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キム・ギドク(金基徳)の2011年の映画「アリラン」は、キム・ギドクが自分自身の日常を自分で撮影したもので、自撮り映画と称すべき作品。ある人間の日常を追っているという点ではドキュメンタリーといってよいが、単なる日常ではなく、そこにドラマ性をも感じさせるので、ドラマ映画といってもよい。そんな映画をなぜキム・ギドクは作ったのか。

岩波の雑誌「世界」の最新号(2024年7月号)が「スポーツと権力」と題する特集を組み、その一環として「神宮外苑再開発とスポーツ利権を問う」と題する対談を掲載している。対談者は、都市再開発に詳しい大方潤一郎とジャーナリストとして神宮外苑再開発問題にかかわってきた佐々木実である。二人はこの問題を、スポーツがからんだ利権という構図で読み解いている。事態の背景や法的問題がよく整理されていて、わかりやすい。

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「草上の朝食(Le Déjeuner sur l'herbe)」と題されたこの絵は、マネの有名な作品{草上の朝食}(1863)のパロディである。原作は巨大画面であるが、こちらは小品。二つのバージョンがある。どちらも同じ大きさ。こちらのほうが、より明るさを感じさせる。セザンヌは、マネのもう一つの有名な作品「オランピア」のパロディも制作しているので、マネにかなりこだわっていたのであろう。

構図はだいぶ違っている。マネの絵は、森の中に四人の男女が配置されているのだが、こちらには十人の男女がいるように見える。また遠景に教会を配置している。その教会を目立たせるために、森の一部が削除され、その部分に青空を描いている。

マネの描いた森は、おそらくパリの都市型森林だと思うが、セザンヌのこの森は、彼が過ごした故郷の森ではないかと推測されている。のちにセザンヌのトレードマークとなる荒々しいブラシワークがすでにうかがわれる。この時期セザンヌは、印象派の画風に追随するのではなく、自分自身の画風を追求していた。

(1877年 カンバスに油彩 21×27㎝ パリ、オランジュリー美術館)


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キム・ギドク(金基徳)の2009年の映画「悲夢」は、エンタメ性の強いサスペンス映画である。キムには「サマリア」や「うつせみ」のような強い社会的視線を感じさせる作品がある一方、「弓」や「絶対の愛」などエンタメ性の強い作品もある。この「悲夢」は後者の系列に属する。男の夢のなかの出来事が、夢遊病の女によって演じられるといった内容で、一つの夢を共有する男女の話といった具合。ややオカルトがかった筋書きである。

正法眼蔵第四十二は「説心説性」の巻。説心説性は、一般的な仏教用語ではなく、洞山悟本大師が言ったとされる言葉である。洞山悟本大師は曹洞宗の始祖であり、道元にとっては最も重要な仏祖であるから、その言葉を道元はことさらに重視していた。この巻は、そんな洞山悟本大師の味わい深い言葉の一つを取り上げる。

落子、山夫妻、松未亡人と久しぶりに歓談した。場所は丸の内のビル街にある土佐料理屋祢保希。明治安田生命ビルの地下にある。このメンバーで会食するのは、松子の一周忌以来だから実に五年ぶりのことである。その間にコロナ騒ぎがあったりして、なかなか集まる機会に恵まれなかった。いまこうやって会ってみると、みな精彩のある表情をしていて、息災に暮らしているらしいことがわかる。

