日本の美術

秋景山水図:雪舟

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「秋景山水図」及び「冬景山水図」は、もともと四季山水図四点のうちの二点だったと考えられる。この二点は、「山水長巻」と並んで雪舟の最高傑作というに相応しい作品だ。画法的には、若年時の技法や中国からの影響を脱して、雪舟独自の境地を切り開いた記念碑的な作品と言える。

山水図屏風(右隻):雪舟

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山水図屏風の右隻は、左隻と連続しているわけではないが、図柄としては、同じような雰囲気のようなものを並べ、左右一体で調和を醸し出している。

山水図屏風(左隻):雪舟

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雪舟としてはめずらしい六曲一双の図屏風形式の山水画である。一応伝雪舟という扱いになっていて、真筆とは断定されていないが、真筆の可能性は非常に高いとされる。落款に「備陽雪舟筆」とあることから、文明六年(1474)頃の作品と思われる。この時期に雪舟は、山水小巻を描いており、筆致に共通するものがあると指摘される。両者とも、行体画だということで、全体としてやわらかい印象が特徴である。

雪舟の山水小巻

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現在山口県立美術館が保存する雪舟の山水図巻は、毛利博物館所蔵の山水図巻が「山水長巻」と呼ばれているのに対比して「山水小巻」と呼ばれる。長巻に比べてもともと高さも幅も短かったことに加え、現存するものは、原本を二つに裁断したものの前半に過ぎないからだ。

黄初平図(倣梁楷):雪舟

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梁楷は、南宋の宮廷画家として活躍した人だが、宮廷の雰囲気とは正反対の、禅味を思わせる渋い絵を描いた。その渋さが日本の禅僧たちに受け、禅寺ではもてはやされたという。禅僧の端くれだった雪舟も、梁楷には親しみを感じたに違いない。

倣李唐牧牛図:雪舟

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李唐は、北宋末から南宋はじめにかけて活躍した画院画家で、南宋画の先駆者の一人として位置づけられる。雪舟は、夏珪らとならんで、李唐の画風も吸収しようとして、ここにあるような模写を行った。

雪舟の山水図巻(秋冬)

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(山水図巻秋)

山水図巻の画面は、季節ごとに均等に割り振られているわけではない。秋と冬はあわせて全体の四分の一程度である。これは夏珪の原作がそうだからか、あるいは雪舟の独自の配分なのか。日本人が秋がすきなのは雪舟の時代も変らぬと思うので、おそらく原作の構成に左右されたのではないか。

雪舟の山水図巻(春夏)

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(山水図巻冒頭部分)

帰朝後の雪舟は、図巻形式の山水図をいくつか描いた。文明三年の「倣夏珪山水図巻」をはじめとして、山水図巻(京都国立博物館)、山水小巻、狩野探幽模「山水図巻」などである。それらはいづれも、横長の画面に四季の風景の変化を順を追って描いているというもので、山水画を日本古来の図巻形式で表現しようとしたものだ。雪舟以前の室町時代の山水画は、軸のような縦長の画面で表現するのが普通だったが、雪舟はそれを意図的に横長の画面に移し変える試みを行ったのである。

雪舟の倣夏珪山水図

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(夏景山水図<倣夏珪>)

雪舟は在明中に中国画に学ぶ一方、著名な画家の絵を求め、それを携えて日本に戻った。そしてそれらの絵を模倣しながら、自分の画風の確立に努力した。雪舟が模倣した画家は何人かあるが、中でも夏珪は最も強い影響を雪舟に及ぼした画家であった。南宋時代の画院画家で、南宋院体の代表的な作家と目されている。日本にも「雨景山水図」などが今に伝わっている。

四季山水図(冬):雪舟の山水画

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四季山水図(ブリジストン美術館蔵)四幅のうち冬図。このシリーズの絵の中では、構図がもっとも安定している。空の余白の部分は少ないが、その分背景の山と前景の景色との調和が画面を安定させている。左上の空の余白と右下の水の部分とが対応しているところも、構図の安定に役立っている。

