高橋和夫「アラブとイスラエル」

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高橋和夫の「アラブとイスラエル」は、イスラエル建国から1990年代初めまでの、アラブとイスラエルの関係について紹介している。イスラエルに対してやや辛口の論評が見られるが、おおむねバランスのとれた考察といえる。中東の現代史を理解する上での、入門書的な役割を果たせるのではないか。

イスラエルというのは、色々な事情がからまって出現した国家だったが、ありていに言えば、暴力で樹立された国家だったといってよい。暴力で樹立された国家は、暴力で維持し続けねばならない。イスラエルの歴史に暴力が付きまとったのは、ある意味当然のことだったわけだ。イスラエルとしては、アラブとの戦いに負けるわけにはいかない。一度負けただけで、国家の存立を脅かされる。一方、アラブのほうは何度負けても国が亡びることはない。だからイスラエルのユダヤ人は、必死になって戦う。一方アラブの闘い方はあまり利口さを感じさせない。そんなことでイスラエルは、これまで国家の存続を保ってきた。まあだいたい、そんな見方が展開されている。

イスラエルの存続を支えてきたのはアメリカだ。アメリカの巨額の軍事援助が、イスラエルをアラブに対して圧倒的な優位に立たせた。それに加えてイスラエルは、中東で唯一の核保有国である。そんなことからイスラエルは、中東において無敵の地位を誇ってきた。その地位を利用して、占領地への植民を拡大してきた。いまやヨルダン川西岸全体を併合しようとする勢いである。

イスラエルが拡大主義をとっている理由を、この本はわかりやすく説明している。イスラエル国内の人口動向が、そうした拡大主義の要因だというのだ。この本が書かれた時点で、イスラエル国内のユダヤ人には、アシュケナージムとセファルディムの二種類の集団があった。アシュケナージムというのは、ヨーロッパ、特に東ヨーロッパからやってきたユダヤ人たちで、この連中がイスラエルを建国した。かれらは社会主義的な傾向を持っていて、政党としては労働党が中心だった。

セファルディムというのは、イスラム圏、とくに北アフリカからやってきたユダヤ人たちで、この連中はアシュケナージムに比べて、知的な水準が低く、また貧しい連中が多かった。かれらはアシュケナージムの後からやって来たということもあり、色々な面でアシュケナージムの後塵を拝するような状態にあった。しかし、人口的には次第にアシュケナージムを凌駕するようになる。すると彼らの利害が国の政策を作用するようになる。拡大主義はそうした事情が表面化したものだというのだ。イスラエルは人口が少ないこともあり、海外から大勢のユダヤ人を受け入れる政策をとってきた。そうした新来者たちに、土地と住宅を用意しなければならない。そういう事情が拡大主義に拍車をかけたというのだ。

イスラエルが露骨な拡大主義をとるようになるのは、1977年のベギン登場以降のことだ。ベギンはイスラエルのユダヤ人のうちセファルディムの利害を代表していた。そしてセファルディムが多数派を形成することで、イスラエルの指導者にのし上がったわけだ。セファルディムは、ベギンの拡大主義を熱狂的に支持した。またアラブ世界に対して戦闘的になった。そうした動きが、近年強まりつつあるというのが、この本の解釈だ。

こういう傾向は、近年ソ連からのユダヤ人が多く流入してくるにつれていよいよ強まって行った。この本ではそこまではカバーしていないが、近年のネタニヤフ政権によるヨルダン川西岸の実質的併合の動きは、こういう流れの上で起きているのである。セファルディムやソ連からの流入者たちは、アシュケナージムに比べて、右翼的でかつ攻撃的だ。いまのネタニヤフ政権も右翼的だといえるが、そのネタニヤフが穏健に映るほど、いまのイスラエルは右に傾いている。国全体が極右化していると言ってよいくらいだ。

しかし近年は、そうしたイスラエルのやり方が、国際社会から強く批判されるようになってきた。この本はそうした動きを紹介しながら、イスラエルが国際的に孤立する可能性を指摘しているのだが、その後の動きを見る限り、ネタニヤフのイスラエルはうまく切り抜けているようである。それには、トランプのような人物がアメリカの指導者になったという事情も働いている。トランプは大のユダヤ贔屓なのである。自分の娘もユダヤ教に改宗したくらいだ。

この本は1990年代の始めまでをカバーしているという事情から、その頃に盛り上がっていたイスラエルとパレスチナの間の和平の動きに大きな意義を見ている。この動きは中東和平国際会議へとつながり、アラファトにノーベル賞をもたらすような事態を生むのだが、しかしそれによってパレスチナ問題が抜本的な解決の見込みを得たわけではなく、事態はますます泥沼化する一方だというのが、実際のところだった。おそらくイスラエルは占領地をパレスチナ人にあけわたすことはないだろう。実質的に占領地を併合し、パレスチナ人を領内から駆逐することに全力を傾けるだろう。

イスラエルとパレスチナの関係は、今後数百年単位で考えなければならないと思われる。





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