映画を語る

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フリオ・メデムの1998年の映画「アナとオットー(Los Amantes del Círculo Polar)は、両親同士が再婚した義理の兄妹の恋愛をテーマにした作品だ。兄オットーの父は、妻と離婚してアナの母と結婚した。アナの父は交通事故で死んだのだった。オットーとアナはもともと同じ学校に通っていて、互いに好意を抱きあっていたのだったが、かれらの両親が結婚したのは偶然のことだった。オットーは、父親が母親と離婚したことにわだかまりがあったが、アナと一緒に暮らせるのがうれしかったので、母親と一緒に暮らしながら、週末にはアナのいる父親の家で過ごすのだった。

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アレハンドロ・アメナーバルの2009年の映画「アレクサンドリア(Agora)」は、古代末期のエジプトで活躍したギリシャ系女性天文学者ヒュパテイアの半生を描いたもの。彼女はキリスト教会の迫害を受けて、無残な殺され方で死んだ。キリスト教史の暗黒面のヒーローといえるので、キリスト教国ではあまり触れたがらないテーマだ。それをあえてとりあげたアメナーバルは、無神論者なのかもしれぬ。

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アレハンドロ・アメナーバルの2004年の映画「海を飛ぶ夢(Mar adentro)」は、尊厳死をテーマにした作品だ。ホラー映画やサスペンス映画など娯楽性の強い映画を作ってきたアメナーバルとしては、めずらしく社会的な問題に取り組んだもの。

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アレハンドロ・アメナーバルの2001年の映画「アザーズ(Los Otros)」は、スペイン流の幽霊映画である。日本で幽霊映画といえば、生きている人間が幽霊に悩まされるというパターンがほとんどだが、この作品は逆に、幽霊が生きている人間に悩まされたり、幽霊同士が脅かしあったりする。実に奇妙な映画である。

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アレハンドロ・アメナーバルの1997年の映画「オープン・ユア・アイズ(Abre los ojos)」は、ある男の夢の中の世界を描いたものだ。スペイン語の原題は「目を覚ませ」という意味。これは主人公の男が目覚ましの警告音に設定した女の声なのだが、その警告音で映画は始まる。そこで男は、目を覚まして街へと出かけていくのだが、それが夢の中の世界らしく、街には誰もいないのだ。そんなわけで、映画の全体がその男の夢のようでもあるし、また一部は現実のようでもあるという具合で、実に複雑な構成になっている。ともあれ夢の中の世界をあたかも現実の世界のように描いている点で、サイケデリック映画と言えよう。

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マイケル・ムーアは、現代政治を厳しく批判するドキュメンタリー映画作家として知られる。かれの批判は、主に共和党の政治家たちに向けられる。だから共和党からは蛇蝎の如くに憎まれている。とりわけ共和党の憎悪の対象となったのは、ブッシュ政権を批判した「華氏911」だ。これは息子ブッシュを戯画的に描く一方、共和党議員たちの偽善的な態度を皮肉っぽく描いていたので、モデルにされた人たちからは、強い反発を受けた。

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アレハンドロ・アメナーバルは21世紀のスペイン映画を代表する監督である。1995年に「テシス(Tesis)」でデビューした。23歳の時である。当時のスペイン映画界の観客動員記録を塗り替えるヒットだったそうだ。実際観客を楽しませてくれる映画だ。アメナーバルには、映画というものは芸術性ではなく興行性を重んじるべきだという持論があったようで、デビュー作のこの作品で、その持論を実践して見せたというわけだろう。

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スタンリー・キューブリックの1964年の映画「博士の異常な愛情」は、原題を Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb というが、米ソの核戦争がテーマだ。頭のいかれたアメリカの将軍が、独断でソ連への核攻撃を空軍に命令する。それを受けて、水爆を積んだ爆撃機が一斉にソ連攻撃に向かう。事態を察知した大統領は、急遽安全保障会議を開き対応を協議する。同時にホットラインを通じてソ連の首相とやりとりし、最悪の事態を避けようとする。しかし事態の悪化を止めることはできず、アメリカ側の爆撃機がソ連国内に水爆を投下する。それに対してソ連側も反撃。地球は核兵器によって破壊される、というような、ぞっとする内容の映画だ。

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スタンリー・キューブリックの1962年の映画「ロリータ」は、ナボコフの有名な小説を映画化したものである。小生は原作を読んでいないので、比較することはできないが、聞くところによれば、ナボコフはこの映画に失望したというから、原作の雰囲気とは違ったもののようである。原作では、ロリータはローティーンの少女ということになっており、その少女に中年男が異常な愛を向けるというものだったようだが、この映画の中ではロリータはハイティーンになっており、しかも性的な場面は全くといってよいほど出てこない。原作はその部分を売り物にしているわけなので、それが出てこないでは、気の抜けたサイダーのようになってしまうだろう。

