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山本薩夫の1960年の映画「武器なき斗い」は、左翼代議士山本宣治の半生を描いた作品。半生といっても、大正十四年(1925)から、右翼に殺された昭和四年(1929)までの四年間をカバーしているだけなので、晩年を描いたといってよい。しかしこの四年間に、大学での弾圧にまきこまれて追放されたり、小作人の騒動にかかわったり、官憲の追跡を受けたり、また、昭和三年(1928)の第一回普通選挙に労農党から立候補して代議士になったりする。そのあげく、過激な行動を憎まれて右翼のテロリストに殺されるという、実に波乱に富んだ四年間だったのである。

岸田政権が、新たな財源として国債を発行する決定をしたという。この国債は、一応、脱炭素のための環境対策に使うと言っているが、EUで実施されているグリーン債とは異なり、火力発電や原発関連にも使われるという。だからその名称を、EUのような「環境債」ではなく、「移行債」とするそうだ。

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フェルナンド・サーカスは、1875年に結成されたサーカス。ユニークな建築物が人気を集めたという。ドガはその近代的な建築が気に入って、それを見るためにも足しげく通ったという。「フェルナンド・サーカスのララ嬢(Mademoiselle La La au cirque Fernando)」と題されたこの絵は、建築空間を表現しながら、それに女曲芸師の躍動的な姿を組み合わせたものである。

ドイツを先頭にしてNATOに結集する西側諸国が揃ってウクライナに重戦車を供給することとなった。その数300台にのぼるという。全部揃うまでには時間がかかるようだが、それによってウクライナの対ロ反撃能力は飛躍的に強まるだろう。戦車同士まともに戦ったらかなわないとロシアは認識しているようで、さっそく防御態勢の構築にとりかかっている。東ウクライナの前線沿いに長大な防御陣地(土塁や塹壕など)を築き、西側の戦車の進軍を阻むとともに、反撃の態勢を準備しているようだ。

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山本薩夫の1959年の映画「荷車の歌」は、全国農協婦人部の寄付金で作られた作品だそうだ。どういう意図から農協がかかわったのか。おそらく農村における女性の地位向上を目的としたのではないか。この映画を見ると、農村の女性は二重の意味で抑圧されている。一つは家庭における処遇の厳しさであり、一つは社会的な性差別である。家庭での抑圧は、姑によるいじめにあらわされ、社会的な差別は女が自立できる仕事がないことであらわされる。この映画の女性主人公は、経済的な自立をいくらかでも得たいと思えば、男と同じ仕事をするよう迫られるのである。一方、女性主人公は、好きな男と一緒になって添い遂げることになっているから、一応意に沿った生涯を送ったといえる。亭主に浮気されることもあったが。いづれにしても、抑圧されて苦しむばかりでもなかったというふうに描かれている。だから、不自由なことがあったとはいえ、農村婦人としては成功した例ではないかと思わせるのである。

加藤周一は、日本の古代文学を「記紀」と「万葉集」で代表させている。そのほか、万葉集より三十年前に成立した「懐風藻」があるが、これは支配層による漢詩の模倣であるとして、文学的な意義を認めていない。「記紀」は天皇制権力による支配の正統性を目的としたもので、文学作品ではないのだが、神話や歌謡などに文学的な要素が認められると考える。その記紀の文学上の特徴を加藤は、いつくかあげている。

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ドガは、踊り子たちが踊っている場面のほかに、休息している姿も数多く描いた。「休息する二人の踊り子(Deux danseuses au repos)」と題されたこの作品は、その代表的なもの。二人の踊り子が、稽古の合間に、稽古場の片隅で休んでいるさまを描いたものである。

1月27日はアウシュヴィッツの78年目の記念日だというので、現地では記念集会が開かれたそうだ。前年までは、アウシュヴィッツをナチスから解放したソ連の後継者ロシアが毎年招待されていたが、今年はされなかった。ロシアのウクライナへの侵略に抗議する意思を示したということらしい。一方、アウシュヴィッツの解放とは直接関係のないアメリカの代表が招待された。招待されたのはハリス副大統領の夫ということだ、無論アメリカを代表するかたちで招待されたのであろう。

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山本薩夫の1950年の映画「暴力の街」は、戦後の混乱期における暴力組織の暗躍にメスを入れた作品。暴力団と結んだ町の有力者が警察や検察と手を組んで町の政治を牛耳る。それに対して正義漢のある新聞記者が立ち向かい、その心意気に様々な人々が応えて、腐敗した町の政治を刷新するといった内容である。

機根は根機ともいうが、それは「型」のことだと大拙は言う。「型」とは、ものの考え方のスタイルとか振る舞い方(或いは生き方)をさしている。その「型」つまり機根が、禅と真宗とでは違う。大拙は宗教感情の源というべき「無心」について、道元がそれを「心身脱落」と言い、真宗が「自然法爾」と言っていることを取り上げ、そういう違いは機根の相違から生まれるのだと言っている。

