知の快楽

スピノザの「エチカ」は、神についての説明から始め、以下精神、感情、知性の説明へと移ってゆく。なぜこのような構成をとったか。スピノザは、自分たち人間が生きているこの世界を、実体とその属性及び変容と考えており、それにしたがってこのような構成をとったものだ。実体が神に相当し、その属性及び変容が、我々人間が自分の生きている世界と解釈しているところのものにあたる。したがってスピノザによれば、「エチカ」の構成は、世界を説明するモデルとして、これ以外にあり得ない必然的なものだったわけである。

スピノザが「エチカ」を書き始めたのは、「知性改善論」を書いている最中だった。「知性改善論」の執筆を中断して「エチカ」に取り掛かったのには、それなりの動機があったようだ。「知性改善論」は、よりよい認識を実現するための方法論的な考察であったのに対して、「エチカ」のほうは倫理的な、つまり世界観にかかわる考察である。スピノザにはだから、自分の世界観なり倫理的な立場を至急明らかにする必要があったのだろう。

知性改善のための方法を論述する本論の第二部は、真の観念をその他のすべての知覚(観念)から区別し、精神をその他の知覚から護ること、を論述した第一部に続いて、未知の事物がこの規則に則って知覚されるように規則を敷くことについての論述にあてられる。ここで「未知の事物がこの規則に則って知覚される」というのは、どんな事物についてもその真の観念を持つべきであり、その他の知覚、すなわち虚構、虚偽、疑わしい観念に惑わされてはならない、ということを意味する。

虚構の観念に続いて虚偽の観念が検討されるが、スピノザは、虚偽は誤謬であると言っている。虚構もまた誤謬であることは明かだから、虚構と虚偽を分ける相違点が問題となる。その相違点をスピノザは、虚偽の観念が「承認を予想すること」だと言う。どういうことかというと、ある表象について、それが虚構の場合には、その原因となったものを意識しているが、虚偽の場合にはそういう意識がないということのようである。その事態をスピノザは、「眼をあけながら、すなわち目覚めながら、夢を見ているのと殆ど変るところはない」と言っている。つまり虚構は虚構されるものについて自覚的だが、虚偽の場合にはその自覚がなく、無意識のうちに誤謬をおかしているということらしい。虚構は意識的な誤謬、虚偽は無意識的な誤謬ということか。

「知性改善論」の本論は、知性改善のための方法論の論述にあてられている。その方法は、真の観念に基づくことが必須だとされる。前稿で述べたとおり、真の観念は実在的なものであって、単なる空想の産物ではない。空想の産物は、実在性を持たず、したがって偽の観念というのがスピノザの考えである。ところが人間は、この偽の観念に騙されやすい。だから、そうした偽の観念から精神を守るために、真の観念と偽の観念を区別する方法を身に付けねばならない。

「知性改善論」の本論に入る前にスピノザは、この小論の最終目的である人間精神と自然との合一の認識に至るために必要な最良の知覚がどのようなものか、についての考察をする。ここでスピノザが知覚と言っているのは、認識というほどの意味である。だから最良の知覚とは最も信頼できる(正しい)認識というような意味に用いられている。その正しい認識を得るための条件を確認したうえで、知性改善のための方法を論じようというのである。

「知性改善論」は、スピノザの遺稿に含まれていたものである。遺稿集の編纂者によれば、この小論は、すでに何年も前に起草されたものであり、著者はその完成に気を使っていたのだが、他の仕事に妨げられて、未完の状態のまま死んでしまった。だがこの未完の小論には、卓越した、また有益な事柄が多く含まれており、真理をひたむきに探究する人にとっては少なからず役立つであろうと思われるので、ここに公開することとした、と編纂者は言っている。ここで編纂者が他の仕事と言っているのは、おそらく「エチカ」のことであろう。「エチカ」もスピノザの生前には公開されることはなかったが、論文としては完成状態にあった。その「エチカ」とこの小論「知性改善論」は、全く関係がないわけではない。むしろ深い関係にあるといってよい。それは、この「知性改善論」が、「エチカ」にとって緒論に相当するような関係と考えてよい。スピノザは、「知性改善論」で、学問の方法について論じたあとで、その方法を適用して「エチカ」を論述するというような流れを思い描いていたのではないか。しかし色々な事情に妨げられて、「知性改善論」を完成させる前に「エチカ」にとりかかり、そちらのほうは、スピノザの短い生涯の間に完成させることができたということなのだろう。

