日本文学覚書

「懐かしい年への手紙」は、自伝的な要素が強い作品である。大江健三郎自身がそのことを認めている。この小説の初版付録に収められたインタビューのなかで、かれは次のように言っているのだ。「確かに僕がこれまでに書いたすべての小説のなかで、もっとも自伝的な仕事といえば、この作品だと思います。それは四国の山間の小さな村で生まれ育った、しかも戦争の間に少年期を過ごした人間の、戦後から安保闘争をへて高度成長にいたる、個人的な同時代史ということにもなるでしょう」

「M/Tと森のフシギの物語」の単行本初版には、数多くの挿絵のほか、すべてのページに版画を印刷してあり、本文はその版画を地にして浮かび上がるような具合になっているので、読者はいきおい版画の図柄を気にしながら文章を読むことになる。これは普通の本ではないことなので、まず驚きが最初に来たが、読み進んでいくと、版画の存在は、特別うるささは感じさせないようだ。版画の印刷が注意深くなされ、読書を妨げないような工夫がなされているせいだろう。また、その版画の図柄がこの小説の雰囲気とつりあっていることも働いているようだ。

「M/Tと森のフシギの物語」は、「同時代ゲーム」のアナザー・ヴァージョンといえる。「同時代ゲーム」においては、語り手の僕が双子の妹に向けた手紙のなかで、彼らが生まれ育った村、それは村=国家=小宇宙と呼ばれていたのだったが、その村の神話と歴史について語り掛けるという体裁をとっていたものを、この「M/Tと森のフシギの物語」では、語り手である僕は不特定多数の読者に向けて語るという体裁に変わっている。小説としての「同時代ゲーム」では、語り手が語る村=国家=少宇宙の神話と歴史と並行する形で、僕自身の苦い体験やら、僕とその兄弟たちにまつわる話が展開するのだが、そしてその展開の中では、僕とその双子の妹とがセクシュアリティによって強く結ばれていることが暗示されるのであったが、この「M/Tと森のフシギの物語」において語られるのは、僕が生まれ育った村の神話と伝説だけである。その村はもはや「村=国家=小宇宙」と呼ばれることはないが、そこに伝わっている神話と伝説は、「同時代ゲーム」における「村=国家=小宇宙」のそれとほとんど変わらない。

「河馬に噛まれる」を構成する作品群のうち「死に先立つ苦痛について」は他の作品からは孤立した印象を与えるが、しかしまったく場違いとはいえない。というのもこのやや長めの短編は、「河馬に噛まれる」が全体としてテーマにしている連合赤軍事件を、凝縮して表現しているところがあるからだ。いわば、全体としての「河馬に噛まれる」のミニチュア版といったところなのだ。

大江健三郎は、連動赤軍に思い入れがあるらしく、浅間山荘事件の翌年に「洪水はわが魂に及び」を書いている。この作品は、ストレートな形では連合赤軍をイメージさせるものではなかったが、物語の枠組みとかプロットの組み立て方に連合赤軍を想起させるものがあった。核シェルターを舞台にした青年たちと国家権力の戦いは浅間山荘事件を思い出させるし、仲間の殺害は連合赤軍が引き起こした一連のリンチ殺人事件を想起させる。ただ大江はこの作品のなかに、核戦争の脅威という人類の大きな課題をもちこみ、また精神薄弱な息子を登場させることによって、物語の構造を重層化させていたので、連合赤軍をあからさまにテーマにしたものだとの印象をやわらげてはいた。

大江健三郎は、三島由紀夫に対して屈折した気持ちを持っていたようだ。三島は大江にとっては年長の作家として、デビュー当時は高く評価してくれたが、「個人的な体験」以降は、否定的になった。その理由は、文学論的には、大江の小説には私小説的な甘えがあるということだったが、それ以上に、大江の左翼的な言説が気に入らなかったためだと思われる。そうした三島からの否定的な評価について、大江はそれなりに屈折した気持ちを抱いたのではないか。

