天児慧「中華人民共和国史新版」

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天児慧の「中華人民共和国史新版」(岩波新書)は、中華人民共和国の誕生から習近平の登場する2012年頃までをカバーしている。新中国の通史という触れ込みだが、カバーする期間に着目すれば、一応そう言えるかもしれぬ。その通史を著者は、五つのファクターを意識しながら書いたということらしい。その五つのファクターとは、革命、近代化、ナショナリズム、国際的インパクト、伝統のことを言う。革命に着目するのは、新中国が社会主義革命によって成立したという建前からすれば穏当なところだろう。だがどんな革命だったのか、それが必ずしも明らかにはされていない。この本を貫いているのは、新中国の歴史を革命の進展として見るのではなく、権力闘争の歴史としてみる視点というふうに伝わって来る。だから、21世紀の中国がどんな体制の国なのかそれが不明瞭になっている。権力闘争の結果たどりついた体制というだけで、それが果たして社会主義国家といえるのかどうか、そのへんが曖昧になっている。

この本は新中国の歴史を、毛沢東の死を大きな転換点としてとらえ、それ以前を毛沢東を中心に展開された権力闘争の歴史として見、それ以降を鄧小平の設定した改革開放路線の展開と見ている。前半の権力闘争はあくまでも政治的なゲームとして扱われており、社会の変動とかそれをもたらした要因とかについての分析はほとんどないに等しい。だからこの本を読んでも、政治的な出来事の連続的な経緯は俯瞰できても、新中国が経済的・社会的あるいは文化的にみて、どのように変わっていったのかが、あまり伝わってこない。

後半の部分については、改革開放路線の展開を近代化とか国際的なインパクトといった視点から専ら見ているので、我々読者は、この時代の中国がもっぱら国力の量的な拡大に邁進してきたというふうに思わされ、中華人民共和国の国是である社会主義体制がどのようになっているのか、そこがよく見えない。この本を読むと、いまの中国はもはや社会主義体制とは言えない、というふうにも伝わって来る。ところが中国は今でも社会主義の憲法を持ち、社会主義を標榜する共産党が権力を握っている。そのへんの建前が、国の実像とどうずれており、あるいはどう連続しているのか、必ずしもわかりやすく伝わってこない。

習近平が登場する頃には、中国は世界の大国と呼ばれるほどに発展した。その発展が中国人に自信を持たせ、その自信が「中国の偉大な夢(中華民族の偉大な復興)」を語らせたのは胡錦涛の時代だが、習近平の時代になると、その言葉はいよいよ現実味を帯びてきた。しかしその自信が欧米諸国には脅威に映る。その脅威をやわらげて、国際社会に適応していくためには、中国といえども、欧米との協調、あるいは一層の資本主義化を追求する必要があるのではないか、と著者は考えているようである。

中国の近代化を支えたのは、基本的には資本主義諸国からの投資や経済援助であり、中国自体の内在的なエネルギーではなかった。これまではそうしたやり方が充分に通じてきたが、これからはそうはいかない。本格的な近代国家になるためには、社会主義の衣を捨てて、資本主義のルールを徹底的に取り入れる必要がある、というのが著者のスタンスのように見える。





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