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1999年の映画「ナビイの恋」(中江裕司監督)は、沖縄の人々の暮らしぶりを描いた作品。舞台は沖縄本島の西50キロの海に浮かぶ離島、アグニ島だ。そこに暮らす人々をユーモアたっぷりに描く。沖縄民謡や西洋音楽などをふんだんに取り入れ、なかばミュージカル仕立てになっている。見ても聞いても楽しい映画だ。

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スタジオ・ジブリによる1988年のアニメ映画「火垂るの墓」は、野坂昭如の同名の短編小説をもとにした作品。直木賞を受賞したこの短編小説は、野坂自身の体験を書いたものだと言われた。実際野坂は、疎開先で幼い妹を栄養失調で死なせている。その痛恨の思いを書いたということだが、一部にフィクションも交じっているとされる。その原作を小生は未読だが、アニメは原作をほぼ忠実に再現したということらしい。

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2016年公開のアニメ映画「この世界の片隅に」は、こうの史代の同名の漫画を映画化したものである。広島の沿海部で生まれ育った娘が、十八歳で呉のさる家にとつぎ、戦時中の厳しい世の中をけなげに生きる様子を描く。原爆には直撃されなかったが、米軍の空襲にまきこまれて、同行していた小さな少女を死なせ、自分自身右手を失いながらも、絶望することなく必死に生きる、そんな女性の生き方を、共感をこめて描いた作品である。

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岩井俊二の映画作りの特徴は、思春期の少年少女にこだわることだ。「Love Letter」では、同姓同名の中学校の男女の生徒がそれと意識せずに初恋らしいものを味わうところを描いたし、「スワロウテイル」では、中国系の在日少女を中心にして、在日外国人の生きたかを描いた。「リリイ・シュシュ」もまた、中学生の男女たちの思春期を描いた作品だ。だが先行する作品とは違いもある。いじめとか暴力といった、思春期の陰惨な側面に焦点を当てているのだ。

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岩井俊二の1996年の映画「スワロウテイル」は、在日外国人の生態を描いた作品。日本のどこかの町に、在日外国人がスラム街のようなものを作って住みこんでいる。かれらは日本社会に溶け込めないで、あくまで異邦人として暮らしている。中には日本生まれで日本語しか話せない者もいるが、それでも彼らは外国人と見られている。そんな彼らは、自分たちのことを円都と呼んでいる。円だけが目的の外国人集団という意味らしい。

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誰しも青春時代のほろ苦い思い出をもっていることだろう。初恋のときめきというのは、老年になっても忘れられないものだ。それゆえ、映画でもくりかえし描かれ、そのたびに感動を集めてきた。その感動はさわやかであったり、涙をさそうようなものだったりする。それを月並みだと言って笑うのは無粋なことだ。

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石井聰亙の1997年の映画「ユメノ銀河」は、夢野久作の小説を原作にしている。夢野久作は大正末期から昭和初期に活躍した怪奇小説作家で、幻想的な雰囲気を得意とした。この映画はそうした夢野の世界を映像として再構成したものだ。一見かなり荒唐無稽なところがあるが、それは原作の雰囲気を再現しているのだと思う。

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石井聰亙の1995年の映画「水の中の八月」は、少年少女たちが繰り広げるSF風の作品である。人類の不遜が原因で雨が降らなくなり、人々は石化病という奇病にかかって次々と倒れていく。それを見た高校一年生の少女が、自分の身を水にささげることで、再び雨を降らし、人々を救うというような内容である。内容としてはドラマチックなのだが、現実離れしていることと、画面が非常に悠長に流れるので、あまりドラマチックには感じない。

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石井聰互の1984年の映画「逆噴射家族」は、実に奇妙な映画である。題名にある「逆噴射」というのは、ジェットエンジンの逆噴射から来ている。ジェットエンジンが逆噴射すると、飛行機は後ろに向って飛ぶのではなく、運動が狂いをきたして墜落してしまう。実際にそうした事態がおきたことがあって、この映画が作られた頃には、「逆噴射」という言葉が流通していたそうだ。しかしこの映画が描くのは、ジェット機の逆噴射ではなく、家族の狂気である。

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ダビド・トルエバはフェルナンド・トルエバの弟だが、年の差も離れ、別々に活動している。2013年の作品「「僕の戦争」を探して(Vivir es fácil con los ojos cerrados)」は彼の代表作である。原題は「目を閉じれば生きるのはやさしい」という意味で、ビートルズの曲「ストリベリーフィールズ・フォーエヴァー」の一節。この映画は、あるビートルズ狂をめぐる愉快な出来事を描いたものなのだ。

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ベル・エポックといえば、普通は、19世紀末から20世紀初めにかけて、フランスに花開いた文化の香り豊かな時代を指して言う。スペインでは違う意味で使われているらしい。フェルナンド・トルエバの1992年の映画「ベル・エポック(Belle Époque)」は、1930年代のスペインに一時的に実現した共和制の時代を描いている。その時代が一部のスペイン人にとってはベル・エポックつまり「善き時代」だったと言いたいようである。

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