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「ドン・ジュアンの難船(La naufrage de Don Juan)」と題するこの絵は、バイロンの長編詩「ドン・ジュアン」に取材した作品。ドラクロアはバイロンを尊敬しており、バイロンが命をかけたギリシャ独立戦争に取材した作品も手がけている。

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「トラヤヌスの裁定(La justice de Trajan)」と題するこの絵も、ダンテの神曲から取材したものである。神曲煉獄編第十歌に、ローマ皇帝トラヤヌスの息子に自分の息子を殺された寡婦が訴える場面がある。その訴えに対してトラヤヌスは、息子が継承すべき権利をこの寡婦に与えようと言う裁定を出す。その場面を想像しながら、ドラクロアはこの絵を描いたのである。

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ドラクロアは、文学作品にインスピレショーンを得た作品を多く描いた。なかでもダンテとシェイクスピアが好きだった。出世作の「ダンテの小船」は、いうまでもなく「神曲」の一節から取材したものだし、「怒れるメデア」はエウリピデスの戯曲に着想を得た。「ハムレットと二人の墓堀人夫(Hamlet et deux fossoyeurs)」と題するこの絵は、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」から、有名な場面をイメージ化したものである。

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メデアはギリシャ神話の英雄イアソンの妻だ。イアソンがアルゴノートを率いてコルキスに赴いた際に、コルキスの王女であったメデアは、イアソンに協力して金羊毛を獲得させた。それ以後二人は愛し合い、メデアはコリントス王イアソンの妻となったのだったが、そのイアソンが自分を裏切って他の女を妻にしようとしたことに怒り狂い、その女を殺した上でイアソンをも殺そうとする。ところが愛するイアソンを殺すことが出来ず、その身代わりとしてイアソンとの間に生まれた二人の子どもを殺すのである。

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ショパンとジョルジュ・サンドの恋は、芸術の歴史を彩る挿話だ。ジョルジュ・サンドは多感な文学者で、恋多き女であり、またフェミニストでもあった。フィミニストの立場から男性との平等な関係を追及し、たびたびパートナーの男を代えた。ショパンと出合ったときは三十四歳になっており、女ざかりの彼女はさっそく五歳年下のショパンを愛人にしたのだった。

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「タンジールの狂信徒たち(Les convulsionnaires de Tanger)」と題するこの絵も、モロッコ滞在中に実見した光景を描いたもの。タンジールは、フランス語ではタンジェといい、ジブラルタル海峡に面した港町である。ドラクロアが随従したモルネー伯爵の一行は、この町に寄港した後内陸部へ向かった。だからこの絵は、寄港後間もない頃に実見した光景を描いたと思われる。

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タイユブールの戦いとは、1242年7月に、英仏戦争の一環として行われた戦闘である。この戦闘で、ルイ九世率いるフランス軍が、ヘンリー三世率いるイギリス軍に勝利した。「タイユブールの戦い(La bataille de Taillebourg)」と題するこの絵は、その勝利を記念する形で描かれたものである。

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ドラクロアは、モロッコ滞在中の1832年2月21日に、タンジールの友人の紹介で、ユダヤ人の結婚式に立ち会うことができた。その折に、結婚式の様子を日記に記録し、また会場の様子や花嫁の姿を水彩画に描いた。それらをもとにして描いたのが「モロッコのユダヤ人の結婚式(Noce juive dans le maroc)」である。1837年ごろから41年にかけて製作され、1841年のサロンに出展された。

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ドラクロアは宗教画も多く手がけた。教会から注文を受けたこともあるし、またブルボン宮殿など壮大な建築物を装飾する作品も手がけた。「二人の盗賊の間のキリスト(Le christ entre les deux larrons)」と題するこの絵は、ドラクロアの宗教画を代表する作品である。

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「部屋の中のアルジェの女たち」と題するこの絵は、モロッコからの帰途、アルジェに立ち寄ったさいの印象をもとに描かれたものだ。フランスに帰国したのは1832年の7月だが、この絵は1834年に完成し、その年のサロンに出展されて大きな評判を呼んだ。ドラクロアのオリエント趣味を代表する傑作である。

