にあって、官僚として出発したばかりの自分の生活ぶりを歌ったもの。前途洋々とした若者の、溢れるような抱負がみなぎっている。なお、この詩は数人の同僚と思われる友人に寄せられているが、その中には白楽天にとっての生涯の友となった元稹の名も含まれている。姓と名の間に挟まっている数字は、兄弟の中での出生の順番をさす。

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三年間にわたるシリアの内戦にともなって、これまでに死亡した人の数は146000人以上に上ると、イギリスにベースを置くシリア反政府組織シリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)が発表した。そのうち半分は一般市民であり、その中には約8000人の子供が含まれている。

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1887年の夏は、ゴッホが急速に技術を進化させた時期だった。この時期にゴッホは、あの特徴的な黄色をベースにしたひまわりの絵を描きはじめる。また、その他の花の絵も、非常に色彩が豊かになった。そういう色彩感の充実は、自画像にも現れた。

京都観庭記7:天龍寺・嵐山・錦市場

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(天龍寺曹源池庭園)

京都御所を辞した後、地下鉄と路面電車を乗り継いで嵐山に至った。まず天龍寺の庭園を見ようというので、嵐電の駅から天龍寺方面に向かって歩く。途中、湯豆腐屋が看板を出しているのが見える。そうだ、おとといは高くてまずい湯豆腐を食わされたから、今日はひとつうまい湯豆腐を食いたいものだ、という話になり、天龍寺の見物が終ったら渡月橋あたりで適当な店に入ろうと語り合った次第だ。

火の説教3:T.S.エリオット「荒地」

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T.S.エリオットの詩「荒地」から「火の説教」3(壺齋散人訳)

  すみれ色の時刻 
  目と背中がデスクから起き上がり
  人間という発動機が客待ちのタクシーのような音を立てる
  わしティレシアスは 目が見えぬのじゃが
  しわだらけの女の乳房をつけたおとこおんなで
  すみれ色の時刻には
  海からあがってくる船乗りたちや
  ティータイムに帰宅するタイピストが見えるのじゃ
  その女は朝食の後始末をし ストーブに火を入れ
  缶詰の中身を出してテーブルに広げる
  窓の外には半がわきの下着が危うそうにかかっていて
  太陽の残り陽に照らされている
  ベッド兼用の長椅子の上に積み重なっているのは
  ストッキングやスリッパやキャミソールやコルセット
  わしティレシアスは しわくちゃのおっぱいをしておるが
  この女を見ると その後の展開がわかるんじゃ
  わしも こいつを訪ねてくる男を待っておったんじゃ
  そいつは ニキビ面の若いヤツじゃが
  小さな不動産屋に勤めておって
  下層階級の生まれじゃが 不敵な面がまえで
  自信たっぷりな様子は
  ブラッドフォードの金持ちの頭に乗っかったシルクハットのようじゃ
  良い頃合だとそいつは思ったんじゃろう
  食事はすんだし 女は退屈そうだし
  そこで女といちゃつきにかかると
  乗り気でもないが いやでもなさそう
  顔を赤らめながら 両手を伸ばすと
  女は何の反応もみせない
  別に反応して貰わなくたっていいし
  無視されたって構わないのじゃ
  (わしティレシアスにはわかってたんじゃ
  この長椅子で行われるすべてのことが
  テーベの城壁のもとに坐し
  身分卑しき死者たちの間を歩いたわしじゃ)
  男は最後にキザなキスをくれると
  暗い階段を手探りで降りて行った

  女は振り返って鏡の中をちょっとのぞく
  恋人がいなくなったことなどもう忘れておる
  女の脳みそなどほんの少しのことしか覚えてられないのじゃ
  "ああやっと終わったわ 終わってうれしいわ"
  かわいい女というもんは 遊び終わったあとでは
  部屋の中を一人で歩き回るもんじゃ
  この女も手でスムーズに髪をもみしだきながら
  蓄音機にレコードをかけるってわけじゃ

京都観庭記6:京都御所

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(京都御所、紫宸殿)

三日目の朝もビールを飲みつつ食事をした。朝から極楽気分である。食後手荷物を駅へのデリバリー・サービスに託し、タクシーを雇って京都御所に向かった。今回の旅行の最大の目玉である。実は、庭園巡りの計画の中に、できれば桂離宮や修学院離宮なども含めたかったのだが、同時間帯に受け入れ可能な人員が四人に制限されているために、我々のように五人のメンバーでは、一時に入れないことがわかった。京都御所は百名まで受け入れ可能なので、比較的容易にアクセスすることができるのである。