四季山水図(秋):雪舟の山水画

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四季山水図(ブリジストン美術館蔵)四幅のうち秋図。東京博物館蔵の四季山水図秋図が、画面中央の広い部分に雲煙を配し、それで以て画面を上下に二分しているのに対して、これは背景の山と前景の自然とを近接させて、しかも明瞭な線で描かれている。

四季山水図(夏):雪舟の山水画

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四季山水図(ブリジストン美術館蔵)四幅のうち夏図。東京博物館の四季山水図夏図と比較すると、その相違が大きいことがわかる。まず構図。後者は画面上部の中ほどに、背景として岩山を配し、その前面に近景として山里を描いていたが、こちらは、画面中ほどから左手方向に絶壁を配し、その絶壁の真下に山里を描いている。また、後者には雲煙があるのに、こちらはそうしたものはなく、すっきりと描かれている。

四季山水図(春):雪舟の山水画

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ブリジストン博物館所蔵の四季山水図四幅は、落款や押印がないが、雪舟の真筆と断定されている。同じく四季山水図でも、東京博物館所蔵の在明中のものに比べて、一回り小さい。製作時期は、画風に中国の影響が見られるところから、帰朝後間もない時期に描かれたのだと考えられる。

四季山水図(冬):雪舟の水墨画

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四季山水図四幅のうちの冬図。峨々たる岩山を背景に山里の寒々とした風景を描いている。背景の岩山も左手前景の岩山も雪をかぶって白くなり、山里の家々も雪に埋もれて沈黙の風情をかもし出している。四季山水図四幅のなかでは、もっとも日本的な雰囲気を感じさせる。

四季山水図(秋):雪舟の水墨画

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四季山水図四幅のうち秋図。これも他の三幅同様、高山を背景にした里の風景を描いている。どの山と、どの里をテーマに描いたのかは、全く判っていない。おそらく李在はじめ中国当代の画家たちの絵を参考にして、雪舟が自在に構成したのではないかと思われるが、雪舟が折に触れスケッチしておいた実景をもとに描いたという解釈もないわけではない。

四季山水図(夏):雪舟の水墨画

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四季山水図四幅のうち夏図は、李在の山水図(東京博物館蔵)に非常に似ているので、よく比較される。まづ構図だが、画面全体に景物をくまなく配した構図が、両者に共通している。描法も、遠くの山をぼかすことで遠近感を出したり、山の麓に白い霞を介在させることで上下の高低感を表したりするところが共通している。

四季山水図(春):雪舟渡明中の水墨画

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現在に伝わる雪舟の作品のうちもっとも早い時期に描かれたのは、東京国立博物館所蔵の「四季山水図」四幅である。この作品は、雪舟の渡明時代に北京で描かれたことが、落款や呆夫良心の「天開図画楼記」などからわかる。雪舟は、応仁元年(馬歯四十八)に渡民し、同三年(五十)に帰国したが、その間に北京でこれを描いたのである。

雪舟の世界

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雪舟は、日本の美術史上、個人の名が前面に出た最初の芸術家と言える。彼以前には、日本の芸術は、基本的には匿名作品だった。鳥獣戯画の作者とされる鳥羽僧正は、実在の芸術家というより、象徴的な意味を持たされた存在だったといえるし、運慶や快慶は、確かに個人として卓越した技術を持っていたが、歴史的には個人としてよりも、技法の集団を代表するという意味合いで言及されることが多かった。特定個人の名と結びついた芸術が日本に現れるのは、雪舟以後と言ってもよい。

小林清親の花鳥動物画

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(猫と提灯 明治十年)

小林清親は、東京名所図刊行の傍ら、花鳥や動・植物をモチーフにした版画も製作した。それらは、実用的な価値のある東京の名所図とは違って、あまり売れなかったようだが、清親は自分の画家としての矜持から、こうしたテーマも積極的に描いたようだ。

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(亀井戸藤 明治十四年)

亀戸天神は十七世紀の中ごろの寛文年間に、菅公の子孫によって創建された。以後関東地方における天神信仰の一大拠点として栄えてきた。いまでも湯島の天神様と並んで、学問の神様として、特に受験生を中心に、広い信仰を集めている。

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