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ドラクロアは、1831年12月30日から翌年7月20日までの約七ヶ月間、モロッコへ旅した。フランスの公式外交団モルネー伯爵の一行に随行するという形だった。特権的といってもよいこの随行は、ドラクロアの政治力を物語っているが、モルネー伯爵とは、個人的な親交もあったらしく、「モルネー伯爵の私室」という変った作品を描いている。

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パガニーニは、ヴァイオリンの演奏技法に革命的な変化をおこしたヴァイオリニストとして知られる。また、作曲もした。かれの残したヴァイオリン曲は、超難度の演奏技術を必要とされている。そんなパガニーニの能力について、その演奏技術は、悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れたものだという噂が立ったという。

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ドラクロアは、20歳代の終わり頃に、虎やライオンなどの動物画に関心を示し、数多くのスケッチや石版画を制作している。パリにある王立植物園には、虎やライオンが飼われていたので、ドラクロアは友人の動物彫刻家バリーとともに出かけていって、観察したそうである。

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「民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)」は、ドラクロアの代表作たるのみならず、ロマン主義絵画あるいは世界の美術史を代表する作品といってよい。歴史の教科書の常連ともなっている。

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ドラクロアは、女性の裸体をそれ自体としてモチーフにしたいわゆる裸体画を、あまり描かなかった。時代が要求しなかったからだ。当時女のむき出しの裸体画は、たいてい猥褻と受け取られた。猥褻でないと認められるのは、ルネサンス風の極度に抽象化されたフォルムであって、たとえばアングルの「泉」などはその例である。「泉」には、ほとんど性的な雰囲気を感じることはない。その「泉」でさえ、完成したのは1850年代のことだ。

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ドラクロアの本領は躍動感のある人物主体の歴史画とか宗教画にあって、静物画はあまり描いていない。苦手だったわけではないが、静的な事物を描くことが、かれには物足りなかったのだろう。その中でこの「海老のある静物(Nature morte au  homard)」は、彼の静物画の代表作である。

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「サルダナパロスの死(La mort de Sardanapale)」と題するこの大作は、ロマン主義絵画最高の傑作との評価が高い。だが、1827年のサロンに出展されたときは、散々な批判を浴びた。当時流行していた新古典派風の優雅さとは無縁であること、すなわち遠近法を無視した構図、けばけばしいほどどぎつい色彩、混沌を感じさせるような人物の動き、そういったものが当時の観客の度肝を抜いたのである。見物人を代表する形で、当時の芸術担当大臣はドラクロアに向って、「公的な仕事を請け負いたければ、別の表現で描かねばならぬ」と言ったくらいだ。

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ドラクロアは非常に早熟で、二十歳頃には教会から宗教画の注文を受けていた。「風格の聖母」とか「サクレクールの聖母」といったそれらの作品は、ラファエロなどイタリアのルネサンス絵画の影響を色濃く刻んでいる。「オリーヴの園のキリスト」と題したこの作品は、いかいもドラクロアらしい、ロマン主義的雰囲気を感じさせる逸品である。

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「ミソロンギの廃墟に立つギリシャ(La Grèce sur les ruines de Missolonghi)」は、「キオス島の虐殺」に続き、ギリシャ独立戦争に取材した作品。ミソロンギは、アテネの西方パトラス湾に面した要塞都市で、1821年に独立戦争が勃発して以来、トルコ軍の攻撃の標的となっていたが、1826年の4月に陥落した。この絵は、その直後から制作にとりかかり、その年のうちに完成した。ギリシャ独立戦争に寄せるドラクロアの関心の深さを物語るものだ。

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「キオス島の虐殺(Scène des massacres de Scio)」と題するこの作品は、ギリシャの独立戦争の一齣に取材したものだ。ギリシャの独立戦争は1820年に始まったが、それはフランス革命がもたらした自由の精神にギリシャ人が目覚めたからだといわれる。そうした精神は、当時ヨーロッパ社会がある程度共有していたものである、大部分のヨーロッパ人は、ギリシャのトルコからの独立を目指す戦いに共鳴した。みずから戦場に飛び込んだバイロンは、その象徴ともいえる人物だった。

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