映画を語る

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2013年公開のドイツ映画「おじいちゃんの里帰り(Almanya - Willkommen in Deutschland)」は、ドイツに移住したトルコ人家族の生活ぶりを描いた作品だ。監督のヤセミン・サムデレリはトルコ系のドイツ人であり、自らの家族の体験をもとにこの映画を作ったという。一家の長である祖父が、1960年代にドイツにやってくる。ゲスト労働者としてだ。その頃のドイツは、日本同様高度成長の只中だったが、深刻な労働力不足に悩まされ、多くの外国人労働者を招いた。ゲスト労働者とはそうした外国人労働者をさした言葉だ。ゲスト労働者の中で一番多かったのがトルコ人。そのトルコ人として、ドイツ社会で生きてきた祖父と、その家族の物語である。

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フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクの2006年の映画「善き人のためのソナタ(Das Leben der Anderen)」は、ベルリンの壁崩壊以前の東ドイツにおける、シュタージ(国家保安省)による国民監視の実態をテーマにしたものだ。オーウェルの「1984」を思わせるようなディストピアが、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツでは市民生活を暗黒なものにしていたというような、政治的なメッセージが込められた作品である。その割には、筋書の展開に無理なところがある。この映画の主人公はシュタージの将校なのであるが、その将校が自分の仕事に疑問を持つようになる、というのが一つの無理、もう一つの無理は、彼が命じられた仕事(監視)の意味だ。一応は、反体制の疑惑がある芸術家を監視するということになっているが、実際にはシュタージ長官の私的な思惑がからんでいた。その長官は芸術家の恋人に横恋慕していて、芸術家を消して女を獲得したいと思っているのだ。それをシュタージの将校は知っていて、自分のやっていることに誇りが持てなくなったというのだが、これはあまりにも観客を馬鹿にした設定ではないか。

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ゼーンケ・ヴォルトマンの2003年の映画「ベルンの奇跡(Das Wunder von Bern)」は、戦争によって引き裂かれた家族の絆、特に父子の絆を、ドイツ人のサッカー熱を絡めながら描いた作品である。だいたいヨーロッパの諸国民はサッカーが大好きのようだが、ドイツ人もその例にもれず、子どもから大人まで、男も女もサッカーに夢中、という様子が、この映画からは伝わって来る。ましてこの映画は、1954年のワールドカップを背景に取り上げている。ドイツはこのワールドカップで強敵を次々と破って優勝した。その優勝をドイツの人々は「ベルンの奇跡」と呼んで、喜びあったそうだ。

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ヴォルフガング・ベッカーの2003年の映画「グッバイ、レーニン」は、ベルリンの壁崩壊前後の東ドイツ人の暮らしぶりの一端をテーマにしたものだ。ベルリンの壁崩壊に続く東西ドイツの統合は、西側による東側の吸収という形をとり、多くの東ドイツ市民にとって過酷な面もあった。とくに体制にコミットしていた東ドイツ人にとっては、自らのプライドを揺るがされるものでもあった。この映画は、東ドイツの体制にこだわる家族の物語である。

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オリヴァー・ヒルシュビーゲルの2002年の映画「es」は、ある特殊な実験をテーマにしたものだ。その実験とは、ある種の行動科学実験で、疑似監獄を舞台にして、囚人と看守に別れた被験者が二週間を過し、どのような行動上の特徴が見られるかを分析しようというものだ。その結果、看守側の人間は、秩序維持のために抑圧的になり、囚人側は、初めは抵抗の姿勢を見せるが、やがて従順になっていく。しかし、看守側の抑圧的な姿勢は一層極端化し、最後には自分たちの雇い主まで攻撃するばかりか、殺人行為にまで発展するという異常な事態に陥るというのが、この映画のミソである。そんなことからこの映画は、人間の中に潜んでいる攻撃衝動をあぶり出したともいえる。そういう攻撃衝動は、かつて強制収容所で見られたのと同じタイプのものだ、というメッセージが伝わってくるように作られているようである。そういう攻撃的な人間を見せつけられると、ドイツ人というのは、誰もがナチス的な資質をもっていると思わされる。

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コスタ・ガヴラスの2002年の映画「ホロコースト アドルフ・ヒトラーの洗礼(原題はAmen)」は、仏独米の協同制作として作られ、言語には英語が用いられている。ガヴラスがフランスを拠点として活動しており、映画の舞台が主にドイツであり、金の出どころがアメリカだということか。テーマは、日本語の題があらわしているとおり、ナチスによるホロコーストだ。

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「オペレーション・ワルキューレ(Stauffenberg)」は、ドイツのテレビ局が2004年に制作・放映した作品だ。それがDVDになっているので、映画感覚で見ることができる。テーマはヒトラー暗殺計画だ。ヒトラー暗殺計画は、規模の大小併せて40以上もあったそうだが、これは中でも最大規模のもの。なにしろドイツ軍部が組織的にかかわっていたものだ。

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ラース・クラウメによる2015年のドイツ映画「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男(Der Staat gegen Fritz Bauer)」は、いわゆるアイヒマン裁判をテーマにした作品。アイヒマン裁判といえば、アウシュヴィッツの所長としてホロコーストを推進した男であり、戦後アルゼンチンに潜伏していたところを、イスラエルの諜報機関モサドによって逮捕され、イスラエルで裁判された結果、絞首刑になったのだが、そのアイヒマンの裁判に、ドイツ人の検事が一役かっていたというのが、この映画のミソである。

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2006年のイギリス映画「魔笛」は、モーツァルトの有名なオペラを映画化したものだ。設定に一部脚色は見られるが、原作のストーリーをほぼ踏襲しており、また歌の聞かせどころも満遍なく披露されているので、原作の雰囲気を別な形で享受できる。なかなか楽しい作品である。

