白楽天の「新楽府」から「其三十八 鹽商婦」壺齋散人注
鹽商婦 多金帛 鹽商の婦 金帛多し
不事田農與蠶績 田農と蠶績とを事とせず
南北東西不失家 南北東西 家を失はず
風水爲鄉船作宅 風水を鄉と爲し 船を宅と作す
本是揚州小家女 本は是れ揚州小家の女
嫁得西江大商客 嫁し得たり西江の大商客
綠鬟溜去金釵多 綠鬟溜り去って金釵多く
皓腕肥來銀釧窄 皓腕肥へ來って銀釧窄(せま)し
前呼蒼頭後叱婢 前に蒼頭を呼び 後に婢を叱る
問爾因何得如此 爾に問ふ 何に因て此くの如きを得たる
鹽商の婦は金持ちだ、農耕も養蚕もすることがない、東西南北どこでも家があるのは、風水を故郷とし船を家としてい るからだ(金帛:どちらも貨幣のこと)
もともとは揚州の小家の娘だった、それが西江の大商人に嫁ぐことができたのだ、緑の髪の髷には金の簪が輝き、白い腕は肥え太って銀の腕輪が輝いている。前を向いては丁稚を呼び後ろを向いては碑を叱る、どうしてこんな身分になれたのだい(西江:長江の西の方、今の江西省のあたり、綠鬟:黒髪の髷)
婿作鹽商十五年 婿は鹽商と作(な)って十五年
不屬州縣屬天子 州縣に屬さず天子に屬す
每年鹽利入官時 每年鹽利の官に入る時
少入官家多入私 官家に入るは少く私に入るは多し
官家利薄私家厚 官家利薄くして私家厚くも
鹽鐵尚書遠不知 鹽鐵尚書遠くして知らず
何況江頭魚米賤 何ぞ況んや江頭魚米賤しく
紅膾黄橙香稻飯 紅膾 黄橙 香稻の飯
飽食濃妝倚柁樓 飽食 濃妝 柁樓に倚り
兩朵紅腮花欲綻 兩朵の紅腮花綻びんと欲するをや
婿は塩商人となって十五年、地方政府ではなく天子直轄、毎年塩の利益を役所におさめるとき、政府には少なめにして自分の懐に多く入れる
役所の取り分が少なく塩商人の取り分が多くても、塩鉄の役所は遠くにあるのでそのことに気づかない、まして川の畔では食料の値段がやすく、紅膾、黄橙、香稻の飯も食い放題、飽食し厚化粧をして操縦室に凭れかかれば、両側のほっぺたが花のようにあでやかだ(鹽鐵尚書:塩と鉄の専売をつかさどる役人、倚柁樓、船の操縦室)
鹽商婦 鹽商の婦
有幸嫁鹽商 幸有って鹽商に嫁ぐ
終朝美飯食 終朝 美飯食
終歲好衣裳 終歲 好衣裳
好衣美食來何處 好衣美食 何れの處より來る
亦須慚愧桑弘羊 亦た須からく桑弘羊に慚愧すべし
桑弘羊 死已久 桑弘羊 死して已に久しきも
不獨漢時今亦有 獨り漢時のみならず今も亦た有り
塩商人の妻は、幸いにも塩商人に嫁ぐことができ、毎朝うまい者を食い、毎年綺麗なものを着ているが、それらがどこから手に入ったのか、それは桑弘羊のおかげなのだ、桑弘羊が死んでからすでに久しいが、彼のような大臣は官の時代ばかりか今に時代にもいるからだ(桑弘羊:前漢時代の役人、塩と鉄の専売を考え出した)
塩の専売で巨大な利益を上げながら、自分の私服もこやす商人を、その妻に託して批判したもの。
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