知の快楽

「哲学の貧困」をマルクスはフランス語で書いた。ドイツ語に翻訳されたのは(マルクスの死後)1885年のことで、その折にエンゲルスが長い序文を付した。序文といっても、本文の解説というのではない。ロートベルトゥスへの批判が主な内容だ。ロートベルトゥスはマルクスの批判者で、マルクスが自分の説を剽窃したといって非難した。その非難が的外れであることを、この序文で主張しているのである。

「哲学の貧困」は、無政府主義者プルードンの著作「貧困の哲学」への批判として書かれたものである。この中でマルクスは、プルードンの経済思想とそれをもとにした社会改革の思想を痛烈に批判している。その批判を通じてマルクス自身の経済思想と社会改革思想が本格的に展開されている。とくに経済思想については、資本主義についてのかなり突っ込んだ分析が見られる。

「ドイツ・イデオロギー」は「聖家族」に続いてマルクスとエンゲルスの共同著作である。とはいえ、本文のほとんどはエンゲルスが執筆している。「聖家族」の方はマルクスが大部分を執筆しているから、この二つの著作は相補う関係にあるといえる。テーマも青年ヘーゲル派批判の部分では一致している。「ドイツ・イデオロギー」はそれに加え、真正社会主義への批判を通じて共産主義への展望を示している。

マルクスはヘーゲル哲学特に弁証法の研究を通じて自分自身の思想を発展させていった。その場合によりどころとなったのがフォイエルバッハだ。フォイエルバッハはヘーゲル左派に属していたが、他のメンバーに比較して格別な意味をマルクスはフォイエルバッハに見出した。それはヘーゲルの哲学がもつ思弁的・観念的な性質を打破して、マルクスがいうところの唯物論的なものへと転換させたことだ。ヘーゲルの人間は単なる精神の現われであり、したがって頭で立っていたといえる。それをフォイエルバッハは、足で立たせたというのである。

人間の人間からの疎外は、疎外された労働にその根拠を持ち、疎外された労働は私有財産に根拠をもっていた。だから人間の開放を実現するためには、私有財産を止揚しなければならない、というのがマルクスの考えだった。私有財産の止揚は何をもたらすか。共産主義だというのが、マルクスのとりあえずの主張だ。その理由は、マルクスによれば、共産主義は社会的な共同所有を意味する限りで、私的な個人的所有の否定だからだ。

「経済学・哲学草稿」が思想界に与えたインパクトのうち最も重用なものは「疎外論」であろう。マルクスはヘーゲルの疎外論の一つの応用例として自分の疎外論を展開する。ただし単なる応用ではない。単なる応用では模倣になってしまう。ヘーゲルは自然や人間を含めての世界全体を絶対精神が自己疎外(外化)したものととらえたわけだが、マルクスには絶対精神などという観念はない。そのかわり類的存在という概念を持ち出す。類的存在というのは、対象のもつ本質的なあり方という意味である。マルクスの疎外論は、その類的存在としてのあり方からの疎外という形をとっているので、あるものがその本来のあり方から逸脱しているという意味になる。それが人間の場合には、人間が人間本来のあり方から疎外されているという主張になる。

「経済学・哲学草稿」は、マルクスの経済学研究の最初の成果である。もっともこれはマルクスの生前には出版されず、死後かなり経過した1932年に公開された。公開されるや大きな反響を呼び、いわゆる初期マルクス思想をめぐって、さまざまな研究を引き起こした。マルクスがこの草稿で追及しているのは、大きくわけて二つの事柄、一つは資本主義的生産関係の本質、とりわけ資本と労働との関係であり、もうひとつはヘーゲル弁証法の批判を通じて、弁証法を変革の原理にしようとする試みである。その文脈で、疎外とその克服が、否定の否定という言葉で語られるのである。

