日本文学覚書

大江健三郎の小説の世界は死を描くことから始まった。それと同時にセックスにも拘っていた。セックスは生きていることの最大の証であり、いわば死のアンチテーゼのようなものである。事柄の多くはそれ自体としてよりも、それの対立物とのかかわりにおいて最もよくその姿を現すものである。死も例外ではない。死もやはりその対立物たる生とのかかわりにおいて、もっとも明瞭にその姿をあらわす。しかして生の豊饒さはセックスにおいてもっとも純粋に表現される。セックスと死とはだから、不可分のつながりの中にあるのだ。

芽むしり仔撃ち:大江健三郎

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大江健三郎は一部の日本人から蛇蝎の如く忌み嫌われているが、その理由がこの小説(芽むしり仔撃ち)を読むとよくわかる。大江はこの小説、それは彼の初期の代表作と言ってよいが、その小説の中で、今でも一部の日本人が固執している「美しい日本」神話に水を浴びせかけているのだ。大江がこの小説の中で描いている日本人は卑劣で狂暴な人間たちである。その卑劣で狂暴な人間たちが、自分たちの力を振り回して弱い者をひねりつぶす。ひねりつぶされたものたちには、抵抗するすべもない。ただ巨大な力におしつぶされ、場合によっては家畜のように屠殺されるのだ。

見る前に飛べ:大江健三郎

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大江健三郎は「人間の羊」において米兵から侮辱されて泣き寝入りする惨めな日本人を描いたが、続く「見る前に飛べ」も同じようなテーマを取り上げている。この小説でもやはり、外国人であるフランス人から侮辱されて、それに対して何も言わずにすごすごと引き下がる日本人を大江は取り上げている。「人間の羊」と多少違うところは、米兵から侮辱された日本人である僕に対して、たまたま居合わせた他の日本人たちが無関心を装ったのに対して、この小説では主人公のぼくは、ひとりで孤独にその侮辱に耐えているという点だ。

人間の羊:大江健三郎

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「人間の羊」は米兵によって侮辱された日本人がその侮辱に反発できないで黙々と忍従するさまを描く。普通の人間なら他人に言われなく侮辱された時には強い怒りを覚えるものだし、それに対して復讐したいという気持ちを抱くのが当然だと思うのだが、この小説の主人公である「僕」は怒りよりも恐怖と自虐の感情を覚え、復讐するどころか、自分の惨めな体験を早く忘れ去りたいと思うのだ。僕がそう思うのには一定程度の根拠がある。僕を侮辱した米兵は、僕がまともに立ち向うにはあまりにも強い相手だし、しかも権力によって守られている。この小説が書かれた当時の日本は独立を回復していたといっても、日本中にはまだ占領軍の続きである駐屯兵が闊歩していて、やりたい放題のことをしていた。その駐屯米兵に対して日本側は、個人レベルでも国家レベルでも屈従するほかはなかった。米兵から見れば一日本人など家畜以下の存在だし、その日本人にとっては米兵は征服者そのものだ。彼らを相手にどうして平等な人間としての振舞いなどできるだろうか。そうしたシニカルな問題意識がこの小説を支えているように受け取られる。

飼育:大江健三郎

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「飼育」は大江健三郎の初期の代表作だ。優れた小説がそうであるように、この小説にも色々な読み方があるが、筆者は大江の戦争と死へのこだわりを主に読み取った。死へのこだわりは、処女作の「奇妙な仕事」以来の大江の文学の特徴だが、この小説ではそれを戦争とからませて展開して見せた。戦争自体が強大な死のカオスのようなものなので、それにからませるというよりは、戦争体験を通じて死の意味を実感したと言ってよいだろう。

「他人の足」は、「死者の奢り」とほぼ同時に書かれた。「死者の奢り」とその前の「奇妙な仕事」がいずれも死をテーマにしていたのに対して、この小説は死を正面から取り上げてはいない。かといって死をスルーしているわけでもない。いわば側面から取り上げている。死はこの小説においては、メインテーマではなく基調低音のような役割を果たしているのである。

