国際刑事裁判所(ICC)が、イスラエルの首相ネタニヤフを戦争犯罪容疑で逮捕状請求した。南アフリカから提起されていた、ガザにおけるジェノサイドについての捜査要求にこたえたものだ。ネタニヤフのほか国防相のガラント、およびハマスの指導者3名にも逮捕状が請求された。これに対してネタニヤフ本人が激しく拒絶しているのはともかく、米大統領バイデンも反発している。例によって、イスラエルには自衛権があるという理屈からだ。バイデンが言うイスラエルの自衛権とは、イスラエル国家による無制限のパレスチナ人殺しの権利ということらしい。

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2009年のアルゼンチン映画「瞳は静かに(Andres no quiere dormir la siesta)」は、一少年が社会のありかたや人間の生き方について、しだいに学んでいく過程を描いている点では、一種の教養映画といえる。だが、主人公のアンドレスは、まだ十歳ほどの年齢で、社会や人間関係について学べるような柄では本来ない。ところがその幼い少年がいやでもそれらを学ばざるを得ないのは、彼の生きている社会が過酷なためである。そんなふうに感じさせる作品である。

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ターナーは海景を描くのが好きだった。そんな彼にとって、「戦艦テメレール The Fighting Temeraire, tugged to her last Berth to be broken up」は海景を描いた作品の傑作だ。この絵には、海景の表現とともに、テメレールと言う戦艦についての、かれなりのこだわりが込められている。そのこだわりとは、故国イギリスへの愛国心に発していると言われる。

テメレール号は、対ナポレオン戦争の山場ワーテルローの海戦で活躍した船である。イギリス人にとっては、とりわけ思い入れの強い船だ。なにしろイギリスの国運を象徴するような船なのである。その戦艦テメレールが、1838年に解体処分されることとなった。テームズ側に係留されていた戦艦は、下流のロザハイズで解体されることになり、タグボートでそこまでひかれていった。この絵は、そんなテメレールの姿を描いたものである。

夕日に照らされたテームズを、テメレールがタグボートにひかれていく。いテメレールとタグボートは画面左側に描かれ、それと左右対称させる形で、沈みゆく夕日が描かれる。夕日は強い光を周囲に放ち、その光を浴びて雲が赤くそまる。その赤い色は水面をも染めている。

一方、テメレールの上空には青空がのぞいていて、それが三角形を呈している。その三角形の青い空を背景にしてテメレールが浮かび上がる。その高いマストは、時代に取り残されていることを人々に感じさせる。時代は蒸気機関のほうへと変わっているのだ。

(1938年 カンバスに油彩 91×122㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー)



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2008年のアルゼンチン映画「ルイーサ(Luisa ゴンサロ・カルサーダ監督)」は、孤独な初老の女の悲惨な暮らしぶりを描いた作品。ブエノス・アイレスの地下鉄を舞台に、押し売りや乞食のまねをしながら、必死に生きようとする老女の姿が印象的な作品だ。こういう映画を見せられると、アルゼンチンは厳しい格差社会であり、白人といえども、いったん転落するとなかなか浮かび上がることができない過酷な社会だと思わせられる。

正法眼蔵第三十九は「嗣書」の巻。嗣書とは、嗣法の正統性を証明する書類のこと。嗣法とは、師から弟子へと仏教の教えが伝達されることを意味する。そういう意味での嗣書は、すでに取り上げた「伝衣」と似ている。伝衣は、教えの伝授にともない、法衣の付与がなされることを意味した。嗣書は、嗣法を書類の形で証明するものなので、伝衣より強いインパクトをもつ。

ドゥルーズの提示する世界認識の基準としての高さ・深さ・表層は、いわば空間論である。では時間論は何かといえば、それはクロノスとアイオーンをめぐる議論である。空間論が三つの基準軸を持つのに対して時間論が二つの基準軸しか持たないのは、空間論が一つ余計な部分を設けているからである。それは、空間に高さという永遠不変な要素を持ち込んでいることだ。永遠不変も時間の一つのあり方だという見方も成り立たないわけではないが、不変つまり動かない時間というのは、やはり形容矛盾というほかはないので、ドゥルーズはそれを時間をめぐる議論から外したのだと思う。

