沙門道元:和辻哲郎の鎌倉仏教論

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小論「沙門道元」は、和辻哲郎なりの日本仏教論である。和辻は、道元の禅と親鸞の念仏を日本で最初の本格的な仏教=宗教ととらえているようだが、それは真宗と禅宗に代表される鎌倉仏教を、日本で最初に民衆的な基盤の上に成立した宗教と位置づけた鈴木大拙の見方と共通するところがある。大拙の場合には、民衆宗教としては真宗のほうを重視したわけだが、和辻の場合には、道元の禅をより積極的に評価する、という違いはある。

西行の反魂術:西行伝説

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高橋英夫は、西行の武士としてのたてだてしさを指摘した後、西行の得体の知れない奇怪さにも触れ、その一例として、撰集抄の一節を紹介している。第十五話「西行於高野奥造人事」である。

家族ゲーム:森田芳光

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森田芳光の1983年の映画「家族ゲーム」は、変容しつつあった日本の家族関係をシニカルなタッチで描いたものだ。1983年といえば、日本は高度成長を達成して分厚い中間層が形成されていた。そうした中間層は、核家族として団地に住まい、子供の教育が最大の目標だった。教育熱心なあまり、親が子どもの反発をくらいバットで叩き殺されるという事件も起った。この映画の中でも、子どもにバットで殺されたくはないが、それでも子どもの教育に熱心にならざるを得ない親と、比較的素直で親の期待に応えようとする子どもが描かれている。

半身達磨(五):白隠の禅画

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静岡県の永明寺に伝わる半身達磨像。白隠四十歳代の作品と推測されている。晩年の達磨像とは明らかに異なった特徴が認められる。だが、ふっくらとしたその表情は、やはり白隠の自画像だと考えられる。

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マルキーズ諸島では、魔法使いあるいは呪術師の社会的な地位が高かった。彼らは神話の神々を呼び出したりするほか、病気の治療も行った。「団扇を持つ女」のモデルであるタホタウアは、そうした呪術師の妻だった。「ヒヴォアの魔法使い」と題したこの絵の中の魔法使いとは、もしかしたらタホタウアの夫かもしれない。

村上重良「国家神道」

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村上重良の「国家神道」は、国家神道研究の古典といってよいだろう。国家神道は、歴史的ないきさつもあって、客観的な視点からの分析がなかなか徹底されなかったきらいがあるようだが、村上のこの本は、国家神道の意義とその歴史的に果たした役割を、なるべく客観的に跡付けようとする姿勢に貫かれているといってよい。最近、島薗進の「国家神道と日本人」という本が出たが、島薗も村上のこの研究を、国家神道研究の足がかりとして、大いに評価していた。

文覚と西行:西行伝説

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西行は、武士として生まれ、若くして出家したこと、出家後仏道のみでなく神道や修験道にも深くかかわったこと、東は陸奥西は九州にいたるまで日本中を歩き回ったこと、多くの恋の歌に見られるように多感なところがあったことなど、さまざまなことが作用して多くの伝説が生まれた。ここではそうした伝説のいくつかをとりあげて、西行の意外な面について見ておこう。

オペラは踊る:マルクス兄弟

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マルクス兄弟は、トーキー時代になって頭角を現わした。サイレント時代の喜劇映画は、身体演技からなっていて、せりふが字幕で示される場合にも、言葉はあくまでも二義的だった。ところがトーキー時代になると、喜劇といえどもせりふをしゃべらねばならない。サイレント映画の人気者だったバスター・キートンやハロルド・ロイドはせりふをしゃべるのが苦手だったが、マルクス兄弟はせりふをしゃべるのがうまかった。そこで彼らがトーキー時代の喜劇のチャンピオンに躍り出たわけである。

達磨横顔図:白隠の禅画

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白隠は数多くの達磨像を描いたが、このように横顔を見せている構図のものはめずらしい。しかもこの絵は、一筆描きを思わせるような、簡略なタッチで描かれている。白隠の達磨像としては破格の描き方だ。多くの場合、白隠の達磨は正面を向いており、薄墨で輪郭線を描いた跡で、ポイントを黒く強調するというのが基本的な描き方だが、これはそれから大きく逸脱している。

安部公房「密会」

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カフカ的不条理を描き続けてきた安部公房が、「密会」では、その不条理を一段と掘り下げようとして、いまひとつ宙ぶらりんな仕上がりになった、ということではないか。この小説で安部は、カフカを越えようとして二つの試みを行っているのだが、それがどうも読者の目には、いかにも作り物めいてしっくりしないところがある。それがこの小説に中途半端な印象を与えるのである。

呼び声:ゴーギャン、タヒチの夢

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タヒチでの自殺騒ぎと、その副産物として「我々はどこから来たか・・」を制作して以後、ゴーギャンの絵は思弁的な雰囲気をたたえるようになったのだったが、その傾向はヒヴォアに移って以降、ますます強くなっていった。彼の最後の作品群には、非常に精神的な要素を感じさせるものがある。

