反哲学的エッセー

ヨーロッパ哲学の伝統において、パロールがエクリチュールに優位してきたのは、エクリチュールが表音文字によって書かれてきたからではないか。そんな問題意識を井筒は、「意味の深みへ」所収の「書く」という小論の中で提起している。表音文字というのは、アルファベットのことだが、そのアルファベットは音を表記するための文字である。パロールを通じて語られた言葉の、その音を表音文字であらわすわけだから、それはパロールの(表音的な)コピーということになる。だから本物はパロールであって、エクリチュールは偽物ということになりかねない。じっさいプラトンは「パイドロス」の中で、(パロールとかエクリチュールという言葉は無論使わないが)書かれたことは話されたことのコピーだというような言い方をして、話されたことの優位を主張している。

エクリチュール(écriture)は、解体(déconstruction)や相異=相移(differance)とともにデリダの思想の中核的な概念である。だがデリダは、この重要な概念を定義しようとしない。定義された術語は、たちどころに硬化して、もはや自由な読み替えが出来なくなってしまうからだ。エクリチュールという述語はだから、明確でかつ固定した内容を持たない。それには不分明性、不定性、曖昧さが纏綿する。そこがデリダの狙いでもある。井筒はそう言って、エクリチュールという述語を、多面的な見地から考察する。

強い影響力を持つ現代の哲学者のうち井筒がもっとも注目するのはジャック・デリダである。その理由はデリダのユダヤ性である。井筒はユダヤ教に深い関心を寄せ、とりわけカッバーラーの思想については、井筒の考える東洋的な思想のあり方の一つの典型として捉えているわけだが、そうしたものとしてのユダヤ性を、井筒はデリダの中に見たわけである。ユダヤ人の思想家としては、ほかにフッサールとかレヴィナスなどがあげられるが、そのなかで特にデリダに注目するわけは、デリダが西洋哲学の伝統に挑戦して、その解体(デコンストリュクション)をめざしたところにあろう。井筒も又、東洋哲学を以て西洋哲学を相対化しようとする路線をとっており、その自分の路線にデリダがつながると見たことが、彼のデリダへの強い関心の淵源なのだろうと思う。

カオスとコスモスといえば、通常浮かんでくるイメージは、混沌と秩序の対立である。その対立においては、カオスはマイナスイメージ、コスモスはプラスイメージとして捉えられる。混沌として形が定まらぬカオスに、秩序が与えられて形ある世界としてのコスモスが形成される、というのが普通の(西洋的な、したがって今日における地球支配的な)考え方だ。その考え方は、旧約聖書にも示されている。

「意味の深みへ」所収の小論「意味分節理論と空海」は、真言密教の言語哲学的可能性について論じたものだ。真言密教は、仏教の教派の中でも特異な言語哲学を有している、と井筒俊彦は言う。真言という言葉は「真の言葉」を意味する。その真の言葉が存在を生みだす。真の言葉とは究極的には大日如来のことである。大日如来は言葉として存在する。その大日如来が自己分節した結果我々の日常的な経験世界が生まれる。仏教の常識では、我々の日常的な経験世界は虚妄として、その実在性を否定されるのだが、真言密教においては、それは大日如来が法身説法したものとして実在性を持つ。この世界は大日如来が言葉として顕現したものなのだ。

アラヤ識というのは、唯識派の基本タームで、意識の深層をさす言葉だ。西洋哲学に比較した東洋思想の特徴は、意識の表層部分だけに着目するのではなく、深層部分にも着目することだ。意識というのは、表層のもっと深い部分に別の領域が開いている。これを下意識とか、深層意識とかいうが、それを唯識派の哲学ではアラヤ識という。この言葉を井筒俊彦は、東洋思想に共通する深層意識のあり方を表現した言葉として用いるわけである。この言葉は、東洋哲学を論じる際の、もっとも基本的なタームとして使われる。ひとり唯識派のみならず、東洋哲学全体にとっての、共通タームとしてだ。

井筒俊彦の小論集「意識の深みへ」の冒頭を飾る「人間存在の現代的状況と東洋哲学」は、グローバル化時代における異文化間のコミュニケーションの可能性について論じている。異文化間のコミュニケーションの問題は、いままでにもなかったわけではないが、それは局所的な問題にとどまっていた。ところがグローバル化が進んだ今日では全地球的な規模で問題となっている。というのも、グローバル化は全世界を巻き込む形で進行し、そこに地球社会とでもいうべき、いまだかつて存在していなかったものが現出するようになった。そういう段階においては、異文化間のコミュニケーションの問題は、全地球規模において生じるようになるわけである。それは、異文化間の差異を解消し、各文化を均一化させる方向へ進む傾向を持つ一方、異文化間に深刻な対立を生むようになる傾向もあわせ持つ。その対立は、全地球を巻き込んだ形で進まざるを得ないから、対立はある種の戦争状態をもたらすであろう。