悪い奴ほどよく眠る:黒沢明の世界

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「悪い奴ほどよく眠る」は、ある意味黒沢明の黒沢らしさが凝縮された映画だといえよう。「姿三四郎」に始まり「隠し砦の三悪人」でひとつの頂点に達した男のヒロイズムへの拘りと、黒沢独特の正義感とが、この作品で見事に融合し、何ともいえない雰囲気を醸し出している。こんな映画は、これ以前にはなかった。公開当時には強大な悪を暴く社会派映画だというような批評が多かったようだが、これは単純な社会派映画ではない。むしろ一人の男の生き方に焦点を当てた物語映画だ。

今年はシェイクスピア生誕450周年記念の年とあって、シェイクスピア劇の本拠たるロンドンのグローブ座が、世界中のあらゆる国に赴いてシェイクスピア劇の公演運動を繰り広げている。その一環として、来年中には北朝鮮に赴き、ハムレットを公演する予定だという。これには賛否様々な反応があるようで、その大部分は、北朝鮮などにシェイクスピア劇を見せる意義はないというものだが、グローブ座は世界中のあらゆる国で公演するということに意味があるとして、北朝鮮公演を中止するつもりはないとのことだ。

京都観庭記5:清水寺界隈

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(清水寺舞台を見上げる)

京都へ旅行したら清水寺に立ち寄らぬ手はあるまいというので、大原を辞すとバスと地下鉄を乗り継いで、清水寺を訪れた。その地下鉄の構内で、ひとつ気になったことがあった。エスカレータの立ち位置について定まった決まりがないようなのだ。東京では一応、立ちたい人は左側に立ち、右側は歩きたい人のためにあけておくというのがエチケットだ(大阪はその反対)。ところが京都では、そうしたエチケットが確立されていないらしい。ある場合には人々は東京同様左側に立ち、あるケースでは大阪同様右側に立つ。これはその時の勢いによってそうなるらしい。だから、右側に立つ人と左側に立つ人とが入り乱れて、結局歩きたい人が歩けなくなる場面も生じてくる。過渡期の現象なのだろう。

天平時代後期の仏像1:東大寺大仏

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(東大寺大仏、銅像、高さ1619cm)

東大寺の大仏(盧舎那仏)は、天平十五(743)年に聖武天皇の詔勅によって造営の準備が始められ、様々な段階を踏んで、天平勝宝四(752)年に、全体の完成を前にして開眼供養が行われた。台座連弁や光背も含めて完全な形になったのは宝亀二(771)年のことである。大仏の造営に携わったのは、造東大寺司と称される官営の専門家集団であり、従事した工人としては、大仏師の国中連公麻呂、大鋳師の高市連大国、大工の猪名部百世などが知られている。

京都観庭記4:大原三千院・宝泉院

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(大原三千院、往生極楽院阿弥陀堂)

一乗寺下り松からバスを乗り継いで、午近く大原についた。三千院へ向かう渓流沿いの山道を歩き、門前のとある茶屋に入って腹ごしらえをする。ビールを飲みながら食うそばはなかなか野趣に富んだ味だ。旅の醍醐味は一日中酒を飲んでも、誰からも咎められることがない点だ、などと勝手なことを云いながら、皆そばをすする。

自画像:ゴッホの自画像11

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これも、制作済みの作品のキャンバス裏地を使って描いたものである。前作とほぼ同じ時期に描かれたものだ。裏面には、ランプの光の下に、一人の男と三人の女たちが食卓を囲んでいるところ描かれており、あの「ジャガイモを食べる人々」のための習作だと思われる。

京都観庭記3:銀閣寺・詩仙堂

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(銀閣寺観音殿と庭園)

二日目の朝食がなかなかのものだった。懐石風の手の込んだ料理で、量もたっぷりだ。これを漫然と食うわけにもいくまいというわけで、朝からビールを飲んだ次第だった。

今日「現代の批判」という題名で知られているキルケゴールの著作は、もともと「文学評論」と題した書評の一部として書かれたものである。その書評は匿名作家による小説「二つの時代」を対象としたものであったが、その小説が取り上げた二つの時代というのは、「革命の時代」と「現代」なのであった。原作者の意図はともかくとして、キルケゴールの受け止め方としては、革命の時代は本質的に情熱的であったのに対して、現代は情熱のない時代である。なぜそうなってしまったか、それをキルケゴールなりに考えたというのが、この書評の大まかな意義なのであった。

