映画を語る

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2008年の映画「アキレスと亀」は、北野武の作品としてはめずらしく、暴力シーンが一切出てこない。ただひたすら絵を描くシーンの連続だ。というのもこの映画は、一人の絵描きの半生を描いたものなのだ。北野武自身絵を描くのが好きだし、また結構うまい絵を描くようだが、そうした絵に対する自分自身のこだわりをこの映画に込めたということのようである。

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北野武といえば、本業はお笑いだが、映画ではどういうわけか暴力ばかり描いた。その北野が、暴力映画に限界を感じて、もっと別のジャンルに可能性を求めたらしいのが、この「監督・ばんざい!」だ。北野にとっては13本目の作品だが、この作品で北野は、自分の持ち味であるお笑いの世界にもどった。

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北野武の「座頭市」は、勝新太郎の座頭市シリーズを意識したものだが、座頭市というキャラクターを借用しているだけで、子母澤寛の原作とは全く関係がない、北野のオリジナル作品だ。その座頭市という名前にしてからが、映画では表面に出ておらず、まわりの者は単に按摩さんと呼んでいる。これを座頭市と呼んでいる唯一の人間は、敵役のやくざで、いわば腹いせの悪態として言っているだけで、座頭市がこの按摩の表向きの名前とは思われない。

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北野武の1993年の映画「ソナチネ」は、やくざの抗争を描いた暴力映画だ。題名がソフトなイメージを喚起するのでソフトタッチの映画かと思われるが、まったくそうではない。ハードな暴力映画である。ただ、暴力とともに映画の大部分を占めるのが、ビートタケシがテレビで繰り広げて来たドタバタギャクなので、見ている方としては多少肩の張らない気楽さを感じることはできる。

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1989年の映画「その男、凶暴につき」は、北野武の監督としてのデビュー作である。北野武といえば暴力映画といったイメージが定着しているが、この映画で早くもそのイメージが前面に出ている。しかし、後の彼の暴力映画と比較したら、やや穏健な印象を与える。というのは、この映画の中の暴力は、それなりの原因があるからだ。原因のある暴力は、表面の陰惨性のわりには暴力的な印象を強く与えない。本当に陰惨な暴力とは、理由もなしに行使される暴力だ。この映画の中の暴力は、後の北野映画の中でのように、理由もなく行使される陰惨な暴力ではなく、ある意味正当な暴力と言ってもよい。そこがこの映画を、多少とも穏健に見えさせている要因である。

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2013年のルーマニア映画「私の、息子」は、息子を溺愛する母親と、そんな母親に反発しながらも肝心なところでは依存する息子との、よくありがちな母子関係をテーマにしたものだ。この手の母子関係はどこの国でもあるし、日本にも当然あるが、この映画に描かれたようなものはちょっと珍しいかもしれない。そうした意味では、ルーマニア人の国民性のようなものを感じさせられる。

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2001年の映画「ノー・マンズ・ランド」はボスニア紛争の一こまを描いたものだ。監督のダニス・タノビッチはボスニア人だが、スロベニア・フランス・イギリス・ドイツの俳優が参加し、資本も各国から出ているので、国際共同映画と言ってよい。
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2015年のクロアチア映画「灼熱」は、ユーゴスラヴィア解体に伴うクロアチア内の民族対立を描いたものだ。ユーゴの解体によって、かつて連邦を構成していた各民族が独立の動きを見せ、それにともない連邦維持を追求するセルビア人との間に各地で内乱のような紛争が起きた。クロアチアにおける紛争はその早期のもので、規模も大きかった。今日クロアチア紛争と称されるこの内乱で、クロアチアの人口は数十万単位で減少した。

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1991年以降、ユーゴスラビアの解体に伴って、大規模な民族紛争が起きた。なかでもクロアチアとボスニアをめぐる紛争は、従来一つの国民を構成していたもの同士が、血で血を洗う凄惨な殺し合いに発展した。そんななかで、ユーゴスラビア最南部のマケドニアにおいては、マケドニア人とセルビア人勢力との対立は表面化しなかったようだが、マケドニア人とアルバニア人との対立がくすぶり続けた。1994年に公開されたマケドニア映画「ビフォア・ザ・レイン」は、そんなマケドニア人とアルバニア人との対立をテーマにしている。

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2007年のボスニア・ヘルツェゴヴィナ映画「サラエボの花」は、ユーゴスラヴィア解体後の民族紛争で生じた人々の心の傷を描いたものだ。この民族紛争では、旧ユーゴの連邦制の維持を目指すセルビア人と、独立をめざすボスニア人、クロアチア人が鋭く対立したが、ボスニア・ヘルツェゴヴィナには、ボスニア人、セルビア人、クロアチア人が共存したいたこともあって、民族間の対立はきわめて先鋭な形をとった。その過程で大勢の人々が悲惨な目にあったわけで、映画はそうした悲惨な人々が蒙った心の傷跡を描いている。

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ファティム・アキンの2014年の映画「消えた声が、その名を呼ぶ」は、第一次世界大戦中のトルコによるアルメニア人虐殺をテーマにした作品である。トルコ人とアルメニア人は19世紀から対立し、たびたび虐殺事件も起きていたが、第一次大戦においてトルコがドイツ側につき、アルメニア人が連合国側についたこともあって、トルコによるアルメニア人の迫害が強まり、組織的な虐殺や集団移住の強制などが起った。これについては、いまだにトルコ・アルメニア両国間で深い感情的な対立があるようだが、トルコ側は計画的な虐殺はなかったと否定している。国家による戦争犯罪は、日本の場合には南京虐殺があり、やはり日本政府はそのことに触れたがらない傾向があるわけだが、トルコは触れたがらないばかりか、その存在さえ認めたがらない。そういう状況にあって、トルコ系のドイツ人であるファティム・アキンが、この問題を正面から取り上げたわけである。その反響は結構大きかった。