本質とは、西洋哲学の伝統においては、或るものが何であるかという、その何であるかについての定義というふうに考えられている。それは通常、類と種差という形で表明される。たとえば人間については、人間とは理性的な動物である、というふうに。動物が類で、理性的が種差である。本質についてのこの定義は、アリストテレス以来の西洋哲学の大前提になっている。

これまで、本質実在論の諸タイプについて見て来たが、その本質実在論の対極にあるのが禅である。禅は二つの点で、本質実在論とするどく対立する。禅はまず、本質そのものを認めない。本質の実在どころか、その意義そのものを否定するのである。禅はまた、神の存在を認めない。というか神の問題を回避する。これは禅が仏教の一つの流派であり、したがって宗教であるらしいことを考えると、奇異なことのように思えるが、そもそも原始仏教というものは、神を問題とはしていなかった。原始仏教の問題意識は、輪廻から超脱して存在することをやめることであった。存在することをやめれば、あらゆる煩悩から解放されるからだ。仏教というのはしたがって、自力で以て煩悩から解放されることを目的としており、そこに神が介在する必要はなかった。その原始仏教の問題意識を、禅はもっとも純粋な形で受け継いでいるのである。

カッバーラーは、ユダヤ教の神秘主義的部分である。これに井筒俊彦は、本質実在論の第二タイプ元型的本質論の一つの有力な例を見る。ユダヤ教は、神が無から世界を創造したとする。これは、キリスト教やイスラームも受け継いだセム的宗教の基本的な考え方である。この考え方によれば、神は世界の外側から働きかけて、世界を作ったということになる。神は世界を超越した存在なのだ。これに対してカッバーラーは、神を世界から超越した存在だとは見ない。神は世界にとって内在的な存在なのだ。つまり、神が自分自身の内部から世界を生んだという見方をする。というより神が顕現したもの、それが世界だと見るわけである。

本質に普遍的本質マーヒーヤと個体的本質フウィーヤがあるとして、個体的本質に実在性を認めるのは理解できる。そもそも個体とは実在する個物を想起させるからだ。これに対して普遍的本質に実在性を認めることは、少なくとも西洋哲学的な思惟に慣れている者には、むつかしいのではないか。何故なら普遍的というのは、あくまでも人間の思惟が作り出したもので、したがってあくまでも概念的なものだからだ。概念は実在とは異なった範疇に属するものである。ところが、この普遍的本質に実在性を認める考え方が、東洋思想には珍しくない。というより、普遍的本質に実在性を認める考え方のほうが、東洋思想では主流となっている、と井筒俊彦は主張する。

西洋哲学では、本質は普遍者をあらわす概念である。本質とは、或るものが何であるかという問いへの答えであると言ったが、その「何であるか」は、普遍的な概念として与えられる。それは徹底的に抽象的なものだ。西洋哲学とは、個別者を抽象的な概念の枠組みに当てはめることを主な関心事としながら発展してきた。だから、抽象的なものへの偏愛というべきものを、西洋哲学は持っている。東洋ではそうではない。東洋思想の殆どは、普遍者という抽象的なものには満足しない傾向が強い。日本人も例外ではない。その代表者として井筒は本居宣長をあげ、宣長がいかに概念的・抽象的思惟を嫌ったかについて言及している。宣長にとっては、同じ東洋人である中国人の思惟でさえ、概念的・抽象的に映った。宣長は、そうした概念的・抽象的な思惟に代えて、個体的で具象的なものにこだわった。かれが言う所の「もののあはれ」とは、そうした個体的・具象的なものを言語的に言い現わしたものなのである。

意識といい、本質といい、西洋哲学のタームである。そのタームを用いて東洋思想を語るところに井筒俊彦の特徴がある。東洋思想特有のタームを用いて東洋思想を語れば、たとえば仏教固有のタームを用いて仏教を語れば、西洋的な思考をする人にはわかりにくかろうし、仏教のタームを通じてでは、ほかの東洋思想例えばイスラーム神秘主義の思想は理解しづらかろう。と言って、仏教とイスラーム神秘主義に通底するようなタームは、なかなか見つけづらい。そこを西洋哲学のタームを用いて説明すれば、なんとなくわかりやすい気がするものだ。井筒が東洋思想の解説者として世界的な名声を博しているのは、こういう事情が働いているからだと思う。