「アンチ・オイディプス」という書物の第一章のタイトルは「欲望する諸機械」であり、その第一節は「欲望する生産」と題されている。「欲望する諸機械」といい「欲望する生産」といい、実に奇妙な言葉である。どちらの言葉にも欲望という言葉が含まれているから、どうやら欲望がカギを握っているようである。実際、欲望という言葉は、この書物のいたるところで現れるから、この書物の提示する思想の中核をなすものだと見当がつく。それが諸機械と結びついたり、生産と結びついたりする。しかし、欲望が諸機械と結びついたり、生産と結びついたりするというのはどういうことか。欲望は極めて人間的な感情を表す言葉であり、機械とは直接結びつきそうにない。機械は人間がそれを用いて対象に働きかけるための道具のようなものではないのか。だから、欲望の主体は人間であり、その人間が機械を用いて対象に働きかけるということはできるが、機械そのものが欲望するとはいえないのではないか。「欲望する諸機械」とは、機械そのものが欲望するというイメージを喚起する言葉だ。「欲望する生産」という言葉についても、同じようなことが言える。欲望の主体としての人間が何者かを生産するということはできるが、生産そのものが欲望だとは言えないであろう。

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セザンヌにとっての印象派時代は、1872年から1879年ごろまでの短い期間にすぎない。1872年の夏に、普仏戦争を避けて疎開していたエスタックからパリに戻ると、郊外のポントワーズでピサロとキャンバスをならべて制作するようになる。また、モネやルノワールとも親交を結んだ。かれら印象派の画家たちから、
セザンヌは光の表現を学んだ。だが、印象派との蜜月は長くは続かなかった、1879年の第四回印象派展を最後に出展しなくなった。

「モデルヌ・オランピア(Une moderne Olympia)」と題されたこの絵は、印象派時代の代表作の一つ。マネの有名な作品「オランピア」を意識した作品である。マネのオランピアが世間を騒がしたのは1865年のことだったが、セザンヌはその二年後に「オランピア」のパロディを制作している。

1874年に描かれたこの「オランピア」にモデルヌという形容詞がついているのは、前作を意識してのことだろう。

印象派風の光の処理が顕著に見られる作品である。構図は、マネの原作をかなり変えている。一番大きな変更は、手前にオランピアに見入る男を入れていることだ。

(1874年 カンバスに油彩 46.2×55.5㎝ 個人像)


カラマーゾフ三兄弟のなかでもっとも複雑な性格の人物は長男のドミートリーだ。見かけ上は次男のイヴァンのほうが複雑に見えるが、しかしイヴァンは基本的には冷徹なリアリストであり、その行動原理はそれなりに一貫している。それに対してドミートリーには、そうした一貫性がない。その場の雰囲気にのまれて、やぶれかぶれに行動する傾向が強い。そういう傾向はあるいは単純な性格に帰せられるのかもしれないが、ドミートリーの場合には、そんなに単純な話ではないのである。かれは、父親殺しの嫌疑をかけられて裁判されるのであるが、自分は裁かれる資格が十分あると思っている。だが、父親殺しでは無罪を主張する。一方で自分は有罪だといいながら、他方では無罪だといいはる。そんな彼の言い分を裁判官たちが聞き入れるわけはない。かれは、裁判にまともに立ち向かうには、性格が複雑すぎるのだ。

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キム・ギドク(金義徳)の2006年の映画「絶対の愛」は、整形手術で全く別の顔になった女の話。その女セヒは、非常に嫉妬深く、恋人が他の女と仲良くするのに耐えられない。そこで男を捨てて出奔するのだが、やはり忘れられない。だが、もとのさやに納まるわけにもいかない。そこで、整形手術を受けて別の女になりすまし、改めて男の心をつかもうとするが、うまくいかないといった内容である。

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アシル・アンプレール(Achille Emperaire)の肖像画は、セザンヌの初期の代表作。セザンヌの初期の画風は、これといった特徴はないが、ロマン派風の暗い色調の作品が多い。この肖像画もそうした感じの作品だ。ただ、縦2メートルの巨大な画面に、ひとりの人物が異様な存在感を放っており、人物描写におけるセザンヌの非凡性を感じさせはする。

モデルのアシル・アンプレールは、セザンヌより10歳年上の画家で、1860年代初頭にパリで出会って以来、十年ほど仲良く付き合った。この絵は、1867年から1868年にかけて制作されており、二人が非常に仲のよかった時期である。

