知の快楽

マルクスの経済学研究の成果は、「資本論」という形で現われる計画であった。その全体像のうち、マルクスの生前に公表されたのは、今日「資本論」第一部とされている部分であり、残余の部分については、エンゲルスの手によって、「資本論」第二部及び第三部という形で公表されたことは周知のとおりである。

マルクスの思想が人類史上に持つ意義は、資本主義社会の歴史的な性格を解明し、それには始まりと終わりがあると指摘したことだ。資本主義社会が、歴史上の一時期に成立した限定的なものであって、やがては終末を迎えると指摘したことは、大方の人間にとってはショッキングなことだった。とりわけ社会科学者を自認している連中は、資本主義こそは永遠に持続するものであって、それに代替する制度はあり得ないと思っているから、マルクスの主張はスキャンダラスでさえあった。そういう意味では、ニーチェと似たところがある。ニーチェはキリスト教道徳の起源と、その歴史的な制約性を指摘し、キリスト教徒が考えるような永遠不変なものではなく、かえって粉砕すべきできそこないの制度だと指摘した。マルクスもまた、資本主義社会を粉砕すべきだと主張したわけだが、ニーチェがキリスト教への敵愾心から、その粉砕を主張したのに対して、資本主義社会には、崩壊へ向かっての衝動というか、必然性があると主張したのだった。

マルクスほど現代思想に大きな影を落とした思想家はないであろう。影響といわず単に影というのは、その影響の仕方に複雑なものがあるからだ。マルクスの思想に共鳴して、それを自己の思想的な基盤に据えるような、いわばプラス方向での影響もあれば、その思想に反発して、なんとかそれを無力化しようとするマイナスの方向での影響もある。どちらにしても、マルクスは熱く論じられてきた。その最大の理由に、マルクスの思想が現実の歴史を動かしてきたということがある。ソ連はじめ20世紀に成立した社会主義国家が、どれほどマルクスの思想を実現したのか、議論の余地はあるが、まがりなりにもマルクス主義の名を掲げたのであったし、資本主義を擁護する思想家たちも、マルクスの思想的意義に鈍感ではありえなかった。かれらはかれらで、マルクスを意識しながら、資本主義体制の美点を強調せざるを得なかったわけだ。

「資本論」の叙述がヘーゲルの論理学を強く意識していることはよく知られている。ヘーゲルの著作「大論理学」は弁証法と呼ばれる方法で貫かれている。マルクスはその弁証法を参考にしながら、自分なりに資本主義経済を叙述してみせた。もっともヘーゲルの弁証法には、精神的なものが自分自身を外化するというような観念論的な倒錯があるわけで、そのままには使えないとマルクスは考えた。観念論的な倒錯を再倒錯させて、唯物論的な立場から弁証法を展開する。それをマルクスは弁証法的な唯物論とか、史的唯物論と呼んだのだった。

「経済学批判要綱」は、1857年から翌年にかけて執筆された。それまでの経済学研究の成果を踏まえ、本格的な書物の出版に先駆けて、足慣らしのようなつもりで書いたようである。本格的な経済学の書物は、1859年に「経済学批判」と題して出版された。マルクスのこの要綱は、序説と本文からなり、本文は貨幣と資本の章からなる。序説の部分については、岩波文庫版の「経済学批判」(武田外訳)の付録として、「経済学批判序説」の題名で収められている。

マルクスの貨幣論の基本的な特徴は、金本位主義というべきものだ。貨幣としての金にも固有の価値がある。金は特殊な商品であり、商品として使用価値と交換価値との統合したものである。その交換価値は一定量の労働が凝固したものだ。そういう観点から、市場における貨幣としての金の流通量は、市場に出回っている商品全体の交換価値に匹敵すると考える。貨幣としての金は、一度だけではなく何度も使われるから、流通手段として実際に必要な金の量は、流通速度を勘案したうえで、商品の総価格に対応したものになる。金の総量が商品価格の総量より上回れば、不要な部分は蓄蔵されることになる。その反対のケースを、マルクスは詳しく取りあげてはいないが、おそらく別の形で補填されると考えていたのではないか(信用取引など)。

