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マネはスペインの絵、とくにベラスケスが気に入って、スペイン風に描くことをめざすことから始めた。その最初の成果が「スペインの歌手」である。マネはこの絵を1861年のサロンに出展し、佳作の評価を受けた。それまで落選の連続という憂き目にあってきたマネとしては、最初の成功だった。マネはこれをばねにして羽ばたこうと目指したが、その後はサロンの評価に見放された。

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北野武といえば、本業はお笑いだが、映画ではどういうわけか暴力ばかり描いた。その北野が、暴力映画に限界を感じて、もっと別のジャンルに可能性を求めたらしいのが、この「監督・ばんざい!」だ。北野にとっては13本目の作品だが、この作品で北野は、自分の持ち味であるお笑いの世界にもどった。

「石神問答」は、柳田国男が数人の民俗研究者との間で交わした往復書簡を一冊の本にまとめたものだ。それらの書簡は合わせて三十四にのぼり、交わした相手は、山中笑はじめ八名である。これらは本の出版日たる明治四十三年からさかのぼる余り遠くない時期に交わされたと思われる。その時期はあたかも遠野物語の執筆時期とだいたい重なっている。そんなこともあって、遠野物語と同じような問題意識に貫かれている。それは、日本の各地に残っている淫祠と言われるものの、起源や分布、現代の日本人へのかかわりあいなどを明らかにしたいというものだった。

 柳北居士の政府攻撃の手は五日間の自宅禁固に処せられたくらいでは引っ込まなかった。禁固の期間があけた後、以前に増して政府批判を強めた。末広鉄腸が自宅禁固から解放されると彼を朝野新聞の編集長に迎え、二人三脚で政府批判を続けた。その末広は井上薫に呼びつけられて政府の役職を提供すると言われたが、その懐柔を策せることを見抜いた末広は、断固その誘いを拒絶していた。そんな末広のジャーナリストとしての気概を柳北居士は高く評価したのである。
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北野武の「座頭市」は、勝新太郎の座頭市シリーズを意識したものだが、座頭市というキャラクターを借用しているだけで、子母澤寛の原作とは全く関係がない、北野のオリジナル作品だ。その座頭市という名前にしてからが、映画では表面に出ておらず、まわりの者は単に按摩さんと呼んでいる。これを座頭市と呼んでいる唯一の人間は、敵役のやくざで、いわば腹いせの悪態として言っているだけで、座頭市がこの按摩の表向きの名前とは思われない。

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渡辺綱は源頼光四天王の首座で、勇猛で知られる。さまざまな逸話があるが、最も有名なのは鬼退治の話。都の羅城門に鬼が出るというので、綱は頼光から授かった金札を立てるべく、羅城門に赴いた。すると鬼が現れて、背後から綱の兜をつかんだ。そこで綱はすかさず鬼の腕を切り落とし、それを持ち帰ったというもの。

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エドゥアール・マネは近代絵画の先駆者とも、現代美術の魁とも言われる。マネが画家として登場した時、フランスではサロンが美術界への登竜門になっていた。美術界で成功しようと望むものは、このサロンで認められることが必要だったのである。しかしマネは何度もサロンに挑戦したにかかわらず、なかなか認められないばかりか、露骨に拒絶された。そこでマネは、ナポレオン三世がサロンでの落選作を対象にした「落選展」を開催した時に、「草上の朝食」を出展したが、それでも評価されないばかりか、一層露骨にけなされた。その理由は、マネの絵が伝統的な絵画の理想からあまりにもかけ離れていたということであった。

吉本隆明の小論「芥川龍之介の死」は、芥川の死をめぐる通説に異を唱えるとともに、芥川の作家としての資質を軽侮するような内容のものである。吉本には他人を無暗に攻撃する傾向があるが、この小論ではそれがストレートに現われている。芥川を敬愛する人が読んだら不愉快になると思うし、また直接かかわりのなかった死者に向かって何故これほどまでにエクセントリックな攻撃をしかけねばならぬのか、理解に苦しむことだろう。

ロシアに旅するにあたっては治安の悪さがよく指摘されるが、小生たちもやはりその治安の悪さの犠牲になった。その二三の例を紹介したい。治安が悪いという印象はその国にとって不名誉であるのみならず、旅行者にとっては災厄というべきなので、先進国を標榜する国においては、最優先に解決すべき課題である。

