女性を呼称する言葉:柳田国男「毎日の言葉」

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柳田国男は、「毎日の言葉」の後半部で、女性を呼称する言葉をいくつか取り上げて、その起こりと変遷について考察している。最初に取り上げるのは、「ごさん」である。柳田は、秀吉の手紙の中に「五さ」とあるのが、よく言われるように北政所の侍女の固有名詞などではなく、いま言う「おくさん」と同じ意味の言葉だろうと推測することから議論を始める。

推測はあくまで推測だが、その推測を裏付けるような事実がたくさん集まれば、その推測にはおのずから信ぴょう性が強まる。そのような意味のことを言って柳田は、「ごさん」に類似した言葉を日本中から集めて来る。濃尾地方のゴッサン、防長のオゴウサンのほか、九州ではすべて娘を「オゴ」という。「オゴ」は更に分化して、壱岐ではオゴシャン、平戸では「オゴシャマ」、鹿児島では「オゴジョ」、「ゴコ」などと言う。京都ではオゴは早くから娘の軽い敬称となっていたことは、狂言記以後のいくつかの文芸に痕跡があり、醒酔笑には「お五」という宛字も見えるという。袈裟御前や静御前も「オゴ」の「ゴ」とかかわりがある可能性がある。

この「ゴ」はどうやら「コ=子」の変形らしい。「オコ=御子」が転化して「オゴ」となり、それがもとになって様々な言い方ができたのではないか、そう柳田は考えているようだ。

上方のほうでは、良家の若い夫人をゴリョウニンというが、これも「オゴ」の変形だろうと柳田はいう。貴族の夫人には「ゴレンジュウ」という言い方があったが、これも「オゴ」の変形らしい。こう見ると、「オゴ」を中核とした言い方は、女性を呼称する言葉として、広く流通していたことがわかる。興味深いのは、柳田が集めたこの言葉の使用範囲が、西日本に偏っているということだ。

「ウバ」という言葉は、いまでは専ら老女を指す言葉だが、かつては女性一般をさす言葉として用いられていた。しかもその使用範囲は西日本に限らず、東日本にも及んでいる。秋田県では若い女を「オバコ」というが、これは「ウバ」の変形と考えられる。また秋田県を含む東北地方北部では、母または主婦を「アバ」と呼ぶが、これも「ウバ」の変形だろう。幼児が母親を「アッパ」と呼ぶのは、この「アバ」が子どもらしく変化した形だと思われる。東京など関東地方では、若い女を「アマ」と呼ぶ場合がある。これを比丘尼の尼だろうと物知り顔に言うものがあるが、それは僻事で、これも「アバ」が変化した形と考えるのが自然である。

主婦の敬称として柳田の時代に最も広く行われていたのは「オカッサマ」であるという。これは「オカタサマ」が転化した形だ。「オカッツァマ」とか「オカッサン」ともいわれる。これは「オカタ」に「サマ」がついてできた言葉で、「オカタ」も「サマ」も方角を意味する言葉だ。日本語には、人称を方角を示す言葉であらわす例が多く、「あなた」も「そなた」もそのたぐいだが、この「オカタサマ」の場合には、ご丁寧に方角を指す言葉を二つ並べて、人称をあらわす言葉を作った。その点では「オクサマ」も同様である。

幼児が母親を「オカアサマ」と呼ぶのは、大人たちが「オカタサマ」と呼んでいるのを真似たものだ。「オカタサマ」では言いづらいので「オカアサマ」になった。するとその幼児言葉を大人の方も採用して、夫が妻を「オカアサマ」と呼ぶようになり、それがさらにぞんざいになって「おかあさん」とか「かあちゃん」などになった。

上臈は漢語由来の言葉だが、女性を呼称する言葉として古くから使われていた。最初は文章のなかでのみ使われたが、そのうち口語でも使われるようになった。現在各地に用例が認められるが、「オゴ」同様、土地によって名称や使い方に変化がある。秋田県の西南部では「ジョロ」は妻女を意味し、山形県の庄内地方では「ジョロハン」は上流の娘を意味した。佐渡では他人の妻を「ジョロウサン」と言った。九州に移ると、大分県では「オジョラサマ」は奥様を意味し、佐賀県の一部では「ジョウラ」は主婦を意味した。

夫が妻を「ジョウ」と呼ぶ例は紀州に見られる。江戸では「オジョウサマ」は若い令嬢をさしていう言葉だった。

このように「じょうろう」系統の言葉は日本各地に渡って使われたが、そのうち、都会や港町でとんでもない女たちが「ジョロウ」とよばれるようになって、この言葉の価値が転落した。いまでは「オジョウサマ」など一部の用例を除きあまり使われなくなった。

ある言葉に大きな変遷が認められるのは日本語の特徴であって、どんな言葉でも、時代の変遷のうちに次第に手あかがついて、それにかわる新しい言葉が出てくると、もとあった言葉が卑小な意味に限定して使われるようになったり、まったく使われなくなって忘れられてゆく運命にある。これは女性の呼称のような人称詞についても言えることであって、人称代名詞が昔からほとんど変わっていない西洋各国の言葉との大きな違いである。そんなわけで柳田は次のように言うのである。

「今では裏店まで普及している人望多きオクサマなども、いつかは家庭の夫婦喧嘩用にしか残っていないという時が来ようかも知れぬ。国語は時代に伴なう大きな変遷があるものということを、日本では特に前もって承知しておく必要があるようである」

幸か不幸か「オクサマ」は、平成の今の時代にも立派な響きのある言葉として、日本全国津々浦々まで流通している。






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