井筒俊彦は、西洋哲学の伝統的なタームを用いて東洋思想を読解することに生涯を費やした。かれが読解作業の俎上に載せた東洋思想は、イスラームからインド仏教、中国の道教や易経にまで及ぶ。儒教については宋学で代表させているようだが、その宋学は易経のバリエーションのようなものとして位置付けられている。こうした多彩な東洋思想を、ある一つの統一的な観点から読解するのが井筒のやり方で、かれは自分のそうした作業の大部分を英語で発表した。かれの英語の能力は、まるで母国語を操るように高度なものだったらしい。そのおかげもあって、かれの著作は世界スケールで広く読まれたそうだ。それは、英語の能力の賜物でもあるのだろうが、基本的には、かれの説明の仕方が、上述したように、西洋哲学の伝統的なタームを用いていて、西洋人に理解しやすかったためだと思う。

井筒俊彦は、講演集「イスラーム文化」において、イスラーム文化を特徴づけるものとして三つのものをあげた。主流派としてのスンニー派、反主流派としてのシーア派、そして異端思想としてのスーフィズムである。そのうち、スンニー派とシーア派の基本的な特徴について、「イスラーム文化」では触れていたわけだが、スーフィズムについては、その名をあげるだけで詳しい言及はしなかった。そのスーフィズムについてもっぱら紹介したのが、この「イスラーム哲学の原像」である。

井筒俊彦という人を、筆者はこの年(古希)になるまで知らなかったが、たいへん迂闊なことだったと思っている。イスラーム文化に造詣が深いほか、インド仏教や中国思想にも通じており、それらを土台にして、東洋思想として共通する要素を探求した人らしい。その業績については、追々読み進んで行こうと思っているが、とりあえず「イスラーム文化」と題した著作(岩波文庫)を取り上げたいと思う。

井筒俊彦は、日本人としてはスケールの大きな思想家だ。活躍の舞台が日本に限定されておらず、それこそ世界を股にかけた活躍ぶりを見せたというだけではない。思索の対象が全人類をカバーするほど広範囲だ。こういうタイプの思想家は、井筒以前には日本にはいなかった。国際的な名声という点では、鈴木大拙などは先駆者といえるが、大拙の場合には、ほとんど禅の領域に特化し、禅が国際的な関心を高めるのに乗った形で名声を高めたというような具合である。ところが井筒の場合には、彼の達成した学問が国際的な関心を高めることにつながったという点で、自ら名声を呼び寄せた。じつにユニークでかつスケールの大きな思想家だといえる。その井筒を小生は、最近になって読み始めたのだが、なにせ古希を過ぎて頭が固くなってきている頃合いなので、どれほど正確に井筒の主張が理解できているか心もとないが、井筒は噛んで含めるような、わかりやすい文章を書くので、小生のように頭の悪い老人でも、なんとかついていけた。

最後に日本人の死生観について触れたい。日本人の死生観は、古代日本人の抱いていた死生観に、仏教、道教、修験道などの死生観が加わって、やや複雑な様相を呈しているが、その基本は、霊魂崇拝である。日本人本来の考えによれば、人間は肉体と霊魂が結びついてできている。その霊魂は、肉体から遊離しやすいもので、実際しょっちゅう遊離している。遊離した霊魂は各地を旅するわけだが、その旅先で見聞きしたことを、のちに肉体と一緒になって意識を取り戻した時に、周囲のものに語って聞かせたという話はあちこちに残されている。霊魂が遊離すると人間は気絶した状態に陥るのだが、霊魂が戻って来ると、意識がもどる。だから人々は、霊魂が戻って来るのを期待して、人が死んだとしても、すぐにはそれを受け入れない。ある程度の期間が過ぎても意識が戻らないと、それは霊魂が飛び去ったのだと観念して、初めてその人の死を受け入れたのである。そんなわけで、古代日本人の死についての観念は、死を瞬間的な出来事としてとらえるのではなく、緩慢に進行するプロセスと捉えたものだった。

死の問題は宗教の領域と深いかかわりがある。宗教というものは、大きく二つの領域からなっている。一つは、自分が生きている世界がどのように生じ、何処へ向かっていくのかについての見方、いわば世界観ともいうべきことからなる領域だ。もう一つは、自分自身の存在についての疑問にかかわる領域、いわば死生観ともいうべきことからなる領域だ。死の問題は、死生観の中核をなす。

死と苦痛は暴力と深いかかわりがある。この三者が最も深く結びつくのは戦争においてである。戦争は暴力そのものの爆発といえる。戦争においては正義や理性がないがしろにされるとレヴィナスはいったが、まさに戦争こそは暴力の爆発として、人間性を踏みにじるのだ。正義とか理性といったものはその人間性を土台にしている。それが根こそぎにされるわけだから、正義とか理性などというものは、暴力の前では無力なのだ。

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