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ユーディットⅡ:クリムトのエロス

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クリムトは、1901年に続いて1909年にもユーディットをテーマにした絵を制作した。世紀末をまたいだ時代のヨーロッパでは、サロメとかユーディットがファム・ファタールの典型として人気を博していたので、この絵もそうした人気に便乗したものだと思われる。便乗するということばかりではなく、クリムト自身にもファム・ファタールへの強い嗜好があったようだ。

ダナエ(Danae):クリムトのエロス

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ダナエはギリシャ神話に出てくるキャラクターである。その美しさをゼウスに見そめられたが、彼女が生んだ子は父親を殺すであろうとの予言を信じた父が彼女を塔の中に幽閉して、男を近づけさせないようにした。そこで彼女が恋しいゼウスは、黄金の雨となって塔の窓から侵入した。その結果生まれたのが英雄ペルセウスである。

接吻(Der Kuß):クリムトのエロス

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金色を多用したクリムトの「黄金様式」を代表する作品である。男女が抱き合う構図はベートーベン・フリーズの中にも見られたが、そこでは男の大きな背中に隠れて女の表情は見えなかった。この絵の場合には女性の恍惚とした表情があらわにされ、彼女の顔に口付けする男の顔は半分見えるだけである。クリムトは、男女の接吻を描きながら、女のほうに比重をおいているわけである。

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1905年から09年にかけて、クリムトはベルギーの大実業家アドルフ・ストクレの屋敷の壁画制作に従事した。これはストクレの屋敷の建築設計から装飾までを一括して請け負ったジョーゼフ・ホフマンらウィーン公房のプロジェクトの一環として行われたものだった。このプロジェクトは装飾性を最大のコンセプトにしていたが、クリムトもそのコンセプトを取り入れて、非常に装飾性の高い図柄を制作した。

水蛇Ⅱ:クリムトのエロス

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「水蛇Ⅰ」とほぼ同じ時期に描かれたこの「水蛇Ⅱ」も女性たちの同性愛的な世界をテーマにしているようだ。Ⅰのほうが立ちながら抱き合っている二人の女を描いているのに対して、このⅡは思い思いに横たわる女たちを描いている。彼女らは互いに身体を密着させてはいないが、寛いだ雰囲気の中でもエロティックな感じをかもしだしている。

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「水蛇」と題したこの絵は、写真で見ると大作のように見えるが、実際には小品(50×20cm)である。構図が非常に複雑で、モデルも表情に迫力があるので大作のように映るのだろう。そのモデルは二人の女性で、どうやら抱き合っているようである。抱き合いながら恍惚の表情をしていることから、一見してレズビアンだとわかる。世紀末は女性同士の同性愛たるレズビアンが、ヨーロッパ芸術の大きなテーマの一つになっていた。

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この絵のモデル、フリッツァ・リートラーはオーストリア政府高官の妻ということ以外詳しいことはわからない。この絵がどのような経緯で描かれたかについても、詳細はわからない。肖像画の注文を受けて描いたというのが自然な解釈だが、クリムトが注文を受けて描いたほかの肖像画とは、かなり異なるところがある。

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この絵のモデルは、ウィーンの実業家でクリムトのパトロンでもあったカール・ウィトゲンシュタインの娘である。二十世紀哲学の巨人ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは彼女の弟である。また、ラヴェルが「左手のためのピアノ協奏曲」をささげたというパウル・ウィトゲンシュタインも彼女の弟である。パウルは有能なピアニストであり、第一次大戦で従軍して右腕を失った後も、左手だけで演奏活動を続けた。

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「一生の三時期(Die drei Lebensalter)」は、女性の生涯の三つの時期をイメージ化したものである。人間の生涯を三つの時期あるいは段階にわける考え方は、スフィンクスがオイディプスにかけた謎の神話以来ヨーロッパ人に馴染みの深いものだったが、クリムトはそれを、女性の人生に即して展開して見せたわけだ。

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臨月の妊婦の裸体を真横から描いたこの絵は、発表当時、やはりすさまじい反響を巻きおこした。無論拒絶的な反響であり、スキャンダラスな騒ぎといってもよいものだった。あまりにもエロティックで、猥褻だという反応が強かったのだ。たしかに猥褻かもしれない。女性の裸体とか、妊娠した腹とかは、それ自体では猥褻ではないが、ある文脈の中におかれると、俄然猥褻な印象をあたえるものだ。クリムトのこの絵も、そのような猥褻さをかもしだすようなものだったと言えよう。