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「月光下に石炭を積み込みする乗員(Keelmen Heaving in Coals by Moonlight)」と題されたこの絵は、もともと「イングランドの河川」をテーマにした水彩画のシリーズの一つ「タイン河畔のシールズ」に基づいたものだが、これを発注したのは「ヴェネツィア」を発注した実業家である。その実業家は、かつては栄華をほこり、今では色あせつつあるヴェネツィアの港と、いまや勃興しつつあるイングランドの港とを対比させたいという意向をもっていたと言われる。

モチーフのタイン川は、ニューキャッスルを流れる川で、広い河口は産業用の港としてにぎわっていた。この絵は、その港に停泊した船のうえで、乗員が石炭を積み込む作業を描いている。ミソは、夜間でも月光をたよりに船積み作業が行われているということで、イギリスの工業力を象徴するような風景と受けとられる。

画面のほぼなかばに、白く輝く月があり、それが放つ光が、港を含めて河口一帯を明るく照らしている。その光の処理の仕方は、後の印象派を想起させる。イギリスの絵画史上、光をこのように表現できたのは、ターナーが初めてである。

(1835年 カンバスに油彩 90×122㎝ ワシントン国立絵画館)


ドストエフスキーには賭博癖があった。「罪と罰」と並行して書いた「賭博者」という小説は、自身の賭博経験を生かしているといわれる。その小説の中の主人公アレクセイには、ドストエフスキーの面影を指摘できる。「未成年」にも、賭博のシーンが出てくる。アルカージーの道楽としてである。その道楽をアルカージーはセリョージャ公爵に仕込まれたのであるが、いったんそれを始めると、その魅力にのめりこんでしまう。アルカージーにとって賭博は、遊びであると同時に手っ取り早く金を得る手段でもある。賭博を金を得る手段と考えるようになっては、なかなかやめられないであろう。

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セリーヌ・シアマの2014年の映画「ガールフッド(Bande de filles)」は、フランスで暮らすアフリカ人少女の青春を描いた作品。移民としての彼女の環境は非常に厳しいと思うが、彼女のフランス社会とのかかわりはほとんど触れられず、もっぱら黒人との間のかかわりが描かれる。彼女は中学校の卒業を迎えても高校へ入ることもできず、かといって働く気にもなれない。そこで、黒人少女たちの不良グループと付き合いはじめる。そのうち自信が出てきて、恋人もできる、といったような内容の映画だ。

イスラエルによるガザのジェノサイドに関連して、ニクァラガがドイツをICCに提訴した。提訴理由は、ドイツ政府がジェノサイド条約に基づくジェノサイド防止義務を怠っているというものである、なぜニクァラガが、イスラエルの最大の支援国であるアメリカではなく、ドイツを提訴したのか。わかりにくい部分があるが、ドイツもアメリカにおとらずイスラエルを支持しており、また、現在でも多額の軍事援助を続けているから、ドイツの責任を問うということについては、一定の理解はできる。なにしろドイツは、いっさいイスラエルを批判しないし、というか批判ができないでいる。それはなぜなのか、その謎に迫った小論が雑誌「世界」の最新号(2024年6月号)に掲載されている。橋本伸也著「歴史家論争2.0とドイツの転落」と題した文章である。

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ターナーはヴェニスが気に入って、生涯に三度長期旅行をしている。最初は1819年から翌年にかけて、二度目は1833年、三度目は1840年だった。かれが最初のヴェニス訪問の際にてがけたスケッチや水彩画をもとに、大きな油彩画を制作したのは1833年5月ごろのことであった。それがきっかけで、かれはヴェニスをモチーフにした作品を作りたいと望み、1833年の夏に、ヴェニスに滞在して、スケッチや水彩の下絵を多数ものにした。そして、それらをもとにヴェニスをモチーフにした一連の油彩画を制作した。

