世界情勢を読む

イランの核科学者モフセン・ファフリゼデが殺害された事件は、状況証拠からしてイスラエルの仕業と思われている。なぜそんな無法なことをしたのか。イスラエルはイランの核開発に脅威を感じており、それをマヒさせるために、イランの核開発をリードしてきたファフリゼテを殺害したのだろうとする見方が流通している。この殺害に対して、イラン側がすくさま報復を声明するなど、過剰な反応を示したことがそれを裏付けていると見られてもいる。

著者は中国史の専門家のようだが、中国は嫌いだという。ではなぜ中国を専門にするかというと、それは中国が面白いからだという。我々日本人は、長い歴史的な背景から中国を理解したつもりになっているが、じつはわかっていない。中国人の発想がわからないのだ。だから不気味に感じたり、著者のように嫌いになる日本人が多い。今の日本に充満している中国嫌いは、そんなことが原因で起きている。だから、中国と付き合おうと思ったら、中国人の発想の仕方と、それにかかわる論理を理解しなければならない。どうもそんなことを著者は言いたいようである。

今回のアメリカ大統領選挙では、現職の大統領であるトランプが、根拠もなく選挙の不正を訴え、なかなか敗北を認めなかったが、ついに敗北を認めたようで、バイデンへの政権移行に妥協する旨を表明した。その言い方には玉虫色の所もあり、不正の追及は引き続き行うなどと強気なことも言っているが、事実上の敗北宣言だと大方には受け取られている。それを踏まえて、今回の事態はアメリカの民主主義が機能した証拠だとする意見が圧倒的だ。だが、中には否定的な意見を言う者もいる。今回の事態は、アメリカ民主主義の脆弱性を衆目の前にさらしたと言うのだ。

毛利和子の近著「日中漂流」は、タイトルにあるとおり、21世紀に入って漂流する日中関係に大きな懸念を投げかけている。日中関係は、戦中戦後の不幸な時期を経て、日中国交正常化によって、一時期きわめて良好な関係を築いたかに見えたが、それも束の間のこと、21世紀に入ってからは、険悪な状況に陥り、政府関係はもとより国民感情のレベルにおいても、相手方への不信が高まって、かえって史上最悪の関係に陥っている。その関係は、近い将来武力衝突にも発展しかねない危うさを抱えている。そういう不幸な事態に陥らないために、両国、特に日本は何に心掛けねばならないか、そういった切羽詰まった毛利の問題意識が、この本からは切々と伝わって来る。

毛利和子は、現代中国政治の研究家で、日中関係について詳しい。岩波新書から出した「日中関係」は、冷戦期から日中国交回復に続く良好な関係の時期を経て、2005年の反日デモが物語る対立関係の激化に至るまでの時期を解説していた。「中国政治」と題した小冊子は、それから十年後の2016年に出したもので、「習近平時代を読み解く」という副題が示唆するように、習近平登場以後の現代中国を、主に政治・経済の面から分析したものである。

岩波新書版「シリーズ中国近現代史」の第六巻「中国の近現代史をどう見るか」は、中国近現代史の出発点を19世紀初頭に求め、それ以降200年にわたる「歴史的・社会的歴史層」の特徴を剔抉したうえで、それを今日の中国を考える際のよりどころにするという方法をとっている。著者の言葉で言えば「200年中国」を展望した現代史の試みということになる。

アメリカ大統領選の開票作業が大詰めを迎え、バイデンの勝利が確定したと報じられている。ところがトランプは、多くの不正が行われたと根拠のないデマをとばし、敗北を認めようとしない。徹底的に戦って勝利して見せると豪語さえしている。そこで野次馬連中の中には、トランプが一連のテクニックを弄して、逆転勝利する可能性を云々するものもいるが、じっさいには、そんな事はおこらないだろうと、一般に受け取られている。

