御誂次郎吉格子:伊藤大輔の鼠小僧もの

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伊藤大輔は、日本映画の黎明期をリードした映画作家の一人で、特に時代劇を得意とした。第二新国劇の無名の俳優だった大河内伝次郎とコンビを組み、丹下左膳シリーズを始め多くの時代劇を作った。それまではただの活劇に過ぎなかった時代劇を、日本映画の一ジャンルとして確立するうえで、大きな業績を果たしたといえる。

1931年に作った無声映画「御誂次郎吉格子」は、伊藤と大河内のコンビによる時代劇の傑作のひとつだ。徳川時代後半に活躍した窃盗犯鼠小僧次郎吉を主人公にしたものだ。鼠小僧はすでに徳川時代から歌舞伎や狂言芝居で取り上げられ、庶民には非常に人気のあったキャラクターであり、明治以降も彼を主人公にしてさまざまな芝居や小説が作られていたが、この映画は吉川栄治が書いた「次郎吉格子」を映画化したものである。

鼠小僧は、江戸の大名屋敷を荒らしたことで有名だ。庶民からではなく大名から金をとったということで、その金の使い道を巡りさまざまな憶測が流れたが、そのうち金持ちから奪った金を貧乏人に分け与えたという噂が立ち、それが後に伝説にまでなった。

そんなわけで、鼠小僧の活躍の舞台は江戸であり、最後にはその江戸でつかまって死罪になったのだが、吉川栄治の原作小説は上方を舞台にしている。江戸に居たのでは追手を免れがたいと観念した鼠小僧が、しばらく上方に上って潜伏し、ほとぼりの冷めるのを待つつもりでいたところが、そこで女を巡って一騒ぎを起こし、上方の官憲に取り囲まれるにいたる経緯を描いている。

つまりこの作品は、盗賊の働きを中心にした活劇というよりも、男と女の痴情話といった観を呈している。女に惚れた鼠小僧が、その女のために一肌脱ごうという気になる。女は貧しくて身を売る算段までしているとあって、鼠小僧は盗んだ金を女に与える一方、その女を食い物にしようとする悪党どもに制裁を加える。そこへ官憲どもがかけつけてきて、鼠小僧を捕縛しようとする。しかし要領のよい鼠小僧のことだ。なんとか官憲の目を欺いて、まんまと逃げおおせるのである。

この映画は、もともと90分ほどの長さだったが、完全版は残っておらず、筆者が見たのは60分のバージョンだった。だから、途中つながりが切れているところもあるようなのだが、ストーリー展開はなんとか追うことができる。圧巻はなんといっても、鼠小僧が官憲に取り囲まれるラストシーンだ。無数の御用提灯をかざした官憲どもの群が、次第に鼠小僧を追い詰めていく。その官憲の目の前で、鼠小僧は悪党を成敗し、その後官憲の目をだましてするりと逃亡するのである。

無声映画であるから、鼠小僧の声も官憲の声も聞こえてはこない。そのかわりに無数の御用提灯の動きが事態の切迫さを語っている。これら官憲どもはおそらく「御用だ、御用だ!」と叫んでいるに違いないのだ。この官憲が御用提灯をかざしながら犯罪者を追い詰めるシーンは、弁天小僧や石川五右衛門などを主人公にしたほかの時代劇でも定番となるところだが、それについては伊藤大輔のこの映画が大いに影響しているのではないか。

なお、タイトルの「御誂次郎吉格子」にある格子とは何のことか。鼠小僧が頬かむりする手拭の格子模様のことだろうか。






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