知識は感覚であるという主張に続いて、知識は思いなしの真なるものであるという主張も、ソクラテスによって論駁された。後者の論駁は、思いなしというのは、知識によってではなく弁論による説得によって形成されるのがほとんどなのだから、それからして、知識と思いなしとが密接なかかわりをもつとは考えられないという理由によるものだった。そこでテアイテトスは、ソクラテスの言うとおりに、思いなしを弁論=言論と関連付けたうえで、知識とは真なる思いなしに言論を加えたものだというふうに主張を変えるのである。たしかにソクラテスの指摘するとおり、真実な思いなしだけでは、それについて言論が加わっていなければ、知識の範囲には属さないと認めるのである。このテアイテトスの新しい主張についても、ソクラテスはやすやすと論駁してしまう。その論駁の仕方というのが、またもやトリッキーなものを感じさせるのだ。

ソクラテスは、思いなしには真なるものと偽なるものとがあるといって、どれが真でどれが偽なのかを区別するための基準を探そうとする。その基準とは、記憶だ。われわれは学んだことを記憶するが、その記憶はいつでも思い出すことができる。たとえば、何かを見たことがきっかけで、それが何であるかを確認するために、記憶を参照したりする。その場合、その記憶と今見たものが一致すればよいのだが、一致しない場合がある。つまり今見たものを、記憶の中のそれとは異なったものと取り違えてしまうわけで、こういう場合にはその思いなしは偽だというべきである。それとは反対に、今見たものと記憶の中のものが一致すれば、それは真なる思いなしである。

テオドロスを相手にした議論を終えると、ソクラテスは再びテアイテトスを相手に議論を再開した。ソクラテスとしては、それまでの議論を通じて、プロタゴラスとヘラクレイトスの説は反駁できたと思っている。そのことで知識は感覚であるという主張の根拠を崩せたと思うのだが、しかし知識は感覚であるということについての、ストレートな反駁にはなっていないようでもある。それゆえテアイテトスとしても、プロタゴラスやヘラクレイトスの説が間違っているとは認められても、そのことで知識は感覚であるという自分のとりあえずの主張が、全面的に論駁されたとは思えない。そこでソクラテスとしても、知識は感覚であるという主張に正面からいどんで、それを反駁しにかかるのである。

ソクラテスがテオドロスを相手に行った議論は、その趣旨からいえば、テアイテトスを相手にしたものと変わらなかった。つまりプロタゴラスの説とヘラクレイトスの説を反駁することなのである。なぜ、蒸し返しともいうべきことをソクラテスがあえてしたかというと、この二者の説が、知識は感覚に他ならないとする主張を裏付けるものと判断したからだろう。ソクラテス自身が、この議論の終わり近くでそのように述べている。プロタゴラスの、人間は万物の尺度であるという説は、個々の人間が自分の知覚=感覚するものこそ知識の源泉だとするものであるし、ヘラクレイトスの運動実有説は、万物が動いていることを直接的に知るものは感覚であると主張している。だからこの二者の説を反駁すれば、知識は感覚であるという主張への打撃になるだろう、とソクラテスは考えるのである。

プロタゴラスやヘラクレイトスの説を前提とすればどのような帰結が生まれるか、それをソクラテスはあらためて確認する。プロタゴラスによれば、あらゆるものの尺度は人間であるということになるが、その人間とは個々の人間をさすから、個人の数ほど真理があるということになる。あらゆる個人は、自分を尺度として世界を解釈するのであるから、個人ごとに真理の内容は違ってさしつかえないということになるからだ。一方、ヘラクレイトスによれば、あらゆるものは動のうちにあり、静はないのだから、あるということはなく、なりゆくということだけがある、ということになる。しかし、プロタゴラスとヘラクレイトスの説についてのこうした解釈が、知識は感覚であるという主張とどういうかかわりがあるのか。そこをソクラテスはあいまいにしたままのように聞こえる。

産婆術の比喩を述べた後ソクラテスは、いよいよ本題に入っていく。それも単刀直入に。つまりソクラテスは、「何がそもそも知識であるか試みに言ってみたまえ」と、テアイテトスにいきなり問いをぶつけるのだ。すでに産婆術の比喩によって、自分の腹のなかにあるべきものに自覚的になっていたテアイテトスは、このソクラテスの問いに対して率直に答える。「何かを知識している人というものは、知識しているそのものを感覚(感受)しているものなのです。すなわち、何はともあれ今あらわれているところでは、知識は感覚にほかなりません」と。これに対してソクラテスは、議論のとっかかりが出来たことに満足し、そのうえで、「それが正に純正なものか、それとも虚妄のものか、一緒によく見てみようではないか」と言う。こうしてソクラテスによる、テアイテトスを相手にした産婆術の実践、すなわち思想の出産へ向けての試みが始まるのである。

ソクラテスはテアイテトスに向かっていう。君のことをこのテオドロスがたいそう褒めているが、君が果たしてその通り素晴らしい少年なのか、確かめさせてくれたまえ、どうか期待を裏切らないでほしい、といった具合の言葉だ。するとテアイテトスは、テオドロスのいったことは冗談かもしれませんと謙遜しながら、ソクラテスの問いかけに真面目に答えていくのだ。

