臨安春雨初霽:陸游を読む

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淳熙13年(1186、62歳)、陸游は臨安に召し出されて権知巖州事(巖州の知事代理)を拝命した。実に6年ぶりの任官だった。その背景には皇帝考宗の計らいがあったという。すでに名が高くなっていたこの詩人を、文人皇帝である考宗はいたく気に入り、ご褒美に官職を与えてやろうと考えたようなのである。
しかし官職と言っても、影響力のある職ではまずい。というのも陸游はことあるごとに金への反攻を主張し、周囲を白けさせるからである。そこで当たり障りのないポストとして権知巖州事が与えられたらしいのである。

「臨安春雨初霽」と題したこの詩は、召し出されて臨安にあった時に作ったものである。詩の中で陸游は、召し出されたことを迷惑のように歌っているが、実際にはこの命令を有難く拝したのである。

陸游は一旦故郷に戻った後、同年の7月に巖州に赴任した。銭塘江を杭州から100キロあまり遡った地である。その地に陸游は2年間在任し、その間に自分の詩業の仕上げである「剣南詩集」を刊行した。


臨安に春雨 初めて霽る(壺齋散人注)

  世味年來薄似紗  世味 年來 薄きこと紗に似たり
  誰令騎馬客京華  誰か馬に騎って京華に客たらしむる
  小樓一夜聽春雨  小樓 一夜 春雨を聽く
  深巷明朝賣杏花  深巷 明朝 杏花を賣る
  矮紙斜行閑作草  矮紙 斜行 閑かに草を作(な)し
  晴窗細乳戲分茶  晴窗 細乳 戲れに茶を分つ
  素衣莫起風塵歎  素衣 起こすなかれ 風塵の歎き
  猶及清明可到家  猶ほ清明に及んで家に到るべけん

世間への関心はすっかり衰え薄絹のように薄っぺらになってしまったのに、いったい誰が此の私をして馬に乗り都にやってくるよう命じたのだ、鐘楼で一晩中春雨の音を聞き、夜が明けると深巷に杏花を売る声が聞こえる(世味:世間への関心、紗:薄絹、京華:都、深巷:奥まった路地)

小さな紙切れに気の向くまま文字を書き、窓辺に泡を立てながら茶を入れる、白い服が風塵で汚れる心配はあるまい、清明の時節には家に帰ることができるだろうから(矮紙:紙切れ、作草:草書で字を書く、細乳:茶を入れる時に立つ泡、素衣:白い服、清明、二十四節気の一つ、新暦4月5日の頃)


関連サイト:陸游を読む 






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