マルクスの「経済学批判」は、商品一般から特殊な商品としての貨幣が生まれ、それが資本に転化していく過程を分析している。その分析を支えるのは労働価値説だ。労働価値説はアダム・スミスやリカードといったブルジョワ経済学者がそもそも採用したものだが、その後継者というべき現代の主流派経済学は、もはや考慮に入れていない。というか不用の仮説として全く採用していない。そのかわりに需給関係のみにもとづいて商品の価格が決定されると想定している。商品に認められるのは価値ではなく、ただの価格だ。価値は実在的な要素だが、価格は単なる徴標にすぎない。なぜそうなるのか、マルクスの「経済学批判」を読めば、その成り行きがよく見えて来る。

「経済学批判」は、マルクスの経済学研究の最初の本格的な成果である。マルクスが経済学の研究に向った動機は、近代社会の本質を理解する鍵は経済の分析にあると思ったからだった。何故なら人間社会というものは、経済的な関係を土台として、その上に展開しているからだ。そのことをマルクスは、この書物の有名な序文のなかで指摘している。その部分は以下のようなものだ。

マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」を半世紀ぶりに読み返した。以前には岩波文庫版で読んだのだったが、今回は平凡社版で読んだ。翻訳者(植村邦彦)によると、岩波文庫版は第二版を底本にしておるそうだが、初版に比べると削除・簡略化が多いとのこと。その結果、初版に見られた「同時代の臨場感あふれる饒舌さ」が失われた。そこがもったいないと思うので、あえて初版による翻訳を試みたということである。

マルクスとエンゲルスは「共産党宣言」の中で社会主義理論の批判を行っている。社会主義理論には様々な形態があると彼らは言い、それらを分類しているのであるが、分類の基準は階級である。没落しつつある階級(貴族階級など)の社会主義は反動的な社会主義であり、勃興の過程にあるブルジョワの社会主義は保守的社会主義であり、中産階級の社会主義は空想的社会主義である。それらに対してプロレタリアは基本的には共産主義を目指す。それゆえ社会主義はプロレタリアにとって、乗り越えられるべきものである、というのが彼らの見方であった。

マルクスとエンゲルスが「共産党宣言」を書いたのは1848年のことだ。それから170年たった現在でも、この本は読む価値がある。歴史的な文献としてではなく、社会の分析と変革への重要な手引きとしてだ。この本は資本主義社会の基本的な特徴を分析したうえで、それを変革するための条件と、変革の主体について明らかにしている。この本が主張していることは、資本主義社会とは、ブルジョワジーとプロレタリアートの二大階級からなる社会であり、最終的にはプロレタリアートがブルジョワジーを倒して共産主義社会を打ち立てるというものだ。マルクスとエンゲルスはそうした主張を、単に願望としてではなく、歴史的な必然として提示したのだった。

「哲学の貧困」をマルクスはフランス語で書いた。ドイツ語に翻訳されたのは(マルクスの死後)1885年のことで、その折にエンゲルスが長い序文を付した。序文といっても、本文の解説というのではない。ロートベルトゥスへの批判が主な内容だ。ロートベルトゥスはマルクスの批判者で、マルクスが自分の説を剽窃したといって非難した。その非難が的外れであることを、この序文で主張しているのである。

「哲学の貧困」は、無政府主義者プルードンの著作「貧困の哲学」への批判として書かれたものである。この中でマルクスは、プルードンの経済思想とそれをもとにした社会改革の思想を痛烈に批判している。その批判を通じてマルクス自身の経済思想と社会改革思想が本格的に展開されている。とくに経済思想については、資本主義についてのかなり突っ込んだ分析が見られる。