シリーズ中国近現代史⑤「開発主義の時代へ」は、1972年から2014年までの時期をカバーしている。いわゆる改革開放時代が主な対象である。中国の改革開放は、普通は1978年以降に始まると考えられているので、この時代区分の仕方は意外に思えるかもしれない。1972年といえば、毛沢東はまだ存命だったし、文革も終わっていないからだ。しかし、ニクソンショックや日中国交正常化は1972年のことだし、この年あたりから、中国の改革開放への動きが始まったと著者たちは見ている。毛沢東は教条的な印象が強いが、実際には複雑な人間で、経済発展を重視してもいた。そうした立場から改革開放の重要性も認識していた。だから、1972年を改革開放の開始時点と位置付けることに無理はないというのが著者たちの見方だ。

岩波新書の「シリーズ中国近現代史」第四巻「社会主義への挑戦」(久保亨著)は、第二次世界大戦が終了した1945年から、中華人民共和国の成立を経て、1971年に国際連合に加入するまでの、四半世紀をカバーしている。その間における中国の歴史は、短期間であるにもかかわらず、激動に満ちていた。内戦の結果成立した共産党政権、朝鮮戦争への参戦、強引な社会主義化とそのひずみ、そして文化大革命によるすさまじいほどの混乱。こういった出来事が続いた。

核兵器禁止条約の批准国が50を超え、来年一月から発行することになった。この条約は、核兵器を非人道的で違法だと宣言している。だから核使用の抑制に一定の効果があると期待されているが、核保有国のすべてと、核保有国と同盟関係にある諸国が批准を拒絶している。唯一の被爆国である日本も、同盟国アメリカに配慮して批准を拒絶し続けている。

岩波新書版「シリーズ中国近現代史③」は、「革命とナショナリズム」と題して、1925年から1945年をカバーしている。1925年は孫文が死んだ年であり、1945年は抗日戦争が勝利に終わった年である。その後中国は国共内戦に突入し、共産党が権力を握る。だからこの巻がカバーしている時代は、孫文の革命理念を継承しながら、新しい国民国家としての中国を準備した時代と言えよう。

岩波新書版「シリーズ中国近現代史」②は、1894年から1925年までの約三十年間をカバーしている。清朝が自滅的に崩壊し、その後中国という国民国家の建設に向けて動いていた時代だ。この時代を著者は、既成の見方からなるべく自由な立場から、できるだけ相対的に見ていきたいと言っている。既成の見方の代表は、中共史観ともいうべきもので、この時代を過渡的なものと位置づけ、最後には中国共産党が革命へと導いていったとする見方である。それに対して著者は、「この時期は、『救国』のためのさまざまな考えが溢れ出し、『中国』の人々の想像力が最大限に膨らんだ時期」であり、現代では見られない『中国』のさまざまな可能性が示された時期」と見ている。

岩波新書版の「シリーズ中国近現代史」の第一巻は「清朝と近代世界」と題して清朝の歴史を対象としている。清朝は、現在の中国の直前の王朝であったから、中国近現代史の前触れとして清朝の歴史を取りあげるのは自然なことである。日本の近現代史を幕末から始めるようなものだ。だが、この本は(中国近現代史に直接つながる)清朝の末期だけではなく、清朝の歴史全体をカバーしている。それには理由があると著者は言う。中国という国家概念が成立したのは清朝時代のことであって、その清朝の時代にほぼ現在の中国の領域が固まった。明代以前には、満洲地域やモンゴル、西域やチベットは、かならずしも現在言われているような意味での中国の領域には含まれていなかった。それらの領域は、民族的にも異なり、従って中国の王朝が直接統治していたわけではなかった。清朝になって初めて、それらの領域とそこにすむ民族とが、中国の王朝の統治に組み込まれたのである。したがって、清朝こそが現代中国国家の領域と民族構成とを直接に決定したのである。そうした意味で清朝は、中国近現代史の前提というか、その不可欠の一部だというのが、著者の基本的な見方である。

