転生犬と改革開放時代:莫言「転生夢現」

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西門鬧は、犬に転生して15年生きたことになっている。かれが犬として死んだのは1998年10月のことだから、犬として生まれたのは1983年のことだ。その年は改革開放時代が幕を開けた頃にあたり、以後中国は欧米化への道を突き進んでいったので、犬としての西門鬧はまるまる改革開放時代を生きたということになる。

その犬としての西門鬧は、藍瞼の家で飼っていた牝犬の腹から生まれたのだった。その頃藍瞼は、妻の迎春と同居していた。人民公社が解体され、土地が各人に分配されたので、人々はもとのように、家族単位で生活するようになったのだ。その事情を転生犬は次のように言う。「土地を各戸に分配してから、農民はそれぞれの家の主となり、事実上かつての個人農家にもどっていた。こうした状況の下で、あんなのお父とお母はふたたび一つ釜の飯を食い、一つオンドルで寝るようになったのだ」

ここで転生犬が呼びかけているのは藍解放である。転生犬の章は、藍解放が主役といってよい。その藍解放は、龐抗美の妹龐春苗と不倫の恋をする。春苗は解放より20歳も年下なのだが、二人は年齢を超えて愛し合うのだ。春苗の姉龐抗美は、地方の実力者に出世しているが、その娘鳳凰は西門金竜のたねからできたのだった。金竜は、抗美の後ろ盾もあって、実業家として大成功するのだったが、いまや零落した共産党の亡霊洪泰岳によって、地獄の道連れにされてしまう。

転生犬は、母犬の腹から生まれた四匹のうちの最後の一匹だったので、四男坊犬と呼ばれた。彼の形式上の主人は、藍家の当主となった解放なのだが、犬が実質的に仕えたのは、女房の合作であり、またその子の開放だった。転生犬は次のように考えていたのだ。「あんたはこの家の男主人ではあるが、わしはあんたをご主人と見なした例はなかったし、後にはあんたを仇敵とみなした。わしの最初のご主人は、むろん半ケツの女だ。二番目は青痣顔の男の子だ。クソッあんたなんぞ、わしの心では、ベッ、ろくなもんじゃなかったわい」

半ケツの女とは、いうまでもなく合作のことだ。合作は西門豚の仲間耳カケによって尻にかみつかれ、片方を噛み取られてしまったのだ。それ以来半ケツの女と呼ばれている。ケツが半分ない彼女は、体のバランスがとれず、よろよろしながらでないと歩けないのだった。その子開放は、父親同様顔に痣があった。そこで青痣顔の男の子と転生犬は呼んでいるわけである。

この章は、転生犬と藍解放がかわるがわる語るという展開だ。転生犬は、シェパードとしての自分が、地域の犬社会の帝王となる一方、半ケツの合作の子分として活躍するさまを語る。一方藍解放のほうは、春苗とのなれそめから、駆け落ち迄の過程を、まるで物語を語ってきかせるように語る。その部分が、この章の半分を占めているわけである。

その解放と春苗の恋は、茨に満ちたものだった。女房の合作から拒絶されたのは無論、親戚のメンバーすべてから反対された。とくにこたえたのは、解放の息子開放が父親に泥を投げつけ、春苗の姪龐鳳凰が叔母にペンキをぶっかけたことだ。そこで二人は土地にいられなくなり、西安に駆け落ちするのだ。西安には知り合いの莫言がいて、二人のためになにかと取り計らってくれた。

解放の母で西門鬧の妾だった迎春が死んだ。迎春は金竜の母親でもあるので、金竜が彼女の葬式を取り仕切った。金竜は、母親の諱を白氏とし、西門鬧とその正妻白氏の墓の傍らに葬った。しかしその葬儀の場に現れた洪泰岳が、さんざん金竜を罵ったあげくに、墓の穴に金竜をひきずりこみ、持っていた爆弾を爆発させた。その爆発で金竜は即死するのである。

金竜が死ぬと、西門家ゆかりの人々は、次々と世を去っていった。藍解放の妻合作がまず死に、ついで黄瞳が死に、その夜に呉秋香が首を吊って死んだ。その秋香は、西門鬧と白氏及び迎春の墓と並ぶ形で埋葬された。こうして「西門鬧とその女たちは、ついに地下で一緒になったのだ」

しかし、西門鬧の転生の物語はこれで終わらない。かれは更に猿に転生し、また人間として生まれ変わるのである。この小説全体は、大頭の藍千歳として生まれかわった西門鬧が、自分の前世を物語るという体裁をとっているのである。転生しながら彼が生きた時代は、中国の現代史にそのまま重なる。それがどんな時代だったか。それを最も簡潔に言い現わしたのが、洪泰岳の次のような言葉だ。

  この村に昔いました悪徳地主の西門鬧、後に残せしオオカミの子一匹
  そのガキの名は西門金竜、幼い頃から口がうまくて偽善を重ね
  偽善をかさねて共青団員、やがてのことに共産党員
  権力奪って党の書記さま、狂気のような反革命
  田畑を分けて個人農家に逆戻り、人民公社をば一掃しおった
  地主や反革命野郎を復活させて、化け物どもは大喜び 
  お話するだにこころが痛み、涙も洟も流れてやまず

これは西門金竜を批判した言葉だが、この批判は同時代の中国に生きた多くの人々にあてはまるだろう。

ともあれ、犬としての西門鬧は、この物語のもう一人の主人公藍瞼とともに死を迎える。まず藍瞼みずから墓穴に横たわり、転生犬にも続くように呼び掛ける。
「ご主人様、あなたも行きなされ」と言いながら。藍瞼はその犬が西門鬧の生まれ変わりだと知っていたのだ。かれはまた、次のように語ったこともあった。
「ご主人さま、あんたはたしかに冤罪でしたなァ! じゃが、この世でここ何十年,冤罪で死んだのはあんた一人じゃありませんからのう!」






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