旅とグルメ

四方山話の会七月の例会には、前回に続き赤子が出席し、自分の半生について語るというので、楽しみに出かけて行った。会場はいつもの通り新橋の焼鳥屋古今亭。定刻ちょっと前について見ると、座席が六人分用意されてあり、小生が腰かけると満員になった。ところが幹事役の石子の姿が見当たらない。どうしたことかといぶかる間もなく、その石子があらわれて、全部で七人になった。小生と石子のほか、六谷、梶、赤、浦、小の諸子である。

四方山話の会の六月例会には、赤子が出席したいと事前にメールがあった。赤子の名前は無論憶えているのだが、名と顔が記憶の中で一致しない。なにしろ半世紀くらい会っていないわけだから、無理もない。だけれど、会ってみればきっと思い出すだろう、そんなふうに思いながら新橋の会場に赴いた次第だ。

古い街並みが尽きるあたりの連雀という交差点でタクシーをつかまえ、川越温泉に向かった。この日の散策では時間の余裕があらかじめ見込まれたので、日帰り温泉施設で旅の疲れを癒そうという計画があったのだ。この温泉は、ネットで見つけたのだが、風呂の種類も多くて、なかなかよさそうな雰囲気だったので、いくつかある同種の施設のなかから選んだ次第なのだった。

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豊穣たる熟女の皆さんと今年の新年会の席で、初夏の陽気のよい頃に是非川越の古い街並みを見物しながら歩きましょうよと話し合ったところ、初夏を待つ頃合いには小生から呼びかけた次第だったが、M女が体調不良を訴えてきた。でも是非一緒に行きたいから、日延べをして下さいなと言うので、6月15日に設定しなおしたのだったが、どういうわけかM女とは、そのご連絡が取れなくなったとのこと。いくら電話しても出てこないし、メールにも答えない。残りの二人の熟女は途方に暮れたと言っていたが、M女との連絡は引き続き努力するとして、川越へのハイキングは予定通り決行しましょうということになった。ところが天気予報では、当該の日は全国的に雨の雲行き。そこでメールでどうしたものかと相談したところ、Y女は晴女だから、彼女の神通力で、雨雲を追い払ってくれますよとT女が太鼓判を押す。小生は風邪気味で最悪に近い体調でもあったのだったが、彼女たちを楽しませてやりたいとの一心から、病身に鞭を打つようにして出かけた次第だった。

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六月二日(日)雨もよいの一日。起床後朝風呂につかり、八時に朝食をとる。ビールを飲んだのはいうまでもない。その後山子夫妻は近所のうどん屋に行って、うどんを土産に買ってきた。小生の分も買ってきてくれた。香川のうどんは、地元で食うと非常に味がいいと思うのだが、これを持ち帰って船橋で食ってもうまいかどうかは、他日の愉しみに置いておこう。

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淡路人形館を辞したのは午前十一時頃のこと。ただちに車を飛ばして徳島に向かう。大鳴門橋を渡るに、右手には瀬戸内海、左手には鳴門の海を望む。鳴門の海には、大小の渦のまくのを見た。この海域に渦がまきやすいのは、潮流と地形が独特の組合せを呈しているからだという。狭い海峡に早い潮の流れが渦を作るということらしい。渦の大きさは直径十五メートルに達することもあるという。

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六月一日(土)晴れて暑気を催す。起床後朝風呂につかる。浴室に入ろうとすると、五歳くらいの女の子がひとりでいるのが見えた。小生のことを盛んに気にしている様子だ。さては女風呂に迷い込んだかと思っているうち、露天風呂のほうから父親らしい男が入って来た。そこで得心して湯につかった次第だ。朝飯は、二階の大食堂でとった。旅のこととて、朝からビールを飲む。これがまた、すこぶるうまい。



淡路島には、現在三百匹の猿が生息しているそうだ。その猿を観察する施設があって、我々が訪れたときには、ちょうど餌付けの時間にあたっていて、餌を目当てにした猿が大勢集まっていた。観察施設は、大阪大学と地元の自治体が共同して運営しているという。我々が訪れた時は、男性と女性の飼育員というか、観察スタッフが、色々とここの猿たちについて説明してくれた。

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旧友五人のグループで、毎年ちょっとした旅行を楽しんで来た。松子がベンツを運転し、それに他の四人が同乗するパターンだったが、その松子が昨年の秋に亡くなってしまい、継続が危ぶまれていた。ところが、山子の細君が、運転は私が引き継ぎますから、是非この楽しい旅を継続しましょうと言ってくれた。そこで今年は、山子の細君に運転をお願いし、生き残った他の三人がそれに同乗し、淡路島から四国方面をドライブ旅行しようということになった。折しも時は、五月の末から六月の始めにかけての三日間、梅雨が訪れる前のことであった。

四方山話の会五月例会には、清子が関西から出て来て演説をする段取りになっていたので、その際の参考に読んでおけと言って渡されていた原稿を持参して、早めに会場につき、皆が来ない間に読み終えて、清子が来るのを待ったのだった。清子の書いた原稿は三編からなり、あわせてA4用紙19枚分というボリュームで、日本の政治運動史の一コマについての清子なりの分析が施されていた

