思い出横丁で思い出にふける

| コメント(0)
旧友数人と新宿で飲んだ勢いで、思い出横丁に寄った。新宿駅西口を出て右に曲がり、青梅街道手前の線路沿いに細長く広がる一帯だ。昔は小便横町といった。戦後の闇市が生き残ったようなところで、個々の店には便所がなく、また共同便所も少ないことから、飲み屋で催した連中がそこいらじゅうに立小便をする。そこで近づくと小便の匂いがするというので、小便横町と呼ばれるようになった。それが、便所の普及で多少清潔になったところで、小便横町では具合が悪いから名前を変えようという声が起り、思い出横丁に変った。そんなことを誰かから聞いたことがある。

筆者は昔からこの界隈に出没していた。学校を卒業して就職した際に、入社同期の連中と初めて懇親会をやったのもここだ。錦糸町にあった研修所から大挙して押しかけ、さんざん騒いだことを覚えている。若い連中が騒ぎまわっても、誰も文句を言わなかった。その頃は小便横町と呼ばれていた。その後勤め先の本社の建物が西新宿に移って以降は、しょっちゅう足を運ぶようになった。色々変わった店が並んでいるので、毎日趣向を変えて楽しむことができる。焼鳥屋とか一膳飯屋のような店が多いのだが、中にはカラオケを歌わせたり、しんみりと飲ませるところもある。

数年前に大きな火災があって、青梅街道側の北半分が消失してしまった。そこで再開発の話も持ち上がったようだが、権利関係が複雑でまとまらず、そっくり前のままに再建された。だが経営者の出入りはかなりあったらしい。筆者の足しげく通った何軒かの店も、いまは違う店になってしまった。だが、全体としての雰囲気は、まだ昔のままである。その雰囲気に引き寄せられて、いまでも多くの人が集まって来るそうだ。

この日は新宿駅に最も近いさるバーに入った。鉄道線路施設に面して、狭い入口がある。それをくぐると急な階段になっていて、それを下りると小さな空間が広がっており、その真ん中にコの字型のテーブルが据えられている。十数人くらいしか座れない。だから早めに来ないと席に座る事が出来ない可能性が高いのだが、この日は運よくすぐに座れた。コの字型の中にはマスターの他二人のバーテンがいる。三人とももういい年だ。

マスターにそれぞれ好きな飲み物を注文する。筆者は角ハイボールをたのんだ。ジャック・ダニエルスも置いているのだが、ここは何と言っても角ハイボールがうまいのだそうだ。この静かな空間で、それぞれ思い思いの酒を飲みつつ、我々は老人らしく大声を上げながら歓談した。マスターはさぞうるさかったと思う。もっとも、商売柄いやな顔を見せることはしないが。

筆者は仲間の話に相槌をうちながらも、小便横町時代からこの一角に出入りしていた当時のことを思い出したりもした。この界隈には人を思い出に耽らせるなにかがあるらしい。思い出横丁という名前には、それなりの根拠がありそうだ。そんな思い出に煽られたせいか、角ハイボールを四杯もお代わりしてしまった。一軒目と合せると大分飲んだ勘定になる。





コメントする

アーカイブ