肛門括約筋がゆるんだ話

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旧友K生とは昨年の暮に久しぶりに飲もうと話していたところ、彼の急病で中止となった次第だったが、病気が治ったので新年会を兼ねて飲もうということになった。そこで小生は都内某所の赤暖簾に赴いて、K生と旧交を温めた。もう一人の旧友CGが同座した。

病気の具合はどうなんだいと聞くと、胆石がいたずらするので横っ腹が痛むのだそうだ。いまは小康状態だが、念の為に取り除く手術を受けようかと思う。いつ何時またひどい痛みに見舞われんともかぎらないからね。それはいいのだが、実は先般前立腺の手術をして、その後遺症に悩まされているのだ、とK生は憂鬱そうな表情をする。まず、酒を飲めなくなってしまった。無理して飲めないことはないのだが、飲むと急に血圧が下がってへべれけになってしまうんだ。だから今宵もノンアルコールで我慢しなければならない。そこがつらいところだ。

つらいのはもう一つある、とK生は愈々憂鬱そうな表情をする。前立腺をとってしまった結果、尿のコントロールがきかなくなって、外出する時には尿漏れパンツをはかなくてはいけない。彼がそう言うので小生は、今でもはいているのかい、と聞いたところ、はいているのさ、とのこと。それは憂鬱なことだね、と小生は同情する。実はおれも尿のコントロールがきかなくなってきたんだ。おれの場合には、肛門括約筋が緩んだせいなんだが、あんたの場合には、前立腺をとると尿のコントロールができないというのは、どういうメカニズムなのかね。前立腺というのは精液をプールする器官だろう。それをとったからといって、精液のコントロールがきかなくなるというのはわかるけど、なんでまた尿のコントロールがきかなくなるのかね。そうきくとK生は、前立腺は肛門括約筋と結びついているようなので、おれもやはり肛門括約筋が支障をきたしていると思うんだ、と解説する。

精液がまともに出なくなったことのほかに、一向に立たなくなってしまったんだ、とK生はますます憂鬱そうな表情になる。たしかに男根の勃起のメカニズムは肛門括約筋と強く結び付いているから、そういうことになるのは仕方がない。でもそれは、運動することである程度改善するはずだよ。おれの場合には、肛門を閉じたり開いたりする運動をやっているが、それによって勃起能力はある程度改善する。あんたも是非やってみたらよい。そうアドバイスしたところが、K生もすでに実行しているのだそうだ。やはり男はいくつになっても、勃起能力を持っていたいからね。

それは夫婦円満という点でも肝心なことだよ、と脇からCGが口を出す。役立たずになったら細君に逃げられるかもしれない。そう言うので小生も同調して、たしかに細君も亭主が無能になるのは不本意だろう。かの鴎外の母親も、灰になるまで楽しみたいと言っていたではないか。

性欲の話題が出たついでに思い出したが、おれの知人に若い頃にパイプカットをした人がいる、と小生が思い出話をする。その人は子どもが三人できたところで子作りをやめることにし、以後は純粋にセックスを楽しむために、自分のほうから避妊の処置をとることにした。そこでパイプカットをしたのだが、これをやるとどういうわけか、セックスの充実感というものがなくなる。いくらやってもまだやり足らない気がする、そこで女房までがあきれ返る始末だが、なんといっても自分自身がやりきれない、そう言っていたよ。人間、自分の体を痛めつけるとろくなことはないという実例だね、と小生は語ったのだった。

ところでK生は、老いてなお知的な活動が盛んらしく、このたび又新たに本を出版するそうだ。そこでその校正刷りの写しのようなものを見せて、是非読んでくれ給えという。小さな字がびっしりと紙を埋めているので、これは縮小コピーかねと聞いたところそうだと言う。あまり字が小さいので、その場で読む気にはならなかった。読んでもK生の文章は理解できないかもしれない。過日も彼の本を読んでほとんど理解できなかった。そこで、あんたが村上春樹を論じた本を読んだところ、何が書いてあるのかよくわからなかったよ、と言ったところ、K生は不思議そうな表情をした。小生の知力を疑った方がいいのか、自分の悪文を反省したほうがいいのか、区別がつかないといった具合なのだ。

ところでお前が以前書いた小説だが、あの小説の主人公依田学海は、最近注目を集めているそうじゃないか、とCGが小生にむかって口をはさむ。そこで小生は、依田学海がどのような人物で、小生とどのようなつながりがあるのか、K生に解説してやった。するとK生は是非本にして出版しろよとすすめてくれ、Amazonの無料出版プランを紹介してくれた。売れる見込みの高い小説は、無料で出版してくれるということらしい。

それはともあれ、この依田学海というのは、実に交際範囲の広い男で、彼の書き残した日記には膨大な数の有名人が出て来る。それらの人物との交際ぶりが興味深いのだが、なかでも新選組の幹部たちとの交際がなかなか面白い。学海は近藤たちが京都を引き上げて江戸に来た時に江戸城の中で会っているのだが、その際の近藤は肩を斬られた傷がなおらなくて半病人の状態にあった。そこで学海との会話が困難なので、脇にいた土方歳三を指さして、この小さい人と話してくれと言ったそうだ。実際土方は五尺ほどの小人だったということだ。その体躯であれほどの大業に挑んだのだから、大した志というべきだと小生は感心して見せたのであった。

それから会話は様々な方面に及び、中にはマルクスの現代的意義というようなトピックもあり、それに関連して小生は、マルクスには革命後の社会についての具体的なイメージがなかったというようなことも言った次第だが、詳細については触れないでおこう。ともあれ久しぶりに白熱した議論ができて、いささか気分の晴れるのを覚えたのであった。





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