京都観庭記2:青蓮院・知恩院

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(青蓮院庭園)

青蓮院は地下鉄東山駅からゆっくり歩いて十分くらいのところにあった。ここは青不動と呼ばれる不動明王図で有名なところだが、庭園もなかなか見ものとの評判だ。室町時代に相阿弥によって造営されたものだが、寺院本体の創建はずっと古く、平安時代初期に遡る。もともとは延暦寺の末寺として比叡山の上に立っていたものを、鎌倉時代以降、門跡寺院になったことにともない、現在地に移転してきたという。

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(新薬師寺金堂内:薬師如来と十二神将)

新薬師寺は、天平の末年に光明皇后が聖武天皇の病気平癒を祈って造営されたものであり、当初は伽藍の連なる壮大な寺院であったらしい。しかし、780(宝亀十一)年の雷火によって伽藍の多くを失い、962(応和二)年の台風により、金堂も失った。現存する金堂は、当初は他の目的で建てられたものを、後になって金堂としたものである。

白楽天:生涯と作品

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白楽天は中唐を代表する詩人ということになっている。中唐の時代というのは、その名のとおり盛唐と晩唐に挟まれた時代で、唐王朝が繁栄から没落へと向かう転換期に当っていた。転換期というのは、一方では体制の古い要素が乗り越えられて新しい息吹が芽生えてくる側面をもつとともに、転換ゆえの不安定さを併せ持っている。前者の要素がうまく働けば、その王朝は勢いを盛り返していっそう栄えることとなる可能性が高まるが、後者の要素が暴走すると破滅していく危険性を持ってもいる。中唐の時代はこの二つの要素が絡まり合いながら、基本的には没落に向かってゆっくりと坂を転がり落ちて行った時代だったと言えるのではないか。

京都観庭記1:二条城・神泉苑

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(二条城二の丸庭園)

親しい友人たちと京都へ三月一日から二伯三日の旅行をした。テーマは名園巡り。歴史的に価値の高い庭園を見て歩こうというものだ。メンバーはY夫妻、O、Mの諸子に筆者を加えて五人だ。東京駅七時五十六分発のこだま号に乗り込み、のんびりビールを飲みながら旅情を楽しむ。これまで京都へは何回も旅をしたことがあるが、このようにテーマを決めて旅するのは初めてのことだ。テーマを決めてあれば、漫然と旅するよりも、目の付け所もおのずから違ったものになり、充実した旅になるだろうと思ったのだったが、果して思惑通りの成果が得られるか。

自画像:ゴッホの自画像10

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ゴッホは、一旦描いたキャンバスの裏地を用いてその上に別の絵を描くことをよくした。ピカソもよくそうしたものだが、ピカソの場合には他人の作品のキャンバスの裏地に自分の絵を描くこともあったのに対して、ゴッホの場合には、昔自分が描いたキャンバスの裏地に、新しい絵を描いた。

ヘビがワニを食う

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写真(National Geographicから)は、ヘビとワニの決闘シーン。オーストラリアのクィーンズランドにある爬虫類生息地帯で偶然撮影されたものだ。ニシキヘビの一種であるパイソンが小型のワニに巻き付いているところ。こうやって締め上げて、ワニを窒息させるか心臓を破壊するかして、相手の死を確かめた後、ヘビは相手を食いにかかったという。

冷泉彰彦氏の櫻井よしこ氏への異議

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冷泉彰彦氏が、「アーミテージ氏と櫻井よしこ氏へ異議あり!」と題する小文を、日本語版ニューズウィークのWEB上に寄稿しているのを興味深く読んだ。アーミテージに関する部分はここでは触れないこととして、櫻井よしこ氏への異議について見てみよう。櫻井よしこ氏は周知の通り、所謂従軍慰安婦問題について、日本の官憲による強制連行を証明する証拠はないのだから、この問題について謝罪した河野談話は根拠がないのであり、見直しするべきだという論陣を張っており、その先には慰安婦問題そのものを歴史から消去すべきだとする思惑を見せることに躊躇を感じない人である。こうした見解や姿勢は、筆者には馬鹿げたものに思われ、とてもまともに読む気にはなれないのだが、冷泉氏は辛抱強く読んだうえで反論をしている。そこに筆者は、氏の誠実な姿勢を感じたところである。

