IMGP9204.JPG

狂言「茸」に続き、能「道成寺」を紹介する。能自体の概要については、別稿で解説しているので触れない。ここでは見ての印象を書く。その印象としては、もしオリンピック見物にやってきた外国人を観客に想定しているのなら、この曲は相応しくないということだ。というのも、一応劇的な見せ場はあるものの、動きに乏しい部分が多くて、よほど忍耐強い人でないと、最後まで見続けるのがむつかしいと思うからだ。

マルクスが剰余価値と呼ぶものを、主流派の経済学(リカードやミルに代表される)は利潤と呼ぶ。どちらも物理的には、つまり量的には同じものである。だが、その意義は違うとマルクスは主張する。剰余価値は、労働力の再生産に必要な労働=必要労働を超える剰余労働によってもたらされる。だから、剰余価値率は剰余労働/必要労働となる。これに対して主流派経済学のいう利潤率は、労働を含めた投下資本に対する利潤の割合のことをいう。

IMGP9202.JPG

能楽諸流派では、今年予定されていたオリンピックの記念公演として、大規模なイベントを計画していたが、オリンピックが中止になったことで、どうするか鳩首協議したところ、コロナ騒ぎで世の中が暗くなっているいま、世間を勇気づけるために、趣旨のスローガンを変えて実施しようということになったそうだ。スローガンを「能楽公演2020」と称し、千駄ヶ谷の能楽堂を舞台にして、オリンピックの当初計画期間に合わせて公演を行った。その中から狂言「茸(くさびら)」と能「道成寺」を選んで、NHKが放送した次第である。

岩波新書の「シリーズ中国近現代史」第四巻「社会主義への挑戦」(久保亨著)は、第二次世界大戦が終了した1945年から、中華人民共和国の成立を経て、1971年に国際連合に加入するまでの、四半世紀をカバーしている。その間における中国の歴史は、短期間であるにもかかわらず、激動に満ちていた。内戦の結果成立した共産党政権、朝鮮戦争への参戦、強引な社会主義化とそのひずみ、そして文化大革命によるすさまじいほどの混乱。こういった出来事が続いた。

ichikawa02.aniimo1.JPG

市川準の1995年の映画「東京兄妹」は、両親に死なれて二人だけで暮らす兄妹を描いた作品。タイトルが示すとおり、東京の一隅、画面から都電の荒川線の沿線雑司ヶ谷界隈とわかる所を舞台にしている。雑司ヶ谷の鬼子母神が度々出て来るから、この兄妹はその付近に暮らしているのだろうと思う。両親が残してくれた小さな家に、二人だけで暮らしているこの兄妹を、カメラは淡々としたタッチで追う、というような作り方だ。

昨夜のNHKのニュース番組(ニュースウォッチ9)が菅首相をスタジオに招いてインタビューを行った。この日、菅首相は国会ではじめて所信表明を行ったので、それを踏まえて首相としての抱負を聞きたいという趣旨だったようだ。ところが、所信表明自体が内容に乏しいものだったこともあり、また首相本人も国民に向って抱負を語りたがるタイプでもないようで、インタビューのやりとりは退屈極まりないものだった。それには、菅首相を怒らせないようにとのNHKの配慮を感じさせられたくらいだ。

核兵器禁止条約の批准国が50を超え、来年一月から発行することになった。この条約は、核兵器を非人道的で違法だと宣言している。だから核使用の抑制に一定の効果があると期待されているが、核保有国のすべてと、核保有国と同盟関係にある諸国が批准を拒絶している。唯一の被爆国である日本も、同盟国アメリカに配慮して批准を拒絶し続けている。

edo059.ryogoku.jpg
(59景 両国橋大川はた)

両国橋は明暦の大火(1657)の教訓から、寛文元年(1661)に架けられた。当初は大橋と呼ばれていたが、武蔵、下総の国境にあるところから、両国橋と呼ばれるようになった。その両国橋から霊岸島にかけての墨田川右岸を大川端と呼んでいた。

s1.KIMG0024.JPG

荊婦と札幌に遊び、中島公園を訪れた。今から三十年以上も前、まだ幼かった子どもたちを連れて北海道一周旅行をしたことがあった。その折に中島公園を散策したことを思い出し、その旅行には同行しなかった荊婦に、我々が訪れた時の様子を、現場を見せながら話してやりたいと思って赴いた次第だった。

remb65.1.jpg

「ユダヤの花嫁」と呼ばれるこの絵は、レンブラント最晩年の作品だ。モデルの二人が誰をあらわしているのか、長らく議論があったが、今日ではイサクとリベカだとするのが通説だ。イサクはアブラハムの長子で、ユダヤ人の祖先とされる人だ。そのイサクがリベカと結ばれるところを描いたということだ。

