旅とグルメ

石油化学業界の業況を聞く

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四方山話の会七月の例会は、梶子が石油化学業界の業況を語ることとなった。連日続く猛暑の中を、いつもどおり新橋の焼鳥屋古今亭に赴く。途中駅前の通りで縁日が開かれており、大勢の人が繰り出して生ビールなどを飲んでいる。幟を見ると新橋こいち祭とある。地元商店街の納涼の催しらしい。

なめこおろしそばを食う

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先日豊穣たる熟女の皆さんと佐倉の街を散策した時、摩賀多神社のとなりのそば屋に入って三味そばというのを食った。とろろそば、いくらそば、てんぷらそばからなっていて、それぞれめんつゆに具を添えてそばをくうという趣向だった。そのうちとろろとてんぷらはなんということもない取り合わせだったが、いくらというのがめずらしいので、あのサケの卵の筋子をそばといっしょに食わせるのかと思ったところが、さにはあらず、なめこをそばに絡めて食うというものだった。なめこの形がいくらに似ているということだろうか。

浅間山麓を歩く

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七時前に起床して風呂を浴びに行った。昨夜一度しか浴びてないので、この朝は二度浴びるつもりで、早く起きた次第。いつもなら八時近くまで寝ているので、松子などは珍しく早起きだねと言って冷やかしたほどだ。風呂上りには缶ビールを飲む。これも松子が未明に買い出してきたものだ。彼の細かい気配りには感謝するほかはない。

北軽井沢の温泉につかる

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山子夫妻、落、松の諸子と北軽井沢の温泉につかりに行った。今年の新年会で皆から是非温泉につかりながらのんびり飲もうよという話が出て、松子が安くて気持ちのよい温泉旅館を手配してくれて、そのうえ彼のベンツに五人揃って乗って、和気藹々と出かけた次第だった。その温泉旅館というのは、北軽井沢の山の中にあるリゾートホテルなのだった。小生は車に酔いやすい体質なので、乗車する前にトラベルミンを飲んだ上に、松子の配慮で助手席に座ることができた。これならなんとか酔わずに行けるだろう。

政局の行方を聞く

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四方山話の会六月の例会がいつもの通り新橋の古今亭で催された。参加者は梶、六谷、岩、浦、石、栗、福の諸子に小生を加え計八名。今回のレポーターは六谷子、前回の浦子に続き日本のメディアについて話をした。

メディア論を聞く

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四方山話の会四月の例会は、浦子がメディア論を話すことになった。小生は三日前から春風邪を引いていて体調が悪かったので、欠席しようかとも思ったのだが、浦子のメディア論を聞いてみたいし、また会終了後に一部有志とロシア旅行の打ち合わせを予定していたこともあって、雨中病身をおして駆けつけた次第だった。会場についてみると、この宵の出席者は小生の他、柳、浦、石、福、岩の諸子合せて六名であった。この外、六谷子が来るはずだったが、弓仲間が急死して来られなくなったそうだ。何でも弓を引いている最中に死んでしまったというので、運命の矢を射るつもりが逆に射られてしまったといって、皆でその男の不運に同情した次第だ。

EUの理念を聞く

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前回の四方山話の例会の席上、石子がEUの文書を自分で翻訳したものを配り、次回はこれに基づいて自分がレポートをすると言ったので、小生は20ページにわたるそのレポートを熟読したうえで今月の例会に望んだ次第だった。会する者は小生と石子のほか、小、浦、岩、六谷の諸子合せて六名だった。

豊穣たる熟女たちと成田山に参る

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成田には三時過ぎに着いた。駅を出ると裏道を伝って新勝寺に至る参道へ出た。参道の人出は土曜日にかかわらず多くはない。近年は参詣者の数が減っているのだろうか。参道沿いに空き地が目に付く。昔は何軒も軒を並べていた羊羹屋も、いまでは片手の指が余るほどだ。

豊穣たる熟女たちと佐倉を歩く

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前回会った新年会の席上、豊穣たる熟女たちから佐倉には桜の花は咲くのですかと聞かれた。勿論咲くよと答えたところ、どのくらい綺麗に咲くのですかと重ねて聞くので、小生は両手を精いっぱい広げて、これくらいいっぱいに咲きますよと答えた。すると熟女たちは、そんなにいっぱい綺麗に咲くんでしたら、是非わたしたちを連れてってくださいなと言うので、そのつもりでいたのだったが、今年の桜は例年よりかなり早く咲きそうだと言うので、熟女たちと示し合わせて、三月の二十四日という日に、佐倉まで花見に出かけた次第だった。午前中佐倉で花見をした後、午後には成田山にお参りしましょうというのが、我々のこの日の段取りとなった。

新橋で中華料理もどきを食う

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山子夫妻、落、松の諸子と久しぶりに会って小宴を催した。場所は新橋駅前のビルにある過門香という中華料理屋。新橋で中華料理を食うなら新橋亭がいいのだが、新橋亭は値が張るのでここにした次第。だがその判断はあまり当を得ていなかったようだ。わけは後で言及する。

戦争と映画を語る

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昨年の暮に浅草橋でフグを食った後立ち寄ったバーで、石子から次回はお前が映画論をやれと言われて引き受けてしまったことを紹介したが、この日(2月13日)はその披露の場となった。そこで小生は事前に万端の準備を整え、レジュメも用意したうえでその場に臨んだのだった。会する者は小生を含めて七人。それら小生以外の六人を相手に小生は一時間半にわたって熱弁をふるった次第だ。その内容については前回同様、講演録という形で別途紹介したい。

