映画を語る

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劉浩(リウ・ハオ)の2004年の映画「ようこそ、羊さま(好大一対羊)」は、中国の貧しい農村の人々の生き方を描いた作品である。2004年といえば、改革解放の恩恵は内陸部の農村地帯には及んでいないと見え、とにかくすさまじいほどの貧困振りがうかがえる映画だ。人々は貧困な上に、因習的でしかも無知である。だからといって、必ずしも不幸なわけではない。人々自身が自分を不幸とは思っていないのである。そんな人々の生き方を、叙情たっぷりに描いたこの映画は、実にほのぼのとした気分にさせてくれる不思議な映画である。

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陳凱歌の1996年の映画「花の影(風月)」は、辛亥革命前後における中国の伝統的支配層の退廃的な生活を描いたものである。その頃の中国人の多くがアヘン中毒におかされていた。この映画は、そうしたアヘン中毒患者たちの糜爛した生活ぶりを、犯罪組織の暗躍をからめながら描いている。

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ココシリとは、チベット北部から青海省南部にわたる大高原地帯。チベットカモシカが生息している。その毛皮が高価で売れるというので密猟が激しく、百万頭もあった個体数が一時一万頭程度にまで減少した。それに危機感を抱いた現地の有志達が、パトロール部隊を編成して取り締まりにあたったが、組織的な武力を背景にした密旅者を根絶することはできず、かえって殺害されるケースがあとを断たなかった。2004年の中国映画「ココシリ(可可西里)」は、そんなパトロール部隊と密旅者たちとのせめぎあいを、ドキュメンタリータッチで描いたものだ。監督は陸川。

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2014年の中国映画「薄氷の殺人(白日焰火)」は、巧妙な殺人事件の謎を追うサスペンス映画である。どうという特徴もないのだが、ベルリンの金熊賞をとった。主演の刑事崩れを演じた廖凡の、一風変わったウェットさが受けたのだろう。

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王全安は、「トゥヤーの結婚」ではモンゴル人の夫婦愛を描いたが、この「再会の食卓」では、中国人の夫婦愛を描いている。それを見ると、日本人の夫婦愛とはかなり異なるので、小生などは戸惑ってしまったくらいだ。もっともそれは、小生のごく個人的な反応に過ぎないのもしれないが。

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王小帥の2008年の映画「我らが愛にゆれる時(左右)」は、現代中国人の家族関係を描いたものだ。家族関係といっても色々な側面があるが、この映画が描いているのは親子の関係である。難病にかかった子どもを救うために、母親がある決断をするのだが、それがあまりにも常軌を逸しているように見えるので、よほど開明的な人物でも深い違和感を感じざるをえない。

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王全安の2006年の映画「トゥヤーの結婚(图雅的婚事)」は、中国映画ではあるが、モンゴル人の家族関係を描いたものである。内蒙古も中国の一部であるから、そこに住んでいるモンゴル人も、少数民族として、中国人には違いないが、その生活様式は全く違っている。だから、普通の中国映画とは、かなり異なった印象を与える。

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2005年の中国映画「孔雀 我が家の風景」は、副題にあるとおり、中国人の家族関係を描いたものだ。中国人の家族関係のパターンは、小生はよく知らないのだが、エマニュエル・トッドの家族関係論が一つの参考になるので、それを紹介したい。トッドによれば、日本の家族関係は父親を頂点にした垂直的な関係で、兄弟のなかでも明確な序列があり、長男が家の財産を相続する。こういう家族類型をトッドは権威主義的家族と言っている。それに対して中国人の家族は、父親が権威をもつことは日本と同じだが、兄弟は平等で、横の連携は弱い。一人ひとりが父親と直接つながっている。したがって父親が死ぬと、家族はバラバラに解体する確率が高い。これをトッドは共同体家族と言っている。

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張芸謀の2000年の映画「至福の時(幸福時光)」は、莫言の同名の短編小説を映画化したものだが、非常に単純な筋なので、莫言を意識せずに、虚心坦懐に見たほうがよい。莫言といえば、壮大な文学世界を想起するので、つい身構えがちになるが、この作品は、どんな身構えも意味を持たないくらい、わかりやすい。

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田壮壮は、1993年に作った「青い凧」が毛沢東時代の中国を否定的に描いたことで権力の怒りをかい、当分の間、映画製作を禁止された。2002年の作品「春の惑い(小城之春)」は、その禁止がとけて最初に作った映画だ。テーマは欲求不満の人妻の不倫である。権力としては、不倫もあまり都合のよいテーマではないが、権力批判に比べればましだとして、見逃したようである。

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田壮壮は、陳凱歌や張芸謀と同じく、いわゆる第五世代に属する映画作家だが、政治的な傾向が強く、共産党政権に批判的な映画を作ったりして、不遇をかこったこともある。かれの代表作「青い凧(藍風箏)」は、1950年代から60年代にかけてのいわゆる毛沢東時代を、批判的な視点から描いた作品。共産党の怒りをかって、以後十年間映画製作を禁じられたという、いわくつきの映画だ。

