丸谷才一氏死す

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筆者が丸谷才一氏のファンになったのは小説「女ざかり」を読んでからだった。想像力に富んだ物語の進行が洒落た語り口に乗って、読むものを飽きさせない。読んでいて肩がこらず、しかも実在感が溢れている。他の日本の作家には見られない実にユニークなものを感じた。そんなことがあってすっかり魅了されてしまい、他の小説作品も殆ど読破したものだ。(もっとも、「女ざかり」以上に感心させられた作品は、残念ながらなかった)

丸谷さんは、批評家としても優れていた。実に博識で、しかも鋭い視点から物事を見据えていた。まさに現代における「知の巨人」というのが相応しい人だった。

丸谷さんの日本語へのこだわりは相当なもので、膨大な日本語論を残している。丸谷さんの日本語論の特徴は、何気ない言葉を手掛かりにして、その歴史的な変異や意味の重層性を探りだし、そこから日本語という生き物の奥に潜む鼓動のようなものをあばきだすところにあった。源氏物語や新古今集など日本の古典文学への深い造詣がその基礎となっていたことはいうまでもない。

丸谷さんは、日本語を歴史的仮名遣いで表現していた。いまどきそんなことをする人は丸谷さん以外にはいなかった。学者の中には、戦後の国語改革を厳しく批判し、歴史的仮名遣いを今のような仮名遣いに変えたのは誤りだったという人もいるが、そういう人でも、仕事上は現代風の仮名遣いを使っている。だから丸谷さんの姿勢は非常に際立ってみえたものだ。

そんな丸谷さんが亡くなった。享年87歳だったそうだ。一人の巨人が消えるのを惜しく思うとともに、歴史的仮名遣いを使う人がいなくなったことにも、一抹の寂寥感を覚える。





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