日本の美術

びゃっこらさ:白隠の漫画

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「びゃっこらさ」も「毛槍奴立小便図」同様、奴を風刺した絵と思われる。この絵の奴は、白狐の姿を借りており、その白狐の「びゃっこ」と奴の蔑称である「やっこらさ」を引っ掛けて「びゃっこらさ」としたわけであろう。

毛槍奴立小便図:白隠の漫画

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この絵は、毛槍奴が立ち小便している様子を子どもたちが見て囃したてているところを描いたもの。右側の賛に「毛槍をもって立てししす」とあるのは、「毛槍をもって立ち小便する」という意味。左側の賛には「しかも大きなしじじゃ、小じゃりが飛ぶは、あれ見よ」とある。「しかし大きなちんぽこじゃ、小便の勢いで小石が飛んでいる、あれを見てごらんよ」という意味である。

鷲頭山図:白隠の禅画

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鷲頭山は、伊豆半島の西側の付け根にあたるところにある。白隠が住職を勤める松陰寺からは、富士同様によく見える山だ。しかもこの山は仏教伝説ともゆかりがあるというので、白隠は特別の気持を抱いていたにちがいない。この山を描いた絵に、そうした白隠の気持ちが籠められている。

富士大名行列図:白隠の風景画

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白隠は、沼津の東海道に面した松蔭寺の住職をしていたから、そこからは富士が手に取るように見えた。そんな富士の姿を白隠は数多く描いている。これはそのうちの一枚。雄大な富士をバックに大名行列が通り過ぎるところを描いている。画面いっぱいに富士を描き、裾野に大名行列を描く。その行列は西へ向かって進んで行き、その先には川があり、川の近くにはそばだった岡も見える。

鍾馗鬼味噌図:白隠の漫画

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これは鍾馗が擂粉木で味噌を擂っている図柄。よくみると、擂鉢のなかにいるのは、四匹の鬼。これらの鬼は人間の煩悩の化身で、それらを擂りつぶした味噌を食えば、煩悩から解放されて成仏できるじゃろう、というのがこの絵の狙いだ。白隠なりの衆生教化の意図が籠められたものと言えよう。

鍾馗図:白隠の漫画

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白隠は鍾馗の図を数多く描いている。鍾馗は厄除けの神として親しまれ、端午の節句には子どもの厄をはらう守護神として尊重された。もともとは、中国に実在した人物で、それが神になったにはいわれがある。玄宗皇帝のときに科挙を目指したが落第を重ね、それを恥じて宮中で自殺した。ところが、どういうわけか、重い病気にかかった玄宗の夢の中に現れ、玄宗を悩ませていた悪鬼を追い払ったところ、玄宗の病気が治った。それに感謝した玄宗が、画工に鍾馗の姿を描かせて顕彰した。それ以来厄除けの神として庶民に慕われたというのである。

お福御灸図:白隠の漫画

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お多福女郎が客の尻にお灸を据えているユーモラスな図柄のこの絵には、「痔有るを以てたつた一と火」なる賛がある。そのまま虚心に読めば、「痔があるのでたった一つの火で治療してやろう」となるが、その裏には別の意図が隠されているという。この言葉は、当時の寺子屋の教科書でよく使われた言葉、「人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴し」をもじっているというのである。

布袋吹於多福図:白隠の漫画

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お多福は現代ではおかめとして、ひょっとこと対でイメージされることが多い。白隠は布袋と並べてお多福を描いた。それも布袋がお多福を生み出したという形のものが多い。この絵もその一枚で、布袋が吐いた煙からお多福が生まれたということになっている。

すたすた坊主:白隠の漫画

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すたすた坊主というのは、主に街道筋に出没し、芸をしながら物乞いをする乞食坊主のことで、徳川時代の中頃に沢山存在したようである。白隠は、そのすたすた坊主に布袋を重ね合わせた。布袋がすたすた坊主となって、人々に功徳を施すところを描いたわけである。

布袋図:白隠の漫画

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七福神のうちで白隠がもっとも多く描いたのは布袋だ。七福神は日本の風習だが、布袋は中国に実在した人物がモデルになっていると言われる。彼は僧侶なのだが、盛り場に出没し、おどけた行為をしては、見物人から金や物を乞うていた乞食坊主だった。ところが実は弥勒菩薩の化身だったということがわかり、庶民の信仰を集めるようになった。その伝説が日本に入ってきて、七福神の一人に数えられるようになったというわけである。

