映画を語る

永遠の人:木下恵介

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木下恵介の1961年の作品「永遠の人」は、実に暗い印象の映画である。テーマは戦前の日本の農村における身分差別だ。この身分差別のおかげで、許婚がいながら地主の倅から強姦された女が、泣き寝入りして、その嫁となったものの、この男を生涯憎み続ける一方、かつての許婚を思い続けるといったストーリーだ。いまではこんなストーリーはあり得ない話だが、戦前の日本では珍しいことではなかった。そういう思いを込めた映画だ。

女の園:木下恵介

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木下恵介の1954年の映画「女の園」は、京都のさる女子大学を舞台に、学校当局の封建的な指導に反抗する女子大生たちの戦いのようなものを描いている。この戦いは中途半端なものに終わるようなので、何かすっきりしないものを感じさせるが、女子大生の中からこういう運動が起きたこと自体日本の歴史上画期的なことだった、ということをアピールしたかった映画と考えてやればよいだろう。

カルメン純情す:木下恵介

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「カルメン純情す」は「カルメン故郷に帰る」の続編ということになっている。映画のエンディングで「第二部」と書いてあるところからも明らかだ。第一部では、頭の足りないストリッパーが久しぶりで故郷へ帰って巻き起こす騒動が描かれていたが、こちらはその数年後に、ストリッパーのカルメン(高峰秀子)が男に惚れるところを描いている。題名にある「純情す」とは、うぶな女が男に惚れる気持ちを表わした言葉のようだ。第一部で彼女のストリッパー仲間だった女(小林トシ子)は、子どもを背負って彼女の前に現れる。この女は男に惚れたあげく、子どもを抱えたまま捨てられてしまったのだ。そんな友達を見るにつけ、カルメンはしっかり生きてゆこうと決心するわけなのである。しかし頭の足りないこととて、決心はなかなかスムーズに実現しない。あげくの果ては、恋に破れて意気消沈してしまうのである。

北京の自転車(十七歳的単車):王小帥

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2001年の中国映画「北京の自転車(十七歳的単車)」は、一台の自転車をめぐって、田舎から北京に出て来た少年と、北京の胡同で暮らす貧しい少年とが繰り広げるかなりウェットなドラマである。二人とも自転車に対して異様な執着をするのだが、そうした執着は今の日本人には殆ど理解できない。しかし2001年頃の中国人にとっては、自転車はまだ高値の花で、ましてや田舎から出て来た貧しい少年にとっては、命の次に大事なものだとの印象が伝わってくる。それにしてもこの映画の中では、自転車はまだ大通りを所狭しと走っている。そんな映像を見ていると、今日の北京の繁栄ぶりを見ている者には、これがわずか20年もたたない頃のことだとはなかなか実感が湧かないのではないか。

鬼が来た!(鬼子来了):姜文

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2000年の中国映画「鬼が来た!(鬼子来了)」の「鬼」とは日本兵のことである。鬼のような日本兵が中国人を迫害して、罪のない人々を無残にも殺し尽くす。その非人間性をテーマにしたものだ。この映画を見ると、中国人がいかに日本人を憎んでいるか、肌で伝わってくる。それはあるいは無理のないことかもしれない。中国政府は先の大戦、それは中国にとっては抗日戦争だったわけだが、その戦争で1000万人の中国人が死んだと公表している。そしてその大部分は日本軍によって殺されたとなっているから、中国人が日本人を憎む気持に無理はない。その憎しみは、戦後半世紀くらいでは到底消えるものではないというわけであろう。

唐山大地震

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2010年の中国映画「唐山大地震」は、1976年7月28日に起きた唐山地震をテーマにしたものである。この地震はマグニチュード7・5の直下型大地震で、中国政府の公式発表で25万人の死者を出したと言い、実際にはその二倍から三倍の死者が出たのではないかと憶測されている。いづれにしても20世紀最大の被害を出した地震であった。映画はその地震によって引き裂かれた家族とその再会を描いている。

罪の手ざわり(天注定):賈樟柯

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賈樟柯は、いくつかの人生をオムニバス風に結びつけて一編となすような作品作りが好きなようだ。2013年につくった「罪の手ざわり(天注定)」もそうした作り方をしている。この映画には四人の人物をめぐる物語が、相互にかかわりなく展開される。人物の間に共通の出来事も起らないし、人物同士に共通した性格も見られない。まったく無関係な人々がそれぞれ無関係に生きているところが脈絡もなく展開されるだけだ。

四川のうた:賈樟柯

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賈樟柯が2008年に作った「四川のうた」はちょっと変わった映画だ。四川省の成都にある軍需工場が一つの歴史を終えて解体されようとしているときに、その工場に生涯をささげたり、あるいはそこに深くかかわった人たちを登場させて、その人たちと工場とのかかわりを回想させる。日本ではNHKの報道番組によくあるパターンだともいえるが、NHKはプロデューサーが前面に出て語るのに対して、この映画では登場人物に語らせることに徹している。その点ではドキュメンタリー映画と言ってもよい。話の内容にドラマ性は認められるが、ドラマではなく事実を語るのだから、ドキュメンタリーと言えるわけだ。

長江哀歌:賈樟柯

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賈樟柯は、陳凱歌や張芸謀に続く中国映画第六世代を代表する監督だ。2006年公開の映画「長江哀歌」はその彼の名を世界的なものにした。

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陳凱歌の2008年の映画「花の生涯 梅蘭芳」は、伝説の京劇俳優と言われる梅蘭芳の生涯を描いたものである。梅蘭芳は大戦中に一貫して抗日の姿勢を貫いたことで、中国人には節制のある人物として人気があるが、その生涯を描いたこの映画は、日本人にとっては面白くない作品だと言えよう。日本人をあまりにも非人間的に描いているからである。