大江健三郎には、権力への強い対抗意識、反権力意識ともいうべきものがある。それがもっとも鮮やかな形で表現されたのは、「万延元年のフットボール」であり、「洪水はわが魂に及び」であり、「同時代ゲーム」であった。「万延元年」の場合には、権力に対抗する一揆をテーマにしたわけだが、その一揆が現代に繰り返されると、それは喜劇的な性格を帯びざるをえなかった。「洪水」では、権力に対抗しようとした若者たちの試みは粉砕され、主人公は世界から自分が疎外されていることを確認せざるをえなかった。また「同時代ゲーム」においては、語り手は、あらゆる権力から解放されたユートピアを建設しようとして、ついにそれを果たせなかった。このように大江の小説で反権力が取り上げられるときは、それは挫折せざるをえない道行になるのではあるが、挫折のなかでも、どうして権力に対抗するのかという、その問題意識は徹底的に追及されている。大江は筋金入りの反権力主義者といってよい。

大江健三郎は、「個人的な体験」で取り組み始め、「ピンチランナー調書」で中断していたテーマを、「新しい人よ眼ざめよ」で再開した。そのテーマとは、脳に生涯を持って生まれ、知恵遅れとなった息子との共存あるいは共生である。この共生は、息子がまだ小さかった時には、ある種の調和に包まれて、時には厳しい局面に陥るとしても、基本的には幸福な境地にひたることができたが、息子が成長して、やがて親離れすべき時期にさしかかると、幸福な境地にひたってばかりもいられない。親は次第に老いてゆくし、息子は自立しなければならない。その自立に向けての準備を、親なりにしなければならない。そういう切羽詰まった思いが、大江にこの作品を書かせたのだろう。この作品は、世の中の常識で一人前の年齢になりつつある知恵遅れの息子に対する、父親としての向かい方をテーマにしているのだ。「新しい人よ眼ざめよ」という題名は、この小説の最後の部分で出て来る言葉に関連しているが、この言葉を通じて大江は、知恵遅れの息子の人間としての新たな旅立ちを願っているようなのだ。

小説集「『雨の木』を聴く女たち」の五番目、つまり最後に位置する中編小説は、先行する四つの短編小説とは多少趣を異にする。というのも、この中編小説は、もともと他の短編小説とは違う問題意識にもとづいて書かれたものだからだ。この中編小説には、小説としてはめずらしく、序文が付されていて、その中で作者は、「雨の木」を主題にした長編小説を書く一方で、それと並行して、いくつかの短編小説を書いていたといい、短編小説はそのままの形で発表できるものとなったが、長編小説は出来が悪かったので、自分はその長編小説から「雨の木」にかかわる細部を削除して、中編小説として書き直し、それに「泳ぐ男」という題名を冠したと書いている。

「『雨の木』を聴く女たち」は、相互に関連しあう四つの短編小説と、一つの中編小説からなっている。そのどれもが「雨の木」という言葉をタイトルの中に含んでいる通り、この五つの小説群は「雨の木」をめぐって展開していくのである。

双子の妹に向かって、村=国家=小宇宙の神話と歴史を、手紙という形で語って来た僕が、最後の手紙で、いまや行方が知れなくなった妹に向って語るのは、自分自身が人々から「天狗のカゲマ」と呼ばれるようになった原因となる出来事についてだった。その出来事というか、体験は、僕が真にわれわれの共同体の一員となったことを自覚できるようなものだった。その体験が僕の記憶の基層にいつまでもわだかまっていたからこそ、僕は父=神主への反感から一度は、といっても数十年にわたる長い間にわたることだが、村=国家=小宇宙の神話と歴史を語ることを拒絶したにかかわらず、ついにはそれを語る決意を僕に起こさせたわけなのだった。

五人の同胞のうちの双子の兄妹の片割れである僕が、村=国家=小宇宙の神話と歴史をもう一人の片割れである妹に向って語ることになったことには、相応の理由がある。僕がその語りかけをする気になった時点では、五人のうちの他の同胞はみな死んでしまい、父=神主に対してはわだかまりがあったという事情もあるが、それ以上に、この双子は特別の絆によって結ばれていたということがあった。この双子に特別の目をかけた父=神主は、男の子であるぼくを村=国家=小宇宙の神話と歴史の語り手として特別にスパルタ教育を施してきたのだし、女の子は村=国家=小宇宙の英雄である壊す人の巫女として育てて来たのだ。それ故この双子は、村=国家=小宇宙のある種の再興を期待された特別の存在だったわけだ。そんな双子の片割れである僕が、もうひとりの片割れである妹に向って、村=国家=小宇宙の神話と歴史を語りたいと思うのには、相応の理由がある。いったい他の誰に向かって語りかけたらよいのか。

