毎日の言葉:柳田国男の国語変遷考

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柳田国男の小著「毎日の言葉」は、我々日本人が日頃何気なく使っている言葉について、その起こりと変遷とを考察したものである。日本の言葉、特に話し言葉は、時代にそって変遷が激しいばかりか、地方によっても著しい変化が見られる。これらはうわべでは関連がないように見えても、よく見ると互いに強い関連があることがわかる。それをたどることで、日本語の大きな特色である、言葉の変遷・盛衰という現象が理解できると柳田は見るのである。

柳田がまず取り上げるのは、感謝の意をあらわす言葉、礼を言う時の言葉である。日本語で今日最も頻繁に使われている感謝の言葉は「ありがとう」である。この言葉はもともとは、言葉通りありえないもの、あるのが不思議なものという意味で、人間わざを越えた神の御徳御力をたたえてそう言っていたものが、いつのまにか人と人との間のお礼の言葉になったと柳田は言う。どうしてそうなったかについてはよくわからぬが、イタリアやフランスでも神の恵みをさす言葉(グラツィエ、メルシ)が人と人との間の感謝の言葉に転用されている例はあるから、それと同じようなことが日本でも起こったのだろうということらしい。

「ありがとう」が感謝の言葉として使われるようになるのは、早くとも中世以降のことだ。ではそれ以前にはどんな言葉が感謝をあらわすものとして使われていたか。柳田は「かたじけのうござる」、「かたじけない」を、その一つとしてあげている。この言葉は今でも感謝の意をあらわす言葉として使われているが、それは古い時代の名残なのだろうと柳田は考えているようだ。「かたじけない」のもともとの意味ははっきりとはしないが、どうやらきまりが悪いとか、気が咎めるというような意味だったらしい。それが感謝の言葉になったのは、あなたからそんなに過分なことをしていただいて、気が咎めるほど感動しています、という感情を込めようとしたものらしい。

「かたじけない」と似ている言葉として「すみません」がある。この言葉に含まれる「すむ」は「澄む」という意味で、それが「澄まなく」なるとは、あなたから過分なことをしていただいて、心が澄まなく乱れてしまうほど感動していますという意味だったようだ。つまり、「かたじけない」も「すみません」も、相手からの過分の恩恵に対して、身をへりくだして感動を表現する言葉であるわけだ。

「もったいない」という言葉は、今日では節約の意味に使われているが、これも感謝をあらわす言葉であった。「もったいない」の「もったい」は「もったいをつける」とか「もったいぶる」とかの使い方もあって、それ自体好ましいことをあらわしたが、それを「もったいない」と「ない」をつけたのは打消しの意味ではなく、強調の接尾語であるのは、「かたじけない」の場合と同じである。したがって「もったいある」とは決して言わなかったのである。

「めでたい」も感謝をあらわす言葉として使われたことがあった。この「めでたい」は「めでる」という動詞から派生したもので、大層珍しいものを喜び迎えることを意味していた。いまでもその意味での「めでたい」はよく使われているが、その派生的な形である感謝の言葉としての「めでたい」は、一部の地方を除いては使われなくなった。

柳田は次に、我々の日常生活のなかで最も頻繁に使われる言葉の中から、食事に関する言葉を取り上げる。食事に関して今日もっとも頻繁に使われている言葉は「たべる」と「くう」である。「たべる」のほうはやや上品な感じで、ほとんどの女性がこの言葉を使う。それに対して「くう」のほうは、専ら男が使い、女性が使うことはほとんどない。やや下品に受け止められているからだ。しかし「くう」という言葉は、古くて由緒のある日本語であって、そもそも下品さとは無縁だった。それが下品な感じを伴うようになったのは、使いふるされてきたことと、同じ意味をあらわす新しい言葉が現れてきたことの結果であって、同じような現象は様々な言葉に起きていると柳田は指摘する。

一方、「たべる」という言葉は、「たまわる」が転化したもので、「いただく」というような意味だった。今日「いただく」も「くう」を意味するようになってきたが、それと同じようなメカニズムが「たべる」にも働いたわけである。

「もらう」は「たまわる」と同じような意味合いの言葉だが、これも「たべる」同様に「くう」の意味に使われていた。もともとは食事をあらわすニュートラルな言葉だったが、そのうち価値の下落現象に見舞われ、乞食をあらわす「おもらいさん」というような具合に、ひどくマイナスイメージな言葉に成り下がってしまった。

ところで食事をあらわすもっとも古典的な言葉である「くう」は、「くわえる」という動詞と同根の言葉で、もともと唇を使ってものを口のなかに入れることを意味していた。その意味では「はむ」と同じ系列の言葉だったわけで、「はむ」のほうも今日まで「くう」の意味で使われている例が見受けられる。

こんな具合で、柳田の日本語についての考察は、我々が日常使っている言葉一つひとつについて、その起こりと変遷、似たような言葉との関連性などを丁寧に追っていくというもので、その研究姿勢は実証的な精神に支えられている。

毎日の言葉の他の例として柳田があげるのは、「知らないワ」に含まれる「ワ」である。これは今日「テヨダワ」言葉として論じられるが、柳田の時代には「テヨダワ」言葉という問題の立て方はなかった。ただ、こうした言葉が明治の女学生によって頻用されていたことは指摘している。もっとも言葉としての起源はずっと以前にさかのぼると柳田は見ている。

柳田によれば、この「ワ」は自分自身を表す言葉、つまり一人称代名詞だという。「ワ」は「ワレ」の短縮形である。だから「知らないワ」とは、「知りませんよ、私は」を意味する。このように、文章の最後に人称代名詞を入れるのは日本語の一つの特徴だと柳田は言う。日本語には一人称をあらわす代名詞が欠落しているとよくいわれるが、それは印欧語のように句の冒頭に人称代名詞を入れないことから起る誤解で、実は日本語にも人称代名詞はある。ただ句の最後に使われるので、そのようには見えづらいというだけのことだ。

今でも東京地方の子どもたちは、「知ってらー」とか「あらー」とかいうが、これも「しっれるぞおれは」、「あるぞ、おれんところには」という意味なのである。つまり「おれは知ってるぞ」とは言わないで、「知ってるそ、おれは」と言うのが、日本語的な表現だというわけである。

毎日の言葉の最後に柳田がとりあげるのは「あんばい」という言葉である。これは漢字で「塩梅」と書いたりすることから、外来語起源の言葉のように受け取られているが、じつは「あわい」という古い言葉が転化したものだった。「あわい」とは「間」のことである。その「あわい」が「あんばい」になったのは、「ワ」音と「バ」音が同じ唇音であることに加え、音便作用が働いた結果である。一方、本来の意味である「間」が、ものごとの間に適当な配列をするというような意味になった。

このように、古来立派な日本語であったものが、それに漢字を宛がうようになった結果、あたかも外来語のように受けとめられ、またそのように意識しながら運用されるようになった例は、至る所の言葉について見られる。これは日本語にとって必ずしも望ましいことではない。やはり我々日本人は、自分たち本来の言葉にもっと注意を向けて、正しい言葉遣いに努めるべきだと言うのが、柳田の願いだったように思われる。







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