ニューヨークで、日本人ピアニストの男性が、アメリカ人少年少女の集団八人に襲撃され、大怪我を負わされた。被害者の証言では、少年少女たちが「チャイニーズ」と叫びながらいきなり襲ってきたというから、人種差別意識がもたらしたヘイトクライムと考えられる。

天児慧の「中華人民共和国史新版」(岩波新書)は、中華人民共和国の誕生から習近平の登場する2012年頃までをカバーしている。新中国の通史という触れ込みだが、カバーする期間に着目すれば、一応そう言えるかもしれぬ。その通史を著者は、五つのファクターを意識しながら書いたということらしい。その五つのファクターとは、革命、近代化、ナショナリズム、国際的インパクト、伝統のことを言う。革命に着目するのは、新中国が社会主義革命によって成立したという建前からすれば穏当なところだろう。だがどんな革命だったのか、それが必ずしも明らかにはされていない。この本を貫いているのは、新中国の歴史を革命の進展として見るのではなく、権力闘争の歴史としてみる視点というふうに伝わって来る。だから、21世紀の中国がどんな体制の国なのかそれが不明瞭になっている。権力闘争の結果たどりついた体制というだけで、それが果たして社会主義国家といえるのかどうか、そのへんが曖昧になっている。

小島晋治、丸山松幸共著の岩波新書版「中国近現代史」は、1840年の阿片戦争から1980年代初頭までの中国近現代の通史である。日本の近現代史は、1853年のペリーの黒船来航から始まるわけだが、中国はそれより十数年前にイギリスとの戦争に敗れたことで、いやおうなく西洋諸国の圧力にさらされるかたちで近代史への扉を開かされたといえる。その後日本は西洋からの圧力に耐え、独立国家としての面目を保ったのに対して、中国は半植民地化され、苦難の歴史を歩んだ。その違いはどこから来たか。この本はそんな疑問に一定程度答えてくれる。

米最高裁判事のルース・ベイダー・ギンズバーグの死去にともない、その後任人事をめぐって大騒ぎになっている。トランプと上院共和党は、大統領選の前に指名手続きを終わらせたいのに対して、バイデンと民主党は、大統領選後になすべきだと主張している。じつは四年前の大統領選挙のさいにも、それより数か月前に死んだ判事の後任指名を、選挙後に延ばしたということがあった。その際には、共和党側の強い意向に民主党側が譲歩したのであったが、今回はその共和党が、前例を無視して、早めに指名しようとして動いているわけだ。

トランプは、米軍の戦死兵士に敬意を払わないし、場合によっては侮辱することもある。そういってトランプを厳しく批判する記事が米紙The Atlanticに掲載された(Trump: Americans Who Died in War Are 'Losers' and 'Suckers')。記者は同紙の主任編集員ジェフリー・ゴールドバーグ。この記事を読むと、トランプの人間性がよく見えて来る。かれにとっては、金にならないことをするのはバカのやることで、利口な人間は、金にならない無駄なことはしない。兵役に志願して命を失うことは、もっとも馬鹿げたことである。そういうトランプには、世の中に、金以外に重要な価値があることなど考えられない、と、この記事はトランプの人間性を厳しく批判している。

アメリカの軍隊は、伝統的に共和党寄りだった。軍人出身の大統領アイゼンハワーは共和党員だったし、過去の大統領選挙では、軍人たちの共和党候補への支持が目立った。トランプでさえ、軍人からの支持はヒラリーを上回ったのである。ところが最近、そうした傾向に異変が起きているという。バイデンへの支持がトランプを上回ったとの調査結果が出ているのだ。

中東は日本から距離が遠いので、地政学的な条件から外交上大きな意義を占めることはなかった。特に戦後においては、日本はアメリカの属国のような立場になり、独自外交を展開する余地はあまりなくなった。日本の戦後外交は、基本的にはアメリカの外交政策に乗ったものにならざるを得なかった。それを踏まえたうえで、国連の政策と歩調をあわせるというのが日本外交の基本的な方向性だったということができる。

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