死者の奢り:大江健三郎

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大江健三郎は処女作の「奇妙な仕事」で、犬殺しを通じて死の意味について提起したが、続く「死者の奢り」においても、やはり死に向き合った。したがってこれら二つの作品は、死を通じて結びついているといえる。というか、前作で提起した死のテーマをこの作品で一段と深化させたといえよう。それは前作においては死が犬という人間にとっての他者によって体現されていたのに対し、この作品では死んでしまった人間が、その物理的なありようを通して、人間にむき出しの死を示していることにも現れている。犬の死は人間にとってはたかが象徴的な意味しか持たないが、死んだ人間はそれを見る者に向かって死とは何かと言うことを、単に概念的にだけではなく、それそこ具象的でかつ情念的な形で示すのだ。いや示すと言う言葉は適当ではない。見る者をして震撼させるのである。

奇妙な仕事:大江健三郎の処女小説

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「奇妙な仕事」は、大江健三郎の実質的な処女作だ。これを書いたとき大江は二十二歳で、大学在学中だった。当時の大江は、カミュやサルトルに夢中になっていたというが、この作品にはカミュばりの不条理らしさが感じられる。サルトルの実存主義文学の影響も指摘できよう。

仮面の告白:三島由紀夫の一面

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「仮面の告白」は三島由紀夫の自伝的な作品だと言われている。たしかにこの作品には三島の実生活と深い関わりのある事柄が取り上げられている。兵役逃れと同性愛である。どちらも事実に裏打ちされているので、この作品を読んだ者は、三島が自分自身のことを語っていると思わされるだろう。その結果その読者が、三島に対してどのような感想を覚えるか。少なくとも、この小説が発表された当時には、好意的な受け止め方が多かった。兵役逃れのことはともかく、同性愛のことについては、これまでの日本の文学において取り上げられた例がほとんどなかったこともあって、なかばゲテ物趣味というか、型破りの小説として、既成の価値観が大きく揺らいでいた時代の雰囲気に乗じたということだったのかもしれない。

朝のガスパール:筒井康隆のSF小説

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筒井康隆の「朝のガスパール」は、一応SF小説ということになっていて、実際「日本SF大賞」を受賞してもいるのだが、通常のSF小説とはだいぶ趣向が異なっている。たしかにシュールなテレビゲームをプロットに含んではいるが、そしてその意味ではSFと言えなくもないのだが、そればかりではなく、ほかにも様々なプロットが平行して仕組まれている。その中にはテレビゲームを楽しんでいる現実世界の人々の人間像を描いた部分もあるし、その人間像とSF部分の共通の作者としての櫟沢なる人物にかかわる話もあるし、更にこれらすべての究極の作者たる筒井康隆自身にかかわる部分もある。従ってこの小説は、単純な構成のSF小説などではなく、さまざまな物語が重層的に交差する立体的な小説といってもよく、あるいは作者が深く物語にかかわる点に着目すれば、メタ小説と言ってもよい。

花火:永井荷風の非政治的構え

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永井荷風が政治とは一線を画し、政治的な発言を慎むことで非政治的な構えを貫いたことはよく知られている。それは普通の時代には、人間の生き方の一つのタイプとして軽く見られがちなところだが、荷風の場合にはそうした非政治的な構えが、戦争中には戦争への非協力としてかえって目立つようになり、荷風は戦争協力に最後まで従わなかった気骨ある作家だというふうな評価も現れた。だが、これはおそらく荷風本人にとっては、片腹痛いものであったろう。荷風はたしかに非政治的な構えを貫いたが、それはあくまでも非政治的な構えなのであって、そこに政治的な意味を読み取るのはお門違いということになろう。

桑中喜語

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桑中喜語とは桑年にあたっての述懐というような意味である。桑年とは馬歯四十八歳を言う。桑の異体である「桒」の字が、十を四つと八を重ねていることから、四十八を指すようになり、そこから桑年を四十八歳を意味させるようになったものだ。米の字が二つの八と十を重ねたことから八十八となり、そこから米寿を八十八歳を意味させたのと同じことわりである。

荷風の江戸演劇論:江戸芸術論から

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荷風は江戸芸術論中の演劇論「江戸演劇の特質」を、依田学海・福地桜痴らの批判から始めている。依田学海といえば今では殆ど知る者もないが、荷風が生きていた頃にはまだ演劇論者として知られていたようである。その依田学海らの演劇論の特徴を荷風は改良演劇とし称している。改良とは何をさして言うかといえば、それは従来の歌舞伎などのいわゆる江戸演劇が、音響や所作を中心にした様式的な特徴を持つに対して、セリフを多用したリアルなものでなければならないと主張するものである。依田学海はそれを活歴史劇と称した。リアルな歴史劇という意味である。つまり歴史的な出来事をありありと再現することを以て改良演劇の使命としたわけである。

