旅とグルメ

ロシアに旅するにあたっては治安の悪さがよく指摘されるが、小生たちもやはりその治安の悪さの犠牲になった。その二三の例を紹介したい。治安が悪いという印象はその国にとって不名誉であるのみならず、旅行者にとっては災厄というべきなので、先進国を標榜する国においては、最優先に解決すべき課題である。

九月二十日(木)七時に起床、パソコンに向かって航空機のオンライン・チェックインをなさんとするに、システム機能せずとのアナウンス表明され目的を達せず。昨日の日記を整理して後、九時頃運ばれ来れる朝餉を食す。

三時頃カフェを去り、地下鉄にてセンナヤ広場駅に至り、ホテルに小憩すること一刻。五時過ぎて再び外出す。今宵は露西亜旅行最後の日なればとて、浦子さるヲーカバーにてヲートカパーティを催さんと提案す。さればタクシーにて赴くべしと、石子のスマホアプリを用ひてヤンジェクス・タクシーを呼び寄せんとす。携帯電話番号の入力を求めらる。石子の携帯番号を入力するに、外国ナンバーは受け付けずと返さる。ここにて初めて、ヤンジェクス・アプリを活用するには、ロシアのSIMカードが必須なりと気付きたり。

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(ネヴァ河畔)

九月十九日(水)六時半に起床して日記を整理す。八時近く朝餉を供せらる。昨日と同じメニューなり。食後窓外を見るに天晴れ渡りて爽快なる陽気のなか、サラリーマンと思しき人々足早に歩み去りたり。その身なり普段着と異ならず。ロシア人はうちとけたる勤め人生活を楽しみをるが如し。

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(アレクサンドリンスキー劇場)

再び舟に乗ること三十数分にしてサンクト・ペチェルブルグに戻る。宮殿前広場を横切る際、ロシア娘より声をかけらる。翁らはキタイなりや、妾と記念撮影をなさざるや、と。余、苦笑して去る。また、驢馬の縫ぐるみを着て通行人をたぶらかし、ともに記念撮影をなして、肖像権料をとるものもあり。つられて付き合ふは剣呑に似たり。

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(エルミタージュ美術館)

九月十八日(火)六時半に起床して日記を整理す。窓よりモスクワ大通りを展望するに、天晴れて爽快なり。八時近くにフロントの老嬢朝食を持ち来る。トーストと目玉焼きとコーヒーなり。

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(ドム・ヴャゼムスコイの前にて)

九月十六日(月)陰。六時半起床、七時に一階ロビーに諸子と待ち合はせ、ともに食堂に行きて朝餉をなす。モスクワのホテルとほぼ同じメニューなり。

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(ユーリエフ修道院遠望)

食後バス停にてバスを待つ。ややしてバス来る。生活路線なり。車掌にユーリエフ修道院に行きたしと告げ、まはりの乗客にもその旨を告ぐ。かれらバスがユーリエフ修道院に着くや一斉に余にその旨を告ぐ。ために間違ひなく目的地に下車することを得たり。

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(ノヴゴロド駅に到着せる夜行列車)

九月十六日(日)六時に目覚まし時計の音に起こさる。トイレにゆき、歯をみがき、髭をそる。窓外を見るに、あたりやうやう白みはじめ、列車は白樺林の中を進みてあり。時折白樺の林に湖らしきもの景を添へたり。頗る幻想的なり。その雰囲気の微妙なること、あたかも宮沢賢治の林檎林の詩を読むが如し。

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(モルドヴァ大使館)

ツム百貨店を出でて、クズネツキー通りを歩む。この通り歩行者天国にて、夥しき数の人々散策す。通りの一角にモルドヴァ大使館の玄関あり。浦子がいふには、この大使館内に大使館の経営するレストランありと。守衛に乞ひて内部に案内せらるべしと旅行ガイドに記しあれば、守衛に案内を乞はんとするに、留守なり。その帰りを待つ間通りの雑踏を眺めゐたり。その雑踏、銀座の雑踏よりも人間臭さを感じせしめたり。ややして守衛帰り来る。すなはち案内を乞ふに、守衛我らを別の入口より招き入れてレストランに案内す。