火の説教2:T.S.エリオット「荒地」

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T.S.エリオットの詩「荒地」から「火の説教」2:壺齋散人訳

  一匹の鼠が草むらのなかをはいずった
  ぬるぬるした腹を土手にこすりながら
  俺はといえば どろんとした運河で釣りをしてた
  冬の夕方に ガスタンクの後ろで
  遭難した兄王のことや
  その前に死んだ父王のことを思いだしながら
  低湿地には裸の死体が白くなって転がり
  低くて乾いた天井裏では 毎年のように
  骨が鼠に蹴られてカタカタと鳴る
  背後で時たま聞こえてくるのは
  角笛の音や 警笛の音
  つられてスウィーニーがポーター夫人を訪ねにいくのは春のことさ
  ポーター夫人の頭上では月が輝き
  夫人の娘の頭上まで照らしていた
  二人はソーダ水で足を洗う
  ソシテ丸天井ノ聖堂デ歌ウ少年タチノ声

  トウィット トウィット トウィット
  ジャグ ジャグ ジャグ ジャグ ジャグ
  こんなにひどくせかされて
  テーレウー

  非現実の都市
  茶色いスモッグが垂れ込める冬の昼下がり
  スミルナの商人たるユーゲニデス氏が
  無精ひげを生やし ポケットには乾ブドウをいっぱい詰め込んで
  「ロンドン渡し運賃保険料込み一括払い手形」を持っていたが
  そいつが下卑たフランス語で誘ってきた
  キャノンストリート・ホテルで昼飯を食って
  その後週末にはメトロポールへ行きましょうや、と

隠し砦の三悪人:黒沢明の世界

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黒沢明の映画作りにとって「隠し砦の三悪人」はひとつの転機を画した作品なのではないか、というのが筆者の印象である。それまでの黒沢映画には、同時代への鋭いまなざしや人間性への信頼といった視点があった。ところがこの映画では、そうした視点は極力後退し、娯楽としての要素が前面に出ている。映画というものが、基本的には娯楽として始まったことを思えば、これは当然のことといえるが、黒沢はその当然のことをとことん追求した。どうせ娯楽としての映画を作るのなら、目いっぱい娯楽として楽しめる映画を作ってやろう、というような黒沢の意気込みが、この映画には感じられる。そんなこともあって、この映画は、単なる娯楽映画を超えて偉大な映画になり得ている。

ウクライナ危機:プーチンの野望

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ここ数日、友人たちと京都へ旅行してすっかり浮世を忘れている間に、世の中では大変な事態が持ち上がっていた。ウクライナ危機の深刻化である。ウクライナの騒乱については、このブログでも取り上げたところだが、騒乱の結果反ロシア色の強い政権が出来上がると、プーチンのロシアが早速反応し、ロシア人住民の安全を確保するという名目でクリミアへの軍事進攻を強行したのだ。これにたいして、欧米諸国が厳しく反応し、事態は大規模な衝突に向かって、一触即発の状態に陥っているというわけだ。

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(東大寺戒壇院の四天王像、右持国天、左増長天、どちらも塑像で約163cm)

四天王は仏法の守護神として、わが国では仏教伝来の当初から深い信仰を集めてきた。四天王そのものを本尊とした四天王寺が、仏教寺院としては法隆寺と並んで最も古い寺院であるのを始め、西大寺など数多くの寺に本尊や脇侍として祀られてきた。仏像彫刻として最もポピュラーなものであるし、したがって各時代を通じて芸術的に優れた作品にも恵まれている。そんな四天王像の中でも、東大寺戒壇院の四天王像は、とりわけ芸術的香気に富んだものと言える。

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この自画像も、点描画法の実験の一つとして、それもゴッホの絵の中でもっとも新印象派的な要素の強い作品として知られているものである。前の二作同様、点はアクセサリーとして使われているが、ここではもっと意識的な使われ方をしている。というのは、前の二作においての点は、かなり無秩序に施されているのに対して、この絵の中の点は、ゴッホの顔を中心として、同心円状に施されているのである。

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