ピエタ:ドラクロアの世界

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「ピエタ」をモチーフにしたこの絵は、パリのサン・ドニ聖堂の壁画として制作されたものである。1840年セーヌ件知事ランビュトー伯爵から依頼され、1844年5月に完成した。モチーフの選定については、紆余曲折があったようだ。

ピエタは、宗教画の中のもっとも人気のあるモチーフだが、ミケランジェロの彫刻が有名だ。ドラクロアは、その彫刻を意識しながら、この作品を描いたと言われる。ミケランジェロのピエタは、生母がわが子のなきがらを膝の上に抱えている姿で表現されている。この絵の中の生母も、キリストを膝の上に乗せているが、両手を大きく広げて悲しみをあらわし、聖母子の周囲には生母の悲しみを共有する人物を配している。その中で二人の女性が眼を引く。この女性たちを意識しながら、ボードレールはこの作品を次のように評している。

「マレー地区の聖ルイ教会へ、あの『ピエタ』を見に行くがよい。そこではおごそかな女王が悲嘆にくれて、膝の上にわが子のなきがらをのせ、はげしい絶望と母性的な神経発作にかられて、両の手をまっすぐ横にさしのべている。二人の人物のうちの一人が聖母の悲しみを支え、鎮めようとしているが、その人は『ハムレット』の最も悲痛な人物のように泣き濡れている」(本城格ほか訳)

ボードレールは聖ドニ教会を聖ルイ教会と取り違えているが、作品の評価には的を得たものがある。

ボードレールの時代ともなると、宗教的なイメージは、絵画のモチーフとしては時代遅れと思われるようになっていたのだが、しかしこの作品は、そうした偏見をゆさぶるほどに、強烈な感情を揺り動かしたことは、ボードレールのような不信仰者でも感動したことからわかる。

(1844年 壁画・油彩とワックス 355×475cm パリ、サン・ドニ聖堂)






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