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陳凱歌の2002年の映画「北京ヴァイオリン(和你在一起)」は、中国人の親子愛をテーマにした作品だ。中国人の親子はとりわけ親愛の情が深いと言われる。そこには子によって老後を養ってもらいたいという親の側の打算もあるようだが、やはり4000年の歴史の中から、親子のつながりこそがこの世で最も大事なことだという思いが、中国人には染み込んでいるためだろう。その深い親子愛をこの映画はほろりとさせるような感覚で描いている。

黄色い大地(黄土地):陳凱歌

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陳凱歌は張芸謀とともに中国映画第五世代の旗手として中国映画を国際的な水準に引き上げた作家だ。いわゆる紅衛兵世代に属し、共産党体制に対しては複雑な気持ちを抱いているとされる。1984年の作品「黄色い大地(黄土地)」は彼の処女作であり、中国映画に海外の注目を集めるきっかけとなったものだ。

デルス・ウザーラ:黒澤明のソ連映画

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黒沢明が1975年に作った「デスル・ウザーラ」は、一応日ソ共同制作ということになっているが、金の出所から俳優までほとんどすべてがソ連からなので、実質的には純然たるソ連映画と言ってよい。黒沢はソ連に招かれて映画のメガホンをとったという形だが、誇り高い黒沢がなぜ外国映画の制作にかかわる気になったのか。おそらく日本国内では、自分の好きな映画が作れないので、外国の映画でも作ってやろうかという気持ちになったのだろうが、詳しいことは筆者にはわからない。

天国と地獄:黒澤明

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黒澤明の1963年の映画「天国と地獄」はサスペンスドラマの大作である。黒沢は「野良犬」をサスペンスタッチで作ったが、この「天国と地獄」はそれを大がかりにしたもので、サスペンスドラマの命とも言える心理描写もきめ細かく、ストーリー展開も大胆で、長編ながらあっというまに見終わったかのような印象を与える。サスペンスドラマとしては、世界的な傑作といってよいのではないか。

生きものの記録:黒澤明

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「生きものの記録」は、黒沢には珍しく、時事問題を正面から取り上げた社会派ドラマ映画である。この映画が作られた1950年は、米ソ冷戦が過熱して、核軍拡競争が繰り広げられていた。軍拡競争の最たるものは核開発競争だ。そのあおりでビキニ環礁の水爆実験の犠牲者が日本人から出た。広島・長崎に原爆を落とされてから数年しか経っていない時点で、またもや原水爆の脅威にさらされた日本人の中には、この世の終わりが近いという深刻な恐怖を抱くものが出たのも不思議ではない。この映画は、そうした日本人の原水爆への恐怖をテーマにしたものだ。

白痴:黒澤明

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黒澤明の1951年の映画「白痴」は、ドストエフスキーの同名の小説を映画化したものだ。小生がこの小説を読んだのは半世紀以上も前のことなので、筋書きの詳細は忘れてしまい、したがって厳密な比較はできないのだが、雰囲気としてはかなり原作に忠実なようである。ただ一つ違うところは、映画の中の白痴の青年が、死刑判決を受けて銃殺されそうになったことを回想する場面だ。これは原作にはないのではないか。ドストエフスキーには、政治犯として銃殺されかかった経験があり、それを映画の中に取り入れたということなのだろう。

醜聞:黒澤明

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1947年の「素晴らしき日曜日」以降、「酔いどれ天使」、「静かなる決闘」、「野良犬」といった具合に、黒澤明は日本の敗戦(及びそれによる日本社会の混迷)にこだわった映画を作り続けたが、1950年の「醜聞」に至って初めて、そうした呪縛のようなものから解放され、いわゆる映画らしい映画つくりに励むようになった。しかしこの映画でも、社会に対する批判的な視点が強く感じられることは、それまでの作品の延長上にある。

静かなる決闘:黒澤明

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黒澤明は、「すばらしき日曜日」や「野良犬」などで敗戦直後の庶民の日常を描いたことはあるが、そしてそれは戦争映画の偉大な達成という面を持っているのだが、戦争自体を正面から描いた作品は作っていない。1949年の映画「静かなる決闘」は、主人公が軍医ということもあって、戦争が一つのテーマになってはいるが、戦争自体を描くことが主題ではない。戦争中の出来事がきっかけで自分の人生に狂いが出てしまった男の悩みを描いたものだ。それ故戦争は物語のきっかけになってはいるが、戦争がなければ物語が始まらなかったというわけでもない。

わが青春に悔なし:黒澤明

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「わが青春に悔なし」は、黒澤明の戦後第一作だ。敗戦の翌年1946年の10月に公開された。そんなこともあって、占領軍への配慮がにじんでいる。黒澤の戦後第一作は、本来なら「虎の尾を踏む男たち」のはずだったが、この映画は封建的な人間関係を礼賛しているところが占領軍の検閲に引っかかることを恐れた東宝が、公開を自主規制した。そのかわりに黒澤に作らせたのが、この「わが青春に悔なし」で、これは当時占領軍の検閲の基準になっていた民主主義の振興という項目に大いに合致していると、考えられたのである。

虎の尾を踏む男達:黒澤明

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黒澤明の作品「虎の尾を踏む男達」は、敗戦の前後に作られたが、公開されたのは1952年だった。配給会社の東宝が、占領軍の検閲を憚って自主規制したのである。映画の内容が、封建的な主従関係を賛美しており、それが占領軍の逆鱗にふれることを恐れた会社側が、占領が解かれて日本が独立を回復するまで、この映画の公開を封印したというわけである。

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