映画を語る

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フランク・キャプラは、1942年から45年にかけて「我々は何故戦うかWhy We Fight」と題される戦意高揚映画のシリーズを作った。これらは劇場向けの一般公開を目的としたものではなく、軍人向けの教育映画として作られたものであり、アメリカ軍の依頼に基づくものである。全部で七作からなり、日独伊の枢軸国による無法な侵略を糺弾し、米軍兵士たちの戦意を高揚することをねらっていた。六作目までは、日独伊三国の無法行為を国別に紹介する手法をとり、最後の七作目は「アメリカの参戦」と題して、何故アメリカが第二次世界大戦に参戦したかについて、その経緯を描いている。それまでの六作についての総集編という位置づけを持つとともに、アメリカ参戦をオーソライズするものである。

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フランク・キャプラの1939年の映画「スミス都へ行く(Mr. Smith Goes to Washington)」は、アメリカ上院の議事の様子をテーマにしたものである。アメリカ上院にはユニークな議事慣行があって、いかなる議員も他の議員の妨害を受けずに自己の主張を続けることができる。基本的には無制限に演説を続けることができるのである。これはおそらく少数意見の尊重を目的としたものだと思われるが、場合によっては議事妨害の手段にもなる。実際映画の中でも、議事妨害だと言っているものもいる。しかしそれによって少数者の意見が尊重される効果はたしかにある。とかく少数派の意見がコケにされる日本の議会にも、見習う価値があるのではないか。

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フランク・キャプラは楽天的なアメリカン・ライフを軽快なタッチで描き出すことが得意だった。1938年に作った「我が家の楽園(You Can't Take It With You)」はその彼の代表作と言える。この映画には底抜けの楽天主義と、それを支える人間たちへの無条件の信頼がある。それでいて、アメリカ映画にありがちなプロテスタント臭さがない。徹底して現世主義的である。原題の You Can't Take It With You とは、金はあの世までは持っていけない、という意味だが、これは主人公の老人が金持ちの老人に向かって吐く言葉だ。いくら金を稼いでも、あの世までは持っていけない。人間の幸福は金では測れない。あの世ではなくこの生きている世の中を楽園に変えるには、もっとほかにやることがあるだろうと言うわけである。

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フランク・キャプラの1937年の映画「失はれた地平線(Lost Horizon)」は、欧米版桃源郷物語といってよい。また竜宮城物語にもいささか似ているところがある。現世の人間が山奥の理想郷に遊び、再び人間世界に戻ってくると言うのは、陶淵明を始め中国人が好きなテーマだ。また、久しぶりに人間界に戻ったものが、一気に数十年も年をとるというのは日本の浦島太郎を思わせる。ちょっと違うところは、その桃源郷が自然のものではなく、どうやら人工的に作られたことになっているところだ。しかもそれを作ったのが欧米人であるベルギー人の牧師になっているところが、いかにも欧米人らしい。地球上の事柄は、何につけてもすべて欧米人の支配下にあるといった文明論的な思い込みが感じられる作品である。

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フランク・キャプラの1938年の映画「オペラハット(Mr. Deeds Goes to Town)」は、純朴な田舎者と都会ずれした女記者との一風変わったラブ・ロマンスである。バーモントの田舎町でチューバを拭いていた青年(ゲーリー・クーパー)が、叔父が死んだことで2000万ドルの大金を相続することとなり、ニューヨークに移り住む。するとその金を目当てに色々な連中がたかりにやって来る。その中で、新聞記者のベーブという女性(ジーン・アーサー)は、俄成金を面白おかしく笑う記事を書くことを目的に彼に近づく。

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フランク・キャプラはウィリアム・ワイラーと並んで初期のハリウッド映画を代表する監督だ。1934年の作品「或る夜の出来事(It Happened One Night)」は、そのキャプラがはじめてアカデミー賞をとったもので、彼の代表作の一つである。いわゆるロードムービーの古典的傑作と言われている。ロードムービーというのは、一定の目的を持って或る場所をめざす人物が、その旅の途中で経験する様々な出来事を描くというものだが、この映画はそれに男女の恋愛をコメディタッチで絡ませ、楽しい雰囲気のものになっている。

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藤田敏八は神代辰巳とならぶロマンポルノの旗手として、1970年代に活躍した。ポルノだけではなく、一般の映画でも佳作を作ったことは、神代と同じだ。藤田の場合には、山口百恵などを起用したいわゆるアイドル映画を作った。

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「恋人たちは濡れた」というタイトルからは、男女が性交のエクスタシーの中で濡れに濡れそぼつというイメージが思い浮かんでくるが、このタイトルにはそれ以外のメッセージも込められているようだ。この映画に出て来るカップルは、最後には嫉妬した第三の男によって襲撃され、海に向かって自転車で疾走した挙句に、水につかってしまうのだが、その水に濡れる不幸な恋人たちというようなイメージも含んでいるのである。

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日活は1970年代から80年代にかけて、ロマンポルノと称される一連のポルノ映画を制作した。ポルノとはいえ、今日のアダルト映画とは異なり、芸術性を感じさせる作品もあった。神代辰美は日活ポルノを代表する監督である。その神代が作った作品で、しかも日活ポルノの代表作といわれるのが「四畳半襖の裏張りしのび肌」である。題名からして荷風散人の手慰み「四畳半襖の下張り」を思い出させ、実際筆者などはてっきりその映画化だと思い込んで見た次第だったが、内容は荷風散人の「四畳半」とは全く無関係だった。

