スコットランドは連合王国への残留を選んだ

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筆者は、9月19日から22日までの四日間、東北地方北部を旅してきたが、その間に起きた最も括目すべき出来事は、スコットランドのイギリスからの分離独立の是非を問う住民投票だった。18日に行われたこの投票は、日本時間の19日に結果が出たが、それは引き続きスコットランドが連合王国の一員に留まるというものだった。

この投票は極めてシンプルな仕方で実施された。分離独立に賛成する者はYES、反対する者はNOを選択するというやり方である。その結果、YESとNOの比率は45パーセント対55パーセントとなった。投票率は85パーセントであった。

一時は賛否相半ばという世論調査結果が伝えられ、瞬間的にはYESがNOを上回ったこともあったくらいなので、キャメロン首相を始めイギリスの指導者は深刻な危機感を抱き、エリザベス女王までがスコットランドが連合王国に留まるよう呼びかけるといった異例の事態にまで発展したのだったが、これでひとまず、この問題に決着がついた形だ。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドからなる連合王国は、今後当分の間続いていくであろう。

どうしてこんな事態が生じたのか、筆者などにはわからないところもあるが、要はキャメロン首相が読みを誤ったということのようだ。住民投票を行なっても分離独立派が多数を占める可能性は低く、これを形の上で行えばスコットランド側の分離要求を当分抑え込むことができる、そんな風に考えて住民投票の実施について妥協したというのが本当のことだったようだ。だが蓋を開けてみると、独立派の勢いが予想以上に強く、彼らが勝つ可能性を否定できなくなった。そこでキャメロンやエリザベス女王が大慌てに慌てたということらしい。

かりに今回の投票結果が反対の帰結をもたらしていたら、イギリスにも世界にも甚大な影響を及ぼしただろうと考えられる。スコットランドを失ったイギリスは、国際社会におけるプレゼンスが一層低くならざるを得なくなるだろうし、また国内に分離独立運動を抱える様々な国へのインパクトも大きかっただろう。マスメディアは、スコットランドの分離独立が齎す経済的な影響ばかりに焦点をあてていたが、それよりも政治的な影響の方がはるかに大きいといわねばならない。

こんなことが起こったのは、イギリスに成文憲法がないことに一因がある。国家の存亡にかかわるようなことは、どの国でも成文憲法で明文化しており、それらの殆どは、一地域の分離独立を事実上禁止するような体裁を取っている。だから、そうした国での分離独立運動は極めて困難なのである。ところがイギリスには成文憲法が存在せず、したがって一地域についての分離独立問題は、政治的な駆け引きにゆだねられることになる。時の指導者がそれ(分離独立の是非についてのプログラム)を自分の責任で決定すれば、憲法上の制約を考えずに、どうにでもできてしまうのである。

これに対して、たとえば日本国憲法の場合には、そもそも一地域の分離独立を想定していないような体裁になっている。このような状態の中で、かりに国内の一部で分離独立運動が起きれば、それは憲法が想定しない事柄だから、憲法違反だといって抑圧できないわけではない。しかし、それにもおのずから限度というものがあろう。一地域の住民の圧倒的多数が分離独立の意思表示をした場合、それは国連による保護の対象となり、国家によるそうした運動への弾圧は、国際社会から厳しく批判されることともなる。

ともあれ今回の事態は、国家というもののあり方について、多くの反省材料を与えたということができる。(図は Economist から)






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