反哲学的エッセー

デカルトが意識から存在を導き出して以来、西洋哲学は意識を舞台に展開してきた。中にはマルクスのように存在が意識を規定すると言ったり、ニーチェのように西洋哲学の枠組みそのものをひっくり返そうとしたものもいたが、それらは例外と言ってよく、西洋哲学の主流を歩く者は、意識という道を踏み外すことはなかったのである。その意識の問題をもっとも先鋭的な形で突き詰めたのは現象学であった。

精神と身体

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デカルトが精神と身体をそれぞれ別個の実体として分裂させて以来、人間はもっぱら精神的な存在として捉えられて来た。「我思う故にわれあり」という言葉には、人間は精神としての存在だという意味が込められている。人間にはたしかに身体が付随しているが、それは本質的に重要なことではない。身体と精神とは、それぞれ全く別の次元に属するのであって、したがって身体と精神との関係は、必然的なものではなく、偶然のものでしかない。身体は精神とは分離して存在することができるし、精神は身体なしでも活動できる。精神の働きは意識という形をとるが、意識はとりあえず身体とは別のものである。

思考の構造

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前稿「意識と無意識」で、フロイトが無意識を発明した時、哲学界はこれを無視したと書いた。そしてその無視には理由があったとも書いたが、その理由についてもう少し詳しく見ておきたい。人間の思考を理性の働きと結びつけ、外界の表象である感覚的な与件が理性の働きと結びつくことで人間の認識、つまり思考が行われると考えたのはカントだったわけだが、それ以来人間の思考は、基本的には理性と強く結びついて、人間の自主的な、つまり意識的な営みであるというふうに考えられるようになった。だからそこには無意識が介在する余地は全くなかったと言ってよい。それが、哲学界がフロイトの無意識を無視した理由である。

フロイトが無意識の人間に及ぼす深刻な影響を指摘した時、西洋哲学はこれを無視した。その無死の仕方は本能的といってもよかった。何故なら西洋哲学の伝統は人間の意識を舞台に展開されて来たからであって、意識以外のものが人間を動かすなどとは、意識についての学問である哲学を否定するに等しかったからだ。デカルトが「我思う故に我あり」と宣言して以来、意識こそが存在の根拠だったわけだし、存在についての学問である哲学にとっては、意識を除外しては何事も語れなかったのである。そこにフロイトは無意識という概念を発明した。しかもその無意識が人間の行動を左右すると主張した。西洋哲学にとって、これほどスキャンダラスなことはありえなかったのである。

自己と他者

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前稿で広松渉に言及した際、他者の問題に触れた。広松の場合、他者の問題は間主観性という形で取り上げられていた。間主観性というのは、複数の人間の間のコミュニケーションから生まれて来る関係をいう。その関係から、人間の認識の枠組みとなるものが生まれて来ると考える点で、広松の間主観性の議論は、人間の認識の社会的起源を強調したものだった。人間は、その本質的なあり方において社会的な存在だとするわけである。

存在と意味

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西洋哲学の伝統においては、存在するものと存在することとは分けて考えられる。存在するあるものを存在者といい、その存在者が存在することを存在というわけである。存在するあるものは既に存在しているわけであるから、何故ならすでに存在していなければ存在者とは言われないからだが、その存在者とその存在者の存在とを分けて考えるのは意味がないようにも思われる。存在者において、存在する当のものとそのものの存在とは一致しているのではないか。そうだとすれば、存在者と存在とを分けて考えることに、どれほどの意味があるのか。

存在と意識

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前稿で存在は精神によって基礎づけられると言った。精神は意識として現象する。だから存在がどのようにして基礎づけられ、構成されるかを詳しく知ろうとすれば、意識の働きに注目しなければならない、というのが西洋哲学の伝統的な考えだ。この伝統はそんなに古い歴史を持つわけではない。デカルトに遡るくらいだ。だがデカルトの「我思う故に我あり」のインパクトはあまりにも大きかった。以来西洋の哲学は意識をめぐって展開してきた。意識は、存在を中核としながらも、すべての哲学的な思考がそこで展開する舞台となってきたのである。

