「はる」のように、ウ列音で終わる名詞は非常に少ないと氏はいう。万葉集に現れる普通名詞992語のうち、最も多いのはイ列音で終わるもので、これは全体の半数近い425語である。ついで多いのはア列音で終わるもので224語、これに対してウ列音で終わるものは76語しかない。
「ところが、その76語というのは、たとえばハル、ナツ、フユのような四季の名、キノフ、ケフ、アス、ヒル、ヨル、ユフのような時間の名、ミヅ、ウス、ヒツ、キヌ、クツ、ユフ、シツのような生活必需品の名、イヌ、サル、カハズ、カヘル、カラス、ウグヒス、ツル、タズ、アユ、ホタル、マツ、ハチス、クズ等々27に及ぶ動植物名など、基本語彙に属するものが非常に多い」
日本語で、ウ列音で終わる品詞と言えば、動詞が圧倒的に多い。この動詞の終止形が、いわば西洋語の不定法のような位置づけでそのまま名詞としても用いられたのではないか、氏はそう推測するのである。人名にも「すすむ」や「いたる」のように、動詞の終止形をそのまま名前として用いるのは、こうしたメカニズムが働いていることの現れであるという。
「晴る」の最も基本的な意味は、雲や霧がなくなって青空の見える状態のことである。「気が晴れる」というように、閉じ塞がっていたものが除かれて、開けた状態になることである。
現代語では消滅したが、土地を開墾することも、「はる」といった。「はりま」という地名があるが、開墾された土地という意味である。開墾は、土地から余計なものを取り除いて、平らに開けた状態にすることをさした。
「はる」が名詞化したものに「はら=原」がある。原とはどこまでも平らに開けた土地のことを言う点で、「はりま」と共通する名詞だ。「はら」はまた腹をもさすが、人間の腹も、身体の部位のうちでは、最も平に広がっている部分なのである。
「はるか」はどこまでも見渡せる開けた展望のことをいい、「はるばる」はその状態を副詞的に表現したものである。
この「はるばる」は擬態語であると考えられる。むしろ擬態語としての「はるばる」が、晴れやかに開けた状態をさす言葉としてまず生まれ、そこから他の名詞が派生したとも、考えられないことはない。
「ひら」は「はら」が音韻変化した形だろうと氏はいう。「ひら」とは「たひら」に「ひら」けた状態を指す。そこから開けた状態にすることを「ひらく」と言うようになった。「晴れる」も「開ける」も、同じような状態をイメージしている。
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