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「唐獅子図」は、伊勢松阪の朝田寺に伝わってきた作品。双幅の墨画で、本堂内の本尊の両側の壁に貼り付けられていた。ということは、寺ではこの作品を、あかたも西洋の宗教画のように、本尊の引き立て役として重宝してきたということだろう。

「寡黙な死骸 みだらな弔い」は、十一の小話からなる連作短編小説集である。それぞれの小話は何らかの形でつながっている。時間的な連続関係であったり、時空は異にしているが何らかの小道具が共通する形で出てきたり、あるいは同じパターンの人間的な触れ合いが反復されるといった具合である。タイトルにあるとおり、死が基調低音になっている。どの小話にも死の影を認めることが出来るのだ。つまり(死というもののかもし出す)同じ雰囲気を基調低音にして、さまざまなつながり方をした小話が、それぞれ互いに響きあうように展開していく。それを読むものは、あたかも幾つかのモチーフによる変奏曲を聴かされているような気持になる。小川洋子にはもともと音楽的な雰囲気を感じさせるところがあるが、この作品はそれが非常によく現われている。

朝日の今日(6月11日)の朝刊に、元陸将へのインタビュー記事が載っていた。元陸将とはいえ、2015年まで現役で、退官後も自衛隊の防衛政策にかかわってきたというから、自衛隊の制服組の本音を代弁していると思われる。そんな人物の意見に小生は剣呑なものを感じたので、見過ごすわけにはいかなかった。

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「レベッカの略奪(L'Enlèvement de Rebecca)」と題したこの絵は、ウォルター・スコットの有名な小説「アイヴァンホー」に取材した作品。「アイヴァンホー」は十字軍時代のイギリスの騎士の活躍を描いた作品で、非常に人気を博していた。ドラクロアはその中の、テンプル騎士団の一員ギルベールが、ユダヤ人の娘レベッカを愛し、城から略奪する場面を取り上げた。

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アモス・ギタイの2007年の映画「撤退」は、2005年にイスラエルのシャロンが行った「ガザ撤退」をテーマにした作品。この撤退作戦は、第三次中東戦争で占領したガザのユダヤ人入植地からの撤退を主な目的としていた。シャロンがなぜこの作戦に踏み切ったか、詳しい事情はわからない。シャロンは対パレスチナ強行路線で知られており、パレスチナ人に譲歩するこの作戦には動機の不明な部分が多い。もっともこの作戦後も、イスラエルのユダヤ人はたびたびガザを攻撃し、2014年にはホロコーストと呼ばれるような大虐殺事件を起している。

「思想と動くもの」への緒論第二部の主要なテーマは、哲学と科学の関係についてである。このことにベルグソンがこだわるのは、かれの説が反科学主義だとの批判が強く出されたからであった。そういう批判が出るのは、科学と哲学との関係が正しく理解されておらず、哲学は科学を厳密化したものだとか、科学を基礎づけるものだとかいう考えが広まっているからだ。ベルグソンはそうした誤解を解消して、哲学と科学とのあるべき関係を模索するのである。

韓国で元徴用工の遺族らが日本企業に対して損害賠償を求めた裁判に関して、ソウル地裁が原告の訴えを却下した。そのこと自体は、日本側は評価し、また韓国内でも法理論的に支持する意見もあるようだが、司法制度の基本的なあり方から照らしてみると、異様といわざるをえない。

アメリカはじめ連合国と日本との間の戦争を終了させ、日本の独立を回復させるための講和条約の締結を目的として1951年にサンフランシスコで会議が催された。その結果1951年9月に講和条約が締結され、翌52年4月に発効した。それによって日本は主権を取り戻した。しかしこの条約には、連合国の重要なメンバーだったソ連と中国は加わらなかった。冷戦が深刻化していたし、その爆発形態としての朝鮮戦争が進行中だったからだ。

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アモス・ギタイの2005年の映画「フリー・ゾーン 明日が見える場所」は、イスラエルにおけるユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人が中心)との関係をテーマにした作品。他のギタイ作品同様、この映画もユダヤ人の立場を一方的に擁護するのではなく、アラブ人の立場にも配慮し、なるべく公平に事態を描こうとする姿勢が感じられる。この映画が作られた2005年は、第二次インティファーダと呼ばれる大規模な衝突が起きた直後であり、ユダヤ人とパレスチナ人の対立が深刻化していた。そうした中で、両者の和解を促すようなメッセージが認められないこともない。

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「松に鷹図襖」は、伊勢の永島家に伝わってきた44面の襖絵の一部。五面分を占めている。画面左側に松の樹を配し、その枝の先端、丁度全画面の中央にあたるところに鷹を配している。鷹は背後に鋭い視線を向け、その視線の先には断崖らしいものが見える。かなりなダイナミズムを感じさせる構図である。

