今年(2017年)の四月に、不倫行為(間夫)をした妻に怒りを覚えた夫が、妻に殴る蹴るの暴行を加えたあげくに死亡させた事件について、大阪地裁が執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。有罪判決に執行猶予がつくのは、情状酌量の余地があることの現れであるが、大阪地裁としては、この夫が妻の不倫に激高したことには、それ相応の理由があるといえるし、その点については同情できる、すなわち間夫をされた怒りは理解できる、したがって執行猶予に値する、と判断したようだ。

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クリムトは55歳の若さで死に、多くの未完成作を残した。「アダムとイヴ(Adam und Eva)」と題するこの作品もその一つである。テーマは聖書にあるアダムとイヴの物語らしいが、絵からはそのようなイメージは伝わってこない。イヴはクリムトの作品に出てくる他の女たちとほとんどかわらないし、アダムのほうはあまり存在感を感じさせない。

佐藤忠男「長谷川伸論」

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佐藤忠男は本職が映画評論家だから、映画を通じて長谷川伸に親しんだのだろう。長谷川伸と言えば、戦前から戦後にかけて、(戦中と戦後の一時期権力によって抑圧されたことはあったが)日本の映画界では人気のある作家だった。当時の映画界では、股旅ものとか仇討ものが最も大きな人気をとったが、長谷川伸はその分野を代表する作家だった。

秋の相聞:万葉集を読む

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万葉集巻九秋の相聞の部には、一人の尼を中心にして、面白い歌のやりとりが収められている。発端は、この尼に或る者が歌を二首贈り、相聞の気持を表わした。それに対して尼のほうでは、礼儀作法に従って歌を返そうとしたが、自分で一首の歌を完成させることができず、上の句だけを作って、下の句を大伴家持につけてくれるようにねだった。そこで家持が下の句をつけてやったはいいが、これがなんとも意味をはかりかねるしろものだというので、古来万葉学者たちを悩ませてきた。だが、二人で一首を作ったというのが、連歌の始まりだとして、歴史的な意義が大きいとされるものだ。

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張芸謀の1995年の映画「上海ルージュ(揺啊揺, 揺到外婆橋)」は、中国のやくざ社会を子どもの視点から描いたものだ。映画の中では、時代区分は明示されていないが、原作小説(門規)では1930年代と設定されている。その時代なら、中国でもやくざ社会がまだ活発に動いていたのだと思う。まして舞台となった上海は、中国のやくざたちが大規模な闇社会を形成していたのだろう。

維摩居士像:定慶

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定慶は、運慶や快慶と同世代の仏師で、作風からみて慶派に属すると見られる。しかし、その作品が収められたのが興福寺と春日大社に限られ、また僧綱位についた形跡がないことから、慶派の主流ではなかった可能性が高い。その作風は、慶派の特徴である写実を基本としながらも、細部へのこだわりや装飾性等など、彼独自のものを指摘できる。

坂口安吾「日本文化私観」

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坂口安吾は、敗戦直後に発表した「堕落論」の中で、同時代の日本人に懐疑的な目を向けたが、彼のそういう傾向は、敗戦後にわかに表面化したというより、敗戦以前から伏在していたものが、敗戦を契機にして顕在化したということのようである。彼の日本への懐疑的な見方を感じさせる文章は、敗戦前にも書かれている。昭和17年の2月に発表した「日本文化私観」がそれだ。

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クリムトは「水蛇」などの作品で女性の同性愛らしきものを描いたが、「女友達(Die Freundinnen)」と題した晩年のこの作品もその延長上のものだろう。タイトルは「女友達」だが、一見してレズビアンのカップルとわかる。

活きる(活着):張芸謀

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張芸謀の1994年の映画「活きる(活着)」は、中国現代史を庶民の目線から描いた作品だ。1940年代から70年代ころまでの、中国の民衆の生活を描いている。この時代は、対日戦争に始まり、国共内戦と共産党の勝利、60年代の文化大革命がそれぞれ歴史上の節目になっている。このうち対日戦争は全く触れられず、国共内戦も微視的に描かれ、文化大革命は否定的に描かれている。といっても、共産党政治への強い批判は見られない。50年代の大躍進時代は、共産党の政策のおかげで庶民が明日に希望を持てるようになったと主人公たちに言わせているし、文化大革命は、共産党の蛮行というより、避けがたい災厄のように描かれている。

「形而上学とは何か」は、「存在と時間」を刊行した二年後、1929年に行われた講義を、後に文集「道程」に収録したものである。筆者が読んだのは、創文社版ハイデガー全集第九巻収集のものだが、この全集版の日本語訳は、木田元が言うように問題があるようだ。特に訳語が独特で、「存在」を「有」とし、「存在者」を「有るもの」とし、現存在を「現有」としているなど、他の日本語訳と比べて、これだけがかなり変った訳し方をしている。現在一般的に言われている「形而上学とは何か」という題名でさえ、「形而上学とは何であるか」という具合に、大袈裟な感じを与える。

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三日目(十一月十日)は諫早湾の干拓事業の象徴である水門を見物した後、長崎の街を散策しようということになった。ホテルのラウンジで朝食をすませ、九時頃ロビーに集合する。ところが横ちゃんあひるがなかなか現れない。今ちゃんあひるが言うには、横ちゃんあひるのトイレはいつも長いのだそうだ。トイレといえば、小生は旅行中便秘がちになるのだが、今朝は三日ぶりに出たのでほっとしている。だけど一日分しか出なかったようなので、まだ二日分残っている感じがする、と言ったところ、誰かが、自分は未だに出ていませんと、うらやましそうに言った。