アシルは、生まれつき小人でしかも背虫だった。この絵はそうしたかれの身体的な特徴を、過度に強調しているように見える。もっとも本人のイメージは矮小さを感じさせず、むしろ厳かな雰囲気を漂わせている。アングルの「皇帝の玉座に座るナポレオン1世」を彷彿させると評するものもいる。

アシルは画家としては成功しなかった。セザンヌがこの肖像画を残さなかったら、忘れられた存在になったであろう。

(1868年 カンバスに油彩 201×121㎝ パリ、オルセー美術館)

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キム・ギドク(金基徳)の2005年の映画「弓」は、韓国版「痴人の愛」というべき作品。少女を自分好みの女に育てあげようとした中年男が、女に成熟した相手に翻弄されるというのが谷崎の小説のテーマだが、この韓国映画は、十歳の時にさらってきた少女を、十七歳になったら自分の妻にしようと思う初老の男が、女に成熟した相手から翻弄されるのである。

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「ノラム城、日の出(Norham Castle, Sunrise)」と題されたこの絵は、ターナー最晩年の代表作。「雨、蒸気、スピード」に見られた抽象性が、この作品では一層高まっている。輪郭はぼかされ、モチーフの城は朝日をあびて、混とんとしたイメージで表現されている。

ノラム城は、スコットランドとの国境を流れるツィード川に建設されたもので、スコットランドからイングランドを防衛するための前線の拠点というべき砦。ターナーはこの城に大きな興味をもったらしく、1897年に訪れてスケッチしている。1801年にも再訪し、その折のスケッチをもとに、白黒の版画や水彩画などを制作している。

この絵の構図とほぼ同じ構図の作品が1816年に白黒版画として作られている。ターナーはそれをもとにこの絵を描いたと思われる。だが原画がかなり具象的なのに対して、こちらは随分と抽象的である。

画面中央に見えるのが城郭の塔の部分。川は、そこに突き当たって右側へ流れを変える。その右側の方角にも、城塞の一部が伸びているようにみえる。

(1845年 カンバスに油彩 90.8×121.9㎝ ロンドン、テート・ギャラリー)


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キム・ギドク(金基德)の2003年の映画「春夏秋冬そして春」は、アメリカで評判となり、韓国映画に世界の注目が集まるきっかけになった作品。いかにも韓国を感じさせる自然を背景に、禅寺で暮らす老僧と、その庇護をうける少年の半生を描いたものだ。小生のような仏教に関心を持つ者には、韓国にも禅寺があることに新鮮な気持ちを覚えた。

正法眼蔵第四十一は「三界唯心」の巻。三界唯心とは華厳経のなかに出てくる言葉で、文字通りには世界のすべては心の中にあるという意味だ。世界の根拠を心の中に求めるというのは、唯心論的な発想で、のちにその考え方を唯識派が体系化した。道元には、唯識派への傾向がうかがえるので、この巻は、かれの唯識派的な思想を展開したものかといえば、そう単純ではない。かれは、一方では、三界は心というのではないと繰り返し述べているからである。基本的には、三界を心の所産としながらも、その心を普通の意味での人間の心としてではなく、仏の心の世界というふうに捉えていたようである。仏の心の中に展開されるもの、それが三界なのだというのである。仏という言葉には、具体的な人間ではなく、抽象的な原理という面もあるから、その抽象的な原理としての世界のあり方を、三界唯心という言葉で表現したのであろう。

「アンチ・オイディプス」は、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが初めて共同で執筆した作品だ。二人が出会ったのは1968年のことで、それから四年後にこの著作を出している。その後、「カフカ=マイナー文学とはなにか」(1974)、「リゾーム」(1976)、「千のプラトー」(1980)、「哲学とは何か」(1891)を共同執筆し、密接な関係を保った。ガタリが死んだのは1992年であり、ドゥルーズはその四年後に死んでいる。

