若者のすべて:ルキノ・ヴィスコンティ

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ルキノ・ヴィスコンティの1960年の映画「若者のすべて(Rocco e i suoi fratelli)」は、イタリアのいわゆる南北格差をテーマにしている。豊かな北にあこがれて南部の貧しい地域からミラノにやってきた家族が、必死に生きるところを描いている。その中で感動的な家族愛と、一人の女をめぐる兄弟同士の相克がサブプロットとして差し挟まれる。三時間に及ぶ大作だが、筋の進行によどみがなく、観客を飽きさせない。そういう点では傑作といってよい。

貧しい地域から豊かな都市をめざして人々が移動した現象は、日本にもあった。日本の場合には、農村部の貧しい地域から東京や大阪などの大都市を目指して人々が移動したわけで、それは子供たちの集団就職とか、一家の大黒柱の出稼ぎというかたちをとり、一家がまるごと移動するということは珍しかった。この映画の中で出てくる家族は、大黒柱の父親が死んだことがきっかけで、母親と四人の子どもたちが、一足先にミラノに来ていた長兄をたよってミラノに出て来たということになっている。

ともあれ日本では、こうした家族解体ともいうべき現象は、人々の心にそれなりの傷を残した。「哀愁列車」とか「別れの一本杉」といった流行歌は、そうした心の傷を歌ったもので、人々の琴線に触れるものがあったわけだが、映画がそういう心の傷をテーマにしたことはあまりなかったのではないか。そういう点では、ヴィスコンティのこの映画は、イタリア社会の矛盾を正面から捉えたものといえる。

さてこの映画の中の家族についていえば、家族ぐるみの移動であるから、移動先の都市でまったくゼロから生活基盤を整えねばならない。頼りにされた長兄にしても、自分自身の生活基盤が確立しているわけではない。婚約者の家に居候している身分だ。その婚約者の家からは、親同士の反目が理由で追いだされてしまう。そこでとりあえず木賃宿で一夜を明かすのだが、そこの住人から悪知恵を授けられる。一時民間の安アパートに滞在し、そこの家賃を踏み倒せば、家主は追い立てにかかるだろうが、路頭に迷うことはない。市に泣きつけば、公共住宅に入れてくれるはずだというのである。これは貧乏人が都市で生きていくための知恵であって、誰もがやっていることだから、恥じることはない。そういわれて一家は、ミラノでの新しい生活を始めるのである。

一家は、気丈夫な母親と五人の男子からなっている。映画は、その五人の男子たちに順次焦点を当てながら進むという構成をとっている。長兄のヴィンチェンツォは、一旦許嫁の家を追い出されるが、なんとか許嫁と結婚することができる。かれはプロボクサーをめざしているのだが、才能がなくあきらめざるをえない。生活力もあるとはいえず、自分のことで精一杯で、母親たちの面倒までは手が回らない。それどころか、日雇いの仕事を求めてその日暮らしなのだ。

次男のシモーネは、長兄の通っているジムを見物したことがきっかけで、自分もプロボクサーをめざすようになる。かれは才能があると見えて、デビュー戦を勝利でかざる。シモーネは、さる娼婦が好きになってしまうのだが、その娼婦は偶然かれらの部屋にまぎれこんできたのだった。怪しい魅力を発散させるタイプの女で、シモーネを夢中にさせてしまう。シモーネはその女のためにふしだらな生活ぶりに陥り、そのためにボクシングに打ち込むことができないまま、次第に堕落していくのだ。

三男のロッコは、当時売り出し中だったアラン・ドロンが演じている。かれは家族愛が豊かで、都市の生活に馴染めず、できれば故郷の村に戻りたいと考えている。次兄のシモーネから食い物にされても怒らない。自身もボクサーとなって、勝利の賞金をシモーネのために役立てようともする。家族愛が深いのだ。そのシモーネと別れた娼婦ナディアと、偶然出会ったことがきっかけで、二人は深く愛し合うようになる。それをシモーネが嫉妬して、ついにナディアを殺すまでにいたるのだ。

そのシモーネの殺人行為を、四男チーロは見逃さない。かれは生来真面目な性格で、夜学で勉強して、アルファ・ロメオに技師として就職するのだ。シモーネのことを、ロッコは許して逃がしてやりたいと思うのだが、チーロは警察に通報して兄を逮捕させてしまう。そんなチーロを、末っ子のルーカは、兄弟を売ったと言って責めるのである。

こんな具合にこの映画は、都会で必死になって生きようとする一家の人びとの触れ合いを描いている。家族愛の物語といってよい。イタリア人はこの手の家族物語が好きと見えて、ピエトロ・ジェルミの「鉄道員」とか、アントニオーニの「さすらい」とか、家族愛をテーマにした映画にはことかかない。

なお、原題は「ロッコと彼の兄弟たち」というが、それがなぜ「若者のすべて」という邦題にされたか。映画の雰囲気に相応しくない題名だ。






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