「ドイツ・イデオロギー」は「聖家族」に続いてマルクスとエンゲルスの共同著作である。とはいえ、本文のほとんどはエンゲルスが執筆している。「聖家族」の方はマルクスが大部分を執筆しているから、この二つの著作は相補う関係にあるといえる。テーマも青年ヘーゲル派批判の部分では一致している。「ドイツ・イデオロギー」はそれに加え、真正社会主義への批判を通じて共産主義への展望を示している。

マルクスはヘーゲル哲学特に弁証法の研究を通じて自分自身の思想を発展させていった。その場合によりどころとなったのがフォイエルバッハだ。フォイエルバッハはヘーゲル左派に属していたが、他のメンバーに比較して格別な意味をマルクスはフォイエルバッハに見出した。それはヘーゲルの哲学がもつ思弁的・観念的な性質を打破して、マルクスがいうところの唯物論的なものへと転換させたことだ。ヘーゲルの人間は単なる精神の現われであり、したがって頭で立っていたといえる。それをフォイエルバッハは、足で立たせたというのである。

人間の人間からの疎外は、疎外された労働にその根拠を持ち、疎外された労働は私有財産に根拠をもっていた。だから人間の開放を実現するためには、私有財産を止揚しなければならない、というのがマルクスの考えだった。私有財産の止揚は何をもたらすか。共産主義だというのが、マルクスのとりあえずの主張だ。その理由は、マルクスによれば、共産主義は社会的な共同所有を意味する限りで、私的な個人的所有の否定だからだ。

「経済学・哲学草稿」が思想界に与えたインパクトのうち最も重用なものは「疎外論」であろう。マルクスはヘーゲルの疎外論の一つの応用例として自分の疎外論を展開する。ただし単なる応用ではない。単なる応用では模倣になってしまう。ヘーゲルは自然や人間を含めての世界全体を絶対精神が自己疎外(外化)したものととらえたわけだが、マルクスには絶対精神などという観念はない。そのかわり類的存在という概念を持ち出す。類的存在というのは、対象のもつ本質的なあり方という意味である。マルクスの疎外論は、その類的存在としてのあり方からの疎外という形をとっているので、あるものがその本来のあり方から逸脱しているという意味になる。それが人間の場合には、人間が人間本来のあり方から疎外されているという主張になる。

「経済学・哲学草稿」は、マルクスの経済学研究の最初の成果である。もっともこれはマルクスの生前には出版されず、死後かなり経過した1932年に公開された。公開されるや大きな反響を呼び、いわゆる初期マルクス思想をめぐって、さまざまな研究を引き起こした。マルクスがこの草稿で追及しているのは、大きくわけて二つの事柄、一つは資本主義的生産関係の本質、とりわけ資本と労働との関係であり、もうひとつはヘーゲル弁証法の批判を通じて、弁証法を変革の原理にしようとする試みである。その文脈で、疎外とその克服が、否定の否定という言葉で語られるのである。

マルクスの「ヘーゲル法哲学批判序説」といえば、次のような刺激的な一節が思い浮かぶ。「ラディカルであるとは、事柄を根本において把握することである。だが人間にとって根本は、人間自身である」(城塚登訳、岩波文庫版から引用、以下同じ)。マルクスがこう言うわけは、キリスト教にせよ、ヘーゲルに代表される国家論にせよ、人間が脇へ追いやられ、人間が作ったもの、つまり宗教とか国家といったものが人間を支配している事態は倒錯しているのだと主張したいからだ。それ故、「宗教の批判は、人間が人間にとって最高の存在であるという考えでもって終わる」と言うのである。

ユダヤ人についてのブルーノ・バウアーの侮蔑的な非難に対してマルクスは、ユダヤ人としての資格において反論するわけではない。バウアーはユダヤ人が解放されるためにはまずユダヤ教から解放されることが前提だと言っているが、これはユダヤ人の本質を宗教的な存在、つまりユダヤ教の信徒であることに求めているということだ。ところでそのユダヤ教とはいったい何ものなのか。その点についての解明、つまりユダヤ教の本質についての言明に、マルクスの現代社会についての認識が込められている。「ユダヤ人問題によせて」の後半部分は、そうしたマルクスの認識が展開されている部分である。

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