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ファティ・アキンの2009年の映画「ソウル・キッチン」はドイツ風の人情喜劇といった趣の作品だ。ただし映画に出てくるのはドイツ人ばかりではない。主人公のジノス・カザンザキスはギリシャ人だし、その恋人の整体師アンナはトルコ人だ。そのほかアラブ人とか国籍不明の人間も出て来る。むしろそういったドイツにいる外国人たちがこの映画を盛り上げている。そういう点ではこの映画は、アキンの先行する作品同様、ドイツにおける少数民族に焦点を当てているといってよい。アキンは自分自身がトルコ系のドイツ人ということもあって、ドイツ社会における少数民族の生活に大きな関心を払い続けているということらしい。

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ファティ・アキンは、出世作の「愛より強く」において、ドイツ社会に生きるトルコ人を描いたが、そこでのトルコ人たちはドイツ人との間で暖かい交流を持つことがなく、トルコ人だけで傷つき合って生きているような人たちだった。映画の中に出てくる人たちはすべてがトルコ人であって、ドイツ人は例外的に出てくるだけである。それもバスに乗り合わせたドイツ人がトルコ人に向かって、お前とは一緒にいたくないから下りろと罵るような具合である。ところが、この「そして、私たちは愛に帰る」では、トルコ人とドイツ人との人間的な触れあいが描かれている。そのことによって、映画としての味わいが一段と深くなった。

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ファティ・アキンはトルコ系のドイツ人として、ドイツのトルコ人社会をテーマにした映画を作り続けた。2004年の作品「愛より強く」は、そんな彼の出世作となったものだ。ドイツに生まれたにかかわらず、ドイツ社会に疎外感を感じ、だからといってトルコにも一体感を感じることができない不幸なトルコ系ドイツ人たちを描いている。

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バーダー・マインホフ・グループは別名を「ドイツ赤軍」といって、1960年代末期から70年代にかけて反体制運動を展開した過激派グループのことだ。学生運動のリーダー、アンドレアス・バーダーと、それに共鳴したジャーナリスト、ウルリケ・マインホフから名付けられた。2008年のドイツ映画「バーダー・マインホフ 理想の果てに(Der Baader Meinhof Komplex)」は、この二人を中心としたグループの活動ぶりと彼らの死を描いたものだ。

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2017年の映画「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」は、最果タミの詩集「夜空はいつでも最高密度の青色だ」を映画化したものだ。とはいっても原作は詩集であって、ストーリーはない。そこを監督の石井裕也が自分で原作の雰囲気を生かすようなストーリーを作って映画化したということらしい。題名にわざわざ「映画」という枕詞を入れたのは、原作の詩集との差別化を図ったつもりか。

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河瀬直美の2015年の映画「あん」は、ハンセン氏病患者への差別をメインテーマにして、人と人との温かいつながりを描いた作品だ。題名の「あん」は、どら焼きのあんのことで、そのあんが三人の人々を結びつける。一人はハンセン氏病の患者で徳江という名の老婦人(樹木希林)、一人はどら焼き屋の店長千太郎(永瀬正敏)、そしてもう一人はそのどら焼き屋によく来る女子中学生ワカナ(内田伽羅)だ。

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西川美和の2006年の映画「ゆれる」は、一種の心理劇といってよいが、心理劇としては一風変わっている。普通、心理劇というのは、登場人物の不可解な心理の動きをテーマにするもので、観客はその心理の動きを自分なりにあれこれ推測するというのを醍醐味にしているが、その心理の動きの秘密のようなものは最後には明らかになる。そのことで観客は、それまで宙ぶらりんになっていた自分の疑問が解明されて、ある種のカタルシスを体験する。そのカタルシスが心理劇の眼目であって、それは劇中の不可解さの度合いが大きいのに比例して大きくなる。ところがこの映画では、不可解さが大きいだけでなく、それが最後まで解明されない。したがって観客は置き去りにされたような気持ちになって、とてもカタルシスを体験できるどころではないのだ。しかし観客の中には、それもよしとする人々も多くいるのだろう。でなければこうしたタイプの映画には拒絶反応ばかりが出てくるということになるはずだ。

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田坂具隆の1963年の映画「五番町夕霧楼」は、水上勉の同名の小説を映画化したものだ。原作は丹後の貧しい樵の娘夕子が、家の貧しさを救うため京都の五番町遊廓に身売りし、そこで好色な老人の慰めものになる一方、幼馴染の僧侶と再会し、つかの間の愛を育んだ後に、僧が寺に放火したうえで自殺したことを苦慮し、あたら若い命を自ら断つという内容だ。その若僧の寺の放火は、金閣寺炎上をイメージしている。金閣寺炎上をテーマにした小説とそれを映画化したものとして三島の金閣寺及び市川崑の「炎上」があるが、そちらは放火の原因を美への嫉妬などと言って、いまひとつ曖昧な所があったが、こちらは男女の恋の行き詰まりが背景にあったということにしている。果たしてどちらが事実なのか、第三者にはわからない。

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「江分利満氏の優雅な生活」は、1960年代の日本の典型的なサラリーマンの生活ぶりを描いた山口瞳のオムニバス風小説である。主人公の「江分利満氏」とは、英語のエヴリマンをもじったもので、どこにでもいる平凡なサラリーマンを象徴している。小説は随筆風なもので、筋書きらしいものはないが、それにある程度の筋書きを持たせたうえで、岡本喜八が映画化した。

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