豊穣たる熟女たちと寿司を食う

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豊穣たる熟女の皆さんと久しぶりに会い、寿司を食いながら歓談した。船橋駅の改札口付近で待ち合わせ、旧市役所通りに面した寿司屋しゃり膳に入る。そこで生ビールで乾杯しながら久闊を述べた。昨年はとうとう一度も会えなかったが、それは熟女の皆さん一人ひとりにそれぞれ一身上の不都合が重なり、とても遊んでいる余裕がなかったからということだった。

あひるの新年会

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遅ればせながらあひるたちの新年会を催した。場所は新宿の例の居酒屋。寒風の吹きすさぶ中をかけつけると既に四羽が集まってしゃべっていた。ミーさんあひる、横ちゃんあひる、今ちゃんあひる、それにシズちゃんあひるだ。これに小生を加えた五羽でとりあえず乾杯をした。ミーさんあひるとは一年ぶりですがお元気そうですね。顔の艶がとてもよい。いくつになりますか。そう聞かれたミーさんあひるが今年八十になりますと言うから、その年でこれだけ元気ならきっと百以上生きるのは保証付きですよ、あひるとしてはめでたい限りです、とほかのあひるたちから祝福されたのであった。

浅草橋でフグを食う

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四方山話の会の今年の例会は先日の歌声喫茶が千秋楽だったはずなのだが、どういうわけかおまけがついて、浅草橋のたのやというフグ料理屋でフグのフルコースを食うことになった。例によって広い交際を誇る浦子の差配だ。

再び歌声喫茶に集う

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小子から青春の歌を歌おうと誘われて新宿の歌声喫茶に繰り出したのは今年初春のことだったが、今度は四方山話の会の例会行事としてみんなで押しかけようという話になって、寒風の吹きすさぶ中を赴いた。ビルの一階のエレベータ前についてみると、甲谷子と浦子が先について待っていた。甲谷子とは昨年の春以来の再会だから、お互い久しぶりだねといって挨拶する。そのうち岩子も加わった。今回の出席者はこの四人に石子を加えた五人のはずだが、その石子がなかなか姿を見せない。浦子が携帯で電話すると「今出られません」といいうメッセージが返ってくる。岩子がかけてもやはり同じメッセージが帰ってくる。予定時刻を十分も過ぎたことだし、石子も追ってやってくるだろうから、上に上がっていようと話しているところに、福子がひょいと現れた。そこで福子を加えた五人で店に上った次第だ。

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三日目(十一月十日)は諫早湾の干拓事業の象徴である水門を見物した後、長崎の街を散策しようということになった。ホテルのラウンジで朝食をすませ、九時頃ロビーに集合する。ところが横ちゃんあひるがなかなか現れない。今ちゃんあひるが言うには、横ちゃんあひるのトイレはいつも長いのだそうだ。トイレといえば、小生は旅行中便秘がちになるのだが、今朝は三日ぶりに出たのでほっとしている。だけど一日分しか出なかったようなので、まだ二日分残っている感じがする、と言ったところ、誰かが、自分は未だに出ていませんと、うらやましそうに言った。

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ハウステンボスへは午後四時過ぎに着いた。駐車場の入り口がわかりにくくて難儀したが、なんとか探し当てて車を止め、エントランスをくぐった。その先には水車が見え、いかにもオランダらしい光景が広がっていた。といっても小生はオランダに行ったことがない。写真や映画で見た記憶に照らし合わせているだけなのだが、なんとも懐かしい景色に見える。そのうち機会があれば本物のオランダを訪ねてみよう、と思った次第だった。

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由布院に遊んだついでに、吉野ケ里遺跡で日本の歴史を学ぼうというので、九時ころ旅館を辞して吉野ケ里方面に向かった。実はこう決まったのは昨夜のことだ。当初計画では、二日目にハウステンボスに遊び、三日目には諫早湾の干拓現場を見て、長崎空港から羽田へ戻るということ以外何も決まっていないのだった。飛行機と旅館の手配はシズちゃんあひるがやってくれたが、行動計画の詳細は横ちゃんあひるが担当したのだった。その横ちゃんあひるとしては、当初から綿密な計画を用意するというよりは、その場の雰囲気で柔軟に対応するのがよいという判断があったらしく、今日の行動計画は昨夜の旅館での歓談の中から生まれたのだった。

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かつてあひるの仲間と由布院に一泊旅行をしたことがあった。たしか十九年前のことだ。いつもの通りシズちゃんあひるが企画したのだったが、そのシズちゃんあひるが脚を骨折して急遽行けなくなり、残りのあひる(たしか十羽だったと思う)がガイド役なしに出かけたのだった。そのせいか、この旅行は惨憺たる記憶をあひるたちに残したのだった。由布院温泉に来たつもりが、泊まった施設は郊外の丘の上にあるリゾートマンションで、あひるたちは2DKの部屋にそれぞれ二羽ずつあてがわれ、食事は一階のエントランスホールで仕出し弁当を振る舞われた。それはまあ我慢できたが、ひどいのは入浴施設がないことだった。それであひるたちは、外湯に浸かりに行ったのだったが、その湯というのがマンションから一丁ほど離れた畑の中にあって、五右衛門風呂に毛の生えたような小さな湯船に粗末な脱衣場が付属しただけの、どう見ても温泉とは言えない代物だった。今ちゃんあひるなどは、立派な門構えの民家を入浴施設と勘違いして、家の中にすたこらと入りこんで居住者を驚かした始末だった。

雄弁に煽られる

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四方山話の会の今月(10月)の例会には栗子が参加すると言う。その栗子が自分史のレジュメを事前にメールで送ってきた。写真入りで履歴書のような体裁である。本人はこれを「日経風私の履歴書」と呼んでいる。ともあれそれを印刷したものを持って会場に駆けつけた。というのもこの日は台風の余波ですさまじい風が吹き荒れ、電車が遅れがちだったのだ。

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