「資本主義・社会主義・民主主義」の第五部は、「社会主義政党の歴史的概観」に宛てられている。その歴史は、シュンペーターが「幼年期」の社会主義と呼ぶものから、マルクスの社会主義を経て、20世紀における各国の社会主義運動に及んでいる。それをごく簡単に要約すれば、社会主義運動は歴史の進行にあわせるかのように発展したけれど、それはマルクスの主張に沿ってではなく、資本主義を修正するような形で進んできたということである。シュンペーターによれば、マルクスは社会主義の到来を予言したことでは間違っていなかったが、それがどのようにして到来するかを、正確に予見できなかったということになる。

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「火刑台の上のオリンデとソフロニア(Olinde et Sophronie sur le bucher)」と題したこの絵は、ルネサンス期イタリアの詩人タッソーの長編詩「解放されたエルサレム」に取材した作品。この長編詩は、十字軍をテーマにしており、同じテーマを扱ったアリオストの長編詩「狂乱のオルランド」とともに、非常に人気を博したという。

角川書店刊行の「仏教の思想」シリーズ第一巻は、「智慧と慈悲<ブッダ>」と題して、釈迦のそもそもの思想をテーマにしたものだ。釈迦の思想といえば、いわゆる小乗仏教や大乗仏教も釈迦の教えと称しており、それらを含めて仏教全体が釈迦の教えを説いたということになっているのだが、一口に仏教と言っても、その内実は多岐に渡り、場合によっては相互に矛盾する内容を含んでいる。それは、釈迦のそもそもの教えと言われるものが、時間の経過にしたがって変化していった結果だといえる。そこで、歴史上の人物としての釈迦が、そもそもどのような思想を抱き、それをどのようにして人々に説いたかを知っておく必要がある。そのような問題意識から、この巻は書かれた。

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「柑子」は、主人から預かった柑子を食ってしまった太郎冠者が、それを出せと言われて、出せないわけを言い訳する有様を描いたもの。同じようなテーマをとりあげた作品に「附子」があるが、「附子」の場合には主人にも責任の一端があるが、こちらは太郎冠者に全面的な責任がある。その責任を逃れようと、太郎冠者が無い知恵をしぼるところに妙味がある。

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2002年のイスラエル映画「ケドマ 戦禍の起源」は、イスラエル建国の一齣を描いた作品。イスラエル映画であるから、基本的にはイスラエルのユダヤ人の視線から描かれているが、監督のアモス・ギタイにはかなり相対的な視点が働いていて、かならずしもイスラエルのユダヤ人が正義で、パレスチナのアラブ人が不正義だというような一面的な見方をしてはいない。ユダヤ人に追われるアラブ人の怒りも描かれている。

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曽我蕭白は、明和元年(1764)に伊勢に旅し、そこで方々に寄宿しながら、様々な作品を生み出した。伊勢には蕭白の作品が非常に多く伝わっているので、一時期まで、蕭白伊勢出身説まで起こったほどだ。

「密やかな結晶」は、人間が置かれた恐ろしい状況を描いている点では、ある種のディストピア小説といえる。ディストピア小説といえば、オーウェルの「1984年」とかカフカの一連の小説が思い浮かぶ。それらの小説は、異常な状況を描いているということもあって、文章も不気味な雰囲気に包まれている。読者はその不気味な文章を通じて、実際には考え難いような奇妙な状況に直面させられるのだ。

なかなか連立政権が結成できなかったネタニアフに代わって、反ネタニアフ連合が政権を担うことになった。この反ネタニアフ連合は、中道政党の「イェシュ・アティド」を中心にして八つの政党が加わったもので、その中には極右政党「ヤミナ」のほか、アラブ系の政党「ラーム」を含んでいる。要するにネタニアフ率いる「リクード」以外のすべての政党が反ネタニアフで一致したということだ。かくも異なった政党を結びつけたものはただ一つ、ネタニアフへの嫌悪だった。

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ドラクロアはシェイクスピアを深く愛していて、「ハムレット」や「ロメオとジュリエット」などに取材した作品を多く手がけている。「オフェリアの死(La mort d'Ophélie)」と題したこの作品もその一つ。「ハムレット」第三幕第七場の有名なシーンをモチーフにしている。

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2000年のイスラエル映画「キプールの記憶」は、第四次中東戦争の一齣を描いた作品である。この戦争は、ユダヤ人の祝祭日であるヨム・キプールの日に始まったことから、「ヨム・キプール戦争」とも呼ばれる。映画のタイトルはそれから取られているわけである。

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