存在と無

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この小論の目的は存在と無について語ることだが、サルトルの注釈ではない。一日本人として西洋哲学の伝統に一瞥を加えようというのだ。西洋哲学が存在の探求から始まったことはよく知られている。ギリシャの最初の哲学者たちは、この世界が存在しているのはどういう理由からかについて、思弁を巡らしたのであったし、プラトンは存在者が存在するとはどういう意味か、存在とは何かについて探求したのであった。キリスト教時代の思想家たちは、神と存在との関係について思弁を続け、近代以降の哲学者たちも存在の意味について探求し続けた。彼らのそうした探求を動機づけたのは、何故無ではなく、存在があるのか、という素朴な疑問だった。こういう疑問は、日本人が長らく知らなかったものだ。日本人にとっては、この世が存在しているのは疑問の余地がないことだったし、したがって存在というものについて疑問を差し挟むということもなかった。存在は自明な事実なのであって、かえって無の方が異様に受け取られたのである。

小生はかつて「日本人とエピステーメー」と題した小論の中で、フーコーのエピステーメー論を日本人に適用したらどうなるかについて、簡単な考察をしたことがあった。そこで小生がとりあえず達した結論は、日本人にはヨーロッパ人のように内発的な知の発展というものは見られず、外国から輸入した知が幅を利かせてきたということだったが、それでも日本人の思考の枠組というようなものは存在しており、それをエピステーメーといってよいかもしれない、と思うに至った。そのエピステーメーのうちで、我々現代に生きる日本人にとって、最も大きな意義を持つのは、儒教に根差した権威主義的世界観であって、我々はその呪縛から未だに完全に脱し切れていない。この儒教的なエピステーメーは、徳川封建体制下の17世紀半ばごろに成立し、明治維新を経て、先の敗戦頃まで強い規範となってきた。要するに三百年にわたって日本人の思考を制約してきたわけである。敗戦後は、それに代わって欧米伝来の自由主義的な考え方が新たなエピステーメーを築きつつあるが、我々はまだ権威主義的な思考様式から抜け出せていないようである。

イデオロギーはマルクス主義の用語だったが、広い範囲で使われるようになり、いまでも社会科学や人文科学における基本タームとして流通している。それに対してエピステーメーのほうはミシェル・フーコーが使いだしたものだが、こちらはあまり普及することはなかった。パラダイムと似ているところがあり、しかもパラダイムのほうに強いインパクトがあるので、エピステーメーはごく限定された範囲にしか取り上げられなかったし、フーコーが死に、また構造主義が下火になると、次第に見捨てられていった。

一時期世界観という言葉が流行った。世界観と漢字で書くと、文字通り世界についての見方と言う意味になる。ドイツ語でも Weltanschauung と書いて、やはり世界についての見方というような意味合いを持たされている。しかし英語圏では、こうした言葉はあまり使わないようだ。フランス語圏でも積極的には使われない。そうしてみると、この世界観という言葉は、ドイツ語圏とその影響を強く受けた日本の哲学業界においてもっぱら使われているとも言えそうだが、しかしだからといって、他の国の思想界で世界観に相当するような考えがなかったかといえば、そうでもない。どんな民族であっても、世界についての基本的な捉え方というものはあるものだ。それがないと、自分が生きていることの意味がわからなくなるだろう。何故なら人間は一人で、しかも裸の状態で生きているわけではなく、世界のうちで他の人間とかかわりあいながら生きているからだ。

前稿「時間について」では、西洋哲学史における時間論の変遷と、日本人による時間の捉え方について簡単な考察を加えた。そこから浮かび上がってきたのは、時間というものは世界の有限性に根差しているという認識であった。ユダヤ・キリスト教文化において、世界が有限であると認識されているのは見やすいことであるが、日本人は世界を有限だとは考えていなかった。世界には始まりもなければ終りもなく、永遠に存在し続けると考えた。そういう考え方においては、時間の観念は成立しないはずなのだが、日本人にも時間の観念はある。それは日本人が、世界は永遠・無限と考えながら、そこに生きている人間は基本的には有限な存在と考えたことに基づく。人間の生命が有限なら、その人間を軸とした時間の観念が成立する。

