日本の政治と社会

ロシアの憲法が、国民投票を経て改正された。ヴラヂーミル・プーチン大統領の仕込んだ改正だという印象があまりに露骨なので、これをプーチンの憲法改正と呼ぶ向きが、ロシア国内を含めて、強く指摘されている。実際この改正によって、プーチンは2036年まで大統領の座にとどまれる可能性が高まったし、その他の点でも、執行権力の強化が図られたようだ。というのも小生は、まだ改正憲法全文をつぶさに読んでいないので、いずれ詳しく読んだうえで、小生なりの批評をまとめてみたいと思っている。

今回のコロナ騒ぎでは、日本は対策がずさんだったにかかわらず、いわゆる感染爆発が起らず、欧米諸国に比べてはるかに規模の小さな感染にとどまったというので、欧米諸国からは不思議に思われている。その理由を小生なりに考えている。この感染症は密接感染から生じることがわかっている。日本では人々は、この密接感染を引き起こすような行動様式からほど遠い行動を日頃からとっている。日本人は欧米諸国の人々のように、互いにべったりくっついたりはしない。挨拶代わりにハグをしたり、親愛の感情を示すためにキスをしたりはしない。会釈か、あるいはせいぜいお辞儀程度でコミュミケーションが成立する。そういう文化的な背景が、日本でコロナを爆発感染させなかった大きな理由だと思っている。

法務大臣といえば、検察を中心とする法務官僚組織の頂点に位置する。人事にも強い影響力を行使できる。検察にとっては、ボス的な存在といってよい。だから、これまで検察が法務大臣に盾をついたということは聞かない。検察は法務大臣を自分たちの代表者、最高上司として遇してきた。それがこのたび、検察が法務大臣の経験者、それも直近に法務大臣をつとめた人物を逮捕するという事態が起きた。前代未聞の珍事だということである。

安倍政権が進めているカジノ推進政策に小生は反対してきた。安倍政権の言うこととは裏腹に、このカジノの本質は、アメリカのばくち打ちに日本人の財布をささげるものであって、その意味では外国人に国の富を売り渡す売国政策以外のなにものでもないからだ。しかもこれが始まったのは、トランプの要求に安倍総理が応じたことからだとは、いまでは誰もが知っていることである。トランプは、自分の盟友であるカジノ王アデルソンのために、もうけの便宜を図ってやったのである。

北朝鮮による拉致被害者のシンボル的な存在であった横田滋氏が老衰のために亡くなった。生きている間に最愛の娘と再会することができずに、さぞ無念だっただろうと思う。これについて、残された被害者家族を代表する形で、飯塚繁雄氏がインタビューに応じていたが、その言葉の端々から、これまでなにもせずに放置してきた政府への怒りが伝わってきた。たとえば、「何もしないでほったらかしにしたら、日にちがどんどんたっていく」といった言葉だ。

一度は本格化するかと思われた九月入学問題が、なんとなく立ち消えになった。小生はそれでよかったと思っている。子どもの一生にとって深刻な影響を及ぼすこの問題が、拙速な議論で決められるのはかなわないと思ったからだ。だいたいこの問題は、コロナ騒ぎによる学校休止が発端であって、休校による子供の学力低下を補正するための方策として打ち上げられたはずだ。ところがいつの間にか、九月入学は来年からというふうに、すり替わってしまった。来年から導入するという前提なら、コロナ騒ぎとは関係がなくなるわけで、なにもいま議論する必要もなくなるわけだ。

検察官幹部定年騒ぎの当事者である東京高検の某検事長が、週刊誌に接待かけマージャンをすっぱ抜かれて、辞職を余儀なくされた。この問題について小生は、別稿で当人が自発的に辞職したらどうかと勧めていたが、当人が自発的に辞職する様子は見えず、また安倍政権も、強い批判を浴びて延長法案を棚上げしたにもかかわらず、世間の鎮静化を狙って、当初方針通りこの男を検事総長にするつもりでいることが露骨に伝わってきたところ、この事態になったわけだ。

検察幹部の定年を政権の意志によって延長できるとする法案が、野党のみならず、法務省幹部OBや一般国民を巻き込んだ騒ぎになっている。とくに、法案をごり押ししようとする動きに危惧を表明する意見が数百万単位でツイートされたことは、日頃こういう問題にはあまり関心を示さなかった国民が、これを深刻に受け止めていることの表れだろう。安倍応援団はこれをでっち上げなどといって貶めているが、そういう性質のものではあるまい。

コロナウィルス騒ぎで、政府や自治体がいわゆる自主規制なるものを国民・住民に要請し、それに対して国民・住民は大した不平も言わずに従っている。これはあくまで「要請」であるから、国民は強制されているわけではないので、是非自主的に従っていただきたいと、為政者たちは言うので、小生もそのつもりで従ってきた。従うことの不都合と、従わないことの不都合を比較考量すれば、従うほうの不都合が小さいと判断したこともある。ところが世の中には、従うほうの不都合のほうがはるかに大きくて、従いたい意思があってもなかなか踏み切れない者もいるだろう。

やまゆり園事件は、障害者は生きる価値がないという身勝手な思いが引き起こしたといわれ、その異常さが人々を不気味にさせたものだが、実はそんなに異常な出来事ではなく、ある意味現代日本に蔓延している価値観を反映したものだと言えなくもない。それは、新自由主義的な発想にもとづく格差社会容認論だ。格差を容認する思想は、人間を勝ち組と負け組にわけ、勝ち組は努力したのだから報われて当然、負け組は努力が足りないから自業自得だ、というふうに発想する。その発想が極端化すると、障害者のような役に立たない人には生きる価値がないという考えにつながる。