ずばり「ヴェニス(Venice - The Dogana and San Giorgio Maggiore)」と題されたこの絵は、二度目のヴェニス滞在から生まれた作品。この作品は、翌1834年のローヤル・アカデミー展に出品された。マンチェスターの織物業者が350ポンドで買い取った。それに気をよくしたターナーは、以後1846年までほぼ毎年、ヴェニスをモチーフにした作品をローヤル・アカデミーに出展し続ける。

ヴェニスの港のにぎやかな光景を描いている。副題に「税関とサン・ジョルジョ大聖堂」とあるとおり、右手前が税関の建物、その奥の塔がサン・ジョルジョ大聖堂である。船を含めて手前側のモチーフは明確な線で描かれているが、中景から遠景にかけては、曖昧な線で描き、光を感じさせるよう工夫している。

(1834年 カンバスに油彩 90×122㎝ アメリカ、ワシントン国立絵画館)




NHKの定例番組「映像の世紀バタフライエフェクト」が、伝説のジャズシンガー、ビリー・・ホリデイの歌った曲「奇妙な果実」を放送したのを見た(5月13日)。小生はビリーの大ファンなので、是非もなく見た次第だが、番組はビリー自身にではなく、この曲のほうに焦点を合わせていた。この曲はユダヤ人が作ったものだが、ビリーが歌って広めさせた。というか、ビリー・ホリデイという歌手をそのままを感じさせる曲なのである。

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2016年のフランス映画「未来よ こんにちは(L'Avenir ミア・ハンセン=ラブ監督)」は、あるフランス人女性の生き方を描いた作品。おそらく現代フランスにおける中流階層の女性の、典型的な生き方なのだと思う。だから、たいしたドラマ性がないにもかかわらず、多くの共感を呼んだのであろう。

いわゆる「セキュリティクリアランス」制度に関する法律が4月10日成立した。これは経済安全保障に関する重要情報の取り扱いを国が認めたものに限定するという内容のものである。この法案が有する問題点は、雑誌「世界」の最新号(2024年6月号)に掲載された「『セキュリティクリアランス』制度の何が問題か」という小文(高山佳奈子著)が指摘していた。今回成立した法律は、その指摘通りに非常に問題の多いものと思われる。

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J.M.W.ターナー(J.M.W.Turner 1775-1851)は、イギリスの風景画家の最高峰の作家であるとともに、イギリスの美術史上もっとも偉大な画家といってよい。その名声はイギリスにとどまらず、世界中になりひびいている。ターナーはイギリスが初めて生んだ、真に世界的な巨匠といえるのではないか。かれは自分の作品を死後総て国家に寄贈したので、いまでもほぼ完全なかたちで国有財産となっている。

ターナーは生涯を通じて風絵画を描き続けた。その点は、同時代のライバル,コンスタブルが、生活の必要上肖像画を多く手掛けたのとは異なっている。風景画では生活はできないのだが、かれはなんとか生活の工面をたてながら、風景画を描き続けた。しかも、コンスタブルが故郷サフォークをはじめ、イギリス国内の風景にこだわったのに対して、ターナーは積極的に海外に出かけ、イタリアなどの外国の風景も描いた。

ターナーの画風は、幾度も変換した。その変換は五回とも七回ともいわれている。キャリアの始めごろには写実的な風景画を描いたが、1819年のイタリア旅行以後は、形にこだわらず、光あふれる色彩感を重んじるようになった。晩年の作品は、後の印象派を思わせるような、光を重視した画風である。批評家のなかには、ドゥル-ズのように、抽象画と評するものもいる。

