大鹿村騒動記:阪本順治

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阪本順治の2011年の映画「大鹿村騒動記」は、原田芳雄の遺作となった作品である。原田はこの作品の公開直後に死んだのであるが、その訃報が巷に伝わるや、連日大入りしたというから、原田という役者がいかに人々に愛されていたかを物語るエピソードとして語られている。原田の相役をつとめた大楠道代は、原田と共に鈴木清順の映画に出ていた。彼女を共演者に選んだのは、荒戸源次郎を通じて鈴木正順映画に親しんでいたらしい阪本の、心ばかりの配慮だったのだろう。

大鹿村というのは、信州伊那地方に実在する村だそうだ。この村は、おそらく平家の落人村なのだろう。平家の落人村の多くがそうであるように、古くから(三百年間という)村歌舞伎を伝えて来た。しかも演目は景清である。この映画は、その歌舞伎の実現に邁進する村の人々の奮闘ぶりを描いたものだ。それに、主人公である原田と、その妻大楠との、夫婦の軋轢がからむ。騒動記というのは、この夫婦を中心に繰り広げられる騒動を意味しているのだ。

原田は、村で鹿の肉を食わせる食堂を経営するかたわら、村歌舞伎の花形役者として毎年景清を演じて来た。今年もその歌舞伎のシーズンが近づいてきて、村人たちは毎晩稽古に余念がない。そこへ一組の男女があらわれる。原田のかつての女房と、彼女と一緒に駆け落ちをした男(岸辺一徳)だ。二人とも村の出身であるが、原田を裏切って駆け落ちしたことで、村人たちには顔向けができない。そもそもかれらが村に舞い戻って来たのは、大楠が重い認知症にかかり、それを持て余した岸辺が、まだ夫婦の離婚が正式に成立していないことをいいことに、大楠を原田に押し付けようとするためだった。

原田は人のよい人間らしく、かれらに怒りをぶつけることをしない。かえって自分の家に泊めてやったりするのだ。そうこうしているうちに、歌舞伎のシーズンが迫って来るのだが、景清の相手道柴を演じるはずの青年が大けがをして、役に穴があいてしまう。その代役として大楠が選ばれるのだが、大楠は昔道柴を毎年演じていたのである。認知症になった今もまともに演じられるかどうかわからなかったが、村人たちは背に腹はかえられず、大楠に道柴を演じさせる。その出来はなかなかだった。どうも大楠は、昔体験した演技の勘を取り戻したようなのだ。それがきっかけで、岸辺との生活を思い出したはいいが、その岸辺を亭主と混同したりする。原田演じる亭主は、踏んだり蹴ったりの仕打ちを受けながら、聊かも怒ることはないのだ。

こんな具合にこの映画は、原田のお人よしぶりを前面に出した作品である。原田としては、生涯の仕上げとして、役者冥利に尽きたのではないか。なお、この映画には、トランスジェンダーの青年が出て来るのだが、体つきから声まで、女性的なので、見ている方としては、混乱させられる。もっとも彼を自分の店に雇ってやった原田は、そのことに特別のこだわりは示さないのであるが。






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