コロナウィルスでパニックに陥ったらしい安倍晋三総理大臣が、ほとんど独断で、小中学校の一斉休校を全国の教育現場に要請した。要請であるから、国民はかならずしも従う義務はないようだが、そこは日本人の国民性。ほぼ総理大臣の言うことに従って休校に踏み切ったようだ。小生が住んでいる千葉県船橋市でも休校が実施され、毎日朝の登校時に聞かれる子どもたちの歓声が聞えてこない次第だ。

新型コロナウィルスの蔓延が収まらない状況の中で、東京オリンピックの開催を危ぶむ意見が世界中で出始めた。なかにはオリンピックの中止あるいは他都市での開催を真剣に論じるものまである。もっとも日本国内では、そういう意見は、有力メディアではほとんど報じられていない。そんなことをしたら、せっかく盛り上がっているオリンピック気分に水を差すことになるし、安倍政権に憎まれること請け合いだからだろう。

標記の言葉は実刑五年の判決を受けて、籠池泰典が発した言葉だ。籠池がこのように言う気持ちはわからないでもない。世間を大騒がせしたいわゆる森友問題では、不可解なことがあまりにも多く、また籠池一人の問題には止まらないところを、籠池一人がすべての責任を負わされて有罪判決を受けたと思われないでもないからだ。籠池は今回の判決を、安倍総理に反逆したことへのしっぺ返しとして感じたようだ。

先般、元TBS記者山口某が酔った女性をホテルに連れ込み、意識のない彼女を強姦した事件について、民事訴訟で強姦の事実を認定したうえで、加害者に損害賠償を命じる判決があったが、この事件は強姦をめぐる日本人の意識の特異さを見せつけたものとして、実に後味の悪いものであった。加害者の男は、いまだに和姦だったと言いたてているが、意識のない女性とどのように同意したというのか。この男は自分の行為について悪びれる様子を見せず、かえって控訴する意向だそうである。

安倍政権が景気浮揚の目玉として打ち出したIRをめぐって、スキャンダル騒ぎが起きている。これは日本のカジノ市場への参入を狙う中国企業のエージェントが、日本の複数の政治家に賄賂を贈っていたというもので、すでに自民党の衆議院議員一人が収賄容疑で逮捕されている。このほかにも、逮捕される議員は出て来るだろうといわれている。

オウム真理教に取材した「A」や、東日本大震災の状況をリアルタイムで紹介した「311」などで知られるドクメンタリー映画監督森達也の最新作「新聞記者ドキュメント」を、英紙ガーディアンが取り上げて、紹介傍ら論評している。この映画は、最近菅官房長官との対立で話題となっている東京新聞の女性記者望月さんの取材の様子を追ったものだ。その様子を通じて、日本社会における言論の状況が浮かびあがってくると、この記事は解説しているのであるが、それを読むと、小生などは一日本人として、この国の未来に危惧を覚えざるをえない。

いわゆるIRをめぐる汚職事件が世間を騒がせている。これは自民党の政治家が、日本のIR参入を狙う中国の賭博業者から賄賂を受け取ったという嫌疑である。よくある汚職事件の構図ではあるが、ちょっと見逃せない深刻な部分を含んでいる。この議員がIRの旗振り役として、制度の成立に大きな役割を果たしていたこと、またこの制度のもたらす甘い汁を中国の賭博業者が狙ったということだ。

東電福島第一原発には汚染水がたまる一方だが、その最終処分についての方針が、政府によって示された。海洋に放出するか、大気に放出するか、その両方を組み合わせるか、この中から選びたいというのである。この案を提示したのは経産省である。小委員会の議論の中では大きな異論は出なかったから、今後この前提に基いて方針を作成し、なるだけ早い時期に実施したいという。だが経産省は、この方針の合理性については、納得できる説明をしていない。過去にそうした前例があるばかりだと言うのみである。それでは国民は納得できないだろうし、まして地元の人たち、とくに漁業の人たちは余計に納得できないだろう。なんのことはない、「放出」という言葉を使って、原子力汚染物質をばらまこうとしている、といふうに受け取るのが自然ではないか。

元TBSジャーナリストによる強姦事件は、刑事事件としては司法の門前払いにあったが、民事事件としては、「同意なき性行為」が認定されて、倍賞金の支払いを命令する判決が出た。そのことについて小生も、このブログで私見を披露したところだ。小生はこの問題に接して実に不愉快な印象を持ったのだが、その印象は判決後の加害者の言動によっていよいよ強まった。この加害者は、あくまでも「合意の上での性行為」だったといって、被害者をうそつきよばわりしているのである。いったいどういう神経でそんなことを言えるのか、小生には腑に落ちないのだが、どうもこの男は、自分を過大に評価しているようなのである。その過大な自己意識が、このように高圧的な姿勢に通じていると思われるのだ。

日本では、いわゆる強姦事件が無罪になるケースが多い。多いどころか、ほとんどが無罪になる。それを見こんで始めから告訴をあきらめる被害女性も多い。そんなところから、日本は強姦天国と言われることもある。そんな例は日常的に見せられているところだが、このたび、民事事件とはいえ、強姦が裁判所で認定され、加害者に賠償命令が出されるという事例があった。この判決は、今後の日本における強姦事件への向かい方に多少なりとも影響するのではないか、そう思わされる部分もある。もっともこの判決は、強姦という言葉は使っていない。「合意のない性行為」という言葉を使っている。

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