読書の余韻

「文壇アイドル論」で上野千鶴子を話題に取り上げた中で、上野が「おまんこ」という言葉を臆面もなく使っているのは、多くの人々(たとえば小生のような東京圏に暮らしている人間)にとっては非常に抵抗を感じるものだが、使っている上野自身はそうでもないらしい、という指摘があった。その理由を斎藤美奈子女史は、呉智慧の批評を持ち出しながら明かしている。呉は次のように批評したのだ。

「文壇アイドル」とは奇妙な言葉だ。命名者の斎藤美奈子はこの言葉を厳密に定義しているわけではないので、その中身がいまひとつ明らかではないが、どうも芸能界のアイドルを横引きしているらしい。芸能界のアイドルといえば、いわゆるミーハーたちの人気者で、その人気を芸能プロダクションや放送業界が盛りあげながら、そこからもたらされる巨額の収入を分け合うというような構図になっているらしい。だから業界の連中は金のなる木としてのスターの育成に余念がないし、スターはスターでミーハーの人気を獲得するのに余念がないというわけであろう。

スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチは、ドキュメンタリー作家としてはじめてノーベル文学賞を受賞した。彼女はまたノーベル賞を貰ったはじめてのベラルーシ人でもある。彼女の仕事としては、戦争体験についての聞書きとかチェルノーブィリの原発事故の後日譚などが有名だという。「戦争は女の顔をしていない」は、彼女の最初の仕事であり、また代表作となったものだ。

独ソ戦は、人類の歴史上もっとも大規模で凄惨な戦争であった。この戦争によるソ連側の死者は従来2000万人といわれていたが、近年の研究で2700万人に上方修正された。ドイツ側の死者数も、さまざまな見積もりがあるが、全体で600万人ないし900万人と推測され、その大部分が独ソ戦にともなうものである。そんなにも巨大な犠牲を出したわけは、独ソ間での全面戦争であったということのほかに、この戦争が、普通の戦争とは違って、民族の奴隷化とか絶滅を目的としたものだったことだ。ヒトラーは、独自の民族観から、ロシア人を劣った人種と見なし、その奴隷化と殺戮を公然と行った。そうした破廉恥な思想が、この戦争を凄惨なものにした。著者の大木毅はこの戦争を、ヒトラーが仕掛けた絶滅戦争と定義づけている。

森嶋通夫は、1999年に書いた「なぜ日本は没落するか」の中で、日本が没落を免れるための施策として「東アジア共同体」構想を提起した(アイデアそのものは1995年に「日本の選択」の中で提示していた)。その構想を、中国人に向かって直接説明したのが、「日本にできることは何か」(2001年)である。これは、天津の南開大学で行った講演をもとにしたものである。森嶋は、中国の大学生は日本のそれよりずっと優秀だから、自分の構想を前向きに受けとめてくれるのではないかと期待していたようだ。

トランプを贔屓する日本人がいるように、サッチャーを贔屓する日本人もいた。トランプやサッチャーを贔屓するのは、だいたいが右翼だと思うのだが、右翼というのは民族主義的心情を強く持っていて、したがって排外的なのが普通である。排外主義者同士が面と向き合うと、それぞれ自国中心の立場から反発しあうのが自然なはずなのに、事情によっては惹きつけあうこともあるらしい。そのへんは人間のことだから、合理的に割り切ることが出来ないということか。

森嶋通夫が「イギリスと日本」(正・続)で取り上げたのは、いわゆるイギリス病の問題だった。イギリス病を森嶋は、資本主義の自然に行き着く先として、ある種避けられない事態として見ていたようだ。イギリスは確かに、昔に比べれば病的になったと指摘できるかもしれない。だが、日本と比べてそんなに悪い社会ではない。かえって善いところのほうが多い。だから、イギリス病を頭から否定するのは間違っている、というようなスタンスが伝わってきたものだ。

