淡路島で猿と戯れる

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淡路島には、現在三百匹の猿が生息しているそうだ。その猿を観察する施設があって、我々が訪れたときには、ちょうど餌付けの時間にあたっていて、餌を目当てにした猿が大勢集まっていた。観察施設は、大阪大学と地元の自治体が共同して運営しているという。我々が訪れた時は、男性と女性の飼育員というか、観察スタッフが、色々とここの猿たちについて説明してくれた。

ここの猿は非常に人間馴れしていて、人間を襲ったりはしない。まるで同胞のように気安く近づいてくる。というのもここの猿は、人間から与えられる餌で生活しているので、人間は貴重な保護者なのだ。その人間は、観察員が日に三度餌を与えるほか、観光客が与える場合もある。要するに、ここの猿は自分たちの生活基盤を全面的に人間に依存しているのである。

もっとも、季節によっては、人間なしで暮らすこともある。特に秋になって、どんぐりなどの木の実類が豊富になると、わざわざ人間から餌をもらわずにも暮らしていける。そういうわけでここの猿を身近で見たい・触れ合いたいと思ったら、冬から今頃にかけての時期が一番いいという。我々は、その一番いい季節に来て、大勢の猿と触れ合うことができたわけであった。

上の動画は、観察員が餌を投げ与えるところを撮影したもの。猿たちは餌が与えられるタイミングを知っていて、その時間になると観察施設に集合するのだそうだ。その猿たちに餌をまくと、猿たちはすさまじい勢いで餌に殺到する。その姿がなんとも言えず面白い。餌に殺到するといっても、互いに餌を争う様子はあまり見られない。観察員によると、ここの猿は穏やかな気質で、互いに争うことはあまりないそうだ。猿の社会では序列が厳格で、弱い猿は強い猿を恐れるというが、ここの猿は、比較的フラットな序列制で、弱い猿も気安く強い猿に近づいたりする。じっさいここのボス猿は、弱い猿から馴れ馴れしくされても怒らないし、それを知ってか、弱い猿は気安く強い猿にじゃれかかったりする。最もボスが好物の芋を食っている時などに、その好物を奪おうとすると、俄然ひどい反撃を食らうそうだ。この日も、雌ボスから好物をせしめようとした弱い猿が、どこまでも追いかけられて辟易する様子を見せていた。

この日、投げ与えられた餌は麦だそうだ。おそらく皮をむいて、食べやすくしているのだと思う。その麦を様々な方向に向かって投げる。なにしろ三百匹もいるので、エサが満遍なくいきわたるためには、いろいろな場所に分けて投げ与える必要がある。その餌を、三百匹の猿のほか、十数頭の雌鹿が共有している。雌鹿は猿ほど敏捷ではないので、猿のおこぼれを頂戴するような形になる。その雌鹿の背中を猿は踏み台代わりにして、あちこち身軽に移動していた。なお、雄鹿は、山中で雄だけのコロニーを作って暮らし、発情期になると山から下りて来て、雌を求めるのだと言う。雌がここに定着するようになって、まだ二十年にもならないそうだ。いったん暮らしやすさを覚えると、雄と一緒にいるより、猿と一緒にいる方がよいということらしい。

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この日は、鹿の子は一匹も見かけなかったが、猿の子は沢山見かけた。今がちょうど出産期にあたっていて、連日沢山の子猿が生まれるのだそうである。この写真は、二匹の子猿を抱えた母猿だが、このうちの一匹は他の猿の子だという。その子の母猿が育児放棄したのかと思ったら、そうではなく、この母猿が他の母猿から奪い取ったのだそうだ。猿にはそういうことが珍しくないようだが、一匹の母猿が育てられるのは一匹の子猿だけだから、早い時期にこの子猿を本当の母猿にもどしてやらねば、不都合なことになる。二匹のうちどちらかが、栄養不良で死ぬ危険があるのだそうだ。

麦を投げ与えたあとは、イモを与えた。男女のボス猿から芋を受け取る。それをわきから他の猿が取ろうとすると、すさまじい反撃を見舞われる。だからほとんどの猿は、そういうことをしない。根気よく待って、飼育員から芋を貰うチャンスをうかがう。つまりここの猿は、強度の社会性を身に着けているのである。その社会性は、攻撃性の低下とセットになっているが、そうした傾向は、DNA鑑定でも裏付けられた。DNA鑑定は、ここの猿たちが、優しい感情を育てていることを明らかにしているのだそうだ。

人間の場合には、やさしさの欠如した個体に、オキシトシンといった、ある種類のホルモンを投与することがあるという。ここの猿は、そんなホルモンを打たなくても、十分穏やかなのだそうである。もっともあまり穏やかな性格になって、闘争本能が減退すると、群の維持にとってはゆゆしき事態もおこりかねないので、猿といえども、優しさだけが能ではないらしい。

ともあれこの日は、思いがけなくも大勢の猿たちと雌鹿に出会えることができて、実に有意義な時間を持てた。猿のやさしさに感化されたわけではなかろうが、雌鹿たちも非常にやさしい目をしていた。





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