「国会議事堂の炎上(The Burning of the Houses of Lords and Commons, 16 October 1834)」と題されるこの絵は、1834年10月16日における国会議事堂の炎上をモチーフにしたものである。ターナーは、この火災に大きなショックをうけたとみえ、幾枚もスケッチし、数点の油彩画や水彩画を残した。

この作品は、火炎のすさまじい勢いを、あざやかな色彩と光によって表現している。光や色彩を重んじる画風は、以後晩年におけるターナーの基本的な画風となった。





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2016年のフランス映画「セザンヌと過ごした時間(Cézanne et moi)」は、エミール・ゾラとポール・セザンヌの奇妙な友情を描いた作品。奇妙というのは、ゾラの視点からのことで、セザンヌはゾラに対して普通に振舞っていると思っている。ところがゾラにはそう思えない、という意味だ。

正法眼蔵第三十八は「葛藤」の巻。葛藤という言葉は、現代日本語では心の揺れを意味するが、道元はそうした意味では使っていない。文字どおり、からまりあった葛や藤の蔓という意味で使っている。仏教の伝授をその言葉で意味するのである。そう使うのではあるが、蔦や藤の蔓が絡まりあった様子を、否定的に捉えるものが、道元の時代にもあった。道元はそうした捉え方を否定して、葛藤という言葉を肯定的な意味合いで捉えようとしたのである。

ハンナ・アーレントの著作「全体主義の起源」三部作については、小生は若い頃ペンギンブックスの合本版を買い求めたところだ。そのうち第一巻の「反ユダヤ主義 Antisemitism」は、購入後すぐに読んだが、残りの部分は棚ざらしのままにしておいた。その残りの部分のうち、第三巻の「全体主義 Totalitarianism」を今回読んだ。第二巻の「帝国主義Imperialism」についてはいまさらという気持ちがあったのに対して、全体主義については、まだ時事的な問題意識にのぼるという判断があったからだ。何が時事的なのかというと、いまイスラエル国家が世界に突き付けている問題が、アーレントがこの書物の中で展開している全体主義批判に相通じるものがあるからだ。アーレント自身は、ナチスとボリシェビキを批判するつもりであり、当時できたばかりのイスラエル国家を批判する意図はまったくもたなかったのだが、彼女の死後、イスラエル国家はますます好戦的・反人道的な姿勢を強めており、その姿勢が、小生にはナチスに通じるものを感じさせるのである。そんなわけで、アーレントがもし生きていたら、いまのイスラエル国家をどのように考えるか、ということが小生の関心を搔き立てた次第である。

ユーモアは、ナンセンス及びパラドックスとならび、意味の脱臼の第三の形態である。意味の脱臼とは、シニフィアンとシニフィエとの間にずれがあることをさす。ナンセンスは、シニフィアンが複数のシニフィエと結びつき、それらの結びつきが互いに否定しあうことをいい、パラドックスはシニフィアンが二つのシニフィエと結びつき、それらがいずれも成り立つことをいう。一方ユーモアは、抽象的でかつ観念的な意味を、具象的で唯物的(身体的)な意味に置き換えることをいう。その例としてドゥルーズは次のようなものをあげている。「プラトンは人間のシニフィエを<羽のない二足動物>であるとしたが、これに対してキュニコス派のディオゲネスは羽をむしったおんどりを投げ返すことによって答える」。つまり、プラトンが人間のシニフィエを抽象的なイメージのシニフィアンと結びつけるのに対して、ディオゲナスは具象的なシニフィアンと結びつけるわけである。その結びつきは、プラトンのような観念論者にとっては笑うべきものであるので、それをディオゲネスは逆手にとって、ユーモアというのである。

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コンスタブルは、ソールズベリー大聖堂をモチーフにした作品をいくつか制作している。「牧草地から見たソールズベリー聖堂(Salisbury Cathedral from the Meadows)」と題されたこの作品は、妻メアリーの死の三年後に制作したものである。ソールズベリー大聖堂は、彼らにとって思い出の深いものであった。

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