北軽井沢の温泉につかる

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山子夫妻、落、松の諸子と北軽井沢の温泉につかりに行った。今年の新年会で皆から是非温泉につかりながらのんびり飲もうよという話が出て、松子が安くて気持ちのよい温泉旅館を手配してくれて、そのうえ彼のベンツに五人揃って乗って、和気藹々と出かけた次第だった。その温泉旅館というのは、北軽井沢の山の中にあるリゾートホテルなのだった。小生は車に酔いやすい体質なので、乗車する前にトラベルミンを飲んだ上に、松子の配慮で助手席に座ることができた。これならなんとか酔わずに行けるだろう。
いつものように西新宿を出発した車は、関越自動車道を行き、途中伊香保付近で一般道に下り、沼田からロマンチック街道に抜けて、ロックハート城というところに立ち寄った。この城はスコットランドの山の中に立っていたものを、日本の物好きな金持ちが買収して、解体したうえで船で日本まで運んできて、この地に再建したのだそうだ。こぢんまりとした建物だが、重厚な石の肌触りがなんとも言えず、日本人のハイカラ好きに受けているらしい。

ここで我々は鐘楼に上り、山子の細君が鐘を鳴らしたのであったが、これは日本の寺院の鐘と違って、なかなかてこずっていた。この鐘を鳴らす時に、山子の細君が「オ、ナラシチャオウ」と言ったのだったが、それが小生には「オナラ、シチャオウ」と聞こえたのであった。

城の敷地内にあるレストランに入って昼餉を食した。小生は生ビールを飲みながらハッシュドビーフのライスつきを食った。ほかの人たちはアンチョビのパスタを食っていたが、それもまたうまそうに見えた。

ロマンチック街道を西へ進むと、吾妻川の渓谷が見え、その渓谷沿いにダムの建設現場が現れた。かつて世間を騒がせた八ッ場ダムである。このダムは民主党政権時代にいったん計画の棚上げが行われたが、その後ダムマフィアのすさまじい巻き返しによって復活したといういわくつきの事業だ。かつては水利とか治水上なくてはならぬダムだと言われたりもしたが、いまではなくても一行困らないダムだと言われている。要するに無駄な公共事業の典型なのである。日本の役所は自分らでいったん決めたことを決して撤回しないというやっかいな体質があるが、この事業ではそれが典型的な形で現われたわけである。

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報道で知った限りでは山深いところだという印象を持ったが、実際見てみると、ロマンチック街道沿いの、人里と接するようなところである。ダムとはいえ、川幅を広くしただけという印象を受ける(上の写真)。

次いで鎌原にある小さな観音堂に立ち寄った。これは天明の浅間山大噴火の際に、押し寄せて来た溶岩が観音道の手前で動きを止め、その境が人間の生死の境となった場所でもあったというので、今でも地元の人々の熱い信仰の対象となっているそうだ。

この観音堂に向かって祈りを捧げているときに、地面が激しく震えた。すわ大地震とあわてふためいたところが、瞬時にして納まった。ラヂオニュースによれば震度五だったという。小生の携帯が珍しく鳴ったので、開いてみると、家人からのメールで、地震を心配している内容であった。それほどインパクトの大きな地震だったらしい。

宿泊先は「ホテル軽井沢1130」といって、浅間山の北側の麓に立っている。かなり規模の大きなリゾート型ホテルで、松子が言うにはもともと別荘用のリゾートマンションだったそうだ。小生はかつて泊った由布院のリゾートマンション型ホテルを思い出したが、それよりはずっとましな造りであった。一室は2LDKの広さで、台所もついている。ゴルフ場も併設してあるので、ゴルフを楽しみながら長期滞在するのに持って来いと言える。

さっそく温泉につかってみた。湯は黄土色に濁っていて味はない。温度はかなり高い。だから内湯では湯あたりするおそれがある。露天風呂だと熱さが寒気にやわらげられてちょうどいい湯加減になる。筆者は湯あたりに気をつけながら、ゆったりと湯につかった次第だ。

夕餉は食堂にセットされた。そこですき焼きを食いながら歓談する。このあたりを地元の群馬県では北軽井沢という。小生は、軽井沢とはてっきり長野県の地名と思っていたので、ここも長野県だろうと思ったのだったが、実は群馬県と聞いて、そのわけを聞いたところが、松子が言うには、地元で勝手につけたということらしい。それで本家の長野県では不快感を表明しているそうだが、軽井沢の北にあるから北軽井沢とつけてどこが悪いとかえってねじ込まれてしまったそうだ。本来の地名は鎌原というらしい。

食後小生らの部屋に五人集まって歓談の続きをした。小生は昼から飲み通しのような状態でかなり酩酊していたので、すぐに酔いが全身に回ってしまい、早々とベッドにもぐってしまった。ベッドは別室にあるので、ほかの人に迷惑をかけずに寝ることができるのだ。おかげで今回は、一日目には一度しか温泉に浸かることができなかった。





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