風景の中の自画像:アンリ・ルソーの世界

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「風景の中の自画像(Moi-Meme, Portrait-Paysage)」は、ルソーの数少ない自画像の一つ。かれはこの絵を死ぬまで手元に置き、加筆していた。パリ万博が行われた1890年、ルソー46歳の時に描かれ、その年のアンデパンダン展に出展された。現代の「肖像=風景」が示すように、風景と一体化した肖像画である点で、ルソーの作品の特徴である風景の中に溶け込んだ肖像というモチーフを典型的にあらわしている。

その風景とは、セーヌ川であり、パリ万博の会場であった。セーヌ川の河岸は、かれがパリ入市税関の下級職員として長年親しんできた職場であり、パリ万博は、かれを熱狂させた一大行事であった。彼はパリ万博の成功に、共和主義の勝利を読んだのだった。かれが熱心な共和主義者だったことは、よく知られている。

セーヌ川の河岸の上にパレットを持って立ったルソーの背後には、万博のシンボルである万国旗がはためき、そのうしろにはできたばかりのエッフェル塔が見える。また空にはアドバルーンが浮かんでいる。河岸の上に立っているルソー本人は、かれの足元をゆく二人の人物に対比して異常に大きく描かれている。ルソーにとっては、現実のスケールよりも、心理的なスケールの方が真実味があったのだ。

ルソーが手にしているパレットには、二年前に死んだ愛妻クレマンスの名が記されている。それと並んで、後年に結婚した第二の妻ジョゼフィーヌの名も見える。じつは、ジョゼフィーヌに先だって、別の女性の名が記されていたことがわかっている。ルソーは恋多き男で、つねに誰かを愛さずにはおられなかったのだ。

(1890年 カンバスに油彩 143×110㎝ プラハ国立美術館)





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