日本文学覚書

小生が小説を読む場合、具体的な土地についての言及があれば、かならず地図で所在を確認したり、その土地の歴史的背景など周辺的な情報を集める癖がある。そうすることで、小説を一層深く味わうことができると思い込んでいるからだ。安部公房の「けものたちは故郷をめざす」も例外ではなかった。小生は、満蒙を舞台にしたこの小説を、中国分省地図を傍らに置きながら読み、具体的な地名が出てくるたびに、その所在をたしかめたものだ。

「けものたちは故郷をめざす」は、安部公房の作品のなかでは、ちょっとはずれた系列の作風を感じさせる。安部公房の作風の特徴は、ごく単純化して言うと、カフカを思わせるような超現実的な筋書きと、あらゆる国籍を超脱したコスモポリタンな性格である。ところがこの作品には、いづれの特徴も見られないか、あるいは非常に希薄だといってよい。筋書きは極めて現実的なものだし、登場人物たちの国籍を強く感じさせる。とくに日本人へのこだわりが強い。安部はどうも日本人についてよいイメージを持っていないらしく、そのマイナスイメージをこの小説の中で、ぶちまけているのではないかと思わせられるほどである。これは、痛烈な日本人批判の書といってよい。

「二つの同時代史」は、大岡昇平と埴谷雄高のかなり長い対談をおさめたものだ。彼らがこの対談をしたとき、二人とも七十代の半ばに差し掛かっていた。二人とも1909年に生まれ、この対談の数年後に相ついで死んでいるから、これはそれぞれの白鳥の歌をかわしあったものと言ってよい。二人とも言いたいことを言って、死んでいったのだから、さぞせいせいしただろうと思う。

大江健三郎は、小説を書くために生れて来たといってよい。学生時代に早くも芥川賞をとり(飼育)、最後の長編小説(晩年様式集)を書いたのは78歳の時だった。そんな年で長編小説を書いた作家は、世界の歴史でも稀有である。ゲーテが「ファウスト」を完成させたのは死の前年81歳の時だが、ゲーテをそこまで駆り立てたのは旺盛な性欲だった。それに対して大江を老年に至るまで創作に駆り立てたのは、社会に対してのコミットメント意識だったように思われる。彼にとって生きることは書くことであり、書くこととは社会にコミットすることだったのである。

大江健三郎が、往復書簡の二人目の名宛人に選んだのは、南アフリカのユダヤ系女性作家ナディン・ゴーディマである。ゴーディマは南アフリカにおけるアパルトヘイトの暴力を批判していたことで知られていたが、大江はそれを踏まえて、日本における暴力の問題、とくに子供の暴力について問題提起する。その当時の日本では子どもの暴力が社会問題化していたのである。それについて、その責任を戦後の教育に押し付ける議論が日本では盛んであるが、それは違うだろうというのが大江の意見である。これに対してゴーディマは、子どもが育つ環境が大事だという、ある意味常識的な返事をしている。

「暴力に逆らって書く」は、大江健三郎の往復書簡を集めたもの。1995年1月から2002年10月にかけて、11人の海外の知識人との間でかわされた往復書簡である。大江は1994年にノーベル賞を受賞して、世界的な名声を得ていた。その名声をもとに、朝日新聞が高名な知識人との往復書簡を計画したということらしい。それらの書簡は朝日の夕刊紙上で公開された。

大江健三郎には敬愛する人物が何人かいて、かれらを小説の中に登場させる癖があった。音楽家の武満徹はそのなかでも最も多く登場させている。本名ではなく、篁という名前をつけて。篁とは密集した竹の林という意味だから、武満とは、(音の上で)親和的だ。また日本史上の怪人といわれる小野篁を想起させたりもする。小野篁は、時空を自由に往来する能力があったといわれるが、武満の音楽にもそんな雰囲気が指摘できる。