近代経済学とマルクス経済学とは水と油の関係だというのが常識的な見方だが、森嶋通夫はマルクスの経済学を、近代経済学の流れの中に位置づける。ということは、近代経済学者はマルクスを毛嫌いするのではなく、きちんと学ぶべきだと言っているわけだ。マルクスの何を学ぶのか。森嶋は、経済学を含む社会科学を、ウェーバーのいうような理念型の分析と価値判断をともなった分析とにわけ、科学的な分析は理念型でなければならないというのだが、マルクスの経済学には、価値判断を伴った分析のほかに、理念型の分析も含まれており、その部分は十分参考するに耐えると評価するのである。

森嶋通夫の「思想としての近代経済学」は、近代経済学の歴史をわかりやすく、しかもユニークな視点から解説したものだ。その視点には二つの特徴がある。一つは近代経済学を、単なる社会科学の一分野と見るのではなく、思想として見ること、もう一つは、従来近代経済学とは水と油の関係にあると見られていたマルクス経済学を、近代経済学の中に含めていることだ。

森嶋通夫は、イギリスと日本を比較しながら、日本社会の硬直性のようなものを指摘しつづけた。かれは80歳まで生きたが、死ぬ直前まで旺盛な執筆活動を行い、日本の未来を憂えてみせた。その森嶋が「なぜ日本は没落するか」というショッキングなタイトルで、未来の日本が直面するであろう悲惨な状態を予言して見せたのは、1999年、死ぬ四年ちょっと前のことである。これを読むと、森嶋の日本に対する深刻な危機意識が伝わってくる。

白井聡は「永続敗戦論」を書いて、戦後日本の対米従属と東アジア諸国への傲慢さの根拠を解明し、それを日本が敗戦の事実を十分に清算出来ていないことに求めた。その結果いまだに永続敗戦レジームというべきものが日本を支配している。そのレジームの中で、対米従属と、したがって国家としての無責任体制が蔓延している。それは異常なことだ、というのが白井の見立てであった。

新潮文庫版の邦訳「ロリータ」には、大江健三郎によるあとがきが付されている。あとがきから読み始めることを日頃の習性にしている小生は、この場合にも大江のこのあとがきから読んだ次第だったが、大江がなぜ、「ロリータ」のためにあとがきを書く気になったか、それはこのあとがきを読んだだけでは明らかにならなかった。たまたま自分の生まれた年がロリータのそれと一致していたとか(両者とも1935年)、小説の導入部分でアナベル・リーへの言及があるが、アナベル・リーこそは自分の青春のあこがれだったとかいったことが書いてあるだけだ。ただ、自分は、ロマンチックな小説を生涯書いたことがないが、「ロリータ」はもっともすぐれたロマンチック小説として、うらやむべきものと思っている、というようなことを書いているので、大江は「ロリータ」をロマンチックな小説として捉えているようである。

フランス文学といえば、強烈な個人主義と男女の性愛が最大の特徴だ。セリーヌの小説「夜の果ての旅」も、その伝統に忠実である。この小説は、強烈な個人主義者フェルディナン・バルダミュの女性遍歴の物語と言ってよい。

大江健三郎には、自分の小説の中でさまざまな文学作品を取りあげ、それへの注釈の形で自分の思想を吟味するという癖があった。「さようなら、私の本よ!」という小説では、セリーヌの「夜の果ての旅」を取りあげている。だが、詳しい注釈をしているわけではない。詳しい注釈はT・S・エリオットの詩に対して施され、「夜の果てへの旅」については、「おかしな二人組」の先例として紹介している程度だ。「おかしな二人組」というのは、大江が自身の晩年の三部作に冠した通称で、大江自身の分身と、それの更に分身と思われる人物との、おかしな二人組の繰り広げる物語を語ったものだった。その大江にとって、セリーヌの「夜の果ての旅」に出て来るバルダミュとロバンソンは、おかしな二人組の先駆者として映ったようなのだ。大江はその小説の中で、おかしな二人組が協力し合って、「ロバンソン小説」なるものを創作しようとするところを描いている。

