ゴッホの自画像

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ゴッホは生涯に40数点の自画像を描いた。こんなに多くの自画像を描いた画家は、ほかにはレンブラントがあるくらいである。レンブラントは、10代の駆け出し時代から63歳で死ぬまで、生涯の節目節目に描いたのだったが、ゴッホの場合には晩年のわずか3年半ほどの期間に集中している。すなわち、パリに出て来た1886年の春から、サン・レミの病院に入院していた1889年秋までの間である。この短い期間にゴッホは、それこそつかれたように、鏡に映った自分の肖像を描き続けたわけである。


ゴッホは37歳の若さで自殺したということになっているが、本格的に絵を描き始めたのは27歳を過ぎてからである。したがって彼の画業はせいぜい10年ほどの短い期間に過ぎない。そのなかでもオランダで過ごした前半の6年間は習作の域を脱せず、彼の才能が本格的に花開くのは、パリにやってきてから以降のことである。したがって、短い期間の画業のうちでも、ゴッホらしい画業は最後の4年ほどの間に達成されたのである。そのゴッホらしい作品の一部を飾るのが、一連の自画像なのであった。

ゴッホはなぜこんなにも自画像を描いたのか。いろいろな説明がなされてきたが、そんな説明よりも、自画像そのものが、それを描いた時のゴッホの内面の動機を物語っているといえる。だから鑑賞者は、それらの自画像を無心に眺めるがよい。

「イーゼルに立つフェルト帽をかぶった自画像(Self-Portrait with Dark Felt Hat at the Easel)」と題するこの自画像は、パリに出て来た直後、1886年の4月ごろに描かれたものである。ゴッホが本格的に描いた初めての自画像である。

この頃のゴッホは、まだ印象派などの絵画に接しておらず、技法的にもオランダ絵画の伝統に縛られていた。オランダ絵画は、コントラストを重視したが、色彩にはあまり関心を払わなかった。そうしたところがこの絵にも顕著に出ている。

全体に暗い色彩で描かれ、明暗対比によってモチーフが浮かび出てくるように工夫されている。ゴッホはイーゼルの前に立ってこちらを、ということは鏡に映った自分自身を見ているわけだが、視線をはじめとして、表情の動きは強くは感じられない。絵を描くというささやかな動作とはいえ、画面からは、運動ではなく、静かな雰囲気が伝わってくる。

(1886年春、キャンバスに油彩、46.5×38.5cm、アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館)


 





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