「晩年様式集」は、大江健三郎の最後の長編小説だ。これを脱稿した時、大江は七十八歳になっていた。こんな年で長編小説を完成させた作家は他にいないのではないかと思って調べてみたところ、あのゲーテが「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」を完成させたのは八十歳のときだとわかった。世の中、上には上がいるものである。

小説「水死」のメーンテーマは、父親の水死をめぐる語り手たる作家の探求であるが、それと並行する形で、若い演劇者たちの活動がある。その中でも「うないこ」と呼ばれる女性が、大きな意義を持たされている。この女性は冒頭の部分で現われ、以後語り手たる作家のまわりに居続けたあげく、小説の最後の部分では、意外な役割を果たすのである。その役割というのは、世界中の読者に向って、日本がいかに強姦者にとって都合のよい社会であるかということを、身を以て訴えることなのである。つまり自分自身が強姦されるという形で。

大江健三郎の小説世界は、四国の山の中に伝わる伝説を中心にして、いくつかのテーマをめぐって展開するのだが、そうしたテーマの一つに、父親の不可解な死というものがある。そのテーマを大江は、「みずから我が涙をぬぐい給う日」の中で初めて取り上げたのだったが、最晩年の小説「水死」は、それを新たな視点から本格的に展開して見せたのであった。

大江健三郎が、エドガー・ポーの詩「アナベル・リー」を自分の小説の中に取り込んだのは、小説の語り手つまり大江自身が、この詩に特別の思い入れを持っていたからというふうに書かれているが、またこの詩のイメージが、少女への偏愛というかロリータ・コンプレックスのようなものを、多少とも感じさせるからであろう。というのも、この小説の女性主人公であるサクラさんは、あるGIによって変態的な愛情を注がれていたのであるが、その愛情の注ぎ方がロリータ・コンプレックスを感じさせる一方、エドガー・ポーのアナベル・リーへの愛を感じさせないでもないからだ。

「美しいアナベル・リイ」というタイトルは、エドガー・ポーの詩「アナベル・リイ」からとったものだ。大江は当初この小説に「臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」というタイトルをつけたのだったが、後に文庫化する際に「美しいアナベル・リイ」に替えた。「臈たし」云々は、日夏耿之介の訳語だが、いかにも時代がかっていて、今の日本には場違いと思ったのだろう。

大江健三郎には、自分は戦後民主主義の担い手だという自覚があって、民主主義がきらいな人たちを嫌悪していた。そうした嫌悪は、たとえば石原慎太郎のような反民主主義的な国家主義者を「あし(悪)はら」と呼んだり、江藤淳を「う(迂)とう」と呼んだりするところにあらわれている。ところが三島由紀夫に対しては、無論基本的には嫌悪しているようだが、評価しているところもある。その評価の部分を含めた自分の三島評を、大江は「さようなら、私の本よ!」の中で、披露している。

大江健三郎といえば、初期の短編小説以来、暴力とセックスに大きくこだわってきた作家だ。代表作である「万延元年のフットボール」や「同時代ゲーム」は、この二つの要素が見事に融合して、たぐいまれな世界を現出させていたものだ。ところが、彼自身が「レイトワーク」と呼ぶ晩年の連作「おかしな二人組」シリーズになると、暴力はともかく、セックス描写がほとんど、あるいは全くなくなる。二作目の「憂い顔の天使」では、ついでのようにセックスが言及されることはあっても、正面から描かれることはないし、「さようなら、私の本よ!」では、セックスという言葉も出てこない。セックスレス化が進んでいるのである。