対中人種戦争を仕掛けたバイデンだが、目下ウクライナを舞台にした対ロ代理戦争に手がいっぱいなようで、対中関係はいまのところエスカレートまではいたっていない。だが全く静観しているわけでもなく、半導体をめぐる対中攻撃にとりかかった。中国の半導体産業を弱体化させるために、半導体の生産に必要な製品を輸出禁止しようというもので、それに日本とオランダがまきこまれた。バイデンは、世界の半導体製造装置の大半を生産しているアメリカ・オランダ・日本の企業に対して、中国への製品輸出をやめるよう求めたのだ。オランダの企業ASMLは、そんなことをしても無駄だといって抵抗するそぶりを見せたが、オランダ政府の圧力で受け入れざるを得なかったようだ。日本の企業東京エレクトロンは、日本政府の言いなりになるようである。

メルロ=ポンティの著作「知覚の現象学」は、「行動の構造」と一対のものとして学位論文を構成していることからわかるとおり、同じ課題を追求している。それは、人間の認識とか実践を、極端な実在論や極端な観念論のいづれかではなく、その両者を接合させることの上に基礎づけるというものだった。極端な実在論は自然とか意識外のものを基準にして立論し、意識は外的自然の反映だというふうに極言したりもする一方、極端な観念論は、意識こそが世界を構成するのであって、自然を含めた外的世界は意識の産物だとする。その二つの極端を配排して、「意識と自然、内的なものと外的なものとの関係を了解すること」(竹内芳郎、小木貞孝訳)が、メルロ=ポンティが「行動の構造」及び「知覚の現象学」において追求した課題だった。

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「踊りの花形(L'étoile de la danse)」と題されるこの絵は、「ダンスの教室」と並んで、ドガの踊り子像としてはもっとも有名な作品。この絵をドガは、カンバスに油彩で描くのではなく、紙にパステルで描いた。この頃のドガは、パステルにはまっていたようである。

レールモントフが叙事詩「悪魔」を完成させたのは、死の年である1841年のことであるが、書き始めたのは1829年であるから、十二年も費やしたことになる。かれは二十六歳で死んだので、生涯のほとんどをこの叙事詩のために費やしたといえる。かれの意識の中では、自身にとっての当面のマスターピースという位置づけだったのであろう。

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賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の2018年の映画「帰れない二人(江湖儿女)」は、現代の中国人女性の生き方を描いた作品。中国人女性の伝統的なイメージは、纏足に代表されるようなさまざまな束縛にしたがい、受動的にふるまう姿であったが、この映画に出てくる女性は、自立した女であり、男に従属するのではなく、男を従属させる。そんな女性が現代中国社会の主流なのかどうか、外国人の小生にはわからない。しかし、巨大な社会変動を経験しつつある現代中国において、そのような新しいタイプの女性が現れても不思議ではない。

今般のウクライナ戦争をめぐって、ドイツは攻撃能力の高い戦車レオパルト2をウクライナに供与することを決定した。あわせて、他国が保有するレオパルト2をウクライナに供与することを認めることとした。これは、西側による対ロ代理戦争の一層の深まりを意味するだけではなく、ドイツが軍事大国として対ロ戦争に本格的に参加することを意味する。

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ドガは、1876年から翌年にかけて、モンマルトルのカフェ・コンセール「レザンバサドゥール」に足しげく通い、歌い手や客をモチーフにした一連の作品を作った。それらの作品は、モノタイプの上にパステルやグアッシュでハイライトをつけるという方法をとっていた。モノタイプとは、板などに描画したイメージを紙にプリントするもので、一回限りしかできないことから、モノプリントとも呼ばれる。モノとは、一回限りといった意味である。

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賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の2015年の映画「山河ノスタルジア(山河故人)」は、経済発展の過渡期における中国庶民の命運のようなものをテーマにした作品。改革開放後の経済発展は、地域相互の格差のほか、発展のプロセスにうまく乗ったいわゆる勝ち組と、乗り損なった負け組との分断をももたらした。勝ち組の中でも、申し分のない成功を満喫した連中と、物質的な成功のかわりに精神的な価値を失ったものもいる。この映画に出てくる中国人には、そうしたさまざまなタイプの人間を指摘できる。伝統的な中国社会から、近代的な社会へと転換する過程の中で、中国人としてどのように生きるべきか、というような問題意識が込められている作品である。

加藤周一の「日本文学史序説」は、日本人が書いた日本文学についての包括的な叙述として、外国人がテクストに使っているくらいである。これを読むと、日本文学の歴史が俯瞰的に展望できるし、その日本文学の基本的な特徴、つまり時代を通じて変わらなかった要素が浮かび上がってくる。その要素の解説がいささか図式的なので、日本文学というものが、非常に単純で一面的だという印象を持たされる恐れもある。だから、日本人がこれを、自己理解のよすがとして読むのは差し付けえないと思うが、これを以て、日本文学の特徴なり歴史的な発展傾向なりが、遺漏なく説明されていると受け取るべきではない。とはいえ、これまで包括的かつ徹底的な日本文学史はほかにないといえるので、日本人のみならず、日本文化を理解しようと志す人には、大きな手掛かりを与えてくれると思う。

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1870年代のドガは、踊り子を描く一方、風俗画風の作品も手掛けた。洗濯女、カフェ・コンセールの歌手、娼婦といったものをモチーフにした。「アブサント(L'absinthe ・Dans un café))」と題されたこの作品は、そうした風俗画風の作品を代表するもの。

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