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クリムトのベートーベン・フリーズ第三の壁画は、第九交響曲の第四楽章をイメージ化したもの。人類が敵対する勢力との戦いに勝利した喜びを描いている。大勢の合唱団が歓喜の歌を歌い、その手前では、合唱を浴びながら男女が抱擁しあう。合唱のイメージはともかく、男女が抱き合うことで喜びをあらわすというのは、クリムトらしいアイデアだ。

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ベートーベン・フリーズのうち、第二の壁に描かれた部分は、人類に敵対する勢力をテーマにしている。批評家から激しい非難を浴びたこのプロジェクトの中でも、もっとも強い非難が集中した部分だ。縦220cm、横650cmの巨大な画面のうち、左側半分には人間に敵対する様々な魔物が、右半分には抑圧されて打ちひしがれる女が描かれている。

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1902年、クリムトら分離派の芸術家が14回目の展覧会を開催した。テーマはベートーベンを中心にして総合芸術を追及しようというものだった。この当時、ベートーベンの名声は比類ないまでに高まっており、ワーグナーの音楽、ブールデルのマスク、ロマン・ローランの伝記などを通じて、ベートーベン礼賛が沸き起こっていた。分離派はこの動きに乗り、彫刻、音楽、絵画など様々な芸術を総合して、ベートーベンという偉大な人間をたたえようとしたわけである。

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クリムトの肖像画には、注文を受けて描いたものと、自発的に描いたものとの二種類がある。注文は裕福な実業家から、その妻を描くように要請されたものが多かったが、そうした絵をクリムトは、(ソニア・クニップスの肖像に見られるように)全体的に印象派的なふんわりとしたタッチで描き、顔の表情にはある種の理想的なイメージを付与したものだった。それに対して自分の意思で描いた肖像画には、クリムトらしい主張が込められている。

金魚(Goldfische):クリムトのエロス

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19世紀末のヨーロッパでは、ファム・ファタールのイメージと関連して、水中を女性の胎内に見立てたイメージが流行ったそうだ。クリムトのこの絵もその一例だと見られている。水中に浮かんだ女性たちのイメージが、胎内に孕まれたファム・ファタールのイメージを表しているということだろうか。

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ユーディットは、旧約聖書に出てくる女性で、ユダヤ人をアッシリアの攻撃から救った烈女である。いわば、ユダヤ人にとってのジャンヌ・ダルクというべきこの女性を、西洋の絵画は繰り返しテーマとして取り上げてきた。中でもクラナッハの描いたユーディットは、烈女のイメージにエロティックな要素を加味し、その後のユーディットのイメージに大きな影響を及ぼした。

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「ヌーダ・ヴェリタス(Nuda Veritas)」とは文字通りには「裸の真実」ということだが、それが「人間の裸体の真実」という意味なのか、あるいは「本然の真実」という意味なのか、それとも両方の意味を兼ねているものなのか、俄には判断できない。おそらく両方の意味を込めているのだろう。

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アテナはギリシャの都市アテネの守護神であるが、ギリシャ神話では戦いの女神とされている。鎧を着て、雄たけびの声を上げながらゼウスの頭から生まれたとされるこの女神が、どういういきさつで商業都市アテネの守護神になったか、そこには興味をそそる物語があったに違いない。

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クリムトには裕福な実業家のパトロンがいた。当時のオーストリアの画家には、クリムトに限らずパトロンがついていたものだが、クリムトや分離主義の芸術家を熱心に応援していたのは、ユダヤ人実業家たちだった。鉄鋼業のウィトゲンシュタイン、繊維業のヴェルンドルファー、金属産業のクニップスといった人々だ。クリムトは彼らの家族のために肖像画を描いた。クリムトの肖像画は非常にリアルでしかも芸術性に富んでいるというので、ウィーンの社交界では名声が高かったようだ。

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クリムトがオーストリア政府からの注文を受けて作成した「ウィーン大学講堂の天井画」は、クリムトという画家を理解するための鍵を与えてくれる。クリムトはこの仕事のために三点の天井画を描いたのだが、それらに自分の芸術上の信念を盛り込んでいたという意味で、非常にメッセージ性の高い仕事となった。ところが、これら三点の天井画は、いずれも大学当局や政府から激しい拒絶にあった。そこでクリムトは、その拒絶に屈することなく、これを買い戻したのであったが、それらの作品は結局失われてしまった。権力に対抗して自分の芸術的良心を貫いたクリムトだが、その良心は報いられなかったわけだ。一方クリムトと同じくこの仕事の一部を請け負ったフランツ・マッチュは、注文の趣旨にしたがった作品を作ったおかげで、いまでもウィーン大学の講堂を飾っている。もっともそれが高い評価を受けることはないのだが。

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