鉄道:マネ

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「鉄道」と題したこの絵を美術批評家たちは例によってさんざんにこき下ろしたが、その最もありふれた根拠は、「鉄道」と題しながら肝心な鉄道が絵からは見えてこないというものだった。しかしこの絵をよく見れば、背景が鉄道を描いたものだとすぐにわかるはずだ。鉄道を描いているのにそれがストレートに伝わってこないのは、蒸気機関車の吐きだす煙が充満していて、鉄道の様子を覆い隠しているからだ。それ故この絵は、煙がかもしだすぼんやりとした背景から浮かび上がった、母と子の肖像画として受け取られた。

しかし、この絵は実際の母子をモデルにしたものではない。左側の女性は、あのオランピアのモデルをつとめたヴィクトリーヌ・ムーランであり、右側の少女は画家アルフォンス・イルシュの娘である。実際には赤の他人同士を横に並べただけのこの絵からは、見た印象としても母子の親愛ぶりは伝わってこない。左側のの女性は読みかけの本を手に持って前のほうを見つめており、娘の存在には無関心だし、右手の娘のほうも鉄道の蒸気に気を取られて傍らの女性には無関心だ。

この絵は、サン・ラザール駅の様子を実写したものである。右手にわずかに見えているのがサン・ラザール駅の跨線橋であるヨーロッパ橋だ。絵の中の二人は、跨線橋のたもとから駅構内を見渡す場所にいることになる。

マネは当初、鉄道の車庫で働く男たちを描くつもりでいて、鉄道構内に立ち入る許可まで得ていたようだが、それが実現しなかったので、この絵のような構図で妥協したと言われる。マネとしては珍しく屋外で描いた大作である。

(1873年 カンバスに油彩 93×114㎝ ワシントン、ナショナル・ギャラリー)





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