四方山話の会今年二回目の例会は、いつものとおり新橋の古今亭で催された。やや早めについて見ると、浦子がひとりポツネンと座席に腰かけ、新聞に眼を通している。用意されている席は五人分だ。今晩は少ないなといいながら席に着くと、やがて六谷子がやってきた。彼、先日大磯の吉田茂邸を見物してきたそうだ。なにか面白いことはあったかねときくと、近くに島崎藤村の墓があったという。島崎藤村は晩年を大磯で過ごしたのだそうだ。細君の墓と仲良く並んでいて、細長い石柱がたっているが、とくに戒名などは書いていないのだそうだ。

神田小川町のイタリア料理店ラ・コモディタに小生が豊穣たる熟女たちを連れて行ったのはもう八年も前のことだったが、その折の店の雰囲気とか料理の味がよかったので、是非もう一度いってみたいわ、と熟女たちがいうので、今年の新年会をその店で催した次第だった。

あひるの新年会を例の新宿駅西口の居酒屋で催した。この日集まったあひるは、えかきあひること小生のほか、ミーさんあひる、オーさんあひる、シズちゃんあひる、ヨコちゃんあひる、イマちゃんあひるの計六羽でした。少尉あひるは体調が悪いとの理由で、アンちゃんあひるは家事多忙との理由でそれぞれ欠席した。家事多忙とはどういうことかねと聞いたところ、アンちゃんあひるは奥さんあひるが働きに出ていて、旦那のアンちゃんあひるが家事万端を担当しているのだそうです。

四方山話の会の連中と平成卅一年度の新年会を催した。場所は例によって新橋の鳥料理屋古今亭、会する者は小生の外、越、浦、石、栗、梶、小、岩、六谷の計九名。この他三人が参加予定だったが、急な事情で来られないことになったそうだ。

山子夫妻及び落の諸子と神楽坂で小宴を催した。例年ならこれに松子が加わるところだが、彼は昨年の秋に亡くなった。そこで彼を偲びながらの新年会となった。会場は毘沙門天前の路地を入った世喜という小料理屋。以前なんどか立ち寄ったことのある店だ。

旧友鈴生と久しぶりに会った。昨年の正月に会って以来のことだ。実は今年の小月にも会うつもりではいた。彼とは毎年正月に会っていたし、年賀状のやり取りも欠かさなかった。ところが今年は年賀状も届かなかったし、メールを送っても返事がない。こんなことはこれまでなかったので、もしかしたら不吉な事態でも起こったのかと心配になり、かれの携帯電話に連絡を入れた所、反応があった。今年はいろんなことが重なって身動きが取れないほど忙しい。それであんたへの連絡もままならなかったが、まだぴんぴんしているから、今晩にでも飲もうと言う。その元気そうな声を聴いて小生は一安心し、身辺が落ち着いたら連絡してくれたまえといって電話を切った。その後彼からの連絡を待っていたところ、年も押し詰まってから、一緒に飲もうやとのメールが来た次第だった。

四方山話の会十一月の例会は、忘年会を兼ねて曙橋の中華料理屋峨眉山で開催した。会する者は小生のほか、石、浦、越、小、六谷の合わせて六名。今宵は特にテーマを決めず、銘々勝手なことを話そうといって始まったが、それぞれがてんでに勝手なことを話すのでまとまりがない。わずか六人の会話なのに、話題は幾筋にも交錯して焦点が定まらない。そこで小生は、だれかにスピーカーをつとめさせ議事を仕切らせてはどうかと提案したが、その必要はないといって、てんでんばらばらな会話があちこちで交錯することとなった次第である。

東京駅へは五時半頃に着いた。八重洲口の付近にいい寿司屋があるから、反省会を兼ねてうまい寿司を食っていこうと熟女たちを誘った。熟女たちも乗り気だ。だが、八重洲口の改札を出て辺りを探し回ったがなかなか見つからない。記憶があいまいなのだ。そこでT女のスマホで検索してみたらすぐに見つかった。文明の利器は活用するものですね。

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六時半に起床すると熟女たちは既に起きていて、もう風呂に浸かって来たと言う。そこで小生も浸かりに行くことにした。法師の湯は再び混浴タイムになっていて、今回は中年の夫婦者が入って来た。その様子をあとで熟女たちに話したら、ここはフルムーンで有名になったので、みな夫婦で来た記念に一緒に混浴風呂に浸かるのでしょうという推測をした。あたっているかどうかはわからない。ただ小生は、この夫婦のうち女の方の体格が極めてよかったので、その体で腹の上に乗られたら、亭主はさぞ苦しかろうと、感想を述べたのだった。

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法師温泉は一軒宿とはいっても、大小四つの建物からなっている。そのうちの本館と言われる建物は明治八年に建てられたもので、国の重要文化財に指定されているそうだ。木造のクラシックな造りで、現状を重視するあまり客室にはトイレや風呂の設備がない。その本館を中心にして、それぞれの建物や温泉施設が渓流を挟んで並び立っている。その眺めだけでも目の保養になる。最近はその眺めの良さと温泉の風情を求めて外国人たちもやってくるようになったそうだ。同じ水上温泉郷の宝川温泉が、映画「テルマエロマエ」で紹介されたことで、世界中から客が集まるようになったそうだが、ここも最近「テルマエロマエ」続編で紹介されたために、俄に外国人が来るようになったという。そんなこともあって、大層な繁盛ぶりで、この日も三十三ある客室がすべてうまっているそうだ。

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