ロイドの人気者(The Freshman)

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1925年の喜劇映画「ロイドの人気者(The Freshman)」は、原題にあるように、大学の新入生をめぐる話だ。アメリカの大学には、新入生を歓迎する様々な仕掛けがあり、毎年その仕掛けを駆使して新入生を大学に迎える。そのことを通じて、新入生が大学のカラーに馴染み、一人前の学生になるよう指導するわけである。

和辻哲郎の平安文学論

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和辻哲郎は「日本精神史研究」の中で、日本の奈良時代以前の古代文化を仏教の受容によって代表させたが、平安時代の日本文化については、清少納言と紫式部によって代表される女流文学を以てその典型とした。ところで、平安時代の女流文学、特に紫式部の「源氏物語」に高い価値を認め、そこに現わされている「もののあはれ」なるものを、日本の文芸のみならず、日本人一般の精神的な本質として称揚した者に、本居宣長が上げられる。それ故和辻の平安文学論が、宣長の所説を大きく意識したものになるのは、ある意味自然なことであった。

トランプはガキか?

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トランプがロシアのラブラフ外相らとホワイトハウスで会談した際に、ISにかかわる機密情報を漏らしたというので大きな騒ぎになっている。例によってオルタナ・ファクトが好きな側近たちが懸命にその事実を否定して、火消しにつとめているが、当の本人がそれを認めている。しかも誇らしげにだ。自分には、非常に貴重な情報が日々入ってくる、その情報をロシアの友人たちと共有したいというのだ。

入寂:西行を読む

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文治六年(1190)二月十六日、西行は入寂した。その前後の様子を記したものとしては、藤原俊成の「俊成家集」がある。
「円位聖が歌どもを、伊勢内宮の歌合とて判受け侍りし後、また同じ外宮の歌合とて、思ふ心あり、新少将に必ず判して、と申しければ、印付けて侍りけるほどに、その年去文治五年河内の弘川といふ寺にて、わずらふ事ありと聞きて、急ぎつかはしたりければ、限りなく喜びつかはして後、少しよろしくなりて、年の終の頃、京に上りたり、と申ししほどに、二月十六日になむ隠れ侍りける。かの上人桜の歌を多くよみける中に、
  願はくは花の下にて春死なむその如月の望月の頃
かくよみたりしを、をかしく見給へしほどに、つひに如月十六日望月終り遂げけること、いとあはれにありがたく覚えて、物に書きつけ侍る
  願ひ置きし花の下にて終りけり蓮の上もたがはざるらむ

猛進ロイド(Girl Shy)

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猛進ロイド(Girl Shy)は、理屈無しに笑える映画、それも腹を抱えて笑える映画である。とにかく全編これ笑いの渦にあふれている。喜劇映画でもこんなに笑いに富んだ映画もめったに無い。その笑いは、サイレント映画であるから、基本的には身体の動きから生まれてくる。その身体の動きがサーカスのように正常と異常の境界を極度に逸脱しているので、それを見せられているものは、自分自身の関節がはずされるような感じになる。

カルガモの親子

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先日(五月五日)、筆者の家の近くにある長津川の水路でカルガモの親子を見かけたことを紹介したが、あれ以来筆者は毎日のように彼らを観察してきた。出会って以来たった十日しかたたないが、雛は大分成長したように見える。今日は彼らが草むらで休んでいるところを見て、カメラにその姿を収めた。ご覧のように、母親を囲んで八羽の雛たちが気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。

隻履達磨:白隠の禅画

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白隠は隻履達磨の像を数多く描いている。隻履達磨というのは、片方の履物だけを持った達磨のことである。それには達磨にまつわる伝説がある。達磨が中国で没した三年後のこと、西域を旅していた人が達磨に出会った。片方の靴だけを持っているので不思議に思い、訳を聞くと、これから生まれ故郷のインドに帰るのだとのみ答えた。その人が中国へ戻ったあと達磨の墓を暴いてみると、そこには達磨の遺体はなく、履物の片割れだけが残っていた。

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ゴーギャンはヒヴォア島にやってくると早速、十五歳の女性マリー・ローズ・ヴァエオホを妻にして、子どもまで生ませたが、彼女をモデルに絵を描くことはなかった。ゴーギャンがモデルとして選んだのは、トホタウアという女性だった。彼女は医師兼呪術師の妻だったが、まだ若く、魅力的な赤毛をしていて、ゴーギャンの気をそそった。ゴーギャンはこの女性を妻には出来なかったが、モデルに採用することで、いささかの満足を得たようだ。

教育勅語を読む

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教育勅語は、国家神道及び明治憲法とともに明治の天皇制イデオロギーの支柱となったものといえる。この三者の関係について島薗進(「国家神道と日本人」)は、国家神道こそが明治絶対主義のイデオロギー的な中核をなし、明治憲法はその制度的な枠組みとなり、教育勅語は国民の意識にそれを植え付けるについて決定的な役割を果たしたとして、次のように言っている。

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