豊穣たる熟女たちと船橋でスペイン料理を食う

| コメント(0)
豊穣たる熟女の皆さんと船橋のスペイン料理店で新年会を催した。今回は是非M女にも参加してほしいと思って何度も電話をかけたのだったが、十回かけても出てこないのであきらめるしかなかった。まだ鬱状態が解けていないのだろう。そこでT女、Y女と三人で船橋駅で待ち合わせたところ、指定の場所に彼女らがなかなかあらわれない。携帯で連絡したところ、別の場所で待っているという。なぜ指定の場所にいないのかね、と小言を言った次第。

スペイン料理の店はメゾン・バスカといって、船橋駅から徒歩三分くらいのところにある。店の中はこじんまりとして、なかなか居心地がよい。一番奥の席に案内されると、まず生ビールで乾杯。互いの近況を報告しあうが、M女がいないのはさびしいね。彼女がこの会に参加したのは、昨年の小川町での新年会が最後だった。これで二度と会えなくなる、ということにならなければいいのだけれど。

料理はまず、ニンジンのオレンジ風サラダ、なすのバルサミコマリネ、バスク風オムレツ、キノコのアヒージョを一皿ずつ頼んだ。ニンジンのオレンジ風サラダとなすのバルサミコサラダはどちらも顔がしびれるほど酸っぱい。だが熟女たちにはちょうど良い味加減なのだそうだ。バスク風オムレツはふわっとしたオムレツにトマトソースがかかっている。こちらは酸っぱくはない。またキノコのアヒージョはニンニクのスープにキノコが浮いているといった料理だった。これを小生とY女が二人で食った。T女は食わない。何故だと聞いたら、にんにくの匂いをさせながら帰ったら、亭主に家に入れてもらえないからだという。そのかわりに、牡蠣が食べたいという。壁にかかったボードに本日のおすすめが記されており、そこにある平牡蠣のグルメというのを食べたいというのだ。そこで一皿頼んで食ってみたら、これがなかなかうまい。もう一皿追加注文したほどだ。

ところで、きのこのアヒージョは、本来えびのアヒージョを頼むべきところを間違えて頼んだのだった。Y女が海老がいいわと言ったのを、小生が勘違いしてきのこを頼んでしまったのだ。そこでてれかしくに、いやもう年のせいで、言われたことを覚えていられないのだよ、と言い訳をした。年をとって情けないことはもう一つある。尿漏れです。この年になると肛門括約筋が緩んで尿漏れがひどくなってくるんだ。そう言ったところが、あら、あなたが立たなくなったのもそのせいでしょう、と返される。小生は日頃、彼女らの警戒心を弱めようと思って、もう役に立たなくなったと吹聴していたのである。

年をとってまだ成長を続けているのは腹くらいなものさ、と言って小生は自分の腹を叩いてみせる。このざまは、大黒様でもびっくりするくらいさ、おかげで上から見下ろしてもあそこが見えないくらいだ。そう言うと、それも立たなくなった証拠でしょ、と厳しいことを言う。それはともかく、女にも尿漏れはあるわよ。特にお産を何回もした女性には、と熟女たちが言うので、どんな具合か詳しく聞かせてくれないかと言ったところ、そんなことご自分の奥さんに聞けばいいでしょ、とかわされた。

周囲を見回すと、壁には手書きの模様やらフラメンコ風の子供の衣装やらがさまざまに飾られている。また漫画のようなイラストを描いたワインボトルがずらりと並んでいる。我々が座っているテーブルには、ちょっとした窪みが穿たれていて、ガラス越しに民芸風のアイテムが見える。なかなか風情を感じさせる。小生は若い時代によく行った銀座のイタリア料理店を思い出した。そこも店中をさまざまな民芸品のようなもので飾っていたものだ。

もしパエリアを註文するのでしたら、料理に一時間かかりますから、早めにお言いつけ下さい、と店員が言う。そこで三人で鳩首して、魚介類のパエリアを註文した。パエリアはマドリードあたりではパエージャというんだ。また、地中海名物のムール貝は、スペイン語ではメヒジョネスというのさ、と学識を披露したところ、ムール貝ってカラス貝みたいな貝でしょ、と言うから、形はカラス貝に似ているけど、味はなかなか醍醐味がある。パエージャの中にも入っていると思うから、よく味わってみなさい。

パエリアが出て来るまでのつなぎに、いかのピリ辛揚げと海老のシェリー酒煮を頼んだ。シェリー酒煮というが、味はビーフシチューに似ている。ともあれ料理の味につられて飲み物も進んだ。我々は生ビールで乾杯したのだったが、そのあと小生は赤ワインを四杯もたのんでしまったし、熟女たちはそれぞれ三杯ずつカクテルを飲んだ。彼女らにしてはめずらしい飲み方だ。

ついに魚介類のパエージャが出てきた。二人前なのでボリュームがある。それを三人で食った。海老、いか、あさり、ムール貝のほか、きのこやピーマンも入っている。味付けはトマトベースだ。これにも熟女たちは大いに満足した。今日はとてもおいしかったわ。気分もいいし。この気分をM女にも味わってほしかったけれど、あの人ももうこれきりになってしまうかもしれないわね。年のせいだから仕方がないか。私らもいつ、この会から脱落しないとも限らないし、と熟女らは神妙なことを言う。いやあ、生きている間は、精いっぱい楽しんだ方がいいよ。と言っても、生きる愉しみは段々限られてくるから、せめてうまいものを食って、気軽なおしゃべりを楽しむ。人間にとっておしゃべりほど楽しいものはないからね。

ところがどういうわけか、話は老い先のことに及び、その先にある死にも及んだ。そこで小生は、彼女らに死を恐れずかえってそれを従容として受け入れる方法について述べ、更に別途執筆してブログで公開した拙論「死について」を紹介した。わざわざT女のスマホを起動させて、小生の当該の記事を検索させたほどだ。そこでそのさわりを読んでやったら、彼女らは神妙な顔をして聞き入ったのであった。

小宴の最後に、次回のハイキングはどこにしようか、という話になった。おそらくこの三人で行くことになるだろうけど、どこがいいかね。あなた様がつれていってくれるところなら、どこでも。そう熟女たちが言うので、では佐原の水郷地帯へ出かけてみようか。初夏に行けば、菖蒲が全盛期だし、佐原の小野川沿いの柳並木も美しいと思う。そう言ったところが、是非そこへ連れてってくださいな、と熟女たちは言うのであった。

小宴を終えたのは十時近かった。実に四時間も居座っていたわけだ。しかし店員はずっと愛想よく面倒を見てくれた。なかなか雰囲気のよい店であった。また来ることにしようよ、そう言いながらそれぞれ家路についたのであった。






コメントする

アーカイブ