黄色いドレス(Le jaune robe):マティス、色彩の魔術

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1930年、マティスはアメリカ経由で南太平洋のタヒチに旅行した。動機は、南洋の明るい太陽の光を一身に浴びたいということだった。マティスはそれまでも、明るい太陽を求めて、南仏や北アフリカに拘ってきたわけだが、その拘りが地球的な規模にまで膨らんだというわけだろう。タヒチには数週間滞在し、帰りはスエズ運河経由の航路を取った。

タヒチといえばゴーギャンが思い浮かぶが、マティスはこの旅行でゴーギャンに拘った形跡はない。ゴーギャンのことは忘れて、ひたすらタヒチの陽光を身に浴びようとしたわけだ。そのためかどうか、このタヒチ旅行は、マティスの芸術にあまり効果を及ぼしていないようである。

「黄色いドレス(Le jaune robe)」は、タヒチから戻ったあとに描いた最初の本格的な作品だが、タヒチ出発以前にすでに手がけ始めており、タヒチから戻ったあとでそれを完成させたに過ぎない。というわけで、タヒチ旅行の最初の成果とまではいえない。

モデルのポーズしている場所は、ニースのどこかだと思うが、詳細はわからない。彼のアパートの中かもしれぬ。この構図の絵は他に見られないので、手がかりがないのだ。

モデルが着ている黄色いドレスは、最初の構想のままだったようだ。ではどこにタヒチ旅行の痕跡が見られるかといえば、全体として画面が明るいということくらいだろか。

モデルは、部屋のなかの窪んだ空間に座り、背後には階段のようなものが見えるが、例によって遠近法を無視しているので、奥行きの感覚は伝わってこない。

色彩は全体に暖色系でまとめ、暖かい雰囲気を演出している。もしこの絵がゴーギャンとかかわりがあるとすれば、それは色彩の暖かさが共通しているという点だろう。

(1931年 キャンバスに油彩 99.7×41.8cm ボルティモア美術館)






コメント(1)

壺斎様
 マティスはゴーギャンに影響を受けたのだろうか。
黄色いドレスの背景にある木調の窓や家具の色にゴーギャンのタヒチの女の肌の色あいが含まれているように思われてならない。
 マティスのキャンパスに展開された色彩の乱舞は、ここにきて秩序が生まれ、静謐ささえ感じさせる。ドレスの黄色の主人に敬意を表したかのように、赤や緑その他の色彩も自然に収まっている。
 2016/12/30 服部

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