小説の語り手であり、村=国家=小宇宙の神話と歴史を書く者たる僕には、双子の妹の外三人の兄弟があった。これら五人の同胞たちは、父=神主が旅芸人の女に産ませたのだった。その女は興業が終わったあと、いったん村の外へ去ったのだったが、やがて戻って来て、谷間の家に住みついた。その家へ、丘の上の神社から父=神主が通ってきて、奇怪な叫び声を上げながらその家に入り、次々と子を孕ませたのだった。その母親は、僕が三歳の時に夫=神主から追放されて村外に去り、失意のうちに、五人の子どもたちを気づかいながら死んだということになっている。語り手である僕は、母親と別れたときに幼かったこともあり、あまり感情移入してはいないようである。ただ、僕を含めた五人の同胞たちが、内側から盛り上がって来るような目をしているのは、母親からの賜物だというのみである。

小説の語り手が、双子の妹に向けた手紙の中で書いたのは、かれが「われわれの土地」と呼ぶ「村=国家=小宇宙」の神話と歴史だったわけだが、何故かれがそれを「神話と歴史」というふうに、二つの言葉を並べて表現したのか。かれとしては、自分が語る物語には、「われわれの土地」の歴史というには収まらないような、神話的な要素が色濃く含まれていると感じたからなのだろう。その神話的な部分には、人間の常識を以ては理解できないようなものがあり、それゆえ神話という言葉を語り手は用いざるを得なかったのだと思う。その神話の部分では、不死身の存在である壊す人と、百年以上生き延びて巨人となった開拓者たちの活躍があった。

「個人的な体験」から「ピンチランナー調書」に至る一連の作品をつうじて、大江健三郎は自分自身の個人的な体験に拘り続けて来た。そのこだわりを一応棚上げして、全く新しい創造に取り掛かったのが「同時代ゲーム」である。この小説は、それまでの大江の殻を突き破って、新鮮さと奇抜さに満ち満ちた、読者をわくわくさせるような、壮大な物語になっている。そうした壮大さは、大江以前の日本の文学にはなかったものだ。大江はこの小説によって、前代未聞の稀有の物語作者として、日本の文学空間を震撼させたといえる。

「ピンチランナー調書」には三人の女性が出て来る。森・父の妻であり森の母である女性と、森・父の女友達桜生野桜子、そして森の女友達作用子だ。このほか小説の語り手でありかつ幻の書き手でもある僕の妻もいるが、これはたいした動きを見せないので、とりあえず除外してよいだろう。ほかの三人の女性を通じて大江は、なにを表現しようとしたか。それがここでのテーマだ。

「ピンチランナー調書」では、脳に重い障害を負う子供を持つ親たちの連帯が語られる。そこがこの小説が、重い障害を持った子どもとその父親との関係をテーマにしながらも、それ以前の作品と大きく異なるところだ。それ以前の作品では、一組の父子があって、その父親が脳に障害を持った子どもを庇護するという関係が語られていた。この作品では、親は子どもを一方的に庇護するという関係ではない。父子の関係は、どちらかと言えば、子ども中心に動いてゆく。というより、子どもが親を導くというような関係が語られる。

「『個人的な体験』から『ピンチランナー調書』まで」と題する小文のなかで大江健三郎は、「ピンチランナー調書」と彼が題した長編小説の、かれにとっての位置づけについて触れている。それを簡単に言うと、自分が個人的に体験したことがら、それはかれの生涯に巨大な影響を与えたことがらであったが、そのことがら、すなわち障害を以て生まれた息子へのこだわりを「個人的な体験」以降表現してきたのであるが、その営みに一つのくぎりをつけたいというものであった。その思いを大江は、「『個人的な体験』ではじめたことはすべて、『ピンチランナー調書』で終えたと僕は考えている」と書いている。

大江健三郎には反権力的な志向が強く見られるが、それは「洪水はわが魂に及び」では、警察への反感という形で現われる。大江が警察を正面から取り上げて手厳しく批判するのはこの作品が初めてだ。警察こそは権力の権化みたいなものなので、その描き方を通じて、大江の反権力的思考の内実がよくわかるのではないか。

大江健三郎の小説は、女性が大きなウェイトを占めている。処女作の「奇妙な仕事」以来、女性たちは主人公の影のようなものとしてかなりな存在感を以て大江の小説世界を彩ってきた。「個人的な体験」以降は、大江の息子たる子どもが大きな役割を占めるようになるが、それでも女性の役割が小さくなるわけではない。女性は大江の小説世界にとってのキーパーソン的な役割を付与され続けるのである。

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