華氏119:マイケル・ムーアのトランプ批判映画

| コメント(0)
f1194.JPG

マイケル・ムーアは、現代政治を厳しく批判するドキュメンタリー映画作家として知られる。かれの批判は、主に共和党の政治家たちに向けられる。だから共和党からは蛇蝎の如くに憎まれている。とりわけ共和党の憎悪の対象となったのは、ブッシュ政権を批判した「華氏911」だ。これは息子ブッシュを戯画的に描く一方、共和党議員たちの偽善的な態度を皮肉っぽく描いていたので、モデルにされた人たちからは、強い反発を受けた。

「華氏119」は、トランプ個人と共和党の一部政治家を強烈に批判した映画だ。2018年に制作されたもので、日本でも公開されたが、あまり評判にはならなかった。トランプの盟友である安倍晋三に忖度して、有力メディアがそろって無視したからだとも言われる。アメリカではけっこう旋風を巻き起こしたようで、2018年の中間選挙で共和党が敗けたことには、この映画もある程度影響しているという指摘もある。

トランプは徹底的に戯画化されている。しかもおよそ人間とは言えないような怪物として描かれている。トランプといえば、金もうけと女遊びが大好きというイメージが強いが、じっさいそのとおりで、女遊びについては、公衆の面前で卑猥な真似をして見せたり、あるいは自分の娘イヴァンカとセックスしたいと臆面もなく言い放っている光景が映しだされている。そういう場面を含めてこの映画には、トランプにとって不都合な映像が数多く出て来るので、まさか本人そのものではなく、そっくりさんの替え玉映像かと思わされるくらいだが、どうやら本物のトランプの映像ということらしい。そうだとしたらトランプは、人間の風上にもおけない卑劣な輩と言わざるをえない。それほどこの映画の中のトランプは、ひどい人間として描かれているのだ。

そのトランプは、そもそも当初は泡沫候補扱いされ、誰もがヒラリーの勝利を信じて疑わなかったところ、奇跡的に大統領に選ばれた。大方のアメリカ人にとってはショッキングな出来事ということらしかったが、マイケル・ムーア自身は、トランプの勝利はあり得ると予想していたそうだ。それには、トランプに期待したアメリカ人が、思われていた以上に多かったということのほかに、民主党への反発が強まっていたという事情もある。そうした反発を招いた事情を、ムーアはそれなりに説明している。クリントンの頃から民主党は労働者を軽視して、金持ちの言うことばかりを聞くようになり、選挙資金も金持ちから貰うようになった。オバマもやはり、エスタブリッシュメントに味方して、弱い者を無視した。典型例は、ミシガン州フリントで起きた鉛害事件へのオバマの対応だ。事件の解明と責任の追及を求める地元住民を前に、オバマはかえって騒がないように求めた。それが加害者の立場にたって、被害者を足蹴にしているように見えたので、オバマへの国民の幻想が一気に冷めた。そういう民主党側の失策が重なって、民主党からの離反とトランプの登場につながったとムーアは見ているのである。

トランプの道化ぶりは、本人が意識的にやっているようだ。こうした道化ぶりは、フォックス・テレビのバラエティ・ショー番組で培ったものらしい。だから一応役者でもあるわけで、トランプの身だしなみへのこだわりは、そこから来ているらしい。その身だしなみへのこだわりも映画は映しだしていた。顔に化粧を施し、ヘアスタイルを丁寧に仕上げる。かれは、2018年に、フランスにある米兵の墓地を記念訪問するスケジュールについて、それを拒絶する理由として、負け犬の墓を見たくないと言ったとされ、また雨のためにヘアスタイルが乱れるのが嫌だったとも言われる。負け犬云々は、米軍の最高司令官としての立場をわきまえぬ暴言だとして、それなりの批判を浴びているが、ヘアスタイルへのこだわりは、いかにもトランプらしい。

この映画の中で、トランプを支持するアメリカ人たちの熱狂が度々映し出されているが、それを見ると、かれらが何故トランプを支持するのか、わかるような気がする。理屈ではないのだ。感情に従ってトランプを支持している。その感情とは、白人が少数派になることへの恐怖からなっている。アメリカはもともと白人のための国であり、今後もそうあるべきだ。ところが、いまの趨勢を放置すれば、遠からず白人は少数派に転落する。それをトランプは押し止めようとしてくれる。そうしたトランプへの白人の信頼感が、彼への絶大な支持を生んでいる。その信頼は、理屈でもってくつがえるものではない。したがって、2020年の大統領選挙でもトランプが勝つ可能性は十分にある、とムーアは見ているようだ。

要するにトランプは、白人国家アメリカにおける白人相手のポピュリストだとムーアは見ているわけだ。そうしたポピュリストとしてのトランプを、ムーアはヒトラーに重ねている。ヒトラーもポピュリストだった。映画はそのヒトラーの演説を、トランプの声に乗せて流していた。そのあたりにアメリカの民主主義の行方を案ずるムーアの懸念が込められていると言えよう。






コメントする

アーカイブ