マルクスの「ヘーゲル法哲学批判序説」といえば、次のような刺激的な一節が思い浮かぶ。「ラディカルであるとは、事柄を根本において把握することである。だが人間にとって根本は、人間自身である」(城塚登訳、岩波文庫版から引用、以下同じ)。マルクスがこう言うわけは、キリスト教にせよ、ヘーゲルに代表される国家論にせよ、人間が脇へ追いやられ、人間が作ったもの、つまり宗教とか国家といったものが人間を支配している事態は倒錯しているのだと主張したいからだ。それ故、「宗教の批判は、人間が人間にとって最高の存在であるという考えでもって終わる」と言うのである。

ユダヤ人についてのブルーノ・バウアーの侮蔑的な非難に対してマルクスは、ユダヤ人としての資格において反論するわけではない。バウアーはユダヤ人が解放されるためにはまずユダヤ教から解放されることが前提だと言っているが、これはユダヤ人の本質を宗教的な存在、つまりユダヤ教の信徒であることに求めているということだ。ところでそのユダヤ教とはいったい何ものなのか。その点についての解明、つまりユダヤ教の本質についての言明に、マルクスの現代社会についての認識が込められている。「ユダヤ人問題によせて」の後半部分は、そうしたマルクスの認識が展開されている部分である。

1844年2月に発刊した「独仏年誌」に、マルクスは二つの論文を発表した。「ユダヤ人問題によせて」と「ヘーゲル法哲学批判序説」である。いずれも市民社会における人間の開放を論じたものだ。マルクスの生涯をかけたテーマは、共産主義社会の実現を通した人間の開放であったわけだが、それが早くもこの二論文でのテーマになっていたわけだ。この時マルクスは25歳の青年だった。

エピクロスの自然観、というか世界とか宇宙についての考えは、原子論に基いている。世界とか宇宙とかは、物体とそれを入れる空虚からなっている。物体は空虚がなければ存在する余地がないからである。しかして物体は、究極的には原子に還元できる。原子には色々な種類があって、それらが様々に結びつくことで、我々が見ているような世界が形成される。その我々の見ているところの世界は、無限な宇宙の有限な一部である。無限なというわけは、空虚には端がないからである。だから宇宙は無定形、無限定というほかはない。その無定形で無限な宇宙の一部として我々の生きている世界があるとエピクロスは考えるのである。

エピクロスは生涯に夥しい数の書物を著したといわれる。だが、そのほとんどが残っていない。わずかに残っているものが、日本語では岩波文庫で読むことができるが、それはディオゲネス・ラエルティオスのギリシャ哲学者列伝所収のエピクロスの部分に、いくらかの断片を併せたものである。ラエルティオスの列伝は、エピクロスに大きなページを割り当てており、エピクロスについての伝記的な記述と並んで、友人にあてた三通の手紙を載せている。その手紙に、エピクロスの思想が要領よく要約されているので、我々はそれを通じて、エピクロスの思想の輪郭を捉えることができるのである。

スピノザが「知性改善論」の執筆を中断して「エチカ」の執筆にとりかかった理由について、小生はなにかの事情があったのだろうが、詳細はわからないと別稿で書いたところだが、その後ドゥルーズのスピノザ論を読んでいたら、その事情が明確に指摘されていた。スピノザが「知性改善論」の中で試みたことは、一応神を証明することであったが、それをスピノザは分析的な方法で以て証明しようとして、なかなかうまくゆかなかった。ところが、総合的な方法で以て証明するとうまくゆきそうだ。その方法を適用するには、特別の概念が必要になるのだが、それをスピノザは「知性改善論」の執筆がかなり進んだ時点で発見した。そこで、この概念を用いて神の証明をすればよいということになるが、それにしては、「知性改善論」の執筆が進みすぎていて、そこに訂正を加えようとすると、全面的に書き換えなければならなくなる。そこでスピノザは、新たに「エチカ」を書いて、自分の納得のゆく神の証明をした、とドゥルーズはいうのである。

ジル・ドゥルーズは、スピノザに特別な愛着をもっているようだ。その愛着ぶりがどこから来ているかと言えば、それはスピノザがエピクロスやニーチェと同じ系譜の思想家だという認識からだろう。ドゥルーズ自身も、エピクロスやニーチェに親縁性をもつというふうに自己認識しているようで、その自己認識がスピノザへの愛着につながっているのだと思う。エピクロスとニーチェに共通するのは、快楽について肯定的であること、神を信じない、あるいは軽視すること、既存の道徳に否定的な態度をとることなのだが、そういう特徴をドゥルーズはスピノザにも見るのだ。

