江戸川乱歩邸の土蔵を見る

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東京を描く市民の会が立教大学で撮影会を催すというので出かけてみた。池袋の駅で降りて、すさまじい混雑の中を歩き、集合時間の1時ちょっと前に正門前についてみると、数名の人が立っていた。結局筆者を含めて8人と云う小規模な撮影会になった。その中には先日小石川でお世話になった村田女史もいる。

学校側から、撮影は一時半からにしてくれと言われているというので、その前に江戸川乱歩邸を見物しようということになった。立教大学の正門の反対側の大学の敷地に接して、かつて乱歩の住んでいた邸が残っており、それを豊島区が買い取って小博物館に仕立て、最近オープンしたというのだ。

邸内には、こじんまりとした母屋の外に、ちょっとした土蔵が立っていた。乱歩が生前書庫として使っていたのだという。その風情がなかなか捨てがたいので、こちらの方がまず撮影の被写体となった次第だ。(上の写真がその一枚)

土蔵の壁は、ご覧のとおり黒く輝いている。実家が左官屋というある人は、これは漆喰に墨を塗り込んでいるのだと解説してくれた。そうすると持ちが良くなるというのだ。

その後、主目的の立教大学の撮影に取り掛かった。この大学の中に立っている建物は、いずれも大正時代以降のものだが、なかなかに風情を感じさせる。古い建物にはどれもツタが絡み、その緑が校舎の壁の煉瓦の色に映えている。ここは、緑と赤のバランスが生える、今の時期が一番撮影に適しているらしい。秋の紅葉も美しいが、黄色と赤ではコントラストが弱まり、月並みな写真にしかならない、と長老格の人が解説してくれた。

撮影には結構時間をかけた。構内はそんなに広くはないが、そこを何度も歩き回っては、気に入った被写体をカメラに収めた。メンバーの中にはプロに近い人もいるらしい。

そのうちくたびれたので、学生食堂に入ってアイスクリームを食べた。立教大学は、正門のすぐ向こうに本館が立ち、そのずっと奥に学生食堂がある。食堂の左右は学生の寄宿舎だった建物が立っているが、いまでは別の用途に用いられているという。どれもみな、木造の煉瓦建てで、すこぶる芸術性を感じさせる。

立教といえば野球の長嶋さんになるけど、長嶋さんと立教とではなにかバランスが悪いね、と誰かが言った。立教ってもともとミッションスクールで、どちらかというとお嬢さん学校のイメージだよね。そこに何故マッチョな長嶋さんが結びつくのか、不思議だね、というわけだ。そうかもしれない。


関連サイト:東京を描く 





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