前稿で、真理は時間のなかで成就するといい、時間は人間の有限性に根差しているといった。その場合、時間とは人間の内部に生起する現象だと捉えられていたわけである。こういう捉え方には異論があろう。時間は、人間とは無関係に、人間が存在する前から存在したし、人間が滅んだあとでも存在するだろう。第一、科学の世界では、人間が存在を始めたのはごく最近のことにすぎない。せいぜい数百万年前に遡るにすぎない。ところが人間が生息する地球という惑星は、40億年も前から存在しており、その地球が属するこの宇宙は、130億年前から存在している。それに比べれば、人間の存在した期間など一瞬に等しい。だから、時間を人間内部の、人間固有の現象だなどというのは、ナンセンスそのものだ。時間は人間とは無関係にある客観的な現象だ、というのが、常識的な見方ではないか。

真理とは存在が隠れなく現われること、即ち存在の顕現だとハイデガーはいったが、そうだとすれば、では誰に対して顕現するのかという問いが出されるのではないか。というのもハイデガーは、存在が隠れなくあらわれることについて、その証人のようなものを要請しておらず、存在はそれ自体で自らを隠れなく顕現するものであり、その顕現が真理なのだと言っているからである。然し仮に存在が自らを隠れなく現わすとして、それを受け止めるもの、つまり目撃する者がいなければ、真理にいかほどの意味があるだろうか。真理が意味を持つのは、それが人間にとっての真理であるからなので、人間を度外視した所では、何らの意味も持たない。そういうわけだから、ハイデガーの存在論は、こと真理に関わる限りにおいては、認識論と無関係ではありえない。

弁証法は古い起源をもつ哲学タームだが、本格的に用いられるのはヘーゲル以降であり、それをマルクスが引き継いで、マルクス主義が流行した日本では、専ら論争的な色彩を帯びるようになった。日本のマルクス主義が非常に論争的だったせいである。だが、大流行した割には、その内実はいまひとつ明確ではなかったようだ。弁証法とは何かと聞かれて、まともに説明できるものはいなかったといってよい。弁証法とは、定立、反定立を経て総合にいたるとか、ヘーゲルのタームを使って、アンジッヒ、フュールジッヒ、アン・ウント・フュールジッヒのプロセスを経て、ものごとをトータルに把握することだなどと説明する人が多いが、それによって何がどこまで説明できたか、大いに疑問が残る場合がほとんどだ。

根源的な知について論じた前稿のなかで、正義と根源的な知についての関係について示唆しておいた。正義は人間性が実現された状態だというのがこれまでの小生の考えで、その人間性についての洞察が根源的な知の内実をなしていることからすれば、正義と根源的な知が深いかかわりをもつのは必然だといえる。そこでこの二つがどのようにかかわりあっているのか、そこを掘り下げて考えることで、我々は人間性についての理解を深めることができるのではないか。

近頃ユダヤ系の思想家レヴィナスを読んでいる。色々啓発されるところがあって、なかでも「根源的な知」という言葉に、心を動かされた。「根源的」という言葉は、けっこう多くの思想家が使っているもので、とりあえずはヘーゲルとかマルクスの使い方が思い出される。マルクスなどはこの言葉を、物事をその根源においてとらえるという意味で使っているのだが、たしかにドイツ語では、ラジカルが根源的という意味の言葉であって、その言葉には、根っこという意味が込められている。そういえばマルクスもユダヤ系の思想家であった。ユダヤ系の思想家は、根源という言葉が特に好きなのかもしれない。

過日小生は、「民主主義と正義」と題する小論の中で正義概念の政治的な意義について考察した。その小論のテーマは、民主主義と自由との関係を明らかにすることだった。民主主義と自由とはかならずしも深い結びつきがあるわけではなく、歴史的に言っても、両者の結びつきは必然によってというよりは、偶然によってというほうがあたっているようである。というのも、民主主義は、カール・シュミットもいうとおり、独裁とも結びつきうるからだ。一方自由の擁護を中核とする自由主義は、独裁とは正反対のものであるが、自由の際限のない追及は、格差社会の進行を促し、社会に深い分断を招き入れる傾向をもつ。したがって、自由主義と民主主義とが理想的な結びつきを実現するためには、自由の節度ある行使ということが必要になる。その節度ある行使を実現するためには、自由という概念を、それよりも一次元高度の概念によって制約する必要がある。正義という概念は、その高度の概念、小生はそれを上位概念といったが、自由を限定するための上位概念なのである。

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