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原田眞人の2015年の映画「日本のいちばん長い日」は、半藤一利の同名の小説を映画化したもの。この小説は1967年にも岡本喜八によって映画化されている。1945年8月15日の敗戦の日を中心にして、陸軍内部の徹底抗戦分子が、敗戦の決定に抵抗してクーデターを起した。その様子をドキュメンタリー風に描いた作品だった。ドキュメンタリー風にと言うわけは、小説にしてはちょっとだらけたところがあり、かといってドキュメンタリーとしても中途半端なところがあるということだ。

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伊藤俊也の1998年の映画「プライド 運命の瞬間」は、東京裁判結審五十周年を記念して作られた。東京裁判を日本側の視点から描いた映画といえば、小林正樹が1983年に作ったドキュメンタリー作品が有名だ。小林の映画は、それまで日本人の間にわだかまっていた東京裁判の正統性への疑問を、裁判全体を追跡することを通じて明らかにしようとしたものだった。伊藤のこの映画は、更に一歩進んで、日本側には裁かれる理由はなく、それを裁こうとする連合国は、法的な根拠をもたない単なる私刑を行ったというようなメッセージを色濃く発している。時代の流れがそうさせたのであろう。この映画では、日本側を代表する東条は英雄に近いような人間像に描かれ、裁く側を代表するキーナン検事はまるで道化のような描かれ方である。

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1999年公開の映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、キューバ音楽の俄バンドの活動振りを追ったドキュメンタリー作品である。ロード・ムーヴィーやドキュメンタリー映画に定評のあるドイツ人監督ヴィム・ヴェンダースが手がけ、アメリカやキューバで上映された。キューバ音楽の魅力を改めて認識させたものとして、大きな反響を呼んだ。

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森達也が1998年に公開したドキュメンタリー映画「A」は、原一男の「ゆきゆきて神軍」と並んで、日本のドキュメンタリー映画の傑作といわれる作品である。「ゆきゆきて」で助監督を務めた安岡卓司が製作に加わっているのも何かの因縁だろう。しかしその出来栄えについては、賛否に激しい対立がある。

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2012年のドイツ映画「みつばちの大地」は、蜜蜂の生態と人間とのかかわりを描いたドクメンタリー映画である。この映画が作られた数年前、おそらく2006年頃から、蜜蜂の世界規模での消滅が問題となっていた。それは2012年にも未解決であったから、このドキュメンタリー映画は、蜜蜂消滅の原因に焦点をあてながら、蜜蜂が人間にとって持つ意味を考えようとするものである。

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広島・長崎への原爆投下をテーマにしたドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」は、日系アメリカ人のスティーヴン・オカザキが作った。かれはこれを、原爆投下50周年を記念して作るつもりだったが、折からスミソニアン博物館での原爆展企画が物議をかもしていたこともあり、世論の反発を慮って見送り、60周年にあわせて製作しなおした。公開は2007年1月である。

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2012年のサウジアラビア映画「少女は自転車にのって」は、サウジアラビアにも映画文化が存在するということを世界に認識させた作品。厳格なイスラム社会として知られるサウジアラビアに、映画文化が存在するということが、世界中の人々には意外だったのではないか。しかもこの映画は、自転車に乗る少女をテーマにしている。サウジアラビアの女性が、つい最近まで自動車の運転を禁止されていたことはよく知られているが、この映画を見ると、自転車に乗ることもタブーだったらしい。とはいえ、乗り物一般が女性に禁止されていたわけではない。ラクダに乗ることは許されていたはずだ。

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2015年の映画「ガザの美容室」は、ガザに暮すパレスチナ人監督タルザン・ナサールが、フランス資本の協力を得て製作した作品。一美容室を舞台に、ガザに生きる人々の厳しい状況を描いている。ガザといえば、イスラエルによる度重なる攻撃が人道問題として脚光を浴びてきたが、この映画にはイスラエルによる攻撃は出て来ず、そのかわりガザにおけるハマスとファタハの軍事衝突が出てくる。今ではハマスはガザを代表する立場だが、かつてはファタハとの間で激しい主導権争いを演じていた。この映画は、その主導権争いが背景になっている。

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2017年のレバノン映画「判決、ふたつの希望」は、レバノンにおけるパレスチナ問題をテーマにした作品。レバノンは、複雑な人口構成もあって国内政治が混乱しがちであったが、ヨルダン内戦でヨルダンを負われたPLOが活動拠点をレバノンに移したことで、政治状況は一層不安定化した。1970年代には、黒い九月事件にともなうイスラエルの攻撃があり、引き続き大規模な内戦も起きた。そうした歴史を踏まえて、レバノンは21世紀に入っても、さまざまな国内対立を抱えている。この映画は、そうしたレバノン国内の対立、とくにキリスト教徒とパレスチナ人との憎しみあいをテーマにした作品だ。

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