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呉美穂の2015年の映画「君はいい子」は、親による子どもの虐待とか、学校現場における子どもたちの間のいじめとか、学級崩壊などをテーマにした作品である。親による子どもの虐待をテーマにした映画としては、松本清張の小説を映画化した「鬼畜」が古典的な作品として想起されるが、野村芳太郎の作った「鬼畜」は、妾が育児放棄した子供たちを本妻が虐待するというもので、いささか古風な時代設定だった。それに対して呉美穂が作ったこの「君はいい子」は、実の母親による子どもの虐待がテーマであり、そこに時代の変化を感じさせる。実の親による子どもの虐待は、いまでも報道を賑わせているように、極めて現代的なテーマであり続けている。

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瀬々敬久の2009年の映画「感染列島」は、感染症によるパンデミックを描いた作品である。この映画が公開されたのは、2009年の1月だが、その年の春頃から豚インフルエンザが世界的に流行し、一年近くにわたって猛威を振るった。その規模や深刻さから、国連がパンデミックに指定したほどだった。そのパンデミックを、この映画は先取りしたような形で描いていたというので、世界的な注目を浴びた。

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忠臣蔵と四谷怪談は、お互いに全く関係のない話だ。一方は元禄時代に起きた実話だし、一方は架空の怪談話だ。その本来関係のないものを結びつけて、深い関係があるかのように仕立てた映画を、深作欣二が1994年に作った。それが「忠臣蔵外伝・四谷怪談」である。

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深作欣二の1986年の映画「火宅の人」は、檀一雄の同名の小説を映画化したものだ。原作は檀自身の自伝的な私小説というべきもので、女にだらしない男の半生を描いている。映画もその雰囲気をよく表現していて、ある種の日本人男性の典型的な姿を垣間見せてくれる。こういうタイプの男、つまり自我が確立していなくて、常に誰かに支えられていないと生きていけないような男は、日本社会においてはかつてはよく見られたタイプであり、今日でも、あたりをよく見渡せば、まだ多く見られるのではないか。そういう男、つまり檀一雄の分身を緒形拳が演じているが、緒方はこういう役をやらせると天下一品だ。「鬼畜」におけるなさけない父親役と並んで、彼の代表的な演技といってよい。

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深作欣二の1984年の映画「上海バンスキング」は、日中戦争下の上海を舞台に、ジャズ・ミュージシャンたちの青春群像を描いた作品だ。ミュージカル仕立てになっていて、しかもコミカルタッチで展開されており、視覚と聴覚の二重に楽しめる映画だ。

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尾崎史郎の小説「人生劇場」は、劇的な要素に富んでいることもあり、数多く映画化された。その中で深作欣二が1983年に作ったものは、十三作目にあたるというが、これを最後に映画化されたことはない。いまのところ最後の「人生劇場」ということになる。深作はこの作品を一人で監督したわけではなく、佐藤純弥、中島貞夫との共作である。理由は、劇場公開のスケジュールに向けて時間がなかったこと。それゆえ、全体を三分して、それを三人で並行してとり、時間を節約しようとしたわけだ。しかし映画を見ての印象は、継ぎはぎというふうには見えない。きちんと線が通っている。そこは深作の職人としてのこだわりの産物だろう。

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深作欣二の1982年の映画「道頓堀川」は、宮本輝の同名の小説の映画化。大阪道頓堀界隈に暮らす人々の人生模様というか、生きざまのようなものを描いたものだ。ドラマチックな筋書きはない。鰥寡孤独の身で、アルバイトをしながら美術学校に通う青年(真田真之)と、偶然かれと出会ったことでやがて恋に落ちてゆく女(松坂慶子)を中心にして、真田が住み込みアルバイトをしている喫茶店の主人(山崎務)とその出来損ないの倅で、真田とは高校の同窓生だったという青年(佐藤浩市)がからんで、それぞれの人生模様が紡ぎ出されてゆくというような演出になっている。

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深作欣二の1976年の映画「やくざの墓場 くちなしの花」は、映画はさることながら、主演俳優渡哲也の歌った主題歌「くちなしの花」のほうが、圧倒的に有名だろう。いまだに歌われている。この主題歌は映画の中では、エンディングのところで一コーラスが歌われるだけで、目立った扱いはされていないのだが、それ自体が独立した歌謡曲として、大ヒットしたものだ。

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山下耕二は東映やくざ映画を代表する監督で、「山口組三代目」など実録物を多く作った。1975年の作品「日本暴力列島京阪神殺しの軍団」は、彼の代表作だ。映画の冒頭でフィクションと断っているが、それは方便で、実際には山口組の全国制覇の一幕を描いている。この映画には、日活の人気俳優だった小林明が、主演のやくざとして出演して話題となった。

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加藤泰はいわゆる任侠映画が得意で「緋牡丹博徒シリーズ」などを作っているが、1967年の作品「男の顔は履歴書」は一風変った任侠映画だ。これを任侠映画といえるのかどうか異論があるかもしれないが、一応義理と人情の板挟みになった主人公が、やくざ者を相手に大暴れするという点では、任侠映画の延長上の作品といってよいのではないか。

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篠田正浩の1975年の映画「桜の森の満開の下」は、坂口安吾の同名の短編小説を映画化したものだ。原作は、無頼派作家とよばれた坂口の代表作というべきもので、桜の妖気に取りつかれた人間の魔性のようなものをモチーフにしている。短編小説ながら物語展開に劇的な要素があって、映画化にはなじむ。それを篠田は映画化したわけだが、一部脚色をまじえながらも、ほぼ原作に忠実な演出といってよい。

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