四方山話の会の十月の例会は、小生らが先日行ったロシアへの旅行報告に宛てられた。小生が総論を話し、その他の諸子がそれぞれ自分の言いたいことを補足しようという具合に意見統一を行ったうえで、会に臨んだ次第だ。参加したものはロシア旅行四人組のほか、福、六谷の両子を合わせて六人だった。

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(ムジェイ・クスコヴォ)

九月十五日(土)晴。六時に起床して昨日の日記を整理し、八時に食堂にて諸子と落ち合ひ朝餉を共にす。メニューは連日同じなり。この日はノヴゴロドへの移動日なれば、十時にホテルを辞し、タクシーを雇ひてレニングラード駅に到る。その名のとほりサンクト・ペチェルブルグ方面の列車の発着駅なり。構内に入らんとするに荷物の検査をなす。駅にもセキュリティの強化を施すは、ロシアはテロに敏感なるが如し。

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(プーシキン美術館)

三時過ぎイタリア・レストランを出でて先程来たれる道を戻り、プーシキン美術館に入る。あたかも日本の浮世絵点開催せられてあり。その様子を石子ニュースにて知り是非見物致したしと言ふなり。

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(トレチャコフ美術館のイコン・コレクション)

九月十四日(金)朝より快晴の空広がる。午前六時に起床、昨日の日記を整理して後朝餉に臨む。メニュー昨日と毫も異ならず。パンとミルクとソーセージの類なり、

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(国立ボリショイ・サーカス劇場)

食後アルバート通りを散策す。この通りはモスクワ一のショッピング街にて、モスクワのオックスフォード通りともいふべきものなり。通りに面せる一銀行に入る。岩子手持ちのドルをルーブリに両替す。交換レート満足すべき水準なる由。

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(モスクワ劇場広場前のマルクス像)

九月十三日(木)早朝四時半頃目覚む。窓外を見れば雨霏霏たり。昨日以前の日記の整理をなして後、八時に五階カフェにて諸子と落ち合ひ、朝餉をなす。ロシア風蒸しパンにソーセージの類なり。食後、持参せるタブレット端末を石子のWifiルーターに接続す。石子これを成田空港内にて調達せし由なり。ホテルWifiのPCへの接続はならず。

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(モスクワ、スラヴャンカ・ホテル前にて)

九月十二日(水)八時半頃家を出で十時近く成田空港第一ビル北ウィング四階にて石、浦、岩の諸子と落ち合ふ。直ちにオンラインチケット窓口に並び荷物を預託。その後、浦子両替と損害保険の加入手続きをなす。交換レートは一ルーブリ二円数銭なり。実勢レートは一円八十銭前後なれば手数料の尊きを知るべし。

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過日お知らせしたとおり、小生は友人数人とともにロシアに十日間の旅をしました。その折の見聞を旅行記にしたてて当ブログで紹介したいと思います。旅行記を題して「露西亜四方山紀行」としました。連載は十数回にわたります。最後までお楽しみください。

梶子の会社のお座敷を借りてすき焼きを食ったのは一昨年の七月のことだったが、あれからまる二年ぶりに再びお邪魔することとなった。今回はしゃぶしゃぶを振舞われた。集まったメンバーは梶子のほか、浦、岩、石、六谷および小生の合わせて六人。そのほか柳子が参加するはずだったが、急に体調を崩したと言って欠席した。それもわざわざこの会場までかけつけて、会費を払ったうえで欠席の不礼をわびるという念の入れ方だったという。今回しゃぶしゃぶを食うことになったのは、柳子の強い要望を考慮したうえでのことだったので、柳子としても多少の責任を感じたのだろう。それにしても、折角会場までやって来たのだったら、箸をつけてもよさそうなものを、と皆で言いあったのであった。

先日の四方山話の会の席上、石子がバラライカの演奏会を聞きにいかないかと皆を誘ったところ、手を上げたのは小生だけだった。他の連中はロシア音楽にはあまり興味がないらしい。そこで石子と小生の二人で聞きに行った次第だ。日時は昨日(八月二十五日午後二時から)、場所は紀尾井町の紀尾井ホールだ。炎天下を汗をかきながら行き、午後一時半に会場のエントランスで落ち合った。

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