小説「夜の果ての旅」の内実は、語り手たるフェルディナン・バルダミュの放浪の旅である。その放浪の旅を小説は「夜の果ての旅」というタイトルにしているわけだが、「夜の果ての旅」(Voyage au bout de la nuit)とはどういう意味か。「夜の果て」といえば、普通は夜明けを連想するが、この小説からはそういう印象は受け取れない。夜はいつまでも明けないばかりか、かえって深まるばかりのようである。だから明けることのない夜の、暗闇の底を旅するといったイメージに受け取れる。それならなんとなくわかるような気がする。主人公フェルディナンド・バルダミュの旅は、目的地をもたない、したがって果てることのない旅なのだ。

ルイ=フェルディナン・セリーヌは、日本語での翻訳もあるが、あまり読まれているとは言えない。彼の母国フランスでも、いまでは忘れられた作家になっているらしい。だから小生も、彼の名前ですら知らなかった。はじめて彼の名前に接したのは、近年読んだ大江健三郎の小説「さようなら私の本よ」を通じてだった。その小説の中で大江は、セリーヌを現代フランス文学の異端の大家のように描いていたものだ。その評価の仕方に面白いものを感じたので、小生はセリーヌの作品を読んでみようという気になったのだった。

小説の中で動物に重要な役割を果たさせているものを、小生は俄かには思い出せない。例えばカフカのように、犬を惨めな死の隠喩として語った作家はいたが、それはあくまでも一時的な隠喩としてだ。小説の全体にわたって、あたかも登場人物の一員であるかのように、動物に重要な役割を与えているものは、なかなか思い浮かばない。ミラン・クンデラの小説「存在の耐えられない軽さ」は、動物を一人の登場人物と同じく重要なキャラクターとして位置付けている。

ミラン・クンデラは饒舌な作家だといった。彼の代表作「存在の耐えられない軽さ」を読むと、語り手の饒舌な語り方がひしひしと伝わってくる。普通の場合語り手は、自分自身の存在を主張したりはしない。語り手はあくまでも語り手であり、彼が語るのは登場人物についてなのである。あるいはそうあるべきなのである。ところがクンデラの小説の語り手、彼はそれを「著者」といっているが、その言葉で自分自身をさしているのであり、その著者は彼の場合、小説の一登場人物であるかの如く、饒舌に自己を主張する。彼は単なる小説の語り手ではなく、語り手を騙った登場人物の一人なのだ。

チェコ人であるミラン・クンデラは、チェコの作家フランツ・カフカを強く意識していたようである。理由は二つある。一つはカフカが「カフカ的世界」と呼ばれるような不条理な世界を描いたこと。もう一つは二人の境遇がよく似ていることだ。「カフカ的世界」についていえば、クンデラは同時代のチェコがまさにそれだと感じた。クンデラはそこで生きることが出来ずに、異国であるフランスで生きることにしたのである。そのことが第二の事態、つまり境遇の相似につながった。カフカはチェコに住みながら他国語であるドイツ語で書き、クンデラはフランスに住みながら他国語であるチェコ語で書いた。そのようなあり方を、ドルーズはマイナー文学と言った。クンデラもカフカ同様にマイナー文学の作家になったわけだ。

ミラン・クンデラが「存在の耐えられない軽さ」を発表するや、大変な評判を呼んだ。それには題名が大きな働きをしたのだと思う。存在と軽さという組み合わせが意外だったからだろう。存在というのは抽象名詞であって、それが軽さと結びつくことは普通はない。軽さと結びつくのは物理的な意味での存在者であって、非物理的で抽象的な名辞である存在ではない。にも拘わらずクンデラは、存在を軽さと結びつけた。しかも耐えられない軽さと。

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