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「市場にて(Ta Matete)」と題したこの絵は、パペーテの市場の様子を描いたものだ。南洋の島の市場にかかわらず、果物や魚などを売る様子は描かれていない。描かれているのは、派手に着飾った女たちだが、実はこれも売り物なのだ。女たちは着飾って媚びを売るような表情を見せ、自分の体をフランス人に売り込んでいるのである。

ウッドロー・ウィルソンとF・D・ローズヴェルトは、アメリカの歴代大統領の中では、政治理念にこだわった珍しい部類の政治家ということになっている。二人とも民主党の大統領として、今日で言うリベラルの政治理念を掲げ、それを実行に移した政治家であったといえる。このリベラルという理念について、ホフスタッターは立ち入った分析をしていないが、それまでのアメリカの政治理念である自由放任主義に対立した概念だという漠然とした捉え方はしている。ウィルソンもローズヴェルトも、自由放任主義をマイナスに捉えたわけではないが、その行き過ぎは社会正義に反するという考え方は持っていた。ここで社会正義と言われるのは、自由放任主義者の固執するような、機会の平等ということではなく、機会の平等が形式的な理念にとどまらず実質的なものになるには、人々を同じ条件で競争に参加させるような舞台を、政府が作るべきだという考え方の上に成り立っていた。こうしたリベラルの立場は、21世紀の今日まで、すくなくともアメリカの政治においては、一定の影響力を持ち続けているが、ウィルソンはそうしたリベラルの考え方をアメリカの大統領として最初に提示した政治家であり、ローズヴェルトはそれを受け継いだうえ、更に発展させた、というふうにホフスタッターは捉えているようである。

西行の出家二:西行を読む

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徳川美術館蔵の「西行物語絵巻」は、出家を決意した西行が、自分に取りすがろうとする幼い女子を縁側から蹴落とす場面から始まる。その部分の詞書は次のとおりである。

米:今井正

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今井正の1957年の映画「米」は、霞ヶ浦地方の貧農の暮らしぶりをテーマにしている点で、内田吐夢の戦前の作品「土」と似ている。実際今井は「土」を意識してこの映画を作ったようである。しかし、「土」の場合には、同時代の小作農の生活の実態が描かれていたのに対して、今井がこの映画を作った時代には、「土」で描かれたような小作農は、すでに存在しなかったはずだ。それ故、この映画は当時の農村の実像とはかなりずれたところがあると思うのだが、今井自身はそのことにあまり頓着している様子がない。あたかも戦後十年以上たった日本においても、小作農と呼ばれる貧農層が最低限の生活を強いられているといったイメージを持ち続けていたようである。

あひるの新年会

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あひるの仲間と遅ればせの新年会を催した。場所は例年のとおり新宿西口の三代目網元。参加したのは、ミーさんあひる、オーさんあひる、静ちゃんあひる、少尉あひる、アンちゃんあひる、横ちゃんあひる、それに絵描きあひること小生のあわせて七羽であった。今ちゃんあひるは今年も出られなかった。横ちゃんあひるが残念がって、今年は今ちゃんあひるの卒業する年だから、記念に卒業旅行を計画したいと思って、今日会ったら是非何処に行きたいか聞いてみたかった、というので、後日別途聞いて見なさいとすすめた次第だった。

秋景山水図:雪舟

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「秋景山水図」及び「冬景山水図」は、もともと四季山水図四点のうちの二点だったと考えられる。この二点は、「山水長巻」と並んで雪舟の最高傑作というに相応しい作品だ。画法的には、若年時の技法や中国からの影響を脱して、雪舟独自の境地を切り開いた記念碑的な作品と言える。

安部公房「壁」

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安部公房を始めて読んだのは高校生のときであったが、その折に受けた印象は、直前に読んでいたカフカの模倣のようで、オリジナリティを感じることがなかった。そこで若い筆者は安部の作品を読む動機を失ってしまったのだったが、どうやらそれは早合点過ぎたようだ。というのも、最近になって安部の作品「壁」を読んでみて、たいへんぞくぞくさせられたからだ。これはこれなりにオリジナリティがある。たしかにカフカを思わせるところはあるが、安部らしい独創性もある。戦後の日本文学の中でも、かなりユニークなものなのではないか。そんな印象を受けたのであった。

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「マンゴーを持つ女(Vahine no te vi)」は、「花を持つ女」とともに、ゴーギャンが西洋流の構図で描いた肖像画の傑作だ。「花を持つ女」のほうは、ダ・ヴィンチのモナリザを想起させるのに対して、この「マンゴーを持つ女」は、同じくダ・ヴィンチの「白貂を抱く女」を想起させる。「白貂を抱く女」は、両手で白貂を抱いた女が、頭を体と反対向きにしているところを描いているが、この絵でも、女は体と反対の方へ顔を向けている。

真昼の暗黒:今井正

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今井正の映画「真昼の暗黒」は、冤罪事件として有名な八海事件を取り上げたものである。この事件は1951年に発生し、最高裁判所による最終判決が1968年に出されたという非常に息の長いものだったが、裁判が進行中の1956年に今井が映画化し、被疑者の冤罪を訴えたために大きな話題となった。係争中の事件を取り上げ、あたかも国家権力の暴力によって冤罪がおきたといわんばかりの内容だったので、司法当局側から厳しい批判を受け、国民の間からも大きな関心が寄せられた。そんなことが災いしたか、冤罪被害者の無罪が確定するのは、事件後十七年も経ってからであり、そこには国家権力の面子への配慮が働いていたと思わせたものである。