鼠大黒:白隠の漫画

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「鼠大黒」と呼ばれるこの絵は、七福神とよく似た図柄だ。船は省かれていてないが、その他の部分には共通するところが多い。中央には、鏡餅を前にして大黒天が座禅を組み、その周りに七福神のほかのメンバーが音曲を楽しみ、ネズミたちが宴の準備をする。これは新年を祝う宴なのだろう。

七福神合同船:白隠の漫画

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「七福神合同船」と呼ばれるこの絵は、一艘の船に集合した七福神を描く。その船は「寿」という文字をあしらった文字絵で表現されている。文字絵は白隠の特技の一つだ。この絵の場合には、「寿」という文字を分解して、マストの部分と船体の部分とを、それぞれ心憎く表現している。

騎獅文殊:白隠の菩薩像

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白隠は、観音菩薩と並んで文殊菩薩も多く描いた。白隠の描く文殊菩薩は、観音菩薩同様女人のイメージで描かれている。文殊菩薩といえば、釈迦三尊の一員として普賢菩薩と並んだ姿とか、西大寺の文殊菩薩のように眷属を引き連れた勇ましい姿で描かれることが多いが、白隠は観音菩薩同様、女人のイメージで単身の姿を描いたのである。

蓮池観音:白隠の菩薩像

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蓮池観音とは、観音の異名の一つではなく、観音が蓮の池に臨んでいる様子をあらわした言葉だろう。この絵は、白隠としては珍しい横幅の画面に、岩絵の具を用いて丁寧に描かれている。

蛤蜊観音:白隠の菩薩像

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蛤蜊観音は、中国の俗説から生まれたもので、仏教の経典にあるわけではない。その俗説というのは、唐の文宗皇帝がハマグリを食おうとして、蓋が開かないので、香を焚いて祈祷したところ、蓋があいて中から観音様が現れたというものだ。

楊柳観音:白隠の菩薩像

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白隠の描いた観音像は、慈母のイメージが強い。達磨像を初め男性的な表情における鋭い覇気のようなものに代って、観音像には女性的な優しさが顕れている。その多くは伏し目がちで、控えめな表情をしており、白隠の女性についての理想像が垣間見られる。

出山釈迦:白隠の禅画

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「出山釈迦」と題したこの絵は、山中で修行を重ね、悟りを開いた釈迦が山を下りてゆくところを描く。仏教の経典では、釈迦は川のほとりの菩提樹の木の下で瞑想し、悟りを開いた後は梵天の勧めに従って衆生の教化を始めたということになっている。川と山の違いはあるが、悟りを開いた釈迦が衆生の教化のために歩み出したというイメージは共通しているようである。

苦行釈迦:白隠の禅画

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白隠は、禅宗の祖師を描いたほか、釈迦や菩薩の絵も描いた。そのうち、白隠の描く釈迦は、説法をしたり衆生済度を行う尊い姿ではなく、修行中の姿を描いたものがほとんどだ。修行をする釈迦に、己の姿を重ね合わせていたのかもしれない。

大燈国師:白隠の禅画

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これも永青文庫所蔵の大燈国師像。乞食大燈像とほぼ同じ構図だが、頭に笠をかぶっていること、左手で椀を持っていること、背中に薦のようなものを背負っていることなどに相違が見られる。右手でなにかの印を結んでいること、左手でズタ袋を持っていることなどは共通している。

乞食大燈像:白隠の禅画

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日本の臨済宗では、日本臨済宗の発展に尽力した三人の僧を祖師として尊重している。大應国師・南浦紹明、大燈国師・宗峰妙超、関山国師・慧玄である。大應国師は、鎌倉時代に中国から日本に渡ってきて、崇福寺の開山となり、大燈国師は、大應国師の法を継いで大徳寺の開山となり、関山国師は、前二者の法を継いで妙心寺の開山となった。この三人を臨済宗では應燈関と称している。現在の臨済宗のすべての法統はみなこれにさかのぼるという。

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