立憲主義は過去の遺物:安倍首相の憲法観

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国会の質疑で野党議員から自身の憲法観について聞かれた安倍首相が、「考え方の一つとして、いわば国家権力をしばるものだという考え方がある」として立憲主義の考え方に触れたうえで、「しかし、それは王権が絶対権力を持っていた時代の主流の考え方であって、いま憲法というのは日本という国の形、理想と未来を、そして目標を語るものではないか」と述べたそうだ。

これは、立憲主義が絶対王政時代に形成された時代遅れの考え方であって、いわば過去の遺物だと言っているのに等しい。しかし、そうした憲法観はいまの国際社会の中で主流の考え方なのか。決してそうではあるまい。立憲主義は、民主主義及び基本的人権の尊重と並んで、いまでも欧米を中心とした国際社会の主流の考え方であり続けている。それがごく普通の憲法観だ。だから、安倍首相はきわめて特異な憲法観を持っているといって間違いない。

安倍首相が望ましい憲法のあり方だと考えているのは、国が前面にたって国民に目標を示し、いわば上から国民を誘導していくようなあり方のことらしい。国民が権力をしばるのではなく、権力が国民を善導する。これを言い換えれば、自由で民主的な社会ではなく、権威的で全体主義的な社会ということになろうか。

安倍首相が全体主義的な政治思想を抱いているらしいことは、これまで言動の端々から伺われてきたところだが、国会の場でこのようにあからさまにいったことはいままでなかった。

安倍首相は、いまのところ自分の権力の基盤が盤石だと解釈して、慢心しているのではないか。このように正面から立憲主義を否定するようでは、この次は民主主義の原理の否定に踏み込むのも時間の問題だろう。安倍首相がそういう姿勢で憲法改正に乗り出したらどんなことになるか。すくなくとも民主主義を標榜している国との間で、健全な関係を築いていけないことは明らかだ。












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