トランプがパレスティナ国家構想に疑問

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トランプがイスラエル首相ネタニアフとの会談後に行った記者会見の席で、これまでアメリカの外交方針だったイスラエル・パレスティナの二国家共存構想に疑問を投げかけた。その意図は、これまでこの構想が実現しなかったのだから、ここで新しいアプローチを考えてもよいということらしい。

徳永洵「現代思想の断層」

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徳永洵は、三島憲一と並んでドイツ現代思想の紹介者として知られる。ドイツ現代思想は、フランスの現代思想のにぎやかさに押されて、日本ではいまひとつ流行らなかったが、徳永はそれを根気強く日本人に紹介してきた。とりわけ、フランクフルト学派の紹介で知られるが(「啓蒙の弁証法」を翻訳している)、それはフランク学派が戦後のドイツ思想を代表するものであってみれば、当然のことだろう。

西行の出家(一):西行を読む

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西行の若い頃のことはあまりわかっていないが、数え年二十三歳で出家したということは、藤原頼長の日記「台記」に言及がある。以下、その部分(永治二年三月十五日)を引用する。

山びこ学校:今井正

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今井正の1952年の映画「山びこ学校」は、生活綴り方運動で知られる無着成恭の実践記録を映画化したものである。無着成恭は、戦後山形の師範学校を卒業した後、山県県内の僻地の中学校の教師となり、そこで生徒の貧困に直面しながら、民主主義教育に邁進した人物である。彼は、生徒の低い学力を高める方法として、生徒に綴り方を書かせる運動をはじめ、その運動の経緯を記録にして出版したところ、それがベストセラーとなった。綴り方運動は、戦前の寺田寅彦たちの運動など前例もあって、国民の関心を集めていたこともあり、無着の運動は大いに注目を集めたわけである。民主主義の理念を普及することを使命に思っていた今井が、それを映画化した次第だ。

トランプ時代の中国

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トランプが登場して、アメリカのエスタブリッシュメントと世界秩序への挑戦を叫ぶようになって、世界に大きな衝撃が走っている。従来の同盟国を含めてどの国にもマイナスの影響が予想されるなかで、最も大きな影響を蒙るのは中国だと思われる。その影響は経済と政治の両面に及び、場合によっては新たな冷戦の始まりを予想させるような厳しいものになる可能性がある。

山水図屏風(右隻):雪舟

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山水図屏風の右隻は、左隻と連続しているわけではないが、図柄としては、同じような雰囲気のようなものを並べ、左右一体で調和を醸し出している。

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「浜辺のタヒチの女たち」と非常に良く似た構図の絵だが、微妙に違うところもある。二人の女のうち左側は、ポーズも服装も全く同じといってよいが、右側は腕と脚を露出させ、タヒチ風と思われる衣装を身につけており、ポーズも違っている。ただ表情はよく似ている。もっともこちらの方が、ピリッとした表情に見える。

南北戦争が終了してから世紀の変わり目までの数十年間を、ホフスタッターは「アメリカの金ぴか」時代と呼んでいる。この時代には共和党の凡庸な政治家たちが合衆国大統領職に次々とついた。唯一の例外はグローヴァー・クリーヴランドで、彼は一応民主党に担がれたということになっているが、ウッドロー・ウィルソンが後に主張したように、全然民主党的ではなく、「保守的共和党員」と言ってよかった。要するにこの時代は、共和党がアメリカの政治を牛耳っていたわけである。

山水図屏風(左隻):雪舟

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雪舟としてはめずらしい六曲一双の図屏風形式の山水画である。一応伝雪舟という扱いになっていて、真筆とは断定されていないが、真筆の可能性は非常に高いとされる。落款に「備陽雪舟筆」とあることから、文明六年(1474)頃の作品と思われる。この時期に雪舟は、山水小巻を描いており、筆致に共通するものがあると指摘される。両者とも、行体画だということで、全体としてやわらかい印象が特徴である。

どっこい生きてる:今井正

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日本の映画人が敗戦直後の日本の混乱を正面から描くのは、戦後かなり経ってからだ。そこには進駐軍の強い意図が働いていたと思われる。敗戦による混乱を描くよりも、軍国主義から解放され民主主義が実現した喜びを描くべきだ、というような進駐軍の意向が、日本の映画人に作用して、戦後の混乱を正面から描くことをためらわせたフシがある。

阿漕:西行を読む

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世阿弥の作と伝えられる能に「阿漕」という作品がある。伊勢の阿漕が浦に伝わる伝説を取り上げたものだ。阿漕とはその地の漁師の名であったが、その男が、伊勢神宮にお膳を供えるために一般の漁が禁止されていた海でたびたび漁をした。それが発覚してお咎めをこうむり、この海に沈められてしまった。それ以来このあたりの海を阿漕が浦と呼ぶようになったという話である。それが何故か、早い時期から西行の伝説と結びついた。阿漕はすこしならばれないと思ってやっていたところ、それが度重なったために発覚してしまったのだが、それと同じように、西行も思い人にたびたび懸想したために片恋がばれてしまった、というふうに伝わるようになったわけである。

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