深川万年橋下:北斎富嶽三十六景

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深川万年橋は深川を東西に貫く掘割小名木川が隅田川に合流する河口にある。掘割は中川を横断して江戸川につながっており、江戸川河口の浦安で取れた塩や、その周辺の畑でとれた野菜を江戸に運ぶ役目を果たしていた。徳川時代における江戸の物流大動脈だったわけだ。

地図を見ればすぐわかるとおり、小名木川はほぼ真西に向かって隅田川に合流している。だから、その先には江戸城があり、さらにその先には新宿方面があって、富士はない。富士は、この視点からは南西の方向、この絵で言えば、画面のずっと左の先にある。要するに、この視覚からは視野に入ってこないはずである。それを北斎は、あたかも現実の眺めのように描いているわけだ。

万年橋の形状も、実際のものとは違っていると思われる。実際の万年橋は、このような太鼓橋ではなく、もっと平たい橋だったはずだ。また、画面右手には、男が岩に腰かけて釣り糸を垂らしているが、このようなことも、小名木川の物流上の機能からすれば、許されたはずがない。

北斎は、実際には見えなかったりあり得なかったりする光景を組み合わせることで、絵としての独特の効果を狙ったものだと言える。太鼓橋の下からのぞいた富士と、橋の下を行きかう船、そしてのんびりと釣り糸を垂らす男、こうした組み合わせが、なんともいえないのんびりとした雰囲気を醸し出している。

眼に見えたとおりに描くのではなく、描きたいように対象を組み合わせる。これが北斎の基本的な姿勢だった。







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