「エチカ」の最終章は、知性の能力または人間の自由についての考察だ。スピノザはそれをデカルトの批判から始める。デカルトは、知性を正しく捉えそこなったが、それは精神と身体を全く別のものとした結果だというのだ。全く別のものが、一緒になって働くことはない。しかし人間の精神活動というものは、身体を除外しては考えられない、というのがスピノザの基本的なスタンスなのである。たしかにデカルトは、全く異なった実体としての精神と身体が、脳の中にぶら下がっている松果体を通じて連絡しあっているとは言っているが、もともと何の共通性ももたないもの同士がどのようにして連絡しあうというのか。実際デカルトの説明は、明晰判明とはいえないと言って、スピノザはデカルトを厳しく批判するのである。

「エチカ」の感情についての章を、スピノザは自然への言及から始める。感情は自然に基礎をもつものと考えているからだ。というより、自然の活動性というか、自然の様態の如きものと考えているようである。人間は自然の一部なのであって、人間の中の精神もその例外ではない。精神は自然と異なったものではない。精神も又自然の一部なのである。だから精神が、それ自体として自立的に活動することはない。つねに身体と一体となって活動する。人間というものは、精神と身体が渾然一体となったものなのだ。スピノザは、精神が身体を支配することはなく、また身体が精神を支配することもないと言っているが、その意味は、精神と身体は相互に切り離しえないということなのである。

スピノザにとって精神とは、思惟するものである。ところで思惟とは、延長とならんで神の属性とされる。デカルトは思惟する精神と延長からなる物体を、二つの実体ととらえたわけだが、スピノザはそれらを、唯一の実体である神の属性としたのである。実体と属性との関係は、原因と結果の関係に他ならないから、精神はその原因を神に持つということになる。つまり、精神は神の思惟の結果としてあらわれるのであって、それ自身のうちに根拠をもつものではない。自己自身のうちに根拠を持たないということは、自立していないということを意味する。自立していないということは、自由ではないということを意味するから、精神は非自律的な存在だということになる。非自律的な存在とは必然的な存在ということを意味する。必然的な、という意味は、スピノザにあっては、根拠を他者のうちに持つということだ。この場合、他者にあたるのが神というわけだ。精神は神の思惟の結果あらわれるところの、必然的な現象なのである。

スピノザの「エチカ」は、神についての説明から始め、以下精神、感情、知性の説明へと移ってゆく。なぜこのような構成をとったか。スピノザは、自分たち人間が生きているこの世界を、実体とその属性及び変容と考えており、それにしたがってこのような構成をとったものだ。実体が神に相当し、その属性及び変容が、我々人間が自分の生きている世界と解釈しているところのものにあたる。したがってスピノザによれば、「エチカ」の構成は、世界を説明するモデルとして、これ以外にあり得ない必然的なものだったわけである。

スピノザが「エチカ」を書き始めたのは、「知性改善論」を書いている最中だった。「知性改善論」の執筆を中断して「エチカ」に取り掛かったのには、それなりの動機があったようだ。「知性改善論」は、よりよい認識を実現するための方法論的な考察であったのに対して、「エチカ」のほうは倫理的な、つまり世界観にかかわる考察である。スピノザにはだから、自分の世界観なり倫理的な立場を至急明らかにする必要があったのだろう。

知性改善のための方法を論述する本論の第二部は、真の観念をその他のすべての知覚(観念)から区別し、精神をその他の知覚から護ること、を論述した第一部に続いて、未知の事物がこの規則に則って知覚されるように規則を敷くことについての論述にあてられる。ここで「未知の事物がこの規則に則って知覚される」というのは、どんな事物についてもその真の観念を持つべきであり、その他の知覚、すなわち虚構、虚偽、疑わしい観念に惑わされてはならない、ということを意味する。

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