鈴木大拙が英文で書いた「禅」は、禅とは何かについて欧米人にわかりやすいように書いたものであったが、この「禅とは何か」は、日本人を対象にした講演を編集したものである。相手が日本人であるから、禅をまったく知らないわけではない。少なくとも言葉としての禅は知っているだろう。だが宗教的実践としての、あるいは修業としての禅について、そう深くは知らないだろう。そういう人たちを対象にして、宗教的な実践あるいは体験としての禅について語るというのが、この講演の目的だったようだ。

マニュファクチャーから大工業への発展は、機械によって媒介される。マニュファクチャーは、文字通り人間の身体が生産の主体であった。人間が直接生産物を作るのであって、それに労働手段が、文字通り手段としてかかわっていたに過ぎない。主人は人間であって、労働手段はその付随物だった。ところが大工業は、この関係を逆転させた。機械が主人となって、人間はそれに付随するものとなった。主人は機械であり、人間は機械によって使われる従者になるわけだ。その関係を象徴的に表現したものとして、ルネ・クレールやチャーリー・チャップリンの映画がある。これらの映画(「自由を我らに」や「モダン・タイムズ」)は、20世紀のものであり、機械工業はマルクスの見ていたものとは比較にならぬほど発展していたが、人間が機械に使われるという点では、基本的な違いはないのである。

ichikawa01.tugumi1.JPG

市川準の1990年の映画「つぐみ」は、大人になりきらないというか、まだ成長期にある若い女性の青春のひとこまを描いた作品である。原作は吉本バナナの同名の小説で、若い女性読者から圧倒的な支持を受けて、ベストセラーになった。若い女性たちが感情移入できるような作品だったからだろう。この映画も、若い女性が感情移入できるように作られているが、小生のような老人が見ても、十分鑑賞にたえるものがある。

edo057.mitsumata.jpg
(57景 みつまたわかれの淵)

隅田川が新大橋の下流で大きく湾曲するあたりに中州という地名がある。かつてはその名の通り周囲を水に囲まれた中州があった。一旦は埋め立てられて、そこに両国と並ぶ歓楽街が出来たが、墨田川が度々氾濫するので、水流をスムーズにする目的で西側が掘削され、再び中州になった。
上官家には、男子の金童のほかに八人の娘たちが生まれた。こんなに沢山の娘が生まれたわけは、母親の上官魯氏が男の子を望んだからだ。男の子さえ生まれれば老後の安泰を期待できると考えたのだ。しかしやっと生まれてきた男の子である金童は母親の期待にそうことができなかった。それどころか、母親の負担になるばかりだった。そんなドラ息子でも、母親は心を込めて愛し続けたのである。それを読むと、中国人の母親が息子に注ぐ愛情の異様さを感じさせられる。

remb62.1.jpg

1662年の作品「織物組合の評議員たち」は、レンブラント晩年の集団肖像画の傑作。「夜警」に比べると単純な構図で、「トゥルプ博士の解剖学講義」と似た雰囲気を感じさせる。「解剖学講義」のほうは、主任教授を中心にして解剖の現場の雰囲気が如実に伝わるように描かれていたが、こちらは組合評議員の会議の様子がやはり如実に伝わって来る。

bando02.tenshu3.JPG

坂東玉三郎の1995年の映画「天守物語」は、デビュー作の「外科室」同様、泉鏡花の作品を映画化したものだ。「外科室」はわけのわからぬ筋書きだったが、こちらは幽霊女が生きた男と恋に陥るというもので、荒唐無稽の度合いが一段と深まっている。そこが鏡花らしいところで、その鏡花らしさを玉三郎は、歌舞仕立てにして心憎い演出をしている。傑作といってよい。

剰余価値は、剰余労働からもたらされる。したがって、剰余価値を増大させるためには、剰余労働の絶対的な長さを拡大すればいいわけだ。それはとりあえずは、労働日の延長というかたちをとる。労働日は、マルクスによれば、必要労働時間と剰余労働時間からなっているが、必要労働時間を所与とすれば、労働日の延長は剰余労働時間の延長につながる。これによってもたらされる剰余価値をマルクスは絶対的剰余価値と呼んでいる。

岩波新書版「シリーズ中国近現代史③」は、「革命とナショナリズム」と題して、1925年から1945年をカバーしている。1925年は孫文が死んだ年であり、1945年は抗日戦争が勝利に終わった年である。その後中国は国共内戦に突入し、共産党が権力を握る。だからこの巻がカバーしている時代は、孫文の革命理念を継承しながら、新しい国民国家としての中国を準備した時代と言えよう。

bando02.geka2.JPG

坂東玉三郎といえば、昭和末期から平成にかけて、歌舞伎を代表する女形として活躍した人だ。器用な人らしく映画もいくつか作った。1992年に作った「外科室」は映画人としてのデビュー作で、大きな話題をさらった。泉鏡花の小説をわずか50分足らずで映像化したものだ。

最近のコメント

アーカイブ