ボルベール:ペドロ・アルモドバル

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ボルベール(Volver)というスペイン語は、英語のリターン、ドイツ語のハイムケアに相当し、帰郷とか帰宅といった意味である。ペドロ・アルモドバルが2006年に作った映画「ボルベール」は、一人の人間の帰郷をテーマにしている。それも死んだと思われていた女性が、生きて戻ってくるという話である。それに家族の不幸な出来事が重ねられる。家族をめぐるヒューマン・ドラマと言ってよい。


映画の主要な登場人物は、一組の母子と母親の姉。彼女らは、三年前に火事で死んだ両親の墓参りを頻繁に行っている。住んでいるのはマドリードで、墓はラ・マンチャ地方の田舎にある。ラ・マンチャはドン・キホーテの舞台となったところだが、そこでのイメージ同様、荒涼とした平原といったイメージだ。監督のアルモドバル自身、ラ・マンチャの出身だということだ。

彼女らは平凡な暮らしをしていたが、ある日、不幸な出来事が起きる。娘が父親を刺殺してしまったのだ。父親といっても実の父親ではない。それが会社を首になったことでヤケになり、あまつさえ妻からセックスを拒絶されて欲求不満に陥り、義理の娘を強姦しようとしてかえって包丁で刺されてしまうのだ。母親は自分が殺したことにして、夫の死体を始末する。最初は、留守をあずかったレストランの冷凍庫に隠し、そこがばれそうになると180キロ離れた場所に、冷凍庫ごと埋めるのだ。

母親は、実は自分の父親に強姦されてこの娘を生んでいたということが、次第に明らかになる。そんなことがあったために、母親は自分の両親を許せなくなり、ずっと交際をたっていた。そんなおりに、三年前に実家が家事になり、両親が死んだと知らされる。その死んだ両親の墓を、いまでは姉と共に定期的にお参りしているのだ。

留守を預かったレストランで、大勢のお客にサービスすることになった母親は、タンゴを歌ってもてなしたりするのだが、その曲が「ボルベール」というタイトルだ。この映画は、その曲をイメージしながら作られたという。そこで、母親の死んだと思われていた母親、つまり祖母を、生きて帰郷させたわけだ。

祖母は自分の娘たちに、過去の真実を語る。火事は自分が起こしたのであり、その理由は夫が他の女と不倫したことが許せなかったというのだ。その際に自分も死んだと思われたので、それをいいことに、いままで隠れて生きてきた。夫は女癖が悪く、自分の娘まで強姦した。だから二重に許せなかったのだ。

こういうわけで、かなり深刻なテーマを扱っている。その割にそんなに深刻に思われないのは、俳優たちの演技、とくに祖母の演技がコミカルで軽快だからだろう。画面も例によって非常に明るい。そんなことが、テーマの深刻さをやわらげているのだと思う。

なお、この映画の中のスペイン人たちは、実に頻繁にハグやキスをする。キスするときには大きな音をたてる。濃厚接触が好きな国民性なのだろう。イタリアもそうだが、そうした濃厚接触を好む国民性が、今般のコロナウィルスの蔓延をもたらしたのだと思う。






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