露西亜四方山紀行その四:美術館巡り

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(トレチャコフ美術館のイコン・コレクション)

九月十四日(金)朝より快晴の空広がる。午前六時に起床、昨日の日記を整理して後朝餉に臨む。メニュー昨日と毫も異ならず。パンとミルクとソーセージの類なり、

この日は美術館巡りをなさんとす。午前中はトレチャコフ美術館、午後はプーシキン美術館を見物せんとす。トレチャコフ美術館はロシア美術を系統的に展示す。またプーシキン美術館は象徴派のコレクションを以て知られをれど、この日は石子のたっての希望にて折から開催されをる浮世絵展を見んとするなり。

九時半にホテルを辞し、地下鉄を乗り継いでトレチャコフスカヤ駅に至り、まづトレチャコフ美術館を見物す。ロシアの近・現代美術を重点的に見る。大方はロシア風リアリズムの作品なり。これらは社会主義時代にいはゆる社会主義レアリズムの傑作と呼ばれたるものを集めたるものにて、レーピンとヴルーベリを以てマスターピースとなす。レーピンは光の処理にたけ、ヴルーベルはやや装飾風の絵を得意とす。

トレチャコフ美術館はまたイコンのコレクションもて知らる。中にもアンドレイ・ルブリョフのコレクションは圧巻なり。余先日見たるタルコフスキーの映画「アンドレイ・ルブリョフ」を思ひ出でながらコレクションを鑑賞せり。

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(クレムリン遠望)

その後、モスクワ川の蛇行部分を、橋を二度渡って北岸に出る。一の教会堂あり。威風堂々たり。その威容を以て余らはこれをハリストス教会と誤解したれど、実際はクレムリンの一部なり。昨日雲助がこれをプーチンハウスと称せしは、クレムリンの主人を揶揄する隠語なるべし。

本物のハリストス教会に至らんとして進み行くに、ハリストス教会は眼前に見ゆるも、そこに導くべき近道なし。といふは、道路に歩む人のための横断手段あらざるなり。歩行者は道路をおほまはりして、地下鉄の通路を以て横断の手段となすなり。よって余らは数百メートルも迂回せしめられたり。

これを以て思ふに、モスクワは車優先の都市にて人間への配慮を感じさせず、人間は車の氾濫に脅かされつつ、道路の一隅に呻吟せしめらるるなり。すなはち、モスクワは人間の匂ひを感じせしめざる都市といふべし。余、モスクワをパリやローマに比較してその非人間性を大いに非となすなり。

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(エンゲルス像)

ハリストス教会前にエンゲルス像立ちたり。そを背景にして記念撮影をなす。しかしてその傍らなる一イタリア料理店に入る。ここにてムール貝入りのパスタを注文す。

一のトラブルあり。余らの注文せざりし料理出てきたるゆえ、これは注文せずとウェイトレスにいふに、先輩ウェイターらしき者来りて、注文したるはずゆえ食してその代金を支払ふべしと告ぐ。ここにて石子例の翻訳機械を取りだし、そを活用して談判に臨む。すなはち、石子日本語もて機械にささやきかけるや、機械それをロシア語に変換す、ウェイター答ふるにロシア語もて機会にささやきかけるや、機械そを日本語に変換す。そのやりとりを通じて互ひに自己の主張を展開せり。

相手のウェイターなかなか引き下がらず、あくまでも注文の事実を主張す。石子もまたゆずらず、我らはその料理を注文せず、したがって金を払ふいはれなしと主張してやまず。かくして談判一時間以上に及ぶ。そのやり取りを聞き、余思へらく、ロシア人の強情に自己主張すること悪童も顔負けなりと。かくまで強情なる民族性を、余はいままで見たることなし。

談判一時間を越えて相手もあきらめたるが如し。我らが実際に注文せるもののみの代金を請求してことを収む。ことここに至るまで一時間以上を要せしは異常といふべし。日本にては考へられぬことなり。これロシア人の訴訟好きのあらはれなるべし。余大いに辟易せり。昨日の雲助といひ、このウェイターといひ、ロシア人には人情に反するもの頗る多しといふべきか。






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