紅夢(大紅灯篭高高掛):張芸謀

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張芸謀は、中国映画第五世代の旗手として、中国映画を世界的なレベルに引き上げた功労者と言われる。「紅夢(原題"大紅灯篭高高掛")」は、1991年に公開され、彼の初期の代表作である。とはいっても、伝統的な意味の映画とはだいぶ異なっている。普通の映画らしい映画ではない。中国風バレエをスクリーン向けに編集しなおしたようなものだ。見ていても、バレエの舞台をそのままカメラに収めたといった体裁だ。バレエだから、音楽と踊りだけで、台詞はない。台詞がないから、物語性が希薄だ。観客は中国風にアレンジされたバレエ音楽に乗って繰り出される踊りの演技を披露されるわけである。

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ハウステンボスへは午後四時過ぎに着いた。駐車場の入り口がわかりにくくて難儀したが、なんとか探し当てて車を止め、エントランスをくぐった。その先には水車が見え、いかにもオランダらしい光景が広がっていた。といっても小生はオランダに行ったことがない。写真や映画で見た記憶に照らし合わせているだけなのだが、なんとも懐かしい景色に見える。そのうち機会があれば本物のオランダを訪ねてみよう、と思った次第だった。

蓮華王院風神・雷神像:運慶と鎌倉彫刻

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蓮華王院の風神・雷神像は、二十八部衆像と共に、千躰千手観音の眷属として安置されているものだ。風神・雷神の由来については諸説あり、もっとも有力なのは日本神話とそれがもとになった民間伝承に起源を求めるものだが、二十八部衆同様仏教起源だという説もある。蓮華王院の風神・雷神は、宋本における風神・雷神のイメージを形象化したものと言われており、その点では仏教起源説に従っているといえよう。

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由布院に遊んだついでに、吉野ケ里遺跡で日本の歴史を学ぼうというので、九時ころ旅館を辞して吉野ケ里方面に向かった。実はこう決まったのは昨夜のことだ。当初計画では、二日目にハウステンボスに遊び、三日目には諫早湾の干拓現場を見て、長崎空港から羽田へ戻るということ以外何も決まっていないのだった。飛行機と旅館の手配はシズちゃんあひるがやってくれたが、行動計画の詳細は横ちゃんあひるが担当したのだった。その横ちゃんあひるとしては、当初から綿密な計画を用意するというよりは、その場の雰囲気で柔軟に対応するのがよいという判断があったらしく、今日の行動計画は昨夜の旅館での歓談の中から生まれたのだった。

死と生(Der Tod und Leben):クリムト

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「死と生(Der Tod und Leben)」と題されたこの絵は、20世紀初頭に流行したフロイトの思想を踏まえた「エロスとタナトス」の具象化とも、ヨーロッパ中世を席巻した「死の舞踏」の現代的解釈とも言われた。

幸徳秋水の基督抹殺論

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「基督抹殺論」は秋水の遺書のようなものである。彼はこの本を、大逆事件で捕らえられるその年に書き始め、監獄のなかで脱稿した。友人の好意によって出版されたのは、死刑執行の数日後である。秋水の書いた本としてはめずらしく発禁処分を受けなかった。それについては秋水自身、「これなら、マサカに禁止の恐れもあるまい。僕のは、神話としての外、歴史の人物としての基督を、全く抹殺してしまふといふのだ」と手紙のなかで書いている。

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かつてあひるの仲間と由布院に一泊旅行をしたことがあった。たしか十九年前のことだ。いつもの通りシズちゃんあひるが企画したのだったが、そのシズちゃんあひるが脚を骨折して急遽行けなくなり、残りのあひる(たしか十羽だったと思う)がガイド役なしに出かけたのだった。そのせいか、この旅行は惨憺たる記憶をあひるたちに残したのだった。由布院温泉に来たつもりが、泊まった施設は郊外の丘の上にあるリゾートマンションで、あひるたちは2DKの部屋にそれぞれ二羽ずつあてがわれ、食事は一階のエントランスホールで仕出し弁当を振る舞われた。それはまあ我慢できたが、ひどいのは入浴施設がないことだった。それであひるたちは、外湯に浸かりに行ったのだったが、その湯というのがマンションから一丁ほど離れた畑の中にあって、五右衛門風呂に毛の生えたような小さな湯船に粗末な脱衣場が付属しただけの、どう見ても温泉とは言えない代物だった。今ちゃんあひるなどは、立派な門構えの民家を入浴施設と勘違いして、家の中にすたこらと入りこんで居住者を驚かした始末だった。

春の相聞:万葉集を読む

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万葉集巻八は、四季の歌を集めており、季節ごとに雑歌と相聞とに分類されている。相聞の部は、いうまでもなく男女の恋をテーマにしたもので、いつくかの男女の間に交わされた歌が主に収められている。ここではその中から、男女の恋のやりとりをめぐる洒落た歌を鑑賞してみたい。

さらば、わが愛/覇王別姫:陳凱歌

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「さらば、わが愛/覇王別姫」は、京劇の世界という、中国人にとっても特殊な世界を描いていると思うのだが、我々日本人から見ると、これも中国人の中国人らしい面をよく表現しているように映る。日本でいえば、歌舞伎役者とか伝統芸人の世界を描いているようなものだ。一般人の社会とはおのずから異なってはいるが、それでも日本人的な心情が集約してあらわれている、だからこれも日本文化の一つの側面を表現しているように見える。それと同じようなものだ。

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