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「雨、蒸気、スピード(Rain, Steam and Speed - The Great Western Railway)」と題されたこの絵は、ターナーの風景画の到達点を示すものと受けとられる。かれの風景画は次第に抽象性を高めていったが、それがこの作品では頂点に達する。モチーフの輪郭にはこだわらず、色彩でその雰囲気を出すことで、対象の存在感を表現している。その存在感は、疾走する列車のスピード感に乗って、見るものに迫ってくる。

列車が走っているのは、メイドンヘッド・ブリッジという鉄橋。ロンドン西部、テームズ側の中流に架かる橋である。グレート・ウェスターン鉄道が鉄道用に建設した橋で、いまでも昔のままにあるそうだ。その橋を駆け抜ける蒸気機関車が、この絵のモチーフである。

蒸気機関車は、イギリスの産業革命を先導したシンボル的なものだ。列車のほか、船の動力としても使われた。ターナーは蒸気船にも大きなインスピレーションを感じ、多くの作品のモチーフにしている。

雨や、川から立ち上る霧など、列車をとりまく環境は荒っぽい筆致でざっくりと表現されている。そのざっくり感が、この絵に独特の抽象性をもたらしている。

(1844年 カンバスに油彩 91×121.8㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー)


カラマーゾフの兄弟は三人からなる。長男のドミートリー(ミーチャ)、次男のイヴァン、三男のアレクセイ(アリョーシャ)である。この三人のうち、小説全体の主人公は長男のドミートリーだ。なにしろこの小説は、父親殺しをモチーフにしており、その下手人として裁かれるのがドミートリーだからである。だが語り手は、アリョーシャを真の主人公のように位置付けている。というのも、今日「カラマーゾフの兄弟」として知られている小説は、もっと壮大な小説の前半部として書かれたからで、後半部では、もっぱらアリューシャにまつわることが書かれることになっていた。それはドストエフスキーの早すぎる死によって書かれることはなかったが、もし書かれていれば、前後合わせた壮大な小説の主人公をアレクセイが務めることになるのは、疑い得ないことだろうからである。そんなわけで、前半たる「カラマーゾフの兄弟」においても、アリョーシャが実質的に主役に等しい役割を与えられているのである。

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2022年のアルゼンチン映画「アルゼンチン1985(Argentina, 1985)」は、1976年から1983年まで権力を握っていた軍事独裁政権の指導者に対する裁判をテーマにした作品。裁判の対象となった軍事政権は、ペロン政権をクーデターによって倒すと、批判勢力への弾圧を強化し、おびただしい数の市民が殺害されたり行方不明になったりした。1983年に軍事政権が倒れて急進党が政権を握ると、大統領のアルフォンシンが、軍事独裁政権の首謀者たちを、殺人や拷問などの犯罪容疑で裁く方針を示した。この方針に基づいて、1985年に裁判が開かれ、容疑者たちは有罪になった。その裁判の過程を描いたのがこの映画である。

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「平和ー海上埋葬(Peace - Burial at Sea)」と題されたこの絵は、スコットランドの画家デヴィッド・ウィルキーの死を哀悼した作品。ウィルキーはターナーと同時代人の画家で、ヨーロッパ大陸を遍歴し、各地の風俗を題材にした作品を手掛けた。最後の旅は、中東への旅で、エルサレムやアレクサンドリアなどを歴訪、その帰途ジブラルタル付近で死んだ。1841年のことである。ターナーはその死を悼んでこの絵を制作した。

ウィルキーの遺体は、イギリス側の船にわたされ、その船で海上埋葬された。この絵は、その海上埋葬の様子を、ターナーが自分の想像力を駆使して描いたものだ。船が二隻いるのは、イギリス側の船と、それにウィルキーの遺体を引き渡した船であろう。

この作品は、「戦争」と題した作品と対をなしている。その二つを並べることで、戦争と平和の意義について考えてもらいたいと意図したのだろう。戦争のほうは暖色主体のけばけばしい印象を与えるのに対して、平和をモチーフとしたこの絵は、モノトーンに近い静寂な印象を与える。

(1842年 カンバスに油彩 87×86.7㎝ ロンドン、テート・ギャラリー)


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