荷風の狂歌論:江戸芸術論から

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江戸芸術論中狂歌を論ずる一文の冒頭を荷風は次のように書いている。「一歳われ頻りに浮世絵を見る事を楽しみとせしが其の事より相関連して漸く狂歌に対する趣味をも覚ゆるやうになりぬ」と。つまり荷風は狂歌を浮世絵と関連させて見ているわけである。両者は互いに切っても切れない縁にある。それが荷風の受け取り方だった。

荷風の浮世絵論:江戸芸術論から

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荷風文学の著しい特質は古き日本への懐古趣味にある。江戸芸術論はそんな荷風の懐古趣味を学問的な体裁のもとで表明したものである。とは言っても、学問というものを軽蔑していたらしい荷風のこと、理屈ばったものの言い方はしない。自分の直感を他人にもわかりやすく説明したものというくらいに受け取ったほうがよい。学問の原点というものは、自分の意見を他人にもわかりやすく説明することだからである。江戸芸術を論じる荷風の語り口は実にわかりやすい。

荷風の女性遍歴その五

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馴染を重ねたる女一覧表の十四番目山路さん子は、関根うたとの交際末期に付き合うことになり、それがもとでうたとの関係にひびが入り遂に破局したことは前に触れたとおりだ。荷風がこの女と出会ったのは昭和五年一月中のことと思われ、その後同年八月に千円で見受けし、四谷追分の播磨屋に預けていたが、翌昭和六年九月に手を切っている。関根うたと手を切ったのは同年八月末のことであるから、荷風は二人の女をほぼ同時に失ったことになる。そのうちの一人関根うたは、一度は自分の老後を託そうと思ったほど大事にしていた女だった。

荷風の女性遍歴その四

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馴染を重ねたる女一覧表十三番目の関根うたは、荷風が生涯に愛した女のなかでは、若い頃に入籍した八重次を別にすれば、最も深く馴染んだ女だったと言える。浮気者の荷風にしては珍しく四年間も関係が続いたし、別れたあとでもたびたび会っている。そして老いてなお、折につけてはその面影を慕い続けた。荷風がこれほど思い入れを持った女は他にはなかなか見当たらない。

荷風の女性遍歴その三

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馴染を重ねたる女一覧表の九番目は大竹とみである。この女のことを荷風は一覧表の欄外に書き、しかも
「大正十四年暮より翌年七月迄江戸見坂下に囲ひ置きたる私娼」
と言う具合にごくさりげなく書いているのみであるが、日記本体にあたると、荷風のこの女への執着には相当のものが感じられる。それはこの女が美形だったことによる。この女を荷風は、自分が生涯に出会った女のなかで最も美しいとまで言っている。

荷風の女性遍歴その二

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馴染を重ねたる女一覧表五番目の女は米田みよといって、新橋花家の抱え芸者であった。この芸者を荷風は大正四年十二月の大晦日に五百円で親元身請けして、翌年の正月から八月まで浅草代地河岸の家に囲い置き、その後神楽坂に松園という待合を営ませること三ヶ月にして手を切ったという。荷風がこの女と懇ろとなったのは八重次と結婚生活の最中のことであり、この浮気がもとで八重次が荷風のもとを去ったとされている。しかし八重次はその後も荷風と会っており、そのことで荷風は焼け棒杭に火がついたと言って、照れている。

荷風の女性遍歴その一

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断腸亭日乗昭和十一年一月三十日の条に、帰朝以来馴染を重ねたる女の一覧表なるものが載せられている。これは明治四十一年に数年にわたる欧米滞在から帰国したあと、この日までに荷風が馴染を重ねた女十六人について簡単なコメントを付したもので、女の数は十六人にのぼる。この数だけでも荷風がいかに女好きだったかがわかるというものだ。荷風はここに記された以外にも多くの女たちと情交を重ね、その中から創作のエネルギーを汲み取った。なにしろ荷風が生涯に書いた文章のうち小説の部類に入るものはことごとく男女の情交をテーマにしている。荷風はその材料やら構想をそれらの女たちとの触れ合いから汲み出した。したがって女への執念が薄れるとともに、荷風の創作意欲も失われたのである。

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