エロス+虐殺:吉田喜重

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吉田喜重の1970年公開の映画「エロス+虐殺」は、一応成人映画ということになっているが、今日の眼から見れば実に穏やかなものだ。性的な描写がないわけではないが、女の裸を中年親爺がなめ回す程度のことで、セックスの現場をなまなましく映し出しているわけでもなく、今日的な意味でのポルノ映画とはほど遠い。にもかかわらず「エロス+虐殺」などと大袈裟な題名を付けたのはどういうわけか。「虐殺」ということについても、おぞましい虐殺シーンがあるわけでもない。主人公等の殺された後の死体が海岸の砂浜に転がっているところを映している程度だ。

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1966年公開の映画「胎児が密猟する時」は、前年の「壁の中の秘事」と並ぶ若松孝二のピンク映画の傑作である。テーマはサディズムだ。サド趣味の男が少し頭の足りない女をマンションの一室に連れ込み、そこで二人きりになったのをいいことに、女に対して暴虐の限りを尽くし、サド趣味を満足させるというものだ。その淫乱で残忍なところは、同じ趣味を持つ人々にとどまらず、多くの人々を魅惑する。

壁の中の秘事:若松孝二のピンク映画

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日本でポルノ映画という言葉が使われるのは1970年代以降のことで、それ以前には成人映画とかピンク映画とか言われていた。その時代の性道徳はいまよりずっと偽善的なものだったので、性描写も慎ましいものだった。だからポルノを期待して見ると、がっかりさせられるものが多い。その中で若松孝二が1965年に作った「壁の中の秘事」は、ピンク映画の傑作と称すべき作品だ。決して猥褻ではない。若松自身がこれをピンク映画と考えていたかは疑問で、性描写を伴う芸術作品くらいに考えていたフシがある。この映画はベルリン映画祭にも出品されているのである。

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「鞍馬天狗」シリーズは、アラカンこと嵐寛寿郎の当たり役で、サイレント時代の1928年から三十年にわたり四十もの作品に出ている。戦中から戦後にかけての一時期には作られていないが、昭和26年に時代劇が解禁されるやいち早く復活、当時人気者だった美空ひばりを杉作役にして、三作が作られた。「鞍馬天狗 角兵衛獅子」はその第一作である。

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1950年の映画「東京キッド」は。喜劇映画の名人斎藤虎次郎が美空ひばりを主演にして作ったもの。当時ひばりは13歳だった。まだ女らしさは強まっておらず、あいかわらず中性的な魅力を振りまいている。実際この映画の中でひばりは、男の子に化けたり、女の子に戻ったりを繰り返している。

悲しき口笛:美空ひばりの映画

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美空ひばりといえば、昭和の歌姫と呼ばれ、日本人にこよなく愛された。とりわけ小生の母親の世代には圧倒的な人気があった。小生の母親(昭和四年生まれ)もひばりの大ファンで、どんな用事があってもひばりの歌声に耳を傾けることを優先したものだった。外出先でも、ラヂオでひばりの歌が流される番組を必ずチェックしていて、その時間が近づくと、息子である小生に向かって言ったものだ。さあ、ひばりちゃんの歌が始まるから帰らなくちゃね。

オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)

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「オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)」は、1980年代から90年代にかけてロンドンやニューヨークの舞台でロングランになったほか、何度も映画化された。内容は怪物が美女に思い焦がれるといったもので、いわば「美女と野獣」のバリエーションといってもよい。欧米ではこの手の話が非常に受けるらしく、ほかにも様々なバリエーションがある。あの「キング・コング」なども野獣が美女に惚れるという点では、同じような趣向といってよいだろう。

スター誕生(A Star Is Born)

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「スター誕生(A Star Is Born)」は、落ち目のスターと新しくスターになっていく男女の恋をテーマにしたものだ。これはハリウッド好みのテーマらしく、同じ原作で三度も映画化されている。そのほか、先年オスカーを受賞したフランス映画「アーチスト」も同じようなテーマだった。ハリウッドがいかに気に入っているかわかろうというものだ。

ラ・マンチャの男(Man of La Mancha)

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「ドン・キホーテ」は世界文学史に屹立する偉大な小説にして、また奇想天外人をして抱腹せしめる衝撃であふれている。小説がこのように型破りであるばかりか、その作者ミゲル・デ・セルバンテスも古今東西人類が排出したなかでも最も型破りな男であった。したがって、小説そのものにせよ、その作者のセルバンテスにせよ、人間の想像力を刺激してやまない。ミュージカルの題材としてももってこいである。

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1971年のアメリカのミュージカル映画「屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」は、日本でも大ヒットしたほか、もとになった舞台劇のほうも、何度も俳優を代えながらロングランとなった。ミュージカルとして日本人のハートを長く捉え続けたわけは、家族愛を中心としたセンチメンタルな情感を醸し出していることにあるのだろう。

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1972年のアメリカ製ミュージカル映画「キャバレー(Cabaret)」は、キャバレーの歌姫をテーマにしている点で、1930年のドイツのミュージカル映画「嘆きの天使」とよく似ている。ワイマール時代のベルリンが舞台となっていること、歌姫の自由奔放な生き方が描かれていることなどが共通点だ。しかし違いもある。「嘆きの天使」では表面化していなかったナチスの台頭が、この映画では大きな影を落としていることだ。

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