ダンテらが氷の海を進んで行くと、ダンテがある者の頭を蹴った。蹴られた者がダンテをののしると、ダンテはその者に名を名乗れという。しかしその者は断固として名乗らない。ダンテはめずらしくイライラする。
我等一切の重力集まる處なる中心にむかひてすゝみ、我はとこしへの寒さの中にふるひゐたりし時
天意常數命運のいづれによりしやしらず、頭の間を歩むとてつよく足をひとりの者の顏にうちあてぬ
彼泣きつゝ我を責めて曰ひけるは、いかなれば我をふみしくや、モンタペルティの罰をまさんとて來れるならずば何ぞ我をなやますや
我、わが師よ、わがこの者によりて一の疑ひを離るゝをうるため請ふ、この處にて我を待ち、その後心のまゝに我をいそがせたまへ
導者は止まれり、我すなはちなほ劇しく詛ひゐたる者にむかひ、汝何者なればかく人を罵るやといへるに
彼答へて、しかいふ汝は何者なればアンテノーラを過ぎゆきて人の頬を打つや、汝若し生ける者なりせば誰かはこれに耐へうべきといふ
我答へて曰ひけるは、我は生く、このゆゑに汝名を求めば、わが汝の名を記録の中にをさむるは汝の好むところなるべし
彼我に、わが求むるものはその反對なり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かく諂ふともこの窪地に何の益あらんや
絵は、亡霊の頭に足があたったダンテと、その傍らのヴィルジリオを描く。頭を蹴られた亡霊は、目を剥いて怒っている。(地獄篇第三十二曲から、山川丙三郎訳)
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