プラトンの対話篇「テアイテトス」は、プラトン中期の作品群の最後近くに位置するものと考えられる。この対話篇はテアイテトスを記念するかたちで書かれているのだが、テアイテトスが死んだのは紀元前369年であり、その年プラトンは60歳近くになっていたのである。また専門家の鑑定によれば、この対話篇の文体はプラトン後期の作品と共通するところが多いという。そんなことからこの作品は、プラトンの著作活動の中期から後期へと移行する過程に位置するものと考えられるのである。

以上で魂の不死・不滅についてのソクラテスの証明は終った。この証明を、21世紀の日本人である小生はなかなか受け入れがたいのであるが、紀元前399年にソクラテスの死に立ちあったギリシャ人たちは、納得した様子である。その彼らに向かってソクラテスは最後に、自分の魂が肉体を離れたあと、どのようになるのかについて語り掛ける。それは当時のギリシャ人の抱いていた神話的な考えのように聞こえる。この神話をソクラテスは、後に「パイドロス」の中で詳細に展開して見せるのだが、ここではそのさわりというべきものが語られる。

ソクラテスがアナクサゴラスに失望したワケは、アナクサゴラスが世界の究極原因としてのヌースを折角思いついたにも拘わらず、実際に世界における物事の原因を説明する段になると、他の自然学者と異ならない態度をとったことにあった。ソクラテスとしては、ヌースを究極原因として、それに基づいて世界の生成と消滅を説明して欲しかったわけだ。ヌースを説明原理とするといっても、単にむき出しのままのヌースでは能がない。ヌースつまり精神の産物であるような原理、そういうものが説明原理としてふさわしい。ソクラテスにとって、そのような原理とはイデアにほかならなかった。イデアはソクラテスによれば、自己同一的でしかも永遠に亡びない。もし魂がこのイデアと同じようなものであれば、魂の不死・不滅を証明できることになる。

以上でソクラテスは、魂は合成されたものではなく、不可分で単一の形相をもつものであり、常に自己自身と同一であることを理由にして、魂の不死・不滅を証明したつもりになっていた。ソクラテスの定義によれば、亡びる、つまり死ぬとは、散り散りになって消え去ってしまうことを意味するから、散り散りにならないことを証明すれば、不死であることを証明したことになるからだ。ところがその説明に、ケベスとシミアスは納得しないようなのだ。しかし死にゆくソクラテスを前にしては、その疑問を率直に言えない。そこでもじもじしていると、ソクラテスは遠慮せずに疑問をぶつけたまえと言う。君たちが私に遠慮しているのは、私が死を前にして悲しんでいると思っているからだろう、そんな遠慮は無用だ、私は、悲しむどころか陽気な気持ちでいるのだ、と。

死から生が生まれること、したがって死者から生者が生まれることを確認したうえで、生者を生んだ死者は生者が生まれるまえから存在していることがわかった。その存在は魂としての存在である。したがって魂は、生者が生まれる前からずっと存在していたのであり、そのことは魂が不死・不滅である証拠である。このようなソクラテスの議論を、ケベスはじめ聴衆はみな納得したようなのであったが、しかし、といってケベスは別の疑問を突き付ける。魂が、生者が生まれる前から存在していたことは認めるとしても、人が死んだならば、そのまま存在し続けるとは限らない。魂は、人の死とともに終りをとげてしまうのではないか。もしそうではなく、魂は人が死んだ後も生き続けると主張するためには、今までとは別の論証が必要ではないか、というのである。

以上の議論でソクラテスは、魂は肉体とは別に、それだけで独自に存在できるということを、無条件の前提としていたわけだが、その前提は、果たして盤石なものなのだろうか。そういう疑問をケベスが提出する。魂は肉体から離れると煙のように飛散消滅してしまうのではないか。こういう疑問をケベスが出したワケは、かれがソクラテスの意見に同意しておらず、魂の不死・不滅を信じていないからではない。ケベスはピタゴラス派の影響を受けた人として、むしろ魂の不死・不滅を信じているはずなのである。そのかれがこういう疑問を出したのは、魂の不死・不滅についての強固とした証明を、ソクラテスの力を借りながらなしとげたいという魂胆があるからだ。つまりケベスは、ソクラテスの魂の不死・不滅説に異論をとなえ、その異論をソクラテスに反駁させることで、魂の不死・不滅の証明を確固としたものにしたいわけである。この場合、ケベスの異論はアイロネイアの役割を果たす。そのアイロネイアを踏まえて、新たなディアレクティケーが始まるのである。

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