大江健三郎は、小説「さようなら、私の本よ!」を、「取り替え子」及び「憂い顔の童子」と併せて、「おかしな二人組」三部作と自ら呼んでいる。いずれにもおかしな二人組が出て来るということらしい。たしかに第一作目の「取り替え子」については、大江の分身というべき古義人と伊丹十三をモデルにした塙吾良が二人組、それもかなりおかしな二人組を作っているとわかる。ところが二作目の「憂い顔の童子」は、誰と誰がおかしな二人組なのか、よく見えてこない。この小説で古義人と最も親密にかかわるのはニューヨーク出身の女性研究者ローズさんなのだが、そのローズさんは、古義人とセックスするわけでもなく、また古義人の求愛を拒んだりして、どうも二人組として一体的に見えるようにはなっていない。その反省があったのかもしれない。三作目の「さようなら、わたしの本よ!」では、おかしな二人組が極端といってよいほど、可視化されているのである。

自伝的対談「大江健三郎、作家自身を語る」の中で大江は、「さようなら、私の本よ」を、自分の作家活動の一つの頂点をなす作品だと言ったが、それはかれの作家活動の総仕上げだというような意味に聞こえた。この小説を書きあげた時、大江は七十歳になっていたわけで、おそらく自分の作家人生最後の小説になると考えたのではないか。これが最後の小説としての本になるだろうという予感が、「さようなら、私の本よ!」という題名に込められていたのではないか。実際には大江は、七十歳を過ぎても二本の長編小説を書いたので、これが最後の小説にはならなかったが、そこにはかれの作家活動を最終的に締めくくるというような気迫がこもっているように思える。

前稿で、大江の小説「憂い顔の童子」は「ドン・キホーテ」のパロディだといい、大江の分身たる古義人こそドン・キホーテその人だと書いたが、ここではこの小説と「ドン・キホーテ」との関係をもう少し見てみたいと思う。とにかくこの小説は、「わしは自分が何者であるか、よく存じておる、とドン・キホーテが答えた」という、「ドン・キホーテ」の中の文章をエピグラフにしているのであるし、単行本の装丁には、ロバを抱きしめるサンチョ・パンサを描いた、ドレの有名な版画をあしらっているほど、「ドン・キホーテ」にこだわっている。だからそのこだわりに応えて、もうすこし「ドン・キホーテ」に執着してみようというのである。

大江健三郎の小説には、「個人的な体験」以来、主人公をあたたかく包み込んでくれる女性が登場するというのがひとつのパターンになっていたが、この小説「憂い顔の童子」では、白人女性がそのようなものとして出て来る。ローズさんだ。彼女は、妻がベルリンへ単身出かけて長期不在の間、古義人とともに四国の山の中の小屋で共同生活をするのだ。古義人とその障害のある息子のために、食事を始め日常の世話までするので、主婦=妻の役を果たしているといってもよい。もっともセックスはしない。少なくとも小説の文面からは、セックスをしている様子はない。セックス抜きで疑似夫婦関係を続けているのである。小説にセックスを持ち込むのが好きな大江がなぜ、セックス抜きで男女関係を描こうとしたのか、多少興味をそそられるところである。

大江は1960年安保を前に「若い日本の会」というものにかかわった。その会には石原慎太郎とか黛敏郎のような民族派の右翼もいたが、おおむねリベラルな人間が集まっていたといってよい。この「若い日本の会」のメンバーだった一部の連中を、大江は「憂い顔の童子」の中で取り上げて、かれらの活動をパロディ化している。大江なりの同時代批判といってよい。

「憂い顔の童子」は、「取り替え子」の続編ということになっている。この二作に「さようなら、私の本よ!」を加えたものを大江は「奇妙な二人組」シリーズと銘打っている。奇妙な二人組というのは、第一作では大江の分身古義人と伊丹十三の分身吾良の組合せだと了解されたが、第二作目はかならずしも明瞭ではない。この小説では、吾良の存在感はほとんどないし、また筋書きのうえで古義人と吾良とが切り結ぶところもない。古義人は時折吾良のことを思い出しては、自分の少年時代を回想するくらいだ。なにしろこの小説の中の古義人は、自分が生まれ育った四国の山の中で暮らしていることになっており、勢い自分の少年時代を回想するように動機づけられているといってもよいのだ。

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