 学海先生は墨堤に居を構えたことで一人の友人を新たに得た。成島柳北である。柳北のことを先生は、郵便報知新聞の先輩栗本鋤雲からしばしば噂話を聞いていた。共に幕臣として幕末に活躍し、維新政府におもねらず、フランスにも旅行したことなど、柳北と鋤雲には共通するところが多かった。年は鋤雲のほうが十五歳も上だったが、鋤雲はこの年下の才子を非常に高く評価していた。しかし学海先生にとって成島柳北といえば、「柳橋新誌」の作者柳北居士として、つとに畏敬すべき存在だった。その柳北が墨堤に定めた住まいの近くに住んでいると知って、先生は早速厚誼を求めたのである。
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北野武の1993年の映画「ソナチネ」は、やくざの抗争を描いた暴力映画だ。題名がソフトなイメージを喚起するのでソフトタッチの映画かと思われるが、まったくそうではない。ハードな暴力映画である。ただ、暴力とともに映画の大部分を占めるのが、ビートタケシがテレビで繰り広げて来たドタバタギャクなので、見ている方としては多少肩の張らない気楽さを感じることはできる。

九月二十日(木)七時に起床、パソコンに向かって航空機のオンライン・チェックインをなさんとするに、システム機能せずとのアナウンス表明され目的を達せず。昨日の日記を整理して後、九時頃運ばれ来れる朝餉を食す。

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袴垂保輔は都を騒がせる大盗賊、鬼童丸は市原野に住む盗賊だ。この二人が妖術を競い合う場面を滝沢馬琴が読本「四天王剿盗異録」に書いた。芳年はその場面をイメージ化したものを縦二枚続きの錦絵にした。当時馬琴の読本は庶民に人気があったので、こういう図柄も喜ばれた。

大江健三郎は、処女作の「奇妙な仕事」以来「個人的な体験」で長編小説を書くようになるまでの間、専ら短編小説を書き続けたが、それは彼にとっては長い助走のような意味を持ったようだ。彼はこれらの短編小説で、自分の文学的な野心を試した後で、その野心を長編小説の形で展開して見せるつもりだったように思われる。もっともその野心の方向性は、それこそ大江自身の個人的な体験を通じて大分異なったものになったのではあったが。

三時頃カフェを去り、地下鉄にてセンナヤ広場駅に至り、ホテルに小憩すること一刻。五時過ぎて再び外出す。今宵は露西亜旅行最後の日なればとて、浦子さるヲーカバーにてヲートカパーティを催さんと提案す。さればタクシーにて赴くべしと、石子のスマホアプリを用ひてヤンジェクス・タクシーを呼び寄せんとす。携帯電話番号の入力を求めらる。石子の携帯番号を入力するに、外国ナンバーは受け付けずと返さる。ここにて初めて、ヤンジェクス・アプリを活用するには、ロシアのSIMカードが必須なりと気付きたり。

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この絵は、1890年の7月に描かれており、ゴッホの遺作といってしかるべき作品である。同じ月の27日にゴッホはピストル自殺を図るのだが、その際に制作中だったのが、この絵であった可能性は高いようだ。ゴッホがピストルを持参したのは、畑の中を飛び回るカラスを追い払うためだと言っていたそうだが、そのカラスはこの画面に描かれているカラスと同じものに違いないのだ。

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1989年の映画「その男、凶暴につき」は、北野武の監督としてのデビュー作である。北野武といえば暴力映画といったイメージが定着しているが、この映画で早くもそのイメージが前面に出ている。しかし、後の彼の暴力映画と比較したら、やや穏健な印象を与える。というのは、この映画の中の暴力は、それなりの原因があるからだ。原因のある暴力は、表面の陰惨性のわりには暴力的な印象を強く与えない。本当に陰惨な暴力とは、理由もなしに行使される暴力だ。この映画の中の暴力は、後の北野映画の中でのように、理由もなく行使される陰惨な暴力ではなく、ある意味正当な暴力と言ってもよい。そこがこの映画を、多少とも穏健に見えさせている要因である。

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(ネヴァ河畔)

九月十九日(水)六時半に起床して日記を整理す。八時近く朝餉を供せらる。昨日と同じメニューなり。食後窓外を見るに天晴れ渡りて爽快なる陽気のなか、サラリーマンと思しき人々足早に歩み去りたり。その身なり普段着と異ならず。ロシア人はうちとけたる勤め人生活を楽しみをるが如し。

柳田国男が昔話に拘ったのは、それらが日本人の古い考え方を比較的もとの形で保存していると考えたからだ。昔話の中には、時代の変遷や地方の相違によって、もとの形とは違ってしまったものも認められるが、少なからぬものの中に、日本人古来の思想の痕跡が残っている。それらを丁寧に読み解くことで我々は、日本人の本来抱いていた思想がどのようなものであったか、知ることができると柳田は考えて、昔話の収集と比較・分析に熱意を注いだのだろう。

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(アレクサンドリンスキー劇場)

再び舟に乗ること三十数分にしてサンクト・ペチェルブルグに戻る。宮殿前広場を横切る際、ロシア娘より声をかけらる。翁らはキタイなりや、妾と記念撮影をなさざるや、と。余、苦笑して去る。また、驢馬の縫ぐるみを着て通行人をたぶらかし、ともに記念撮影